2015年7月29日水曜日

アキヤマフルート

木管フルートの修理が終わりました!
といっても、直しに出してたことも知らない人がほとんどですよね。

アキヤマフルートにお世話になりました。
しばらく前、フルートを手に入れた時に見せに行って、吹き口の穴のサイズについてアドバイスをもらい、修理をお願いしたんです。
加えて、ケースも付属してなかったので、楽器に合わせて作ってもらいました。
木管なので、既成のケースではサイズが合わないんですよ。

よくやく吹き口の直しも完了、ケースも出来上がったということで、お昼の暑い最中に自転車で30分、練馬まで取りに行ってきました。
日に焼けました。

修理は、もちろん完璧です!
前とは違って楽に音が出る。
細かい調整もしてくれたとのこと。
素晴らしい!

ケースもバッチリ。
フルートのケースって、タイトなんですね。
クラやサックスと違って、クッションもなくて、隙間なく楽器を収めるようになってる。
よく出来てるなー。

秋山さんは、リペアマンではなく、楽器製作者です。
ルイ・ロットという100年ほど前に作られていた名器を範としてフルート製作を行っています。
音色を追求した結果、同時代の銀食器を手に入れて、それを加工してなんと管体から作ってるんですよ!

このアンティークの銀のフォークやお盆が、フルートのボディになります。 
しびれます!

もちろん、こだわっているのは素材だけではありません。
パッド等の細部に至るまで、独自の方法を追求しています。
フルートをまだあまり知らない僕にとっては、細部のメカニズムまで興味深い話ばかりです。


コーヒーを頂きながら小一時間ほど、色々な話をしました。
フルートの設計面だけではなく、秋山さんの楽器や音楽に対する考え方にも共感する部分が多く、刺激になりました。

楽器や、そして奏者からも、繊細さや表現力が失われてきている。
あの人の音色をもう一度聞きたい!と思わせる奏者が少ない。
音楽的な音色が出せないことを、機械的なテクニックでカバーして、それで上手いと思い込んでる奏者が多すぎる。
極論、1つの音のロングトーンだけで勝負するべきだ、と秋山さんは言います。

その通りだと、僕も思います。
もうね、曲芸のようなものが音楽と呼ばれている状況が普通です。
大きい音で早いフレーズを正確に演奏することがプライオリティになってしまっている。
指が早く動くことと、それが音楽的かは別問題のはずなのに。

僕自身、音楽学校ってくだらない、というブログ記事を書いたこともあります。

心の中に音楽が鳴っていなければ、音楽にはなりません。
指が早く動くことは肉体の鍛錬の結果に過ぎず、音楽とは無関係。
だから、テクニックを磨いただけの奏者から出てくるのはただの物理的な「音」に過ぎなくて、音楽ではない、ということ。

さらに、秋山さん曰く、現代の楽器は進化しているとは言いがたい。
楽器は本来、誰でも同じ音が出るのじゃなくて、吹き手によって違う音になるはず。
誰でも同じような音が簡単に出せて、音量が大きく操作し易いという、表面的で分かりやすいことばかり優先すると、深みや繊細さがなくなってしまう。
インスタントに音が出る方が、本当はおかしい。
口先の部分だけで鳴るはずはなくて、身体全体を使って響かせないといけない。
なかなか音が出ないものを、練習していい音を作っていくべきで、楽器にはそういう作業のできるポテンシャルがないとダメだ。

同感です。
未完成なものを理想に近づけていくのが面白いわけだし、その過程でいわゆる個性も作られていくんだと思います。


フルート製作について、「これでビルは建たないよ」と言ったのが印象深かったです。
確かに、ビルが建つようなものはどこか信用できない。

面白く、そして身の引き締まる話ができました。
こんな風な考えを持ったクラリネット製作者が、国内にいないもんかな。
僕も古い楽器を使っています。
キイにはガタつきが出てるし、ピッチは悪いし、すぐに狂うから頻繁に調整が必要だし。
新しく楽器を作ってもらえたら!

フルートが上手くなって、どんどん使うようになったら、いつか秋山さんの楽器を吹きたいです。
練習します!

2015年7月26日日曜日

数日充実

ここ数日のことを。

コロリダス、2ndアルバムのレコーディングを開始しました!
メンバーになって半年少し。
バンドの音も固まってるとは言い難しいしまだ早いだろう、まあ今回はとりあえずショウケース的な捨てアルバムと割り切って次作ですごいの作ればいいや、と、正直あまり気乗りしなかったんです。

でも、予想外にいいのが録れた!
やっぱりレコーディングとなると、集中します。みんな自分の音にシビアになります。
なんだ、やればできるじゃん俺ら。
この調子でどんどんグルーヴ出ていったらいいな。

けんた宅に機材を持ち込み、2日で4曲録りました。

まだラフの状態ですが、なかなか良いです。
これは完成が楽しみだ!

レコーディング翌日も、コロリダスのリハ。
9月のレコーディングに向けて曲を詰めます。
どんな曲やどんなアレンジやどんなフレーズでも、最終的にはグルーヴしかないですからね。
こういう作業を、もっと重ねていきたいです。

そして夜は恵比寿ARIETTAでギターとデュオでライブ。
初共演の八木橋恒治!

いやー素晴らしかった!
いいプレイヤーなのは分かってたんですが、引き出しの多さ、そして柔軟さが最高です。
僕もだいぶ自由に吹くことができた。
合うギターとやると、こっちもいいプレイができます。
話すと、やっぱり色んな音楽を聴いてる。
エイモスギャレットやエノッキーさんの名前も出てきます。
うん、間違いなかった!またやりたい!
モッチェ永井が立ち寄って、数曲歌ってくれました。
相変わらずいい声してるなー。
盛り上がって、いいライブになりました。
さすがモッチェ!

