2015年3月30日月曜日

N.O.生活(渡米前)6 - 音楽フェスティバル、Raphael Saadiq

S.F.では、ライブにはあまり行きませんでした。
ライブやってる場所が、見つからなかったんですよ。
街の中心部の、観光客が来るようなレストランとかバーではライブもやってましたが、そういうのは興味なかったので。
ネットや情報誌でも多少は調べましたが、よく分かりませんでした。
カリフォルニア州のもっと下の方の地域にはディキシー・ランド・ジャズのシーンがあって知り合いもいるんですが、S.F.は関係ないようだし。
ホテルの近くのイタリア人地区の店で、たまに弾き語りを見たくらい。
ヘイト・アシュベリー地区に出入りしたり、ちょっと離れてバークレーまで行けば、何か見つかったのかもしれませんが。


フェスティバルに3つ行きました。
ひとつは、ゴールデン・ゲート・パークのフリー音楽イベント、「Hardly Strictly Bluegrass」。
アメリカって、フリーの野外イベントが多いです。
多くの町で、毎週どこかでイベントが開かれています。
だから、普通に生活してるだけで、質の高いライブ・ミュージックに触れる機会が山ほどあるんですよね。

ゴールデン・ゲート・パークは、巨大です。
そこにたくさんのアーチストが来て、公園中でライブをやります。
大物も来ます。
リチャード・トンプソン、エミルー・ハリスとか。
良かったのは、エルヴィス・コステロ。
ボーカリストとして、大好きなんです。
ストリング・バンド的な地味なセッティングで、コステロもバンドの一員という感じで座ってギター弾きながら歌ってました。
やっぱりいい声!
自然体のコステロがいて、こっちも芝生に座って自然体で聞けて、すごく楽しかった。
来日したら、今ならビルボードとかのどうしようもないハコで10000円くらい払って音楽に興味ない店員の心のない接客を受けてありがたく拝聴する羽目になるでしょう。
そんなの、音楽体験とは言えない。
本人が動いてる姿が見れる、というだけでしょう。
とはいっても、日本にいたらそういう環境でしか有名ミュージシャンを見る機会はないですからね。
残念なことです。
あとは、元ブラスターズのデイヴ・アルヴィンがアメリカではすごく人気があることも、この時に知りました。
僕はフィル・アルヴィンの方が好きですけどね。


S.F.ブルース・フェスティバルにも行きました。
4〜50ドルだったと思います。
ジェームス・ブラウンを見ました。
もう高齢でそんなに動けないし、ライブ的にも決してすごいというわけではありません。
でも、観客もミュージシャンも、すごく敬意を持っていてあたたかい。
会場全体がJBを見守ってるような雰囲気でした。

これもアメリカで感じたことですが、歳を取ったミュージシャンを、すごく大事にするんですよね。
圧倒され感動するようなパフォーマンスは、もうできない。
そういう期待より、そのミュージシャンに、会いに行く感覚なんですよ。
それは、ミュージシャンと観客の間に確固な壁のある日本では、まず起こらないことです。
すごく健全で、羨ましいと心から思いました。

芝生で休んでたら、隣にいたのが実はサンタナの息子でした。
そういうことがあるのも、アメリカです。

Rosebud Agency という、音楽マネージメント会社があります。
そこの社長の奥さんが日本人で、ネットを通じて知り合いになりました。
サオリさん。

大きな事務所ではありませんが、本当にいいアーチストとだけ仕事をしていました。
ジョン・リー・フッカー、ヴァン・モリソン、ニール・ヤング、ロス・ロボスや、J.J.ケイル、メイヴィス・ステイプルズ。ニューオリンズ系でも、アラン・トゥーサン、ボーソレイユ、マルシア・ボウル、等々。

ヘイト・アシュベリー地区にオフィスがありました。
社長のマイクは、穏やかで線の細い感じの人。
当時は僕もまだ英語があまりできず、残念でした。
もっと色々話したかったです。

サオリさんは、すごく素敵な人でした。
若い頃は日本で歌っていて、バック・コーラスなども多くやっていたそうです。
で、誰かの来日について来たマイクに出会い渡米し、会社を手伝うようになったんです。
ハッピーでオープンで正直で魅力的な人。
また会いたいな。

