マウスピースの構造1 - フェイシング

クラリネット・マウスピースについての記事を翻訳しました。
著者のトム・リドナーは、長年Leblancでクラリネットの開発・設計を行ってきた人物です。
現在は自身のブランドで、クラリネットに関する数多くの商品を販売し、楽器も制作しています。
アメリカでは、彼のサム・フックは多くのクラリネット奏者に愛用されています。
「ATG」と呼ばれるリード・フィニッシング・システムも評価が高いです。
私も使用していますが、素晴らしいです。
ちなみに、どちらの商品も錦糸町のザ・クラリネット・ショップで販売されています。


UNDERSTANDING CLARINET MOUTHPIECE FACINGS
by Tom Ridenour

(※翻訳後にHPが新しくなり、元記事がなくなってしまいました。責任者の了承は取ってありますので、約したものはそのまま残します。)


クラリネット・マウスピースの構造は、決して複雑ではありません。
今回は、フェイシングについて分かりやすくまとめてみます。
一般論にはなりますが、マウスピースを選ぶ際の十分な助けにはなるでしょう。

フェイシングを説明するに当たり、まずは2つのことを理解している必要があります。

1.  マウスピースは、開き、素材、内側および外側の設計など、複数の"レシピ"の組み合わせで成り立っています。
これらは、分けて考えることもできますが、完全に独立した要素ではありません。
ひとつが変われば、他の要素も影響を受けます。
したがって、

2. フェイシングの特定の要素について理解するには、その他の全ての要素が同じ状態でなければなりません。

フェイシングは4つの要素から成り立っています。
1. テーブル(リードが接する面の平らな部分)
2. 左右のサイド・レール(ウインドウ=穴の両脇の細い部分)
3. チップ(マウスピースの先端部分)・レール
4. フェイシング・カーブの長さ


テーブル

テーブルについては、完全に平らであるか、一部に凹みをつけるべきか(ヴァンドレンに代表される多くの機械生産のマウスピースに見られます)意見が別れます。
これまでも様々な議論が交わされてきましたが、未だ理論的に解明されてはいません。

もちろん、どちらのタイプにも、素晴らしいマウスピースが存在します。
ただ、凹みをつける場合は、過度にならないよう特に注意すべきです。
凹みがウインドウ部分まで達してしまうと、息漏れが生じるためです。
リード部分での息漏れは、タンポの息漏れと同様で、楽器全体に悪影響を及ぼします。


フェイシング・カーブ

フェイシング・カーブは、マウスピースの先端からウィンドウの先の辺りまでのカーブを指します。
このカーブが深いほどリードの抵抗が増し、逆にカーブが直線に近いほど抵抗は少なくなります。

フェイシング・カーブは2つの部分に分けて考えられます。
チップ(先端)の開きと、カーブの長さです。

カーブの長さとリードの関係は、プールの飛び込み台に例えることができます。
飛び込み台は、手前の方からジャンプすると、あまりしなりません。
同じ台でも、プールに近い端の方からジャンプした場合は、よりしなって弾みがつきます。
つまり、支点をどこに置くかによって、飛び込み台の硬さを変えることができるのです。

これと同様に、フェイシング・カーブが短いとリードは硬く、反対にカーブが長いと、柔らかくフレキシブルに感じられます。


チップ・オープニング

チップ(先端部分)の開きによってリードの抵抗感は大きく違ってきます。
開きが広いほど抵抗は大きくなり、それにつれてリードの自由度も高くなります。
適度な吹奏感を得るためには、広い開きに対しては柔らかいリード、狭い開きには硬いリードを合わせることで、抵抗感が極端にならないよう調節します。


開きとフェイシング・カーブの組合せ

開きが狭くカーブが長い方が、開きが広くカーブが短い場合よりも、抵抗が小さくなります。

チップ:広い
フェイシング・カーブ: 短い
抵抗: 大きい
推奨リード: 柔らかめ


チップ: 普通
フェイシング・カーブ: 普通
抵抗: 普通
推奨リード: 普通


チップ: 狭い
フェイシング・カーブ: 長い
抵抗: 小さい
推奨リード: 固め

これは単純化した公式に過ぎませんが、マウスピースとリードの関係の基本としては十分でしょう。


フェイシングによる違い

基本的に、どんなフェイシングでも、リードとの組み合わせ次第で望む吹奏感を得ることが可能です。
それでも、フェイシングによって、些細ではありますが明らかな違いがあります。

抵抗の小さいフェイシング(close/long) に硬いリードを合わせると、高音域のコントロールがし易くなり、ダークな音色になります。
抵抗の大きなフェイシング(open/short) に柔らかいリードを合わせると、より明るい音色になります。
音量も増すかもしれませんが、細かいコントロールは難しくなります。


レールの幅

サイド・レールの幅も、抵抗感と音色に影響します。
レールの面積が広いと、リードの抵抗感は増します。
ウインドウが小さい場合は尚更です。
また、特に高音域で顕著ですが、チップ・レールが厚すぎると、リードの反応は鈍ります。
基音が強調され音色が沈み、リードの振動が抑えられてしまいます。

サイド・レールが薄いと、抵抗感は弱まり高音が出しやすくなります。
音色は明るくなり、音量も増すでしょう。
特にウインドウが広い場合はこの傾向がはっきりします。
しかし、極端にサイド・レールが薄い場合、甲高い耳につく音色になりかねません。


ウインドウ

リードの抵抗を大きく左右するのが、マウスピース・ウインドウの大きさです。
ウインドウによって、マウスピースの性質は全く異なってきます。
例えば、広いウインドウは、柔軟な吹奏感と音量がもたらします。