三田シェフの料理はいつもホントに美味い!
八木橋さん、モッチェ、ありがとう!

そして昨日は群馬県富岡市。
よいまち祭りというイベントに、コロリダスで出演しました。

富岡市には、世界遺産に認定された製糸工場があります。
昼間は別のお祭りもやってて、だいぶ賑わっていました。

演奏したのはこんな場所。
明治時代に建てられた倉庫だそうです。

意外に年配のお客さんが多かったです。
たぶん、普段いわゆるバンドなんてあまり聞かない人もいたんじゃないかな。
でも、そういう人って、逆にすごく素直に反応して楽しんでくれるんですよね。
昨日もそうでした。
すごく嬉しかったです。
そういう時、音楽やってて良かったなと思います。
群馬、いいっすね!
近いし。

なかなか充実の4日間でした!

今日は老人ホーム(?)でディキシーランドジャズ演奏。
詳細は行ってみないと分かりませんが、充実した1日になるといいな。

2015年7月22日水曜日

Italian Bar ARIETTA

スケジュールには載せていませんでしたが、明後日の金曜夜、恵比寿のイタリアンARIETTAで演奏します。

1月に惜しまれつつ閉店した渋谷の名店BENCIのオーナーTake Mitaが、期間限定シェフを務めることになり、そのキックオフ・パーティです。
これはね、いいですよ!
三田さんのパーティにハズレはありませんからね!

お店は、恵比寿と広尾の中間あたり、明治通り沿いにあります。
恵比寿駅から5〜10分くらいでしょうか。
落ち着いた内装で、インティメイトな雰囲気です。


ニューオリンズ、ブルース寄りの古いジャズを、ギターとデュオで演奏します。
お相手は初共演、八木橋恒治!
ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドバロンと世界一周楽団など多方面で活躍する人気ギタリストです。
最近アルバムを出した話題のシンガー、モッチェ永井のバンドでも弾いてますね。
楽しみです!

ライブがメインの場所では味わえない、スペシャルな夜になることは間違いありません。
三田シェフの料理はもちろん絶品です。
お店のお勧めワインも美味かった!

店長のジーナさんが、また素敵な人です。
笑顔がキュートで、気さくな女性。
若い頃はN.Y.でレコード・レーベルを運営し、帰国してからは、当時は数少なかったプロフェッショナルのポール・ダンサーとして活動していたそうです。
素敵そうでしょ?
きっと彼女に会いに来るお客も多いんじゃないでしょうか。
フランクな接客で、お店の雰囲気を作っています。
店主が魅力的なお店は、間違いありません。

いいお店でやると、いい演奏ができます。
八木橋氏とは初共演ですが、その腕前は折り紙付き。
つられて僕も普段よりいいプレイができるのでは、と密かに期待しております。


小さなお店なので、混み合うかもしれません。
でも、これはきっと楽しいに決まってる。
オススメしない訳にはいかないじゃないですか!
チャージもないので、是非!お立ち寄り下さい!

7/24(金)
Italian Bar ARIETTA
Open 19:00
Entrance free
Drink ¥500〜
Food ¥500〜

http://www.bar-arietta.net/
港区広尾1-11-2

03-6408-5111

2015年7月21日火曜日

Bulletproof Musician: 信じる力

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。
ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。
音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。




Why is 3:59.4 Such a Significant Number?



自分の可能性について考えたことはありますか?
才能や限界、どこまで行けるのか、といったことです。

どんな未来か、5〜10年後の自分のキャリアを想像してみて下さい。
理想像ではなく、現実的に考えたイメージです。

想像できたら、それをノートに書き出して下さい。
その、ノートに書き出したイメージが、(少なくとも現状の先にある)キャリアの限界です。  

ノートに書き出すのは、ふだん漠然と思っているイメージを明確にすることです。
良くも悪くも、自分の想像を超えたものには成れません。
未来は、何を願うかで決定されるものなのです。

以前書いたように、成功するには粘り強さが必要です。
粘り強く続けるためには、どれだけの困難が待っていようとも、自分を信じることが重要なのです。


未来の選択肢

想像できない未来は選択肢にも入らない、と言われます。
チャレンジし続けるには、いつか実現すると信じることが大事なのです。
失敗するだろうと思いながら何かを続けることは、不可能に近いでしょう。

『ジム・キャリーはMr.ダマーでキャリーの演じたキャラクターを覚えていますか?
とことん前向きで、何があっても信念が揺るがない。
彼の姿は滑稽です。
しかし、実際に成功者の多くは、新しいことを成し遂げる過程で、滑稽な姿を晒してきたのです。


3分59秒

1954年には、人間が1500mを3分台で走ることは、不可能だとされていました。 
肉体が負荷に耐えられないと考えられていたのです。
そこまでしたら死んでしまうと言う者さえいました。

しかし、誰もがそう考えたわけではありません。
人間は1500mを3分台で走れると、しかも自分でやれると思った人物がいました。
彼はロジャー・バニスターという英国人。
25歳の医学生でした。

その後の2年間、バニスターは何度も4分すれすれのタイムを出しますが、なかなか目標には手が届きません。
しかし、ついに1954年5月6日、彼は1500mを3分59.4秒で走り、歴史を塗り替えることに成功します。

バニスターの成功を目の当たりにして、多くの人間が、 “あいつにできるなら、俺だってやれるはずだ、”と思いました。
そして実際、続く3年間で、16人ものランナーが4分の壁を破ったのです。


ワクワクする未来像

未来のイメージに話を戻します。
先ほどノートに書き出したものは、おそらく妥当な未来像でしょう。
しかし、それを見てモチベーションが上がりますか?
その姿を浮かべることで、ワクワクしたり、自然と笑顔になり足が軽くなりますか?
目標を達成するためには、その目標自体がやる気を刺激するものであるべきです。
そうすれば、様々な壁にぶつかった時にもモチベーションを保つことができます。

