2015年12月31日木曜日

過去はもうない。未来はまだない。

昨晩、突然に、嬉しい人から嬉しい誘いがありました。
音楽の話です。

思えば、今まで「営業」的なことはして来なかったし、すすんで愛想良くできるタイプでもありません。
それこそ、いま主導しているGWOにしても坂本さんとのデュオにしても、自分でアクションを起こして始めたわけではないですし。
そんな調子にも関わらず、ずっと色んな人達に声をかけてもらいながら、いい環境でいい音楽をやれてきた。
なんて有り難いことか。

ミュージシャンは多くの場合、それぞれ自分の得意なジャンルがあって、まずはそのジャンルの中でキャリアを築いていくと思います。他のフィールドに出ていくのは、その後からです。
ところが、僕の追及してきたニューオリンズ・ジャズという音楽は、もはや日本には存在しません。
キャリアを築くどころか、演奏することすらままならない。
音楽活動を続けるには、必然的に他ジャンルの人達と交わるしかありません。
幸いなことに、元々ロックから入ってルーツ音楽全般を聴いてきたので、僕は大抵のジャンルの人と違和感なくコミュニケーションが取れます。
そもそも、ニューオリンズ・ジャズを志向する以前は、ロック・バンドやってましたからね。
おかげで、様々な人と様々なタイプの音楽を演奏してこれました。

進路もなく流れるままにやってきたので、自分がどこに向かってるのかなんて考えたこともありません。
なので、いわゆるキャリア・アップとか、いい位置まで来たなとか、垂直方向の上昇感覚がないんです。
その代わり、横にどんどん広がっていく感覚があります。
次々と新しい人と出会って、その度に新しい楽しみがある。
気付いたら、以前は想像もしてなかったことをやっている。
ずっと、その連続です。

音楽に限らず、僕は具体的な目標というものを持ったためしがありません。
いつも、その時その時に力を注ぎ楽しむことだけを考えています。
そして、起こる結果に対して最善の対処をしていく。
全部の瞬間いつでも最善の行動をしていれば、後悔しませんからね。

そういうスタンスなので、考えず躊躇なく冒険ができるし、結果の善し悪しはあれど、それを面白がってくれる人がいて、僕に声をかけてくれるんだと思います。
おかげで、行き詰まることもなく今まで音楽を続けてこれた。


12月31日です。
今年はどうだったかと振り返ると、楽しかった。
去年も楽しかったし、一昨年も楽しかった。
いつも割と楽しいので、振り返ってみても感想はいつも同じです。
来年の抱負も、ありません。
だって、数か月もしたら、またぜんぜん予想もしない出来事が起こってると思うので。
漠然とした未来が楽しみです。
自分で決めずに、何が起こるか分からない方が、ワクワクします。
年が変わっても、変わらず考えずにやっていくつもりです。
来年も、よろしく。

2015年12月30日水曜日

あのパープル、ピンク、キミドリが許せない

電気屋に行ったんですよ。
新宿の、ヨドバシとビックカメラ。
年末ムード満点で、歩いてて楽しいし、つい何か買いたくなります。

しかし楽しい気分も束の間。
棚に目をやった途端、相変わらずどうしようもないデザインの商品しかなくて絶望します。
家電製品のデザインの酷さ。
あれは何なんですかね。

まず、いらぬ曲線。
なんで丸くするの?
円ではないんです。
なんか無意味にまーるくする。
とにかく曲線にすればいいと思ってる。
アホか!
デザインの根本が、80年代から変わってない気がします。

そして、色!
あの、意味不明な安っぽいパープルとピンクとキミドリ。
家電製品と文房具と工事現場の重機と、あと何だろう、とにかく特定のフィールドだけに根付いてる不気味な色。
幼稚園のクレヨン・セット基本12色に、あんな色なかったよ?
醜悪すぎます。

本当に昔から謎です。
普通に設計すれば、線は直線(もしくは円)になるでしょ?
普通に色をつくれば、クレヨンみたいな原色(あるいはシアンとかマゼンダとか)になるでしょ?
それを、わざわざ曲線にして、汚い色を作るわけですよ。
そして、それはおそらく「デザイナー」の肩書きを持った誰かの仕業なわけですよ。

デザインが仕事なんですよね?
デザインの勉強、したんですよね?
そしたら、その曲線が美的に醜悪なこと、分かりますよね?
その色が、全く美しくないこと、分かりますよね?