サオリさんに連れられて、郊外の黒人向けのフェスティバルに行きました。
お客はほぼ黒人のみ。
野球場みたいな場所で、寒かった。
出演者は知らないミュージシャンばかりなので、バンドを聞くというより、雰囲気込みでイベントを楽しむ気持ちでいました。

中盤くらいでした。
スリムなスーツに黒メガネの、テンプテーションズ時代のデヴィッド・ラフィンみたいな若い黒人が、テレキャスを抱えて登場しました。
カッコいい!!
たしか一曲目は、フォートップスの"I Cant Help Myself" でした。
いや、記憶が曖昧なので、カバー自体やってなかったかもしれませんが、僕の受けた印象は、ソウル・トレイン以前の60年代のモータウンだったんです。

それが、Raphael Saadiq でした。
衝撃でした。
他の出演者は、良くも悪くも今のサウンドです。
その中にあって、独自の明確なコンセプトと素晴らしい楽曲とサウンドとステージング。
ソングライディングから、バンドの音の隅々、自身のギターのちょっとしたフレーズひとつまでが、過去の音楽の遺産を消化した上で成立しています。
そのクリエイティヴィティは突出していました。
ミュージシャン、そしてパフォーマーとしても圧倒的。
最高のステージでした。
何の予備知識もない出会いだったこともあり、忘れられません。

ちなみに、イベントのトリはメイズでしたが、あまり印象に残っていません。


サオリさんにSaadiqの名前を教えてもらい、早速CD屋に行きました。
今はソロとプロデュース業をしていますが、元々トニ・トニ・トニというグループにいたそうです。
アルバムを片っ端から視聴しましたが、どれも今時のR&Bです。
全然かっこよくない。
うーん、あれは何だったんだろう。

そうしたら、それからしばらくして、"Way I See It"が発表されました。

まさにあの時のライブのサウンド!
大名盤です。
Saadiqとしては大きな方向転換ですから、そのアルバム発表前のライブを見れたことは、貴重な体験だったんだと思います。

サオリさんに感謝です。

2015年3月28日土曜日

N.O.生活(渡米前)5 食べものの話など

僕はメキシコ料理が大好きです。
初めて行った海外がメキシコで、それ以来の大好物です。

サンフランシスコには、メキシコからの移民が多く住んでいるので、タコス屋がたくさんあります。
それで、ホテルに移ってからは毎日、タコスばっかり食べてました。

3ドルでタコス2個、くらいだったと思います。
たまにブリトー食べると、7ドルくらい。
店で食べるとチップやら飲み物やらで10ドル行きますが、テイクアウトなら安いです。

朝はスーパーで買ったパンを食べて、昼にタコスか何かメキシコ物を買って、その残りを夜あっためて食べる、という、毎日そんな生活でした。
たまにホテルの近所にある、カウンターだけのさびれたハンバーガー屋にも行きました。
ここも安くて美味しかった!
アメリカで一番のカルチャーショックは、ハンバーガーとピザの美味しさかもしれません。

チョコレートも、日本のものとは違う。
どこのスーパーにも、沢山の種類のチョコレートが置いてあって、どれも安くない。
2ドルとかそれ以上するのが普通で、食べごたえがあるんですよ。
日本の感覚だとチョコはおやつですが、それよりもオニギリやパンといった軽食に近いくらいにずっしりしています。
美味しいし、間食としてよく食べました。

あとドーナツ。
街中に普通にドーナツ屋があるのが新鮮でした。
日本ではまだドーナツって、そんなに定着してなかった頃だと思います。
最近はセブンイレブンでもドーナツ始めましたが、当時はクリスピー・クリームも東京では見たことなかったし、スタバとかも今より少なかったですから。

ホテルの建物の1階に、ドーナツ屋がありました。
深夜もやってて、よくコーヒーを買いに行きました。
店内は古くて味があって、たまりません。
さらにたまんないのが、いつ行っても、ホームレスかと思うような風体のおばあさんがずーっと同じ席に座ってるんですよ。
新聞やフリーペーパーをテーブルに雑然と広げて。
とてもアメリカ的だなーと思った光景です。

日本食は、全く恋しくありませんでした。
3か月間、日本食どころか米も食べなかったと思います。
そういえば、ニューオリンズにいた4年間だって、日本食を食べたいと思ったこと、特になかったです。
長期滞在してる日本人の中は、定期的に日本人街に行って食べたり、わざわざ日本から食材を取り寄せて料理してる人もいました。
食が合わないって、大変なことですよ。
食べ物でストレス抱えない性質で、本当に良かったです。


