マウスピースの成形方法 by Clark Fobes

サン・フランシスコの著名なマウスピース製作者でありクラリネット奏者Clark Fobes 氏による記事を翻訳しました。
マウスピースを樹脂から成形する方法を比較したものです。
素材の影響についての意見も、製作者の視点から説得力があります。

※ちなみに、私は彼のSan Franciscoモデルを愛用しています。



イギリスのクラリネット奏者Harold Troughton から質問を受けました。

“最近、 
Brilhartのヴィンテージ・マウスピース “Ebolin Special” (Brilhart の当時の入門用モデル)を手に入れたところ、驚いたことに愛用のVendoren B40 よりもよく鳴るのです。
これが、 鋳造と削り出しの製法による違いなのでしょうか?

面白い質問です。
現在のラバー・マウスピースの製法は、鋳型に樹脂を流し込み固める「鋳造」が主流です。
対して、昔のマウスピースは材料からの削り出しで作られていたという意見があります。
それがヴィンテージ・マウスピースが優れている理由だというのです。

私の意見を述べる前に、まずはそれぞれの製法について検証してみましょう。
もちろんここでは、メタル、クリスタル、木製のマウスピースについては触れません。

まずは、最も一般的な方法である鋳造のバリエーションを比較した後に、機械による削り出しについて見てみることにします。


マウスピース製作に用いられる鋳造方法は、以下の3つです。

  • 射出成形 Injection Molding
  • 圧縮成形 compression Molding
  • トランスファー成形 transfer Molding

射出成形

木管楽器のマウスピースを製作する最も古い
会社は、まもなく(2008年の時点で)創業90年を迎える、インディアナ州ElkhartのJ.J. Babbitt社でしょう。
私は、1991年から彼らと仕事をしています。
Clark Fobes Debut(アクリル製)とNOVAモデル(ハードラバー製)は Babbitt社の協力で製作しています。
Debutは射出成形、NOVAは圧縮成形を採用しています。

Babbitt社によるアクリルの射出成形は非常に信頼できます。
耐久性が高く、品質も安定しています。
私は全てのマウスピースの仕上げを手で行うので(昨年の製作数は約8,000 個でした!)、仕上げの前段階の状態によって、作業効率が大幅に違ってきます。
射出成形は、同じ製品を大量に作るにはとても適しています。
個体差が少ない上に、材質変化もなく安定しているからです。
加えて、表面の仕上がりも滑らかで美しく、ほとんど研磨の必要がありません。
Babbitt社は、 私がクラリネットとアルトサックス用に設計したフェイシングをコンピューターに取り込み制御しています。
アクリルは、材質が安定していてカットし易いため、500個のマウスピースを受け取っても、個体差はほとんど見られません。
若干ムラがあるのはチップ・レイルの幅くらいで、これは仕上げの段階で調整します。
私は、このマウスピースの音色をとても気に入っています。
ブラインド・テストでこれがアクリル製と分かる者はまずいないでしょう。

圧縮成形

ハードラバーの圧縮成形は、全く内容が異なります。
BabbittのHPの説明を参考にして下さい(リンクを開くと音声が流れます。説明は英語ですが、写真だけでもイメージが掴めると思います。)
私は、15年間Babbittと研究を重ねてきましたが、圧縮成形の場合、どうしても仕上がりにムラができてしまいます。
そのため、NOVAモデルにおいては、まずはマウスピースの内部を肉厚に成型し、仕上げの工程で内径を削り整えることで精度を保つようにしています。
圧縮成形については、まだ研究の余地があると言えるでしょう。

トランスファー成型


2002年から、ドイツZinner社のblank(仕上げをしていない状態のマウスピース。そのままでは吹けない。アメリカの名高い個人製作者の多くがZinner blankを使っています。)を元にClark Fobes San Franciscoモデルを製作しています。
Hans と Carsten のZinner兄弟は、現代最高のマウスピース製作者です。
彼らの用いる樹脂の材質は、全く素晴らしく、品質管理も万全です。
Zinnerは、仕上がりが均一なトランスファー成型を使っていると思われます。
この工程においては、Babbitの圧縮成形もそうですが、成型したマウスピースがまだ暖かいうちに内部にパーツを挿入し、ボアを整えます。
そのため、内部にムラが生じることは避けられません。
私の場合、
手作業に入るのに十分なレベルのblankを得るために、求めるデザインに近いサイズの挿入パーツをZinnerに特注しています。