さらに信じられないのは、僕が実家を出た20年前から、ほとんど状況が変わってないということ。
そりゃ少しは向上したと思いますよ。
特に、一人暮らしを想定した商品には、デザインのいいものも増えました。
でも、主流は変わってない。

そしてそして。
いちばん驚くのは、美容製品。
美容売り場を歩くと、やたらと醜悪なピンクばかりが目につきます。
あーケバいケバいダサいダサい。
ダサいものを使って、美しくなれるわけないじゃん。
いくら物理的に肌が綺麗になったからって、全体から美のオーラが出てなきゃ意味ない。
それは、人に見せない物だから、とダサい物を使っているようでは、絶対に身につかない。


個人的に使う物では、例えばドライヤー。
もう嫌になるくらい底レベルのデザイン「しか」ない。
デザインやファッションの好きな人達の需要もそれなりに多いはずなのに、この体たらく。
みんな、どうしてるんだろ?
あの糞ダサいドライヤーを、家では目をつぶって使ってるのかな?
マイナスイオンとかやる前に、デザインがマイナス過ぎだよ。
ちなみに僕は業務用のドライヤー使ってます。
特別なデザインではないのに、大手メーカーのものより断然かっこいい。
ロゴがなければもっといいけど、それも目立たないから許容範囲です。

あと、アイロン。
これも救いようがない。
アイロンこそ、ファッション好きの人の需要があるはずなのに。
いまのアイロンは、一人暮らしを始めてから3台目ですが、なんと3台とも同じ機種ですからね!
買う度に、他に新しい物がないか探すんですが、ないんですよ。
ドイツDBK社のアイロン。
かっこいいでしょ?
重くて使いやすいんですよ。
そもそも、少なくとも20年間デザインが変わってないのが素晴らしい。
その間、日本の家電メーカーは何度もデザインを変更してるのに全く進歩していない。
僕が家に置いて許せるデザインが1つも出てないわけです。

もう本気で理解できない。
アマダナとか需要あるじゃないですか。
ちょっと新しめの綺麗な会社に行けば、受付の電話や計算機がアマダナだったりします。
無印の家電製品だって、デザインで選ばれてるわけだし。
大手メーカーが、デザインのいいものを安く出せば、売れると思うんだけど。
なんか政府レベルで大きなお金の絡む陰謀とか、関係してるんですかね?


家電業界は終わってる。
でも、けっきょく日本全体の美意識が低すぎなんですよ。
都会の、人の手が入った街並みを見ればわかる。
外国に行った人が、みんな街や建物がキレイだった、って言うじゃないですか。
僕も初めて外国に行った時、それはメキシコ・シティでしたが、あまりの美しさに感動しました。
新しい建物も、周りの古い建物と色が調和している。
とりあえずベージュにしとけば安全だろう、という思考停止のアホは、少なくともメキシコ・シティの建築業界にはいないようでした。

その後、他の国々にも行ったり写真や映像を見るにつけ理解しました。
メキシコ・シティが特別なんじゃなくて、日本が異常なんです。
笑っちゃうくらいに美的レベルが低い、というか、こだわりも主張も伝統も何もない。
伝統が断絶してて意思決定もできないなら、できる国に学べばいいのに。
モノマネが得意なくせに、なんで海外の美しいデザインは取り入れないのか。
それでいて、京都は美しい、とか言うけど、本当に美しいと思ってんの?
雰囲気に流されてるだけでしょ?
だって、京都を美しいと思う人が、あんな醜悪なデザインや色使いの家電製品を許せるわけないじゃん。

あと、外国人が東京のゴチャゴチャ感がいい、って言います。
ブレードランナーの町並みね。
あれ、interestingであって、beautifulではないですから。
変で面白い、という意味で、まあイロモノ扱いですよ。
決して、美しくはない。
カオス感を美しいと思う感覚も分かるけど、それは美的に美しいこととは別の尺度です。