しばらくして、ホテルから移りました。
今度は、語学学校が斡旋するホームステイ先に。
電車とバスを乗り継いだ場所の、フィリピン人街でした。
ステイ先の主は地元のバス会社をリタイアしたアメリカ人で、奥さんがフィリピン人。
子供2人と暮らしていました。

主はたぶん60才くらい。
歩くのが大変そうなほど太ってます。
3・4度目の結婚で、奥さんは10〜20歳下でした。
子供はまだ小学生くらいでしたね。
男の子がまた太ってて、いつもソファで超大画面のテレビを見ながら、スナック食べてました。
食事も、料理もするけど缶詰めのことが多かったし、そりゃ太るでしょ。
この時も、アメリカだなーって思いました。

すごく平和な住宅街で、 そこの家族との交流以外は、英語と楽器ばっかりでしたね。
朝5時くらいに起きて、シリアル食べて、ベランダでコーヒー飲みながら単語を覚えるのが気持ちよかったです。
家族に日本の曲を演奏してくれと頼まれて、「美しき天然」をやったり。
平和でした。

そうそう、学校までの乗り換え駅の構内に移動ホットドッグ屋がいて、これがまた美味しかった!
ソーセージ自体も美味いし、刻んだタマネギやピクルスを、自分で好きなだけトッピングできるんですよ。
ホットドッグも、アメリカで目覚めた食べ物のひとつです。

2015年3月25日水曜日

Clarinet Bore Design (ボアの構造)

クラリネットのボア(菅体内側)について書かれた英語のエッセイを翻訳しました。
テキサス州サン・アントニオのリペア・マンJustin Young のHPに載っているもので、著者は不明とされています。
※Top→Woodwind Wiki→Woodwind Making Resources→Clarinet Bore Design

楽器やマウスピースの構造など専門的な内容のリソースで、日本語で書かれたものは少ないです。
今後、不定期にですがこういったものも翻訳していきたいと思います。

原文を置き換えることより、読みやすさを優先しています。
そのため、意訳したり前後を入れ替えたりしている部分もあります。
もしお気づきの点があれば、どうぞご指摘下さい。



CLARINET BORE DESIGN

クラリネットのボアの形状は、ここ50年の間で大きく変わってきました。
音響学と波形の分析技術によって、楽器としての問題点の多くは解明されてきています。
それでもまだ問題は残っており、クラリネットは未完成の楽器のままです。
音色、音程、フレキシビリティ、レスポンス、といった諸要素のバランスを取ることは、困難を極める作業なのです。



イングリッシュ・クラリネットの特徴は、ラージ・ボアです。
トーン・ホールも大きく、アンダーカット(※トーン・ホールを、管体内側に向けて広げていくこと)は行いません。
上管のボアはほぼストレートで、下管の途中から広がっていきます。
"ラージ・ボア" 
の定義は曖昧で、およそ15mm以上の内径のボア全般に対して使われます。
イングリッシュ・ラージ・ボア・クラリネットの代表とされるのは、Boosey and Hawkes のモデル 926 と 1010 です。
それぞれの内径は15.15mm と 15.3mm で、当時最高峰のクラリネットとして認められていました。
Boosey and Hawkes は、1981年に Buffet Crampon を買い取って以来、イギリス国内でのクラリネットの生産をストップし、ラージ・ボア・クラリネットの生産も行っていません。
今日イングリッシュ・ラージ・ボア・クラリネットを生産しているのは、おそらく Peter Eaton のみでしょう。


ジャーマン・クラリネットは、音楽面・設計面で、独自のスタイルを貫いてきました。
ベーム式クラリネットが世界的にスタンダードとなってからも、ドイツ周辺ではエーラー式が使われ続けています。
エーラー式はラージ・ボアで、内径は広いものだと15.3mmほど、形状はベル部分を除いてほぼストレートです。
かなりのアンダーカットが施され、それが独自の音色を生んでいます。


