2017年11月15日水曜日

もう小劇場には行かない

モダンスイマーズの、実験公演を見に行きました。
本公演と違って、役者を3組に分けて、それぞれ1時間くらいの舞台をやる。
僕が見たのは『蝶のやうな私の郷愁』。
松田正隆という劇作家の書いた戯曲です。

登場人物はふたりだけ。
一幕の会話劇です。
夫婦の何気ない日常会話が続いていく中で、言葉の裏にある感情をお互い見ることができずに、だんだん心の溝が深まっていく。
その様子を、近づいてくる台風と重ねて描く。
実験公演とはいえ、モダンスイマーズらしい、すごく繊細な内容です。
客演の女優も独特の雰囲気で良かったし、とてもいい舞台でした。


でも!
もう俺は怒り心頭だよ!
なんでかって、客がクソだから!
こんな素晴らしい舞台なのに、まったく内容を分かってない、というかそもそも分かろうとしてない。
この芝居、言葉の裏の感情のすれ違いをひたすら描いてるのに、そこを無視して、言葉の表面だけに笑い転げてる。
ずーっと、ですよ?
例えば、妻が、突然「バカヤロー!」って叫ぶシーン。
驚いた夫に、雨漏りに対して怒鳴ったんだ、って答える。
でもそれは、蓄積された感情の爆発なのに決まってるじゃん。
夫は妻の感情を気に留めない。
もしかしたら、妻も自覚してないかもしれない。
っていう、かなりエグいシーンなのに、「バカヤロー!」って叫んだとたん、大爆笑。
ふざけんなバカ!
俺が「バカヤロー!」って叫びたいよ!

表面しか見れない人、つまり、感情の機微に対する感覚を持ってない人もいて、それは仕方ない。
でも、それなら、モダンスイマーズ見に来なくていいじゃん。
もっと軽いエンタメ系の舞台だって、いくらでもあるんだから。
もし、分かってて笑ってるんなら、タチが悪い。
「小劇場」の舞台に行くと、必ずそういう客がいるんですよね。
彼らは、笑うために来てる。
だって、たいして面白くないシーンでも、スキあらば笑うんだもん。


マナーがね、ないんだよ小劇場には。
例えばクラシックのコンサートでは、咳払いすら遠慮する空気がある。
美術館で、大声でゲラゲラ笑うのはよくないって、誰でもわかってる。
ジャズやロックのライブだって、それぞれになんとなくマナーがある。
小劇場は、無法地帯。
例に出した「バカヤロー!」のシーンなんてさ、美術館でモナリザの絵を前にして、変な顔!って大笑いするようなもんだよ。
音楽なら、シンガーが感情こめて歌って顔をゆがめるのを見て、あるいは体をよじるを見て、笑うようなこと。
そんな失礼なこと、小劇場以外の場所では、ありえない。
表現者に対する敬意が、ないんだよ。
今回の舞台だって、どれだけ心血注いで作られか、ちょっとは想像しろよ。


モダンスイマーズをはじめ、小劇場にも素晴らしい内容のものがあります。
でも、うるさい客のせいで、まともに見ることができない。
というか、素晴らしいものに全く敬意が払われてない場所にいることが、耐えられない。
それだったら、わざわざ舞台を見になんて行かないよ。
舞台以外にも、いろいろあるから。
映画見にいったほうがいい。

この件、前にも何度かブログで書いてます。
もううんざりです。
もう二度と、小劇場の舞台を見に行くことはありません。
なので、小劇場関係のご友人のみなさま、僕に声をかけないようにお願いします。


いちおう、誤解のないように。
モダンスイマーズ自体は、とても素晴らしい劇団ですよ。
残念ながら、僕はもう見ることはないけれども。

2017年11月12日日曜日

冨永くん、いいね!

ペーソスのサックス奏者、末井昭の『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化され、来年3月に公開されます。
末井さんは、サックスもすごいけど、いろんな意味ですごい人なんです。試しにググってみてください。
すごい人の半生を描いた作品なので、すごい映画になっています。

映画の公開に合わせて、ペーソスも新譜を出す予定です。
なんたって、豪華キャストの全国公開。
メンバーも出演してて、島本さんなんておいしい役でだいぶ目立ってます。
アルバム出すのに、こんないいタイミングはないでしょう。
乞うご期待!