中には、目標を高く設定して失敗するのが怖い、と考える人もいるでしょう。
これはよくある間違いです。
将来にある "かもしれない" 後悔を、現在の "確実な" 失望感に置き換えているに過ぎません。
もし人生でやり直せることがあるとしたら?と聞かれ、失敗した出来事を挙げる人間はあまりいません。
5人中4人は、挑戦できなかった出来事を挙げるものです。
人生を振り返った時、思い出して後悔するのは、失敗ではありません。
挑戦を恐れて楽な道を選んだことなのです。


あきらめる理由はない

未来が分かる人間はいません。
自分の限界を知ることはできないのですから。
そうしてみると、「才能」はあまりに過大評価されていると言えるでしょう。
世界的に成功した人物を考えてみてください。
彼らは必ずしも、「才能」があって簡単に目標を達成できたわけではありません。
努力家で、粘り強く、情熱的で、自分を信じる力があったのです。

できると信じることで、
可能性の限界は広がっていくのです。


思考を書き換える

思考は、周囲の環境によって形作られます。
自分より経験のある人物に影響されたり、あるいは自分で自分に信じ込ませている部分もあるでしょう。 

他人の考えを変えることはできません。
他人の考えに影響を受けずにいることもできません。
しかし、自分の頭の中のイメージを変えることはできます。
イメージを書き換えることで、未来は変わります。

寝る前に、自分に繰り返し言い聞かせるんだよ。“打つぞ!打つぞ!何のために生きてるんだ。打ってやるぞ!” って。いつも150回くらい繰り返したね。 それから、ヒットを打つ自分の姿を、いろんな視点から想像してみるんだ。ファンの視点や、控え室のマネージャーの視点から、イメージしてみる。グラウンドにいる自分の姿を、いろんな角度から想像してみたよ。 
うぬぼれてたわけじゃないけど、1996年のシーズン最初の頃、MVPと首位打者のタイトルを獲ることを想像してたんだ。トロフィーを頭の上に掲げる自分の姿をいつもイメージしてたよ。打率は3割8分と決めていた。3割8分、3割8分、3割8分、、、頭の中に数字がはっきりと浮かんでるんだ。 
-Alex Rodriguez(アメリカのプロ野球選手。年間MVPを3度獲得し、全米オールスターに12回選ばれた。)

N.Y.フィルハーモニックの主席奏者になった自分を想像するのです。
あまりに現実離れしていると思うなら、まずは地域のオーケストラの主席に着く姿をイメージしてください。
それから、大都市のオーケストラに入ります。
そこでの経験とちょっとした運があれば、N.Y.フィルの新メンバーとして迎えられるでしょう。
もう、主席奏者のポジションを想像するのも難しくないはずです。

不可能とは言い切れない

現在より少しだけ大きな位置にいる自分の姿をイメージしてください。
それを続けるうちに、自然とこう考える習慣がつくでしょう。
“よし、やってみよう! もっとウソみたいな事だって山ほど起こっているんだから。できないとは言い切れない。

必ず間違いなく成功する、とまで頑固な頭を納得させる必要はありません。
実現の可能性がゼロではない、ということを、知っているだけでいいのです。


The one-sentence summary

“成功すると思う時も、失敗すると思う時も、たいてい予想通りになるものだ”  
ヘンリー・フォード

2015年7月16日木曜日

「オリジナル」って、べつに偉くないと思う

ニューオリンズ大学での授業中、ああ俺はジャズ無理だと思ったことがありました。
曲の最後を、1度のコード=ドミソの音で終わるのを、「boring(つまんない)」だからと言って、いろんな「interesting(変わった)」なコードに置き換えて教授が実演してみせたんです。

確かに変わったサウンドでした。
でも、その「boring」という感覚が、そもそも僕の中にはないんです。
僕だったら、同じキイの循環コードを一晩中演奏してても楽しいだろうなーって、その時思ったのを覚えてます。
この「boring」という言葉が、ジャズ科にいる間ずっと自分の中で引っかかっていました。

「boring」より「interesting」の方がいいという感覚。
人とは違うこと、新しいことをやることがいいという感覚。
これが僕の中にないし、その考え方に共感もできないんです。
それはただの比較でしょう?
表現をするにあたって、何かと比較することこそ、不純に思えてしまうんです。


たぶん15年くらい前、久保田真琴がソロ名義で新譜を出しました。
いいアルバムだったと、記憶しています。
それを聞いて、今更あんな新しさのないアルバム出したって意味ないよ、と言った人がいました。
その発言に、強烈な違和感を覚えました。
僕は、そのアルバムがいいかどうかを話したいのに、彼は、新しい音ではない、ということで切り捨ててしまう。
耳はあるのかよ?
体が動いたり涙が出たりするのは、新しさと何の関係もないだろ?って、思ったんです。

そもそも、誰もやってない新しいことを発明しようなんて、無理だと思うんですよ。
どんなに新しく見えることも、過去に誰かやってたりします。
全ての新しい表現は、実は過去の断片の組み換えでしかない。
でも、その人の送ってきた人生は、誰とも違う。
ありふれたフレーズを演奏しても、そこにその人自身がちゃんと反映されてれば、それは誰とも違う音になるはずです。
逆に、そこまで深い部分でどこかの誰かと全く同じに演奏する方が、不可能だと思います。


新しい=interesting が素晴らしい、というのは、「オリジナル」至上主義とも共通します。

僕はブルースブラザーズみたいなカバーバンドをやっています。
ライブが良くっていつも盛り上がります。
で、あるイベントの打ち上げで、カバーじゃなくてオリジナルで勝負しろよ!って、対バンの人に言われたことがあります。
僕らの方が盛り上がったから、悔しかったのかもしれません。
アホか。
別に勝負してないし。
人を負かすために音楽やってるんじゃないし。
彼は、カバーよりオリジナル曲をやってる方が偉いと思いこんでる。
きっと自分に自信がないんだろう。
そうやって理由づけをしないと、自分のやってることを肯定できないんだろう。

この、オリジナル至上主義というのは、バンドをやってるとよく出くわします。
そんなこと言ったら、いわゆる歌手や、ジャズやクラシックの人達は、みんな格下だとでも言うの?