フランスでは、様々なボア・サイズのクラリネットが作られてきました。
スモール・ボアには通常アンダーカットが施されますが、ラージ・ボアにもアンダーカットを行うのが一般的でした。
1920年頃、 Selmer がアンダーカットを最小限に抑えたラージ・ボア・クラリネットを発表しました。
内径は 14.8mm-14.85mm で、これらは世界的にもラージ・ボア・クラリネットの最高峰のひとつと見なされています。
Selmerは、このタイプのクラリネットを1960年頃まで作り続けました。
Buffet Crampon も1900年代前半にはラージ・ボア・クラリネットを生産していましたが、これらはアンダーカットが大きく施されており、Selmerほどは評価されていません。



クラリネット設計上の一番大きな問題点は、オクターブ・キイを使用した時の、12度の音程です。
これはボアの内径によって左右され、例えば 14.5mm-15.00mm の間では、12度の間隔が狭くなる傾向があります。
クラリネットにおいては、ピッチが高い・低い、ということよりも、12度が広いが狭いか、ということが話題にされます。
レジスター・キイを挟んだ音同士は密接な関係にあります。
そのため、12度の幅が狭い場合、低い方の音を正確に取れば、レジスター・キイを押した上の音は低めになりますし、上の音を正確に取れば下の音が高めになってしまいます。



アンダーカットは、音色に影響を及ぼします。
内径が細いほど多くのアンダーカットが可能で、広い内径ではアンダーカットは難しくなります。


もうひとつの大きな問題点は「スピーカー・ホール(オクターブ・キイのトーン・ホール)」です。
これがオクターブだけではなく、中音域のシbの役割も兼ねる点が問題なのです。
スピーカー・ホールの大きさと位置とは、この2つの妥協点を探して決定されます。
しかし本来であれば、シb用のトーン・ホールは、バレルの上端からおよそ80-90mm の位置にあるべきなのです。


理想的には、それぞれの音に対応した位置に、複数のオクターブ・キイを持つべきなのです。

シb専用のトーン・ホールを持つクラリネットは、今までにも開発されてきました。
有名なものに、SKシステム、Mazzeoシステムがあります。
これらのクラリネットでは、スピーカー・ホールはオクターブの役割のみを考えて設計されます。
しかし、どれも普及せず、現在では使われていません。
Selmerも、MARCHIシステムと呼ばれるクラリネットを発表したことがありますが、特殊な指使いが必要なため、演奏家には受け入れられませんでした。


スピーカー・ホールが2つの役割を委ねることで、12度の音程の正確さが失われます。
クラリネットのスピーカー・ホールは、菅体の中央部分の音に対しては、ほぼ正しい位置にあります。
しかし、上部の音に対しては低すぎ、下部の音に対しては高すぎるのです。
このため、楽器の両端の音ほど、12度の幅が大きくなってしまいます。


以下は、この音程の問題を図で表したものです。


低い方の音域が正しい場合、レジスター・キイを押した音域ではこの図のような音程になります。

このような音程は、楽器としては問題があり、今後も研究されていくべきでしょう。



1945年、Buffetのデザイン主任にRobert Carreeが就任しました。
彼によって、Bbクラリネットの設計上、20世紀最初の大きな改良が成されました。
音色を追及するため、トーン・ホールにアンダーカットを施せるように、Carreeは内径を14.6mmまで細くしました。
そして、ボアの形状は今までのようなストレートではありません。
場所によって内径を変えることで、12度の音程の問題を調整しようと試みたのです。
異なる3つの円筒形が連なったような形状で、彼はこれを "polycylindrical" ボアと名付けました。


Carreeはこのボアを用いて、20世紀で最も成功したクラリネット、R13を開発します。
R13は、1955年に発表され、クラリネットの設計の流れを変えました。
現在でも、クラリネットを選ぶ際の基準のモデルとされています。
R13以降、ほとんど全てのクラリネット・メーカーがスモール・ボアに移行し、各社独自のボア形状を開発するようになったのです。



管楽器のボアに関する研究の第一人者は、A Benadeでしょう。
彼は多くの研究論文を発表するだけではなく、楽器の設計について多くのアイディアを持ち、独自のクラリネットのデザインまで行っています。
彼のアイディアを製品化するメーカーがまだ現れていないのは、とても残念なことです。

Benadeの論文は非常に専門的で、簡単には理解できない箇所もあります。
しかし、それまで伝統に沿って行ってきた楽器の設計を、理論的な側面から解明した功績は、広く認められています。