で、前も書いたけど、この映画の監督が、ハタチ頃につるんでた、冨永昌敬。
同い年の旧友ということで、なんでも遠慮なく話せる。
映画もペーソスも盛り上げようぜ!
ということで、酒が進みます。
真っ当な人が聞いたらバカバカしく思えるようなアイデアが、どんどん出てくる。
こういうの、会社だと、ブレインストーミングなんて言うんですかね。
まあ酒の席の与太話とも言う。
与太話に終わらせないためには、それを具体化してくスピード感が勝負です。
冨永は、それが分かってる。
だから、楽しくて、どんどんアイデアが湧きます。

冨永とつるんでた頃、僕は大学を辞めて実家を出て、芝居やアングラパフォーマンスの映像を撮ってました。
カメラも回したけど、交渉やら手配やら、わりと営業的なことをやってたんです。 
ていうのは、二人だけで作ってて、パートナーは職業映画人だったから。
映像の技術も経験もない僕が、必然的に雑用担当になったわけです。

ビデオのパッケージデザインまでやりました。
って、僕がデザインしたんじゃなくて。
デザイナーを探して、一緒に特殊素材パッケージを考えて、紙を仕入れて、劇団の女の子を大量動員して作業して。
印刷所も見つけてきて安くお願いして、でもお金を出してる大元の会社の支払いが滞って、謝りに行ったり。

そういえば、その時お願いしたデザイナーは、後に有名になって、作品がMOMAに収蔵されているらしい。
冨永も映画監督になった。
僕は覚えてないけど、あいつをカメラマンとして駆り出して、撮った映像をボロクソに言ったりしてたらしい。
冨永といた頃が青春だったのかもしれない。
なつかしい。

なつかしいエピソードを、冨永はよく覚えてる。
昔もこんなことやってたよなー、って言う。
楽しくて、うれしい。
実際、ペーソスとは別の企画で、CDの特殊ジャケットについて調べてて、ちょうど先週、見積もりを取るためにサンプルを台湾に送ったところだし。
やってること、本当に同じじゃん。
あの頃から20年近くも経って、お互い変に大人にならずやれてるなんて、いいね。


と、ここまで書いて、今日は冨永の新作を観てきました。
『南瓜とマヨネーズ』って映画が、昨日から公開されてるんです。
なんと、半年に一本!すごい!
原作のマンガは、それこそ、僕が映像やってた頃に一部でブームだった、魚喃キリコ。
この作品は読んでなくて、原作と比較することなく観れました。

いい映画でした。
音楽志望のダメ男を食わせるダメ女の話。
世間からダメとされる若者を、ダメじゃなく描く。
かなり丁寧で地味な、いわゆる佳作・良作と評されるタイプの映画です。
かといって、佳作系邦画にありがちな象徴的な描写が少ないのが、いい。
こういう「いい映画」って、邦画では珍しいと思います。
あと短いのも、いいね。
映画って90分くらいがいいと、個人的には思ってるんで。

人生変わるほどの感動はないかもしれないけど、っていうかそういうタイプの映画じゃないけど、観て損ない映画です。
人に優しくなれるかも。
是非どうぞ。



南瓜とマヨネーズ HP

2017年11月8日水曜日

『青年は荒野をめざす』はつまんなかった。『ジャズ・カントリー』は面白かった。

ブラックミュージックへの興味から、黒人文学をけっこう読んできました。
中野の図書館に通いました。
黒人文学って、名著とされるものでも書庫にしまわれてることが多くて驚きます。
古本を買ったりもしたし、雑誌のバックナンバーとか。
アメリカ留学中は、黒人文学のクラスを1年間取りました。
先生は、アフリカ出身の作家でした。
それでももちろん読んでない本もたくさんあります。
その中の一冊『ジャズ・カントリー』を、読みました。

