奢ってもらうこと

昨日は、2人の友人に別々に奢ってもらった。
豊かな日でした。

奢ってもらうのって、金銭的なことだけじゃないと思ってます。
気持ちを受け取る、みたいな。
まあ、シチュエーションにもよりますが、サシ飲みで奢ってもらうときは、お金より気持ちの方を感じることが多いです。

奢ってもらう時、いやいやいや〜って恐縮するの、あれは違うんじゃないかと思います。
恐縮するのは、誰かに何かしてもらったら借りができてしまう、というベクトルの発想でしょう。
恩を売る、貸し付けをする目的で奢る人なんて、滅多にいないはずです。
少なくとも僕の友人にはそんな人はいない。
好意をそんな風に受け取ること自体が、相手に失礼だと思うんです。
信じてないということだから。

ギブ&テイクって言葉もあります。
僕はそれは結果論だと思ってます。
ギブしてればいいことあるよ、くらいのことであって、もらったから返さなきゃいけない、という考え方は間違ってる。
ギブすることで相手が負担や後ろめたさを背負ってしまったら、本末転倒の負のループです。
誰も幸せになれない。

好意は、ありがとうと思って受け取った方がいい。
相手がどんな気持ちでギブしてくれたかを想像して、感謝して受け取るべきだと思うんです。
物や金額じゃなくて、気持ちを見る。
気持ちに対して真っ直ぐ素直ににありがとうと言うこと。

もらったら同程度のモノを返す、という発想は、恐ろしく無機質で表面的に思えてしまいます。
それに対して、気持ちを受け取るのは、ある意味で覚悟・約束のようなものです。
相手の気持ちを背負って、気持ちを裏切らないようにやっていく、という約束ですから。

そう考えると、好意を受け取る、というのは、実は気軽なことではない。
重い行為です。
僕は、軽い人間関係には興味がありません。
多くの人の気持ちを受け取って、背負ってやっていくのが居心地がいいんです。
自分だけの人生ではなくなって、あったかい気持ちがするんですよ。

って、文字にすると大袈裟な気がしてきます。
でも、本当にそう思ってて、だから、人に会います。
会うことで、もちろん、好意を受け取るばっかりじゃないけど、いいんです。
極端な話、悪意でもいい。
人の気持ちに触れること自体が、いいんです。
そう考えることで、ずいぶん救われてると思います。


昨日は、って、書いてるうちにもう一昨日になってしまいましたが、豊かな1日でした。
おかげで、今日も曲がらずにやれてます。

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