Carree の考案した3段階のボア設計についてのBanade の説明をまとめると、以下のようになります。

上管(top joint) の内径を広げることで、中音域の基音が下がり、12度間隔が広がる。
下管(lower joint) の内径を広げることで、反対に音程が上がり、12度間隔が狭くなる。
ベルの入口を細くすることで、管体下部の12度間隔
が狭くなる。

(ただし、やりすぎるとベル付近の音の抜けが悪くなる。)

つまり、ボアの特定の箇所の内径を変えることにより、その箇所に対応した音の12度間隔を調整しているのです。


上管ボアの上部を広く設計することで、楽器の中心部分における12度の間隔が広がります。
下管においては、内径を広げ、トーン・ホールにアンダーカットを施し、ベルの入口を細くすることで、管体下部の12度間隔を狭めます。
さらに、アンダーカットを追加することで、クラリネット上部の12度を狭めています。


アンダーカットを施すと、基音の音程が上がるので、12度は狭くなります。
菅体の上部および下部においては、スピーカー・ホールの影響で12度が広がってしまうため、アンダーカットが有効なのです。
しかし、アンダーカットは全体の音程バランスを悪化させてしまう可能性もあるので、細心の注意が必要です。




残る問題は、ボアではなく、ベーム式の運指によるものです。
例えば、ド# / ソ# の音の抜けが悪い点などがこれに当たります。

運指による音抜けの悪さは、トーン・ホールを追加することで解決可能です。
この工夫は、Boosey and Hawkes 1010 や、リフォームド・ベーム・システムに採用されています。
これにより12度が広くなり、高音のミbの音程も改善されます。



ボアの形状に関しては多くのことが解ってきましたが、まだ全てが解明されたわけではありません。

ボアのサイズや逆円錐形の形状、トーン・ホールの大きさや位置、アンダー・カット等は、楽器全体に様々な影響をもたらします。
最終的には、最もバランスの取れた妥協点を見つけ出す作業になるのです。



また、マウスピースとの組み合わせの問題もあります。
多くのプレイヤーは、楽器を変えてもマウスピースはそのまま使いたいものです。
しかし、クラリネット・メーカーによっては、マウスピースまで含めてボアの設計を行うケースがあり、そうすると他社のマウスピースが合わないのです。
これは、クラリネット奏者にとって大きな悩みの 種となっています。

2015年3月24日火曜日

N.O.生活(渡米前) 4 S.F.での宿、City Lights Bookstore

泊めてもらったブルースとキャロル夫妻の家は、山の中腹にありました。
San Anselmoという小さな町で、裕福な人たちが多く住んでいました。
サンフランシスコ市街からは離れていて、ゴールデン・ゲイト・ブリッジを渡った先にあります。

彼らは二人とも、自宅でカウンセラーみたいなことをやってます。
細かいことは分かりませんが、顧客には著名人も多くいて、遠くから通ってきます。
飛行機で講演に出かけたりもしてました。

自然の中の、ゆったりとした暮らし。
二階建ての家も美しい。
華美なものはなくシンプルで、全てに余裕が感じられます。
あそこで過ごすだけで、身も心も浄化されていくような気がしました。


アメリカでよく思ったことなんですが、向こうのお金持ちって、本当の意味でいい暮らしをしてる。
変に偉ぶったりしないで、自分の生活を大事にしている。
だから余裕があるし、他人も尊重できる。
人間的に魅力があって、尊敬できる人が多かったです。

お金の使い方を本当によく知ってる。
それは、お金をどう使えば心身共に健康でいられるか、ということ。
テイクじゃなくてギヴの精神。
コミュニテイを大事にし、アートや芸術に敬意を払っている。
若者やチャレンジする人を心から素直に応援する。

そういう価値観がベースになって、「パトロン」と呼ばれる形があるんじゃないかと思います。
パトロンて、日本ではあまりいい印象の言葉ではありませんが、本来はすごく健全で幸せな関係なんだなと、アメリカにいて思いました。


健全で健康な生活でした。
早起きして、学校に行って、帰って山の中で楽器を練習して、キャロルがたまに歌うのにクラで付き合って。

いろんな所に連れていってもらいました。
いい値段するであろうレストランから、何かのパーティや、山歩きや。
車で少し行けば、ものすごい大自然が広がってるんです。
隣町San Rafaelは、ジョージ・ルーカスが「アメリカン・グラフィティ」を撮影した場所で、よく車でアイスクリームを食べに行きました。
アメリカ人はアイス好きですよね。
ロスでジーンズ作る会社をやってる娘に会いに、キャロルと2人でロスまで8時間くらいドライブした時も、すぐ寄り道してアイス買ってましたね。