なんでいまさら読んだのかというと、五木寛之の昔のジャズを扱った小説を読んだら、あまりにつまらなすぎて。
筋もシドニー・シェルダンばりにアホくさいし、まあそれはいいとして、音楽の描写がもう酷すぎる。
70年前後の時代って、ジャズは先鋭的な音楽で革命思想とも結びついて、ジャズは「ホンモノ」の自己表現である、みたいな風潮だったらしいけど、その描き方がね、もう大袈裟すぎて表面的すぎて紋切り型すぎて呆れ果ててついていけなくて、途中で読むのやめちゃったんですよ。
これにホントにみんな熱狂してたの?
なんなのみんなバカだったの?
って疑問が湧いて、その時代に本場の「ホンモノ」としてバイブル扱いされていたらしい、『ジャズ・カントリー』を読んでみたんです。

1964年に書かれて、日本では66年に出版されてます。
期待せず読みはじめたら、面白かった。
あの時代に書かれたものだから、黒人vs白人が強調されてるし、やっぱりジャズ=自己表現・自己実現みたいな考えが基調にあります。
でも、それが正しい、という妄信的な書き方をしていない。
音楽の描写も、とてもいい。
小説で描かれる音楽って、どうしても気取った比喩とかが気になって、あまりいいなと思うことはないんだけど、この本の描写は、すんなり入ってきます。
何が違うんだろう。
音楽への理解、なんてかっこいいことは言いたくないけれど、なんかいい。
少なくとも、五木寛之の、頭でっかちでカッコつけただけの、音楽の表面だけを搾取するような描写とは天と地の違いがある。
ように、思えました。

ジャズや黒人史に興味があれば、ナット・ヘントフの名前にはいろんなところで出くわします。
ただ、小説家、というわけではないし、いまいちどんな人かの像がない。
僕の大事な本のひとつ『私の話を聞いてくれ』も彼が手がけているけれど、それはインタビューをまとめる役割だし。
あとがきを読むと、この本は彼が初めて書いた小説だそうです。
他の著作も、読んでみたいな。


ジャズ・ミュージシャンとは、話が合わないことが多い。
だって、ジャズは高級な音楽で、他の音楽形式に比べて自由だ、なんて誇大妄想してる。
常に新しいことをやるべきであり、誰かのやったことを繰り返すのはダサい、なんて。
そうした考え方が、僕は嫌いなんです。
自分が偉いって思ったら、おしまいでしょ。
誰もやってない新しいこと?そんなものないよ。
音楽も含めた人間の行為は、変化はするけど、進歩なんてない。
あれは古い、なんて言って切り捨てて、自分はより優れた音楽をやってる、って思い込んでる。
優劣をつける人生なんて悲惨だし、そんな比較して優劣ばっかり考える音楽なんて、関わりたくない。
そいつらみんなジャズしか聴かないし、たまにジャズ以外の人と演奏しても、ジャズの語法でしか演奏しない、というか、できない。

って、その手のミュージシャンは、今の時代さすがに多くはないと思いますけどね。
それでも、ジャズの世界には、そういう下らない奢りが、まだこびりついてる。
それは、この小説が書かれた時代に、強烈に刷り込まれた思想なんでしょう。
かわいそうなジャズ。



2017年10月22日日曜日

ソウルシンガーと並んで吹いた。最高だった。

とっても嬉しい夜でした。
尊敬する、The Fave Raves とのツーマンライブ。
ソウル好きのお客さんも、そうでないお客さんも、お店の全体が、ソウルフルであったかい雰囲気で。
GWOのライブはいつも体力を使ってヘトヘトになるんだけれど、昨日の疲れは、いつになく満足感のある心地よいものでした。

Golden Wax Orchestra のテーマは、サザン・ソウルです。
サザン・ソウルって、人気があるとは言い難い。
はっきり言ってマイナーなジャンルです。
フェイヴ・レイヴスは、そんなマイナーな音楽をひたすら25年も演奏している、稀有なバンドです。
出会ってから15年以上、明らかに、どんどん深みが増している。
ひとつの音楽を追求するってどういうことか、美しい形で体現してるんです。