オリジナル曲を書きたい人は書けばいいです。
でも、曲が書けるから偉いわけはない。
ギター弾けるから、クラリネット吹けるから偉いとか、誰も思わないじゃん。
逆に、素晴らしい曲を書く人に、クラリネットで勝負しろよ!なんて言うのは、おかしすぎるでしょう。


僕の考えでは、新しいこと・オリジナルなことをやろう!と思ってやるのは、オリジナリティではありません。
普通のことをやっても、どうしてもにじみ出てきてしまうのが、自分のオリジナルな部分。
オリジナリティを確認するのに他人と比較するのは、比較対象を探す永遠のループが続くだけの不毛な行為にしか思えません。

言葉だってそう。
いろんな言い回しや流行語もあるけど、どんなフレーズを使うかは、その人の本質じゃない。
何のヒネリもないごくごく普通の言葉で喋ったって、抑揚や間や、雰囲気も含めて、その人の中身はにじみ出るものです。

ファッションだってそう。
Tシャツ&ジーンズだって、目立つ顔立ちしてなくたって、奇抜な格好しなくたって、その人を見まちがえることはない。

そういうのがオリジナリティ=個性だと、僕は思うんです。
人と話すのが楽しいのは、話題や言い回しが面白いからではなくて、相手の内面が見える時です。
だから、新しさを狙った奇をてらった音楽よりも、その人がにじみ出てる音楽が好きです。


確かに、うわーすげーこんなこと誰もやってないよー!ってなる興奮も分かります。
それをひたすら目指すのも、いいかもしれません。
でもそれと、例えばエイトビートを極めるのと、比較したって意味がない。
優劣で考えるべきじゃないと思うんです。

どんな表現形態でも、そこからその人の何かがにじみ出ていればいいんです。
自分に合った表現を、自分で選べばいい。
ある人にとっては、それが前衛音楽かもしれないし、ジャズかもしれないし、ロックかもしれないし、スタンダードのカバーかもしれない。
自分が入り込みやすいものを、選べばいいんだと思います。
その好みは、人それぞれです。

結果、それが斬新な音楽であっても、どこかで聞いたサウンドであっても、それは表面上だけのこと。
心を打つのは、その奥にある、その人の内面というか感情というか、その人自身が聞こえてくるかどうか。
そして、それが聞こえてくる音楽は、ジャンルや好みを飛び越える力を持つんじゃないか。
と、僕は考えます。


話を戻します。
とにかく、モダン(コンテンポラリーって言った方がいいかもしれません)ジャズは boring < interesting というマインドが基調となってるようで、僕はそれが苦手なんです。
大学にいるとき、しょっちゅう「boring」という言葉を聞きました。
その度に、不快になりました。
不快になる音楽は、やりたくない。
僕は、ジャズのそういう部分が好きじゃないので、無理だなと思ったんです。


そういえば、ニューオリンズで聞いた話を思い出しました。
ニューオリンズでは、トラッド・ジャズと呼ばれる古いスタイルのジャズが盛んです。
モダン・ジャズの人は、トラッドを笑います。
「あいつら、ずーっと同じコードを演奏してて、何も考えてないバカなんじゃないの」と。
トラッド・ジャズの人は、モダンを笑います。
「あいつら、同じコードが続くと何にもできなくて、中身のないバカなんじゃないの」と。


どんなジャンル・表現形態に対しても、オープンに接することができるように、いたいです。

2015年7月15日水曜日

カミヤマくん



昨日はピアノの上山実くんと、デュオでの演奏でした。
銀座~新橋間にあるイカすバー「月のはなれ」。

だいたい月イチくらいで演奏しています。
BGM的な演奏なので、音量も控えめで地味に、しかし割と自由にやっております。


明日も、二人で演奏します。
新宿カールモールで毎月やってる、「ジャズは水色」というイベント。
これも自由にやらせてもらってます。
お客さんにキイワードを出してもらって、そこからその場で曲を決めてみたり。
「ライブ!」という感じではなく、面白く楽しんでもらえたら、と思ってます。

前回からは、カミヤマ君のトーク・コーナーも始まりました。
カミヤマ君は変な人です。
変な人が変な話を変なテンションで変に熱く語る、というコーナー。
これがムチャクチャ面白い!
「ジャズは水色」は、遠からず「上山実独演会(ミニ・ライブ付き)」になる可能性大です。
これは、さすがに他のライブでは見れないでしょう。
一度は体験する価値ありますよ!