すごく素敵な夫妻。
息子みたいにしてくれたし、僕も、親のように、感じています。


ただ、学校が遠かった。
バス代が高くつくんです。
さすがに1か月、2か月もお世話になるわけにもいかないし、ホテルに移りました。

歩いて学校に行ける距離にある、安ホテル。
一泊30ドルくらいだった気がします。
週単位で借りると安くなるんです。
思ったより綺麗で、狭いけど快適でした。
映画「ブルースブラザーズ」の冒頭に出てくるホテルを、もっと小さくしたような感じかな。
色んな人がいました。
住んでる風な老人もいました。

そして嬉しい驚きが。
なんと隣のブロックにCity Lights Book Store があったんです!

ビートニクを象徴するインディペンデントな本屋。
ギンズバーグの「吠える」をはじめ、多くの書籍を発行し、50年代にはポエトリー・リーディングもここで盛んに行われていたようです。

サンフランシスコはヒッピー文化で有名ですが、僕はそのヒッピーの源流となったビートニク運動の方に惹かれます。
中期までのトム・ウェイツや、映画「裸のランチ」の雰囲気ですかね。
僕自身、ビートニクぽいって言われたことも何度かあるし、性に合ってるんだと思います。

偶然発見したことが、なおさら嬉しかったです。
店内には当時の写真も飾ってあり、「吠える(Howl)」のステッカーも売ってます。
なぜかここでザディコの雑誌を買いました。

日本でもしばらく前から、City Lights BookStore のトートバック見かけますね。
持ってる人がいると、ちょっと嬉しくなります。

2015年3月23日月曜日

Bulletproof Musician: 練習以外の練習方法

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。


A Simple Way to Keep Music in Your Fingers When Practicing More Isn’t an Option


気軽に音楽が聞ける時代になりました。

今や音楽はどこにでも溢れています。
パソコン、携帯電話、テレビ・・・いつでもどこでも
簡単に楽しむことができます。

早送り、巻き戻し、リピートなどの操作も簡単で、好きな曲、あるいは好きな箇所だけ繰り返し聞くことも可能です。

忘れがちなことですが、こんなに気軽に音楽を聞けるようになったは、実はつい最近のことなのです。

母は昔の思い出話が好きです。
私が小さい頃、よくスズキ・メソッド(※世界的に有名な子供向けの音楽教育法)のレコードをかけてくれました。
片面が終わるたびに、針を戻しに何度も階段を上り降りしたことを、今でも嬉しそうに話します。
スズキ・メソッドのレコードは短いものが多いので、母にとってはいい運動になったことでしょう。

カセットテープも、まだまだ不便なものでした。
曲を聞きなおそうと思ったら、ボタンを押し続けながら、じっと座ってテープが巻き戻るのを待たなければいけません。
巻き戻すタイミングも難しく、ボタンから指を放すのが遅れると、巻き戻り過ぎて曲の頭を逃してしまいます。
まったく不便です。

しかし不便でも、母は音楽を聞くのが大好きでした。
私が目覚めると、家の中にはすでに音楽が流れていましたし、学校やレッスンの送り迎えの車の中でも、ずっと音楽がかかっていました(カーステレオなどなかった時代です!)。
私がベッドに入る時でさえ、まだ音楽が聞こえていたものです。


ところで、こうしてたくさんの音楽を聞くことには、どんな効果があるのでしょうか?


Learning by ear

元ピアニストの神経科学者Amir Lahavの研究チームが、まさにこの問いに関する実験を行っています。

音楽経験のない36名の被験者を集め、短いメロディを聞いて覚えてキイボードで弾く、という課題を与えます。
初回では、まずはミスなく弾けるようになるまで練習します。
30分もあればほとんどの参加者は弾きこなせるようになります。

そして一週間空けて、再び被験者を集めます。
ここでは全員を3つのグループに分け、20分間のテストを三日間に渡って行います。

Aグループは、楽な姿勢で座り、課題のメロディを繰り返し聞いて20分間過ごします。
その間、音楽に合わせて指を動かさないように、手のひらは上に向けた状態にしておきます。

Bグループは、課題のメロディが流れる中で、20分間難易度の高いジグソーパズルに取り組みます。

Cグループは、楽な姿勢で座り、自然の環境音を聞いて20分間過ごします。

ピアノに向かうのは、初回の30分練習のみです。 
あとは、課題のメロディを聞く機会が、A・Bグループに与えられるだけです。


A test!