クラリネットでボーカリストのように「歌う」のが、GWOの目標です。
もちろん真剣にやってるんだけれども、それでも、引け目のような気持ちが、どこかあります。
だってクラリネットだから。
既存の形じゃないものって、なかなか真面目に受け取られないことが、ある。
クラでサザンソウルなんて。
イロモノとして見られるんじゃないか。
特に、ブルースやソウルって、いわゆる「うるさい」リスナーが多いから、よけいに気後れしてしまう。

そんな引け目もあって、その道ひとすじのボーカリストである青山さんに声をかけるのは、特別なことでした。
「歌う」ということに自信と覚悟がなければ、気軽に同じステージには立てない。
GWOを始めて4年、ようやく、誘うことができた。
バイユーゲイトでのツーマン企画、いままでも、好きな人しか呼んでないし、どれも満足できる内容でした。
ハッキリ言って、ラインナップには自信があります。
でも今回はその中でも、スペシャルな意味がね、あったんですよ。

まずは、フェイヴレイヴスから。

馴染みの店、バイユーゲイト。
いつもの空間で聞くこのバンドは、最高でした。
いや、いつも素晴らしいんですけどね。
何が最高だったかって、きのうは、フェイヴ・レイヴスをはじめて聴くお客さんも、たくさんいたんです。
サザンソウルなんていうマニアックな音楽で、特に派手なステージングがあったり面白いことやるわけでもない。
言ってみれば、ただ歌うだけ。
ほとんどカバー曲だし、しかも英語だし。
それでも、原曲を知らない人、サザンソウルを知らない人にも、ちゃんと伝わる。
その様子を目の当たりにして、もうなんというか、感無量というか。
サザンソウルって、名前の通り、ソウル=魂の音楽です。
魂のようなものを表現することにこれだけ特化した音楽って、他にないんじゃないかと、思ってます。
なんかね、そのことが証明されたような気が、したんですよね。

SNSにアップしたライブ動画を見て、来てくれた人もいました。
こんなバンドがいたなんて!って感激している様子見て、ああ、もうたまらない。
そうやって、感動を共有できるのは、何にも変えがたい幸せです。
フェイヴ・レイヴス、僕の演奏を好きな人なら気に入ってくれるはず、とは思っているけれど、それでも音楽には好みがあるし、はたしてどうかな、という気持ちは消えないものです。
フェイヴ・レイヴスのステージの終盤には演奏に僕も加わって、終わったときには、もう自分のステージやらなくていいんじゃないか、ってほどの満足感でした。

そして、自分の番。


実はライブ前までは、フェイヴレイヴスの後でやるって、どうなんだろう?と思ってたんですが、気負わずやれた。
あんなにひたむきな演奏を見た後ですは、もう、ただ真っ直ぐに吹くことしか、できませんからね。
フェイヴ・レイヴスを見に来たお客さんも、楽しそうに聴いてくれてる。
クラリネットでソウル、ってどう思われるか不安もあったから、嬉しかったな。
青山さんとギターのヒトミさんが、僕のクラリネットに合わせて歌詞を口ずさんでいる。
ああよかった。
間違ってなかった。

最後にまた、全員で。

青山さんが、打ち合わせと違う曲をやりたいって言い出しました。
Bring It On Home To Me。
この曲を、一緒にやれるとは!
サム・クックが浮かびます。
続いて、Having A Party。
ハーレム・スクエアのライブ盤の、最後の曲。
クラを置いて、ヒトミさんのマイクで一緒に歌う。
サムの退場前の台詞を、青山さんが言う。
ああ、なんかいま思い出してもグッと来ちゃうな。

アンコールで、オヴェイションズをやって。
最高でした。
やり切りました。


Golden Wax Orchestra、ひと山越えたような、なんか区切れたような気がします。
本当に、みなさん、ありがとうございました!

2017年10月17日火曜日

ついに!青山さんと共演します!