カミヤマ君と演奏するのは楽しいです。
何たって、ロックだから。
スタイルはジャズでも、スピリットがロック。

ジャズどっぷりの人とは、僕はなかなか合わないんですよ。
音楽的にも、そして多くの場合は性格的にも。
その点、上山くんとはすごく合う。

まず、リズムがいい。
ジャズ・ミュージシャンって、グルーヴ志向の人が少ないので、上山君みたいなピアニストは貴重です。
そして、ソウルもある。
小賢しいことをせずに、直球で勝負できる。
これ、僕にとってはけっこう大事なことなんですが、なかなかできる人は多くありません。
一度なんか、僕がテンション上がったのにつられて、上山君もソロ弾きながら叫んでましたからね。

カミヤマ君がいいのは、やっぱり色んな音楽を聴いてるからだと思います。
多くのジャズミュージシャンとは、そこが決定的に違います。


カミヤマ君は今ではカンザス・シティ・バンドを始め色々な所で活動していますが、そもそも知り合ったのはもう10年以上前です。
僕は当時、早稲田大学のニューオリンズ・ジャズのサークルに出入りしていて、カミヤマ君はまだ早稲田の学生で、モダン・ジャズ研究会に所属していました。

ある時、僕がモダン・ジャズ研のライブを手伝うことになり、そのバンドで初めて共演しました。
彼はなぜかピアニカでした。
僕はその時たしか熱があり、自分の出番だけ行ってロングトーン一発の反則ソロを吹いて終わってすぐ帰ったので、あまり話しませんでした。

どういう経緯か忘れましたが、その後しばらくして、上山くんのバンドを手伝うようになりました。
FUZZ SUSPENDERS という、歌ものバンドです。
作詞・作曲・ホーンアレンジ全てをカミヤマ君がやっていました。
ポップだけどアレンジは才気走っていて、彼のセンスの良さに驚かされました。
音源持ってるんで、興味ある人いたら聴かせますよ。
いいですよ!

その頃カミヤマ君は、ピアニストとしての活動はまだ少なかったと思います。
僕も、クラリネット奏者としてはやってなかった。

その後、お互いバンドをやめて演奏活動を続けるうちに、また色んな機会に顔を会わせるようになりました。
音楽面でもプライベートでも、いい時もよくない時もありましたが、やっぱり合うんですよ、ツボがね。
「ジャズミュージシャン」が苦手な僕にとっては、頼りになるピアニストです。


ということで、明日おヒマな方は、カールモールへ是非!
70年代から続くお店で、内装も昔のまま。
雰囲気満点ですよ!

7/16(木)
「ジャズは水色」
19:30 〜   チャージ 900円


2015年7月12日日曜日

音楽の好み - ヒネモスとNRQ


数日前、ヒネモスというバンドを見に行きました。
ショピンの、高橋ペチカさんのバンド。ドラムもショピンのタケルさんです。

で、自分の音楽的記憶がいろいろと刺激されたので、思いつくままに書いてみます。
固有名詞が多くなると思います。


もともと、少し前に、ショピンとコロリダスで一緒にライブをやって、その打ち上げで、ペチカさんと意気投合しました。
通ってきた音楽があまりにも似通っていたんです。
しかも、だいぶマニアックなやつ。
パスカル・コムラード、オブ・モントリオールの話に始まり、ボンゾ・ドッグ・バンドにモンティ・パイソン、ケヴィン・エアーズ、マイク・バット、ウォンブルズ、そしてロイ・ウッド。
なんと岡村靖幸まで!
昔タワレコ新宿店の上にアヴァン・ポップみたいなコーナーがあったよね、って話とかもしました。
あ、ピーター・アイヴァースやレッド・クレヨラ辺りはどうかな。
こんど話してみようっと。

それで、トイ・ポップ的な10人くらいの大所帯バンドをやってる、と言う。
それは見に行かないと!


予想通りの楽しいバンドでした!
「おもちゃ箱をひっくり返したような」って言いますが、ヒネモスは実際に無数のおもちゃを使って演奏します。
音の出るものは何でも使っちゃう。

インストバンドです。
コード楽器はピアノ、アコーディオン、ギター。
管楽器が、サックス、トロンボーン、チューバ。
あとピアニカにノコギリ、おもちゃその他。
人数も多いので、どの楽器がどこで鳴ってるかよくらわからないくらい。
曲もサウンドもポップで素敵です。
でもこれはやっぱりライブで、しかもステージが見渡せる場所で見た方が楽しいですよ!

音楽を始めた頃、こんな方向のバンドやりたかったんですよね。
大編成ではないけど。
わかりやすく言えば、ビートルズのサージェント・ペパーズや後期ビーフハートみたいな。
僕はもともとサックスやってて、バンドのアレンジを広げるために色んな楽器に手を出し、クラリネットに行きついたんですよ。
だいぶ遠くまできたもんだ。


対バンはNRQ。

こちらもインストバンド。
編成は、エレキギター、ウッドベース、ドラムに、二胡。
名前はNRBQを連想させるし編成面白いし期待したんですが、微妙でした。

二胡って楽器は、バンドセッティングだとイロモノに思われるわけですよ。珍しいから。
で、残念ながらイロモノの域を出てないように思いました。
バンドのアンサンブルとして、二胡である必然性がない。
音色が面白いなーと思っても、1・2曲聞けば新鮮味はなくなってしまうし。
それが楽器のせいなのか奏者のせいなのか、二胡という楽器に馴染みがないので分かりませんが。
で、歌モノでないバンドは演奏力が勝負ですが、それが弱い。
センスは割といいと思うけど、それだけではずっと聞いてると飽きてしまう。

ただ、中尾勘二!
ただひとり、圧倒的に素晴らしかったです。
僕が管楽器を始めたきっかけの一人は、元じゃがたらの篠田昌己です。
中尾さんは名作「コンポステラ」にも参加してるし、その周辺の様々なバンドでいろんな楽器で長く活動してきている人で、メインはサックスです。たぶん。
ライブでドラムやってるの見たのは初めて。
いやー良かった!
ドラムって、その人のグルーヴがモロに出ますね。
サックス奏者、ドラマー、トロンボーン奏者、というより、いいミュージシャン、というのが似合う。
そういうの、憧れます。

