続けた先にあるもの - Mr. Bob Greene



音楽で目指すこと。
僕の場合、それはずっと演奏を続けることです。
続けていればどんどん楽しくなるに決まってるし、その先には夢のような世界が広がってるように思うからです。
決定的にそう思うようになったのは、ボブ・グリーンのライブを見てからです。

音楽とは不思議なもので、必ずしも技術的にハイレベルなものが感動的とは限りません。
演奏の表面的な部分を超越した、圧倒的な表現が成立することがあります。

僕はボブ・グリーンのライブでそれを実感しました。
衝撃的な音楽体験。
それまでに見た、そしてその後に見たどんなライブも比較にならない、正に特別なものでした。

ボブ・グリーンは、アメリカのベテラン・ピアニスト。
古いジェリー・ロール・モートンのスタイルの第一人者です。
ニューオリンズの娼館を舞台にしたルイ・マルの映画『プリティ・ベイビー』でピアノ演奏を担当したことで有名です。

ライブを体験したのは二度。
初めて見たのは、西荻窪のミントンハウスでした。
ボブ・グリーンの名前でのライブだったのか、日本人バンドのゲストだったのか覚えていません。
ライブが始まっても、ボブはなかなか登場しない。
当時すでに70歳は超えていたと思うし、もうそんなに弾けないんだろうし、バンド自体の演奏も極上だし、まあいいや、と思って聴いていました。

ようやくボブがピアノの前に座りました。
そして、腕を鍵盤に下ろしました。
あの瞬間を忘れません。
今まで聞いたことのない、深い深い美しい音。

何もすごいことはやってません。
簡単なコードをただ押さえただけ。
ピアノも、お店のいつものピアノ。
色んな人が弾いてるのを聞いてきたし、ピアノの脇で演奏したことも何度もあります。

なんで?
何が違うの?

素晴らしいミュージシャンはたくさんいます。
ライブの演奏で感動したこともたくさんあります。
でも、ボブグリーンの演奏は、それらとは全く次元が違う。
圧倒的な体験でした。


もう一度は、大阪の大きなホールでした。
ニューオリンズ・ラスカルズという、日本を代表するニューオリンズジャズのバンドの、確か結成50周年ライブ。
海外からも多くのミュージシャンが駆けつけ、数曲づつ一緒に演奏しました。
ラスカルズの演奏は素晴らしいし、どのゲストミュージシャンもそれぞれいい。

ボブ・グリーンが登場したのは、中盤頃だったと思います。
そしてピアノに触れた瞬間、空気が変わりました。
シンプルな曲をシンプルに演奏しただけです。
それも、本当に淡々と。
涙が出ました。

コンサートの前半でも、数人のゲストミュージシャンが同じピアノを弾きました。
彼らの素晴らしい演奏に比べて、ボブが何か特別なことをしたわけではありません。
ただポロンポロンと無心に弾くような感じ。
しかも今回は、ホールです。
息づかいなどは聞こえません。
なんで涙が出るんだろう。

まさかこの日、こんなに感動するとは思いませんでした。
打ちのめされました。


ボブ・グリーンは、長いキャリアがあります。
プリティ・ベイビーは大好きな映画だし、昔の録音も聞いたことはあります。
それらもいい演奏ですが、こんな風な感動はありませんでした。

年輪なのかと思います。
長い長い間やって歳をとってようやく到達できる、特別な境地なんじゃないでしょうか。

歳を取ればテクニックは衰えます。
耳だって弱っていきます。
それだけ考えたら、ミュージシャンにとって歳を取ることはマイナスです。
でも、あんな演奏ができるなら!
そう思うと、歳を取るのが楽しみで仕方ありません。

ボブ・グリーンは、僕の想像もつかないような、全く知らない景色を見ているはずです。
どんな気持ちなんだろう。
分からないけど、きっと幸せに決まってます。

自分がそんな境地に到達できるかは、もちろん分からない。
でも、続けていれば、もしかしたら辿り着けるのかもしれない。
そのためには、まずはやり続けることが最低条件です。

だから、とにかく続けたい。
事あるごとに、ボブ・グリーンの姿を思い出します。
あの演奏を体験できたのは、とてもラッキーなこと。
いつか僕の演奏を聞いて誰かにそんな風に思ってもらえたら幸せだろうな。
そんなことを夢見ています。

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