こんな歪んだデザインに囲まれて育てば、そりゃ美しさに対する感性は育たない。
僕は、日本は音楽や芸術に関しては最底辺の後進国だと思ってますが(個々のレベルではなく、社会一般のレベルで見たら、です。)、そういう美的環境も影響してるんじゃないかな。

まあ、こんな国に産まれてしまったのだから、慣れないといけない。
普段は、色んな事を諦めの目線で眺めてますが、久しぶりに電気屋に行って、あらためて絶望が深まった次第です。

しかし絶望って言葉、冬に合いますね。
夏には絶望しなそう。
今度は夏に電気屋に行ってみたら、違う気分になるかもね。

2015年12月29日火曜日

Jazz Shoes

風邪で家にいるからといって、何もせずにはいられない。

靴を買いましたよ、ネットでね。
ダンス・シューズです。
ネットサーフィンの衝動買いではないんですよ。
しばらく前から探してたんですよ。

きっかけは、代官山equipee。
何気なく店内をプラプラしてたら、気になる靴がありました。
シンプルなスリッポン。
びっくりするほど軽い!
革も柔らかくて動きやすそうだし、これはステージ用にちょうどいい。

ライブの時に、わざわざ靴を持っていくのは、嫌なんですよ。
重いしかさばるから。
だから家から履いていきます。
でも、いい革靴はライブではあまり頻繁に使いたくない。
ジャズ系の時ならいいけど、それ以外ではかなり激しく動くのでね。
だから、黒かコーディネート次第では白の、けっきょくスニーカーを履くことが多いんです。
でも、これは荷物にならず持っていける。
買いでしょう!

と思ったら、サイズがもう残っていませんでした。
ジェントルな男性店員によると、けっこう人気ですぐ売り切れてしまい、次の入荷も未定だそうです。
Crownというイギリスのダンスシューズのブランドで、もしかしたらネットで探せば買えるかもしれませんよ、と親切に教えてくれました。
equipee、いいお店です。

で、ネットで調べたら、いくつかのショップで取り扱っています。
ただし、スリッポンではなく、レースアップのタイプ。
こっちがスタンダードのようです。
でも、動くことを考えたら、紐で絞めるほうが良さそうだし、こっちを買おうかな。

と思ったものの、やはりサイズがない。
で、これは元々ダンス用の靴らしいので、今度はダンスシューズで検索してみたら、色々あるじゃないですか。
僕の気になるものは、Jazzと呼ばれるタイプのようです。
ジャズ・ダンス用なんですかね?

調べるうちに、どうやらフランスのrepettoが定番らしい。
どっかで聞いたことあると思ったら、ゲンズブールが履いてたブランドです。
repetto ziziの白。
ゲンズブール別に好きじゃないけど、これはかっこいい!

レペット以外のブランドもJazzシューズを作っていて、どれもデザインはほぼ同じです。
ただ、どれもネット販売で、店舗で取り扱ってるものがない。
靴ですからね、試着したい。
レペットは都内に店舗がいくつかあるので、問い合わせて銀座店に試着しに行きました。
履きやすい!
すごいフィット感です。
でも、レペットは少し高いんですよね。
それで保留にして、またネットで情報収集をしてる内に見つけたのが、こいつ。
ポルトガルのDanassaというブランド。
レペットJazzよりも、やや革が厚くソールもしっかりしていて、外履きとしても使える、という。
ライブでは足を踏み鳴らしたりもするし、いいかもしれない。
サイズ感も、レペットJazzと比較されていて分かりやすかったので、思い切ってネットで買ってみました。


うん!いい!
革の質感も素敵じゃないですか。
軽いし、ソールも薄くてラバーなので、コンパクトに持ち運べる。
ツアーに持って行っても荷物にならない。
これで、もうライブで靴で悩むことはなくなりました。
いい買い物したと思います。
早く使ってみたい!