おととい、はじめて福生に行きました。
駅としては、東福生。
米軍・横田基地があって、基地の塀に沿って、国道16号線が走っています。
ルート16(シックスティーン)。
その道をはさんだ向かい側に、ズラーっとお店が並んでいて、そのあたり一帯はアメリカンな雰囲気が漂ってる。
アメリカにいた身として、嬉しいようで懐かしいようで、気分が高揚します。




ゆっくりお店をのぞく時間がなかったのが残念です。
というのは、ハロウィン・イベントに出演する Two Faves のライブを見るのが目的だったからです。
日本最高のサザン・ソウル・バンド、The Fave Raves の、ボーカル・青山さん&ギター・ヒトミさんのデュオ。
今週土曜、Golden Wax Orchestraで、この2人にベースが加わったトリオと共演するんですよ。
相方のギターが、フェイヴ・レイヴス見たことないって言うんで、連れて行ったんです。
他にも都内でライブあったんだけど、満員売り切れで行けずに、わざわざ福生まで足を運びました。

僕は、サザンソウルが好きなんです。
音楽ジャンル、ってことで言えば、いちばん好きかもしれない。
でも、そこにはクラリネットの入る余地がなくて、なら自分でやっちゃえ!ということでGWOをはじめたのが4年前。
そうか、もう4年もやってるのか。
以来ずっと、歌うように吹くことを追求してきた身としては、敬愛するソウル・シンガーである青山さんとの共演は、夢でした。

フェイヴ・レイヴスに出会ってから、もう15年以上は経っているはずです。
メンバーの入れ替わりも含め、何度もライブ見てるけど、デュオ編成は初めてです。
ヒトミさんのギターって、サザンソウルの匂いプンプンの、かなりクセのあるスタイルです。
それとボーカルだけって、ちょっと想像つかなくて、すごく楽しみ。




イベントも終盤、暗くなりかけたころ、Two Faves のステージがはじまりました。
楽器はエレキギターのみ。
リズム楽器も低音もない、スカスカのサウンドです。
でも、物足りなさはない。
それどころか、実際には鳴っていないバンドの音が聞こえるような、いや聞こえるわけないんだけど、こちらの頭の中で、音を補うように想像力が刺激されているのか。
とにかくそれはソウルミュージックにしか思えない。



ヒトミさんのギター。
どこからどこまでも、いなたい。
こんなにまでフィーリングを血肉化するには、いったいどれどけのリスニングが必要なんだろう。

青山さんの歌。
シンガーとして素晴らしいのは当然として、全身から伝わってくる、まさに「ソウル」が、ハンパない。
なんか、いつも涙出ちゃうんですよね。



そういえばこのデュオの編成、ギターと歌だけって、GWOと同じじゃん・・・まいったな、こんな素晴らしい人とやるのか。
わかってたけど、わかってて声をかけたんどけど、あらためて久しぶりにライブを目の当たりにして、これは本当に真摯に全力でステージに臨むしかないな、と、身が引きしまりました。 
GWOは、エンターテイメントな要素もあるし、ネタのような曲もレパートリーにしています。
でも今回は、何のギミックもなし。
歌うことに徹しようと、決めました。
いつもの半ズボンもやめて、スーツでいきます。
それで聴かせられないようでは、もう続ける資格はないでしょう。

青山さんの歌は素晴らしい。
バンドとしても、The Fave Raves は長い。
2〜30年くらいやってるんじゃないかな。
それでも、もともとモッズシーンのバンドだし、僕のまわりのルーツ・ミュージック好きの人たちには、意外と知られていない。
ぜひ、聴いてほしい。
そもそもサザン・ソウルだし万人に受けるとは限らないけれども、好き嫌いは置いておいて、きっと心に響きます。
こんなすごい歌を身近で聴けることって、なかなかないですよ。

GWOとして、青山さんと共演するのはひとつの目標でした。
どうなることか。
心地よい緊張感すらあります。
今週土曜、バイユーゲイトへ、ぜひお越しください!!