バンドの音楽性としては、それこそ中尾さんが昔(僕がよく聞いてたのは15〜20年くらい前で、最近の活動は知りません)にやってたような音楽を思い出しました。
あるいは、そのころN.Y.の先鋭的?なジャズミュージシャン達がやってたような、フリージャズから見たアメリカン・ルーツ・ミュージック的な音楽。
ビルフリーゼルの初期とか。
僕、わりとそういうの聞いていたんで、NRQについては新鮮味も全くありませんでした。

正直、そういう音楽、あんまり好みじゃないんです。
昔よりさらに興味なくなってます。
あと、僕の苦手な、中央線ジャズによくあるような予定調和の内輪ノリも、すごく感じて。
もしかしたら、それがなくて、もっと外を向いたスタンスのバンドなら、印象も違ったのかもしれません。
まあ、こういうジャンルも、ずっと一定の需要があるんだなーと思いました。


好みの問題なんですよ。
ヒネモスは、好み。
NRQは、好みじゃない。
中尾さんは、好みを超えて素晴らしい。

好みや、内輪のサークルを飛び越えられるミュージシャンに、なりたいです。

2015年7月10日金曜日

N.O. 生活 4 - ジャズ科の授業①

ジャズ科の授業は、インプロビゼーション(即興演奏)、バンド、各楽器の個人レッスン、となっていました。

「インプロビゼーション」というと、高度で実践的なスキルを扱いそうですが、実際はかなり適当なものでした。

特にテキストなどはなく、生徒が順番にプレゼンをします。
レコード(CD)のソロを譜面に起こし分析して、そこから3つのエクササイズを考えて発表します。
そして、元の音源に合わせてソロを再現して演奏します

1セメスターの間に、3つのソロをコピーします。
それぞれにお題があります。

ビ・パップ
自分の楽器
自分の楽器以外
ピアノ
ベース
コンテンポラリー・ジャズ
地元のミュージシャン
曲のコードとメロディ
自分自身のソロ

などがありました。

僕も、ソニー・スティット、バディ・デフランコ、キース・ジャレット、レッド・ミッチェル、など、授業でないとまず選ばないだろうミュージシャンをコピーしました。

エクササイズを考える、というのは、例えば練習に使えるフレーズなどです。
フレーズを特定のコード上で吹くとこのテンションが入る、みたいなやつとか。
あとはスケール練習に使えるリズムパターンを提案したり。

一回に1〜2人しか発表する時間がないので、授業はほぼそれだけに終始します。
それ以外には、たまに教授が選んだ曲を演奏したりディスカッションするくらいでした。
ごくたまに。


体系的・実践的なものではまったくありません。
学生の発表にはビミョーなものもあったし。
そもそもドラマーが多くて、ドラムのソロやエクササイズを提案されても、自分の演奏には直結しませんからね。

どんなソロを選んで演奏しても、教授は「イェー!」って盛り上げてくれて、和気あいあいと楽しくはありましたが、楽しいだけではねー。学校ですからねー。
現在の自分の演奏に生かされているものは、ほとんどないと思います。

でも、コピーの練習にはなりました。
特にベースラインをコピーするのは、意外に難しかったです。
低音がなかなか聞き取れないんですよ。
クラリネットの高い音域に慣れてるからでしょうか。

正直な感想として、あの授業を受けたからって、インプロビゼーションが上達するとは思えません。
僕はジャズのスキルを習得したくて留学したんじゃないからいいけど、素直にジャズを学びに来た学生にとっては、どうなんでしょうか。

けっきょく、やる気ある奴は自分で勉強してました。
学校の外へ出てどんどんライブをやったり飛び入りしたりして、授業に重きを置いてはいませんでした。


しかし3年生になると、インプロビゼーションを担当する先生が変わり、内容も実践的なものになりました。
先生はブライアン・シーガーというギタリストで、ボストンのバークリー音楽院の出身です。
バークリーは、ジャズをシステマチックに学べる場所として有名です。
よく、バークリー・メソッドとか言いますよね。
日本からジャズで留学する場合、8〜9割はバークリーに行くんじゃないでしょうか。

ブライアンの授業は、ちゃんと理論もやったし、講義・分析・実践という流れもあり、体系的に組んであります。
バークリーすごいな、と思いましたよ。
まあ、それがバークリー・メソッドと呼ばれるものなのかは分かりませんが、前年までの授業とは別物でした。


しかし、同じ大学の同じコースの中で、この落差。
あまりに統一性がなさすぎます。
おそらく、カリキュラム的なものは存在せず、授業の内容は先生に任されているんでしょう。
そもそも「音楽は教えるものではない」というのがジャズ科のポリシーですから。
だから、4年間いて何も学ばなくても卒業できます。
僕なんか、もともとモダンジャズやる気ないですから、それに近かったと思います。


授業はおおむね適当ですが、その代わり、町で教授や誰かが演奏しているところに、どんどん飛び入りできるし、バンドメンバーにむかえてくれたりします。

そういえば、ノース・テキサス大学のジャズ科(ノラ・ジョーンズの出身大学)に行った友人がいますが、町で演奏する機会はほとんどなかったそうです。
対極ですね。

どちらがいいかは分かりません。
向き不向きの問題かと思います。
僕のような、モダンジャズ志向ではない人間にとっては、あのルーズさは心地良いです。
自由に好きなことやってればいいんですからね。
「ジャイアント・ステップス」すら一度も演奏せずに卒業しましたよ。
「チェロキー」だって、授業で一回セッションしたくらいです。
それでAの成績で卒業できるジャズの学校なんて、他にあるでしょうか?