更にまた一週間後に、どれだけ正確にメロディを弾けるか、最終テストを行います。
チャンスは一度だけで、やり直しはありません。

評価基準は3つあります。

1.音程(正しい音を弾けたか)
2.リズム(タイミングは合っていたか)
3.強弱(メロディの強弱を再現できたか)


Wait, what?

結果は意外なものでした。
全く練習をせずに音楽をただ聞くだけで、メロディの再現能力が向上していたのです。

音程に関しては、Aグループが他の2つのグループより遥かにいい結果を出しました。

リズムと強弱に関しては、A・B両グループが、Cグループを圧倒しました。

興味深いのは、AとBの間で差が出たのは、音程のみだったことです。
リズムと強弱においては、大きな差は見られませんでした。


Why?

この実験は、音楽的経験のない人々が単純なメロディを覚える、という限定的なものです。
しかしながら、いくつかの研究によると、音楽を聞くことで脳内に何らかの変化が起こり、学習能力が高められると言われています。

例えば、ミュージシャンを対象としたある研究では、聴覚への刺激は、脳内の運動を司る部位の活性化に繋がることが分かっています。

もちろん、さらなる研究は必要です。
しかし、音楽を聞くことが練習の助けになることは、間違いないでしょう。
少なくとも、曲を忘れないようにしたり
思い出したりするには有効なはずです。


Take action

大事な本番が迫っていて、覚えるべき課題が山ほどある。
あるいは、単純に短期間で膨大な曲数を覚えなくてはならない。

そういう場合には、ジョギング、車の運転、料理をする時などに、覚えたい曲をBGMとして流しておくのです。
練習に集中できない時に、ただ曲を聞いて過ごすのも良いでしょう。
音楽に合わせて指をタップしたり、心の中で演奏をイメージするだけでも違うはずです。


少なくとも、音楽を聞くことで害はありません。


2015年3月21日土曜日

フルートへの旅 後編

僕はアルバート式という古いクラリネットを吹いています。
もう廃れてしまった楽器で吹き手もいないので、国内で入手するのは簡単ではありません。

しかし!
実はこの東京に、膨大な数のアルバート式クラリネットを所有する人物が住んでいるんです。
クラリネット・ボックスという運営HPからも、とにかく楽器への愛情が伝わってきます。

ヴィンテージ楽器って、いいものは高いです。
逆に、お金があれば買えるわけです。
でもこの方の場合は違います。
そもそも大金持ちというわけではないですし(失礼!)。
国内外で入手した楽器を、なんと自分で直すところから楽しんでいるんですよ!

修理に関しては、内外の文献やプロとの交流から学んだそうで、実際その知識の深さと交流の広さには感服します。
今でも、歴史的名器などは専門家に修理を依頼していて、そうした交流の話を聞くのも楽しいです。

自宅には、まだいくつもの楽器が修理を待っています。
その中には、いわゆる「コレクター」が興味を示さないであろう楽器もあるわけです。
ここで修理されなければ、もしかしたら二度と誰にも演奏されることがないかもしれません。

こんな楽しみ方、楽器への深い愛情と情熱がなければできません。 
それぞれの楽器が、修理された時どんな音がするか想像するのは、格別でしょう。
うらやましいです。


今まで何度かお邪魔して、素晴らしい所有楽器の数々を吹かせていただいきました。
楽器を購入する際にも色々とアドバイスいただき、とてもお世話になりました。

古い楽器に精通している方なので、僕の状況を相談してみたんです。
そしたら!
フルートに関してもやはり詳しかった!
そして、「フルートも持ってるから吹いてみますか?」と。
早速、行ってきました!