とりあえず、家で履いて慣らしています。
いい気分です。

2015年12月28日月曜日

感情はすぐに流される

どうやら風邪のようです。
喉はだいぶ治まってきましたが、まだ微熱が引かない。
動けないほどじゃないんです。かなり普通にやれます。
でも、能動的に何かやる気が起きない。

で、いつも読んでるブログを開いたら、こんな記事がありました。
この団体の詳細は知りませんし、もしかしたら非常に共感できる主義主張をしているのかもしれません。
が、記事の最初に引用された文からして、僕はこの団体を信用できない。
そうすると、この団体の主張も信用できない、と思ってしまう。

この筆者の書いている通りです。
自分の意見を人に伝えたいなら、論拠を示さなくてはいけない。
それも、同じことを伝えるにも、相手によって例や言い方を変える工夫も必要です。
それが、意見に対する反論であるなら尚更です。


しばらく前に、安保法案に反対するデモがありました。
僕の周りにも、デモに行った人はたくさんいました。
でも、僕は行かなかった。
なぜかというと、まず前提として、僕はその問題に関して自分の主張を持てるほどに詳しくなかった。自分から積極的に調べていませんでした。
その中で、賛成派と反対派の意見が耳に入ってきます。
賛成派の意見は、普通の言葉を使い、論理的で納得できるものが多かった。
対して反対派の意見は、強烈な言葉を多く使っているにも関わらず、論理的な説明がほとんどない。
それだけで、反対派に対して懐疑的な印象を持ちました。

繰り返しますが、僕は自分自身でディベートに参加できるほどには、問題に対して調べてコミットしていませんでした。
複雑な問題ですし、ちょっと調べたくらいではよく分らない。
毎日、地道に情報を調べて考える作業が必要だと思いますし、僕はそれをやらなかった。

デモに参加した人や戦争反対!と叫んでた人達って、もちろん僕の何倍も勉強して調べてたんでしょうけど、ならどうして僕みたいな不勉強な人間に分かるように説明する努力をしないのか。
自分の興味ある問題に対して、他の誰もが同じように時間と熱意を持って勉強するなんて、あり得ないわけです。
政治や経済のような、いわば難しい問題に対しては、僕みたいにどっちつかずの場所にいる人の方が多いと思います。
そういう人にどうやって伝えていくか、能動的でない人にも興味を持ってもらうにはどうしたらいいのか。

賛成派は、しっかり分かり易く説明することを心がけていたと感じました。
反対派は、「戦争」「子供」といった、キャッチーな言葉を使って、頭での理解をすっとばして感情に訴えかけようとしていたように感じました。
そういう、感情に訴えかけるやり方は、ズルいと思います。
安物の壺を「これを買わないと子供が不幸になるよ」といって売りつけることと、同じ方法論です。
本当に効果がある壺なら、その効果を具体的に説明すればいい。
効果がないから、不安を煽って、感情を動かす必要があるんです。

というわけで、僕自身としては賛成とも反対とも言えなかったけれど、反対派のやり方があまりにも嘘くさいので、少なくとも反対はあり得ない、というポジションに落ち着いたわけです。
これ、ずっと思ってたけど、友達にもデモに行った人はいたし、その中にはたぶん深く勉強しないで流されて参加した人もいるだろうし、ブログに書くと、そういう人って自分のことを言われたように思ってしまったりするし、面倒で今まで書かずにいました。


書いてると、頭が冴えてきますね。
続けます。


僕のブログを読んで、「そんなこと書く必要ない」「なんでわざわざ敵を作るようなこと書くの」と、心配してくれる人がいます。
これが、理解できない。
敵って、なんでしょう?
僕は生れてこのかた、誰かを敵と思ったことはありません。
意見が違う人が敵なんでしょうか?
でも、人と考えが違うことは当たり前だし、時には感情が高ぶってケンカになることもあるかもしれない。
それでいちいち相手を敵と思うなら、誰とも本音で話せないじゃないですか。

意見が違ったら、会話すればいい。
納得いかない、理解できないなら質問すればいい。
相手を不快にさせたら、謝ればいい。
それが人と理解し合って距離を縮める方法だと思ってます。
そのためには、まず自分の考えをオープンにすることが必要です。
だから、僕はできるだけ正直に話すし書きます。
できるだけ、相手に伝わるように、論拠を簡潔に説明し、言葉を変え、例を出します。
賛同してもらうのが目的じゃない。
伝わって理解してもらえれば、いいんですよ。