授業の他に、第一線のミュージシャンが頻繁にワークショップをしに来ます。
町にライブに来たついでに立ち寄るんですよ。
いろいろな考え方が聞けるし、生徒も積極的に質問するし、とても有意義でした。

僕はコンテンポラリージャズにはうとく、知らないミュージシャンばかりだったので、誰が来たか覚えていません。
ただ、だれもが口をそろえて言っていたことが二つあります。

まず、ロングトーンをしろ、と。
マイルスや誰々や、トップミュージシャンが話題にするのは音色のことばかり。
だから音色を磨け、と。
いろんな練習法があるなかで、効果が保証されてるのはロングトーンだけだ、とまで言う人もいました。
これは、基礎練習をサボる学生も多いので、あえて強調している部分もあるとは思いますが。

もう一つは、人間性について。
いいミュージシャンは、人間としても尊敬できる人ばかり。
だから、楽器ができればそれでいい、と思ってはいけない、と。
これは、ブライアンも授業で繰り返し言っていました。
個人的にも、とても共感できる考え方です。
まあこれも、学生に対する警告みたいな意味合いもあったと思います。
ジャズでもロックでも、ミュージシャン=不良・適当、みたいなイメージは、アメリカでも同じですからね。


インプロビゼーションの授業は、そんなところです。
とにかく、予想とはだいぶちがっていました。

2015年7月8日水曜日

バンド名に思う

「Golden Wax Orchestra」という名前で活動しています。
サザン・ソウルの伝説的レーベル、Gold Waxから名前を取りました。
マイナーレーベルなのであまり気づかれませんが、一応ね、適当に名付けた訳じゃないんですよ。
そう、ネーミングには、多かれ少なかれ、意味があるものだと思います。


こないだ渋谷から代々木公園に行こうとしてNHKホールの脇を通ると、人がたくさん並んでる。
誰のコンサートかと見ると、ファンキー加藤と書いてある。

あまりよく知らない人です。
元ファンキー・モンキー・ベイビーズ。
ソロ活動を始めたときに、どこかで流れてるのを聞いたことがあります。
まあ普通でした。
ファンキー・モンキー・ベイビーズも、耳にしたことあるけど興味なかったし。
僕の好きになる要素はゼロ。

音楽としてはどうでもいいんですが、ファンキー加藤という名前が気になります。
だってファンキーじゃないから。
彼がファンキーな音楽を好きなようにも感じられない。
バンド名からつけたのでしょうか。
ファンキーといっても、音楽のファンキーとは意味が違うのかもしれない。
ファンキーな飲み屋、ファンキーなおっさん、とか言うし。

そもそもファンキー加藤のファンは、僕の周りの音楽好きとは全く違う人種でしょう。
ファンキーと言われても、そこから特定のサウンドを想像することもないのかもしれません。
音楽と関係ない、例えばテレビタレントがファンキー〇〇って名乗るんなら、たぶん気にならない。
でも、彼は音楽活動がメインなんだろうから、そうすると、僕みたいに違和感を持つ人もいると思うんですよね。
仮にですよ、最初は軽い気持ちで名乗ったんだとしても、いまさら名前を変えるのはだいぶ面倒でしょう。
彼は、今後どんな音楽をやるとしても、ずっと「ファンキー」の看板を背負っていくわけです。


名前に特定のサウンドと結びついた単語を入れると、ずっとそこから離れられないわけで。
例えば、東京スカパラダイスオーケストラ。
名前に「スカ」って入れちゃってますからね。
スカから離れたら、さすがにどうなのよ、って思われてしまう。
実際もうスカパラなんてスカに留まらない活動をしてるし、ファンの中には、単純に管楽器がたくさんいるバンド、って認識の人もいるんじゃないでしょうかね。
僕はスカパラを聞いてないので、今どのくらいスカを演奏してるのか知りませんが、それでも全くゼロってことはないでしょう。
なんたってスカパラダイスなんだから。

そういえば、スカ系のバンドは、名前に「スカ」って入れてるケースが多いですね。
そのくらい、スカのシーンが確立してるということなんでしょうか。
僕の場合、スカもポピュラー音楽のひとつとして聞いてしまっているんですが、違うんですかね。
まあ、いいか。

〜ジャズ・バンド、〜ブルース・バンドとかもありますね。
そこまで直球じゃない場合もあります。
例えば、〜ストンパーズってあれば、昔の1920年代あたりのジャズをやるバンドだなって分かります。
どちらにせよ、名前に何かキイワードを入れるのは、こういう音楽をやります!っていう宣言であることが多いと思います。
ファンキー加藤はレアケースでしょう。


で、自分の場合。
Golden Wax Orchestra を名乗ることはもちろん、マニフェストです。
サザン・ソウルをやる、というか、やってみせる!という、自分にハッパをかける意味が大きいです。
こんな名前を名乗ってしまったら、後には退けないですからね。
いい加減なことは、できない。
あとは、ブレないようにしたい、ということもあります。
続けていれば、サウンドは変わっていきます。
新たにやりたいことも出てきます。
それでも、初心を忘れずにいたいな、という思い。

今のところ、やれています。
でももし、「〜ズ」とか、意味づけの薄い名前にしていたら、また違うサウンドになっていたかもしれません。
実は一度、「フニクリフニクラ」を演奏してことだってあるんです。
ブレイブ・コンボとか大好きだし、もっと雑多な音楽性になってた可能性は大いにあり得ます。

名乗ってしまったことで、道が決まったということ。
今ではソウル・クラリネット奏者としての自負だってあります。
名前が僕の演奏を形作ったわけです。
バンド名、大事だと思います。


そんなGWO、今週土曜にライブやります!
初の東横線。
いい感じのお店で、ゆったり聞けますよ。
たっぷり2ステージやりますので、是非!