気になっていた楽器が、ズラリと目の前に並んでいます。
圧巻です。
僕はフルートは吹けないので、代わりに吹いてもらいます。
しかも、それぞれの楽器の解説付きで。
なんて贅沢!
これだけの貴重な楽器を最初から聞き比べられるなんて、世界一幸せなフルート初心者でしょう。

聞き比べてみると、やっぱり木管の音色がいいんですよねー。
見た目も素敵だし。
ただ、古い木管は音が小さい。
僕はライブでも使うわけですから、たぶん厳しい。
状態のいいヴィンテージの木管は、安くないですしね。

さらに、クラリネットとフルートでは、思ったより指の感覚が違っていました。
左手の指の角度が、違うんです。
クラリネット、少なくともアルバート式は、楽器に対して指を直角に構えます。
対してフルートは、かなり斜めから指を当てるんです。
なので、仮にMeyer式の指使いがアルバート式と同じだったとしても、持ち替えはだいぶ苦労するでしょう。
それなら、運指の楽なボエーム式から始めた方が現実的です。
何せ、まだ音も出ない初心者ですからね。

というわけで、古い木製フルートは諦めることにしました。
さて、じゃあボエーム式フルートではどれがいいのか。

製作国ごとの音色の傾向は、確かにあるようです。
ドイツは重厚で、フランスは華やかで繊細、と言われますが、その通りに感じました。

これはクラリネットでも同じ傾向があるんですよ。
国民性、なんでしょうかね。

また、やはり各メーカーの特色もあります。

ただですね、色々な要素がありますが、最終的には奏者の個性なんです。
同じ楽器を違う奏者が吹けば、違う音になります。
なので、まずはある程度フルートが吹けるようになるのが先だろう、という結論になりました。
ある程度吹けて、自分の個性が分かってから、その個性に合う楽器を選んだ方がいいだろう、と。

クラリネットの時だってそうでした。
最初からアルバート式を吹いていたわけではありません。
僕の演奏を聞いた人から、アルバート式が合うんじゃないか、と言われて、吹いてみたらピッタリだったという訳なんです。

吹きやすさで比べたら、日本製の新しい楽器が、初心者には一番でしょう。
それは分かってるんです。
でも、どうにも気乗りがしなくて。
なんというか、ロマンがないじゃないですか。

楽器に、楽器の持つドラマに、インスパイアされたいんですよ。
愛着を持ちまくりたいわけです。
そんなことを話していると、「お貸ししますよ」と。
うわー!嬉しいです!
ありがたく、お借りしました。


1950年製作のDjalma Julliot(ジャルマ・フリオ)。
いわゆる「オールド・フレンチ」の楽器です。
「Maillechort(マイショー)」と呼ばれる洋銀製で、現在の洋銀と配合が違うために良い音がすると言われています。
楽器もハンドメイドで作りがいいと聞きます。
僕はまだ吹けないので、何とも判断できないのですが、とにかくロマンがあるじゃないですか!

それにしても、いい大人が二人して、50〜100年前の楽器を並べて、「ああ!」とか「おお!」とか、「このキイの曲線のシェイプが〜」とかやってるわけです。
だいぶおかしいですよ。
本人達は、ものすごく楽しいんですけどね。

つくづく思いました。
けっきょく、古い楽器が好きなんですよね。
昔の楽器は美しいです。
キイのシェイプひとつとっても、今の楽器より美的に優れています。
機械では作り出せない、うっとりするようなディテール。

音色も、昔の楽器の方が好きです。
倍音や鳴りといった具体的な面では、現代の楽器の方がきっと優れているはず。
でも、古い楽器は何かが違うんです。
雑味のような、不揃いで不安定な部分があって、きっと僕はそういう部分にグッとくるんだと思います。
不安定なものって美しいです。

新しい楽器は、奏者のコンセプトをいかに効率よく音にするか、ということでは、非常に優秀です。
古い楽器の場合、効率は悪いです。
自分のコンセプトよりも、むしろ楽器のコンセプトとでも言うような、楽器の持つ個性を奏者側が音にしていく感覚があります。

不安定な楽器と奏者との対話が、両者の持ってるものを超えた、マジックを生む。
それが、古い楽器を演奏する醍醐味だと思います。


それにしても、木製フルート、いいなー。
上手くなったら、ヴィンテージの木製フルートを手に入れて、頭部菅だけ音量の出るものに変えて、使ってみたいなー。

フルート、練習します!



※上から、Oskar Oehler(オスカール・エーラー)、F.A.Uebel(F.A.ユーベル)製のエーラー式クラリネット、Buffet Crampon 製アルバート式クラリネット。
一番下はRudall Carte製木製フルートで、オープンG#を一時的にクローズドG#に変えてありますが、すぐに元に戻せる状態だそうです。