Zinner のマウスピースは、内径デザインに特徴があります。
ボア上部の“crown”と呼ばれる部分(円筒部分と、吹き口に向う円錐部分との境目)が、やや丸みを帯びているのです。
これが素晴らしくメロウな音色を生み出す秘密なのですが、同時に、上位倍音が減るため音がぼやけがちになります。
また、crownが先端寄りになる結果、スロート・トーン(喉音。中音域のラ〜シb)の音程が上がり、アルティッシモ(最高音域)の音程が下がる効果が得られます。
以下のデッサンは、私の理想とする"弾丸型"crownのイメージです。

私が内径を整えるために使う特注のリーマーの中には、crown専用のものもあります。
crownのサイズは前もって決定しておき、音色や音程の微調整を最後に行います。

削り出し


材料からの削り出しは、旋盤その他機械の発達した現代においても、非常にコストがかかります。
50-100年前には、果てしない時間と労力を要する作業だったはずです。
ミュージシャンの中には、歴史的なマウスピースは削り出しで作られていると言う者もいますが、私には信じられません。
100前にはもう圧縮成形が登場していたのですから、わざわざ非効率な削り出しを行う必要がありません。
現在、削り出しを行っているメジャー・メーカーはSelmerだけ
でしょう。
最近では、Bradford Behnも、特殊な調合の樹脂を使った削りだしの“Vintage”シリーズを発表しました。
私の知る限り、他にアメリカ国内で削り出しを行っている唯一の個人製作者は、Fred Lambertsonです。
彼の作るマウスピースは素晴らしいものですが、サックスのみで数も限られています。

Selmer Paris のHPで、削り出しの工程が詳細に解説されています。

画像をクリックすると下に説明文が現れ、その説明部分をクリックすると画像が拡大されます。
中には映像が見られるものもあります。

結論

マウスピース製作およびリフェイスを始めて22年になります。
鋳造による製作が主ですが、Selmerと仕事をする中で削り出しのマウスピースも多く扱ってきました。 
私の意見では、製法による違いはありません。
もっと言えば、素材の違いはほとんど音に影響しません。
影響があるとすれば、素材自体ではなく、その表面の質感によるものでしょう。
マウスピースの性質を左右するのは、細部の設計なのです。

マウスピースの音色は重要で、
それにより音程感も変わってきます。
音色は、音の波形と、倍音の組み合わせによって決定されます。
クラリネットは、他の木管楽器と違い、ボアが円筒形で閉管振動です(パイプオルガンに似ています)。
※(注) 通常、木管楽器のボアは円錐形です。この内径の違いから、開管である木管楽器の中で、例外的にクラリネットのみが閉管振動となります。
閉管振動では、偶数倍音が抑えられ、奇数倍音が多くを占めます。
この偶数倍音の欠如によって、他の木管楽器と比べ独特の、メロウで柔らかな音色が生まれるのです。
クラリネットの音色を主に決定するのは、楽器のボアの形状とトーン・ホールの配置です。
高次倍音については、一旦マウスピースとリードの部分で作られたものが、楽器で調整されることになります。

マウスピースの内部および外側の設計は、リードの振動で発生する倍音を整える役割を果たします。
楽器で増幅される前の、マウスピース自体の音量幅は大きいものではなく、ボア(円筒部分)とチェンバー(先端の円錐部分)の設計の無限の組み合わせにより左右されます。
また、この組み合わせの選択によって、“息が入る、” “抵抗感がある”、”明るい”(上位倍音が多い)、 “暗い” (上位倍音が少ない)、“柔らかい” などのマウスピースの性質が決まってくるのです。
倍音の種類はバッフル部分(チェンバー上部の斜めの部分)によってほぼ決定されますが、ボアの大きさと形状も少なからず影響します。

クラリネットの音色は、リードの振動に対して様々な要素が影響することで形作られます。
その複雑な組み合わせの中で、素材の影響は微々たるものに過ぎません。

製作者、そして演奏家としての私の結論はこうです。
マウスピースの材質は、音色に全く無関係とは言い切れません。
しかし、それは設計面と比べると取るに足りない程度であり、鋳造と削り出しの違いは無視して構いません。
違いがあるように思うのは、素材の扱い易さによって製作者の技術が発揮される度合いが異なるからです。
また、木の材質により違いを感じるのは、それぞれの経年変化によるものでしょう。

Clark W Fobes

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