柔軟性と音量は確かに魅力的です。
しかし、広すぎるウインドウは、息の抵抗の支えを奪い、音色から芯が失われて音がぼやけてしまいます。 

このタイプのマウスピースで芯のある音色を得るには、極端に硬いリードを探すしかありませんが、実際にはなかなか難しいでしょう。

こうした様々な要素は、それぞれに何かしらの役割を果たしています。
しかし、どれかひとつ突出すると、全体にマイナスの作用をもたらすことになるのです。


"crooked" フェイシング

"crooked(曲がった)" フェイシングと呼ばれるマウスピースがあります。
これは、音色に特徴を出す目的で、サイドレールを左右非対称にしたものです。
確かに独特の音色にはなりますが、それは特定の音域内に限られます。
むしろ、音域ごとにムラができる等、他の問題を引き起こすことに繋がります。
さらに、非対称がチップまで及んでいる場合には、息が入り口の時点で中心を逸れることになり、高音域の音色に大きく影響します (極端に軽く明るい、芯のない軽薄な音色になる傾向があります)。
さらに、反応が鈍く不安定になり、リードの性能を引き出すことも難しくなるでしょう。

"crooked" フェイシングは推奨できません。
ここまでの説明に加えて、以下のような問題を引き起こすことになるからです:

1. アンブシャーを噛むクセがつきます。
音の出だしをはっきりさせたり、音をまとめるのが困難なので、あごの力に頼ってしまうからです。
特に小さい音量で吹く場合に起こりがちです。

2.合うリードを見つけるのが難しくなります。
バランスの取れたリードであっても上手く鳴らないことがあり、非対称の度合いが大きい場合は、リードの調整も困難となるでしょう。

3.高音域のスラーがかかりづらく、アーティキュレイションに難が出ます。
音量を下げた場合、コントロールはかなり難しくなるでしょう。

4. 音に息が混じる傾向があり、音域ごとに音色にムラが出ます。
これも小さい音量の場合に顕著です。

5. 音色がまとまりづらくなります。
特に小さい音量では音がぼやけがちになります。

6. 音域や音量によっては、極端なアンブシャーや息の使い方が必要になります。

7. 高音域では音がはっきりし過ぎて攻撃的になります。

8. 全体的に音が詰まったような感じになります。
これはリードを柔らかいものに変えても解消されません。

これらの理由から、非対称のフェイシングは避けるべきです。
私の意見としては、これは多くの船人をその声で惑わせ沈没させたローレライの魔女伝説のようなものです。
リードのレスポンスを犠牲にすることなく、もっと他の方法で音色に個性を出すこともできるはずです。
どんな目的のためでも、他の要素が犠牲になるべきではありません。
音色を変えたいのであれば、リードの方を変えるべきです。
音色の問題を解決しても、代わりに他の問題が起こるわけですから、レールを非対称にすることは間違っていると言えます。


結論

以上が、マウスピース・フェイシングについての最低限の基礎知識です。
多くのクラリネット奏者にとって、マウスピースの世界は謎に包まれています。
様々な意見や論争、特定のブランド神話や、"伝説のマウスピース"の名前を耳にしたこともあるでしょう。
こうした雑音に対する防御法は、客観的な知識を身に着けるしかありません。

大事なのは、経験から得た知識と自らの価値観です。
それにによって自分の判断に確信がもてるようになれば、音楽面・テクニック面の両方を満たす道具を見つけるのは容易になることでしょう。

コメント

  1. クラリネットを科学なさる方は少ないので、悩む度に拝見させて戴いてます、ありがとうございます。

    「チップ・レールが厚すぎると、リードの反応は鈍ります」という件についてよろしければお教えください。
    厚いというのは断面の面積が小さい(鋭角でない)ということになりますか?

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  2. それは嬉しいです!翻訳した甲斐があります。

    リード側から見たときの、先端部分の平らな面の幅、という意味です。
    サイドレールと同じことで、平らな面が多い(幅が広い)ほど抵抗感が出るということだと思われます。
    極端な例として、Beechlerのマウスピースは、ロールオーバーといいチップ部分が平らではなく丸くなっていて、非常に息が入り音量が出やすくなっています。

    なかなか文章で伝えるのは難しいですね。
    分かりづらければ、また遠慮なくご質問ください。

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  3. ありがとうございました。
    「フェイシングが長いほど抵抗は小さくなる」というのは「飛び込み板」を例にした説明で初めて理解できました。

    当方は、もう5年以上レジェールのスタンダードしか使わないクラシックオンリーのクラリネット吹きですが、今後も楽しみに致します、よろしくお願いします

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  4. この「飛び込み台」の例、わかりやすいですよね。

    翻訳で困るのは、パーツの呼び方をどう訳すか、というところです。
    「フェイシング」も「チップ」も、日本ではあまり使われないですし。
    また、わかり辛い箇所があれば、ご指摘お願いします!

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  5. こんにちは
    クラマウスをヒチリキにと遊んでおります。
    道中の管径を小さくしますと吹き方で音程が変えられ、塩梅のような効果が出るのが判りました。
    しかしそれでも音が大きく、もっと弱くから強くまで音を出せたらいいと思うんですが、それのための形がよく分かりません。
    どの様な方法があるのかご存じ有りませんでしょうか?
    ではまた

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  6. お返事遅くなり申し訳ありません。
    「道中の管径」とは、ボア部分のことでしょうか?「吹き方で音程が変わる」の「吹き方」が具体的にわからないのでなんとも言えません。スモール・ボアで音量を出すための形状、ということでしょうか? 

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