7/11(土)
都立大学 Parade
出演:Golden Wax Orchestra
20:00 Start
テーブルチャージ ¥300

2015年7月6日月曜日

友人の訃報

友人のギタリストが死んだのを、Facebookで知りました。
友人いっても、一度会っただけです。
でも、とても印象に残っていて。
すごく個性的で、歌心のあるいいギターを弾く人でした。
テレキャスでね。
ライブを聴きながら、クラリネットで何かの形で一緒にやれないかなーと妄想したくらいです。
こんどGWOとまた一緒に何かやりましょう!といって実現しないままでした。

よく、演奏には人柄が出る、といいます。
これは、アメリカに行って、本当にその通りだと思うようになったこと。
だから、演奏を聞いていいな、と思った人には、勝手に親近感が湧いてしまいます。
彼とは言葉も交わし、その居方も好きだったので、余計に。

僕よりそんなに年上ではないはずです。
病気で亡くなったそうですが、詳しくは知りません。

すごく親しかったわけではないのに、ショックです。
ショックというか、よく説明できない気持ち。
このショックは、どこからくるのか。
本当に俺は悲しいのか。
人が死んで、Facebook上のコメントを読んで、なんとなく悲しい気分に浸りたいような、自分勝手な妄想なんじゃないか。
死って、ドラマチックな出来事だし。
雨だし。


Facebookでは多くのコメントがついてました。
僕はなんだかコメントする気にはなれず、いいね、しました。
でも、人が死んでいいねって、違和感ありますよね。
でも他にオプションないから仕方ない。
英語圏だと、たしかLikeだったと思います。
Likeの方がまろやかで、応用がききます。
かといって、他にLikeのニュアンスに相当する日本語があるのか。
言葉って難しいです。


この気分が、何日も続かないだろうことは、分かっています。
だから、消えちゃう前に、消化というか整理したいなと思って書きました。
誰かと話せばいいんだろうけど、残念ながら共通の知り合いもあまりいません。

本当に、いいギターだったんですよ!
彼のギタープレイが心に残ってるから、こんな気持ちになるんです。
ライブ見に行っておけばよかった。
音楽の話も、もっとしたかった。

音楽は、演奏したそばから消えていくものだし、人は死にます。
もっと、ライブに行こう。
人に会おう。
と、思いました。

2015年7月4日土曜日

Bulletproof Musician: 成功の秘密は失敗にある

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。
ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。
音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。





The Secret of Highly Successful People

http://www.bulletproofmusician.com/the-secret-of-highly-successful-people/


成功者として思いつく人物を、思い浮かべてみて下さい。
実際に会ったことのある中から、真剣に3〜5人ほど選ぶのです。

次に、やはり知人の中から、最も頭が良くて才能がある数人を挙げてみて下さい。

2つのリストは一致しましたか?
おそらく一致しなかったのではないでしょうか? 

なぜなら現実には、世界的な成功者の多くは、必ずしも才能がある人物というわけではないからです。
これは良い知らせです。
生まれつきの才能は変えることができませんが、それ以外の要素は後から獲得できるはずですから。

以前に書いたように(「クッキー泥棒」)、スポーツ心理学の大きな発見のひとつは、 自信と成功との密接な関係です。
しかし、自信だけでキャリアを築けるわけではありません。 
当然、努力も必要です。
ガイ・カワサキ(シリコンバレーの成功者)の言葉を借りれば、 “ロースト・ダックが口に飛び込んでくるのを待つなら、河辺で何十年も座っていればならない"のです

頭脳でも才能でもなく、自信だけでもない。
成功を手にするために必要なものは何でしょうか?


実は、それは何も特別ものではないのです。
それはズバリ、粘り強さです。


“ノー” に対峙する

成功者の多くは、一度や二度ならず、何度も失敗を繰り返してきています。

Charles Schultz (「スヌーピー」の作者) は、高校の卒業名鑑にいくつものイラストを応募して、すべて落選しました。

「ハリー・ポッター」の第一稿は、12の出版社に断られました。

「風と共に去りぬ」は38の出版社に断られました。

ウォルト・ディズニーは、長年の夢であるディズニー・ランド建設にあたり、302回も融資を断られました。 

ケンタッキー・フライドチキンの創始者カーネル・サンダースは、彼のチキン・レシピへの出資者を見つけるまでに1009回断られたと言われています。


統計から分かること

セールスマンの世界を見てみましょう。
業界の売り上げの8割は、上位20%のトップセールスマンによって成されていると言われます。
そこまで成績が偏るのはなぜでしょうか? 
一般的に、客に商品を売るには、最低5回は営業をかける必要があるとされています。
しかし実際には、44%のセールスマンは最初の“ノー” であきらめてしまいます。
22%が2度目の “ノー” で、14% が3度目の“ノー” で引き下がります。
つまり、あきらめが早いセールスマンの数が、全体の80% にも上るのです。

また、成功者はIQ が高いものだと思いがちです。 
しかし意外なことに、様々な研究から、IQと仕事の成績との関係は、10段階で示すと2〜3程度だということが解っています。

粘り強さ

粘り強さを身につけるには、ストレス耐性を鍛えることが効果的です。

ダメだと思ったら、いったん深呼吸をし、あきらめる前に最後のトライをしてみて下さい。
結果は重要ではありません。
無理だと思っても挑戦することによって、徐々にストレスに負けない精神力が身についてくるのです。
体を鍛えるためにジムに通い、少しづつトレーニングの負荷レベルを上げていくのと同じことです。

推薦映画
ディズニーのアニメーション『ルイスと未来泥棒』がお勧めです。
少年が、
失敗しながらも数々の困難に立ち向かっていく物語です。
“前に進み続けること”の重要さが描かれています。

・推薦本
『The War of Art』 by Steven Pressfield
※著者の推薦本ですが、日本語訳はありません。
英書のリンクを張っておきますので、ご興味ある方はこちらをご覧ください。

http://www.amazon.co.jp/The-War-Art-Through-Creative/dp/1936891026

The One-Sentence Summary

“Fall down 7 times, get up 8(七転び八起き)″ ~日本のことわざ