10/21(土)  三鷹 バイユーゲイト
出演:Golden Wax Orchestra / The Fave Raves Acoustic Trio
19時 Open / 20時 Start / 2000円


※以前にもこのブログでThe Fave Raves のことを書きました。読み返すと、いつも同じ感想です。それだけ、ブレないバンドってことでしょう。
The Fave Raves、Smart Soul Connection、夜のストレンジャーズ
The Fave Raves

2017年10月14日土曜日

NO生活28 - 奨学金トラブル

いよいよ卒業まであと数ヶ月になって、金銭トラブルが発生しました。
今学期分の奨学金が、口座に入金されていないんです。
どういうことなんだろう?
遅れるのかな?
何の通知もないんだけど。


奨学金オフィスに行って聞いてみると、何かが条件を満たしてなくて、支給されない、と言います。
窓口では、それ以上の具体的なことは教えてくれない。
そんなこと言われても、思い当たることはありません。
特に何か変えたわけでも、新しいことをしたわけでもないし。


まいったな。
奨学金がないと、授業料も払えないから、卒業できないじゃん。
まあ、学位取るために留学したんじゃないから、それでもいいのかな。
そしたらもう授業出る必要もないわけだ。
でも、食費もぜんぶ自腹になるし、寮にもいられなくなる。
数ヶ月くらいなら、誰かの家に置いてもらえるかな。
ライブの稼ぎで、生活はなんとかなるだろう。
そうして、毎日好きな音楽やって好きな場所に行って過ごしたら、それはそれで楽しいかも。
と考えてみても、やっぱりこれまでの3年半が無駄になる気もして、どこか割り切れません。


音楽学部のオフィスに相談してみました。
学部長のウィリアムの部屋に行って、一緒に僕の授業の取り方やいろいろを見直してみても、何が問題なのかわかりません。
決められたクラスはちゃんと取ってるし、成績が悪いわけでもない。
ウィリアムも首をひねって、奨学金オフィスに問い合わせて調べるくれることになりました。

とりあえず、いままで通りに学校生活を送ることにしたけど、やっぱりけっこう授業も忙しくて大変で、卒業できないんだったら、こうやって教科書覚えたり深夜まで勉強したり、ぜんぶ無駄だよなーなんて思いながらしばらく過ごしていると、ウィリアムのオフィスに呼ばれました。
どうやら、単位の取り過ぎだった、と。
ジャズ課のカリキュラムのレッスン以外に、クラシックの先生からも個人レッスンを受けていて、それがいけなかった。
奨学金は、卒業までに必要な単位分の授業料しかカバーしていないので、課外レッスンの分が規定の単位数をオーバーしていたんです。
レッスンを勧めたのはこっちなんだから、Teppeiに責任はない!
あっちに話してなんとかするから、任せとけ!

と、ウィリアムは言ってくれました。

もう自分の手には負えない話になってきた。
だんだんと話は広がって、いろんな人が心配してくれるようになりました。
廊下ですれ違うたびに、どうなった?大丈夫か?と声をかけられます。
なかなか話し合いは進まないようで、そのうち怒りはじめる先生もいて、音楽学部vs奨学金オフィスのようなことになってきました。

正直、こんなにも大勢が自分のために動いてくれるなんて、想像しませんでした。
日本であれば、学校でも会社でもどんな組織でも、こんな風には、たぶんならない。
いや、アメリカでも、ニューオリンズ以外では、どうだかわかりません。
この町には、いわゆる「ホスピタリティ」「助け合いの精神」みたいなものが、空気のように、当たり前にあふれている。
それをこの時ほど実感できたことはありませんでした。
ニューオリンズは音楽の町です。
でも、なんといっても素晴らしいのはそこに住む人たちであって、それだからあんなに豊かな音楽が生まれてくるんです。


なんてことを思いながら、しかし事態は進展せずに、卒業まであとひと月、というくらいになってしまいました。
その間、淡々と学校生活を送っていましたが、宙ぶらりのような気持ちがどこかにあって、ようやくウイリアムに呼ばれたときは、結果に関わらずこれで落ち着くな、と思いました。
さて。
残念ながら、奨学金オフィスとの話し合いは、決裂したそうです。
が、なんと驚いたことに、音楽学部の予算の中から、僕の学費を特別に負担してくれる、と言うじゃないですか!
信じられない。
異国から来た留学生ひとりのために、そんなことまでしてくれるなんて。

それを伝えてくれるウィリアムは、満面の笑顔でした。

校内ですれ違うたびに、事情を知る誰もが、祝福してくれます。
「おめでとう!」「よかったな!」と、みんなが声をかけてくれる。
心から。
嬉しいと同時に、考えました。
逆の立場だったとしたら、自分はこんなに素直に、他人を思い、行動できるだろうか。

そのとき僕に向けられたたくさんの笑顔は、いまでも忘れられません。
それは、無事に卒業できたということよりも、大事な記憶です。
こうして何年もたってから振り返っても、幸せな気持ちになる。

あらためて、ニューオリンズという素晴らしい町に、4年間面倒をみてもらった恩を、感じずにはいられません。

2017年10月8日日曜日

どうやらYouTubeがすべてのようだ

飲んでて、からまれました。
知り合いなんだけど、そんなに話したことはない、年上の人。
会ったのも偶然で、1年以上ぶりです。
お前なんであんなバンドやってんの?
から始まって、彼の連れの、僕は初対面の人に、こいつの音楽ホント最低なんだよ!って言ったり。

それは別にいいんですよ。
その人は、そういうことを言うキャラなんで。
年下に説教したり、あれ知らないんじゃ音楽聞く資格ない、とか言ったり、とにかく口の悪いのを楽しんでる人。
それにきっと本当に心から言ってるわけじゃない。
だってそんな嫌いなら、飲んでる席にわざわざ呼ばないでしょう。
たぶん酔ってたのか虫の居所が悪かったのか、おいおい言い過ぎじゃん?って、連れの人たちが心配してくれたほどでした。

でも、ひっかかったのは、罵倒されたことじゃないんです。
あんまりしつこいから、ためしにライブ聴きにきてくださいよ、って言うと、お前の演奏ぜんぶ聞いてるから、って笑うんです。
いやいや待ってよ。
僕の演奏1〜2回しか聞いたことないじゃん。
それも野外のフェスで同じ会場にいたってだけで、お客としてちゃんと聞いてたわけではたぶんない。
そしたら、YouTubeけっこうチェックしてるんだよ、って。

おどろきました。
すごい音楽好きな人なんです。
レコードやら音質にもこだわるような、それで聴いてる音楽も僕と近いし、意思をもって音楽に接して生きている。
それなのに、YouTubeなんだ。

YouTubeって、楽曲の魅力を伝えるには適してると思いますよ。
でも、ライブが素晴らしいミュージシャンの場合、YouTubeじゃ良さがわからないことが多いものです。
だからライブに足を運ぶんだし、少なくともYouTubeで判断なんてしない。
っていうのは自明のことと思ってた僕の価値観が、ズレていたことを思い知らされました。
その人、本当にかなりの音楽好きなんですよ。
そんな人でも、いまではYouTubeで音楽を聞き、それでいい悪いの判断をしているなんて。
YouTubeのライブ動画を信用しない僕は、どれだけ少数派なんだろう。

どうすればいいんだろう。
ライブで勝負するミュージシャンは、じゃあ動画をアップしなければいいのか。
うーん、でもネット上になにも参考資料がない、というのは、いまどきよろしくない気がします。
だから、みんな悪くないものを選んでアップしてるはず。
僕も自分でアップしてるのは、GWOの3本と、バンジョーとのデュオで1本だけです。
あとは所属バンドのものもあるけど、そっちでもそこまで変なのは、きっとない。
けど、お客さんが勝手にアップしちゃうこともあるんですよね。
僕の場合も、削除をお願いしても無視されてそのままになってる動画があります。
その動画で判断されたくないから削除したいんだけど、できない。
周りでも、そんなこといっぱいあります。

本当に、どうすればいいのかわかんないけど、まあしかし勉強になりました。
いまではミュージシャンをYouTubeの動画のみでジャッジするのが当たり前、ということを、身をもって知りました。

そういえば、ちょうど先日、尊敬する年上のミュージシャンと話していたときのこと。
いまの若い奴にあれいいよ、って過去の名盤なんかを教えても、あとでYouTubeでチェックします、で終わってしまって、アルバム買ってじっくり聞いたりしないのは、あれはよくないよ軽すぎるよ、って嘆いてた。

そういうのなんだか悲しいな、と思うこの気持ちも、時代遅れなのかもしれません。