確かに、書いたことについて強い言葉で非難されたこともあります。
でも、今までそれらの中に、反論と呼べるものはほとんどありませんでした。
大抵は、僕の意見や、語尾や言葉の強さに反射的にカーッとなっただけです。
もちろん僕だって、その時浴びせられた汚い言葉には感情も動くし、楽しくはなかった。
でもそれらは、一過性の感情的なもので、別に彼らは敵ではありません。
数日すれば忘れてしまうでしょう。

感情や意見と、その人自身の本質は、別です。
とても好きな人だって、自分と反対の意見を持つことはあります。
意見は、変わります。
そして感情は、簡単に流されるものです。
どうしてその時その人はそう感じたのか、そう考えたのか、という、相手の奥の部分まで想像することをしなければ、その人はいつまでも遠い他人のままです。
敵じゃないかもしれないけど、味方でも、何でもない。


けっきょく、感情も意見も、その人の見た目や肩書きと同じように、表面的なものにすぎません。
何でも、表面的なものに惑わされないことが、本質に近づく道だと思っています。
感情をぶつけ合うことも、意見を戦わせることも、相手の本質に近づくための手段のひとつに過ぎない。
勝負ではなく、理解し合うこと。
目的が勝ち負けじゃいなら、敵もいないはずでしょう。

ということを、暖房と加湿器をガンガンに効かせた部屋で、書き始めたら思ったより饒舌になりました。

2015年12月27日日曜日

Bulletproof Musician: 集中力の比率 52 - 17

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。

How to Intensify Your Focus and Be More Productive with the 52/17 Split


想像してみて下さい。
いまから2時間、何も書いてない時計の文字盤を監視しなくてはなりません。
数字も線もない、ただの真っ白い円盤です。
針が一本だけ、ほんの少しづつ動きを刻んでいます。
その針がときどき大きく動くのを合図に、ボタンを押さなくてはなりません。
2時間の間、どれだけ正確にこのタスクをこなせるでしょうか?

これは、第二次世界大戦の際、心理学者のNorman Mackworthによって、潜水艦のソナー・オペレーターのために考案されたテストです。
彼らは、何時間もスクリーンを見つめ続け、弱いかすかな光によって敵の潜水艦を察知しなくてはなりません。

研究の結果、高い集中力を長時間キープするのは、極めて困難だということがはっきりしました。
約30分で、信号に対する反応は10-15%も鈍り、そこから落ちつづけます。
そして、持ち時間が終わる頃には、はっきりした信号も見逃すようになります。

楽器の練習は、たとえ調子の悪い時でも、レーダー・スクリーンを監視するよりは楽だと言えるでしょう。
それでも、集中力を持続させるのは簡単ではありません。
つい他のことを考え始め、機械的なリピート運動、つまり無意味な練習におちいりがちです。

楽器の上達にリピート練習は欠かせません。
その際に重要なのは、ふだん見のがしている細部に意識を向けることです。
これは、楽しいとはとても言い難い、面倒な作業です。

練習が長時間になると、集中力が次第に低下するのは避けられません。
この、 “vigilance decrement(ビジランス低下)” と呼ばれるものについて、どう対処すれば良いでしょうか?
どうすれば生産性をキープすることができるでしょうか?


2つの理論

時間による集中力の低下は、そもそもなぜ起こるのでしょうか?
いくつもの理論が知られていますが、それぞれに説明が異なり混乱する部分もあるので、ここでは代表的な2つのみを紹介します。


#1: リソース理論

リソース理論によると、演奏の隅々まで意識を行き渡らせるには、一定量の脳の活動エネルギーが必要です。
脳内にたくわえられる “燃料” の量は決まっていて、残量が少なくなれば、パフォーマンスも落ちてきます。
そして、この燃料を補充するには、時間がかかります。
時間と共に集中力が低下するのは、このためです。


対策: 休憩を入れる

対策はとてもシンプルです。
休むことです。

私自身、学生時代に 50-10 で練習するようにすすめられたことがあります。
50分練習し、10分休むことを繰り返すのです。

このやりかただと、ちょうど1時間でひと区切りとなります。
しかし、この比率が効果的だという根拠はあるのでしょうか?
45-15 や 40-20、あるいは例えば25-5×2といった比率ではどうでしょう?

これに関しては、ラトビアにある Draugiem Groupの