フルートへの旅 後編

僕はアルバート式という古いクラリネットを吹いています。
もう廃れてしまった楽器で吹き手もいないので、国内で入手するのは簡単ではありません。

しかし!
実はこの東京に、膨大な数のアルバート式クラリネットを所有する人物が住んでいるんです。
クラリネット・ボックスという運営HPからも、とにかく楽器への愛情が伝わってきます。

ヴィンテージ楽器って、いいものは高いです。
逆に、お金があれば買えるわけです。
でもこの方の場合は違います。
そもそも大金持ちというわけではないですし(失礼!)。
国内外で入手した楽器を、なんと自分で直すところから楽しんでいるんですよ!

修理に関しては、内外の文献やプロとの交流から学んだそうで、実際その知識の深さと交流の広さには感服します。
今でも、歴史的名器などは専門家に修理を依頼していて、そうした交流の話を聞くのも楽しいです。

自宅には、まだいくつもの楽器が修理を待っています。
その中には、いわゆる「コレクター」が興味を示さないであろう楽器もあるわけです。
ここで修理されなければ、もしかしたら二度と誰にも演奏されることがないかもしれません。

こんな楽しみ方、楽器への深い愛情と情熱がなければできません。 
それぞれの楽器が、修理された時どんな音がするか想像するのは、格別でしょう。
うらやましいです。


今まで何度かお邪魔して、素晴らしい所有楽器の数々を吹かせていただいきました。
楽器を購入する際にも色々とアドバイスいただき、とてもお世話になりました。

古い楽器に精通している方なので、僕の状況を相談してみたんです。
そしたら!
フルートに関してもやはり詳しかった!
そして、「フルートも持ってるから吹いてみますか?」と。
早速、行ってきました!


気になっていた楽器が、ズラリと目の前に並んでいます。
圧巻です。
僕はフルートは吹けないので、代わりに吹いてもらいます。
しかも、それぞれの楽器の解説付きで。
なんて贅沢!
これだけの貴重な楽器を最初から聞き比べられるなんて、世界一幸せなフルート初心者でしょう。

聞き比べてみると、やっぱり木管の音色がいいんですよねー。
見た目も素敵だし。
ただ、古い木管は音が小さい。
僕はライブでも使うわけですから、たぶん厳しい。
状態のいいヴィンテージの木管は、安くないですしね。

さらに、クラリネットとフルートでは、思ったより指の感覚が違っていました。
左手の指の角度が、違うんです。
クラリネット、少なくともアルバート式は、楽器に対して指を直角に構えます。
対してフルートは、かなり斜めから指を当てるんです。
なので、仮にMeyer式の指使いがアルバート式と同じだったとしても、持ち替えはだいぶ苦労するでしょう。
それなら、運指の楽なボエーム式から始めた方が現実的です。
何せ、まだ音も出ない初心者ですからね。

というわけで、古い木製フルートは諦めることにしました。
さて、じゃあボエーム式フルートではどれがいいのか。

製作国ごとの音色の傾向は、確かにあるようです。
ドイツは重厚で、フランスは華やかで繊細、と言われますが、その通りに感じました。

これはクラリネットでも同じ傾向があるんですよ。
国民性、なんでしょうかね。

また、やはり各メーカーの特色もあります。

ただですね、色々な要素がありますが、最終的には奏者の個性なんです。
同じ楽器を違う奏者が吹けば、違う音になります。
なので、まずはある程度フルートが吹けるようになるのが先だろう、という結論になりました。
ある程度吹けて、自分の個性が分かってから、その個性に合う楽器を選んだ方がいいだろう、と。

クラリネットの時だってそうでした。
最初からアルバート式を吹いていたわけではありません。
僕の演奏を聞いた人から、アルバート式が合うんじゃないか、と言われて、吹いてみたらピッタリだったという訳なんです。

吹きやすさで比べたら、日本製の新しい楽器が、初心者には一番でしょう。
それは分かってるんです。
でも、どうにも気乗りがしなくて。
なんというか、ロマンがないじゃないですか。

楽器に、楽器の持つドラマに、インスパイアされたいんですよ。
愛着を持ちまくりたいわけです。
そんなことを話していると、「お貸ししますよ」と。
うわー!嬉しいです!
ありがたく、お借りしました。


1950年製作のDjalma Julliot(ジャルマ・フリオ)。
いわゆる「オールド・フレンチ」の楽器です。
「Maillechort(マイショー)」と呼ばれる洋銀製で、現在の洋銀と配合が違うために良い音がすると言われています。
楽器もハンドメイドで作りがいいと聞きます。
僕はまだ吹けないので、何とも判断できないのですが、とにかくロマンがあるじゃないですか!

それにしても、いい大人が二人して、50〜100年前の楽器を並べて、「ああ!」とか「おお!」とか、「このキイの曲線のシェイプが〜」とかやってるわけです。
だいぶおかしいですよ。
本人達は、ものすごく楽しいんですけどね。

つくづく思いました。
けっきょく、古い楽器が好きなんですよね。
昔の楽器は美しいです。
キイのシェイプひとつとっても、今の楽器より美的に優れています。
機械では作り出せない、うっとりするようなディテール。

音色も、昔の楽器の方が好きです。
倍音や鳴りといった具体的な面では、現代の楽器の方がきっと優れているはず。
でも、古い楽器は何かが違うんです。
雑味のような、不揃いで不安定な部分があって、きっと僕はそういう部分にグッとくるんだと思います。
不安定なものって美しいです。

新しい楽器は、奏者のコンセプトをいかに効率よく音にするか、ということでは、非常に優秀です。
古い楽器の場合、効率は悪いです。
自分のコンセプトよりも、むしろ楽器のコンセプトとでも言うような、楽器の持つ個性を奏者側が音にしていく感覚があります。

不安定な楽器と奏者との対話が、両者の持ってるものを超えた、マジックを生む。
それが、古い楽器を演奏する醍醐味だと思います。


それにしても、木製フルート、いいなー。
上手くなったら、ヴィンテージの木製フルートを手に入れて、頭部菅だけ音量の出るものに変えて、使ってみたいなー。

フルート、練習します!



※上から、Oskar Oehler(オスカール・エーラー)、F.A.Uebel(F.A.ユーベル)製のエーラー式クラリネット、Buffet Crampon 製アルバート式クラリネット。
一番下はRudall Carte製木製フルートで、オープンG#を一時的にクローズドG#に変えてありますが、すぐに元に戻せる状態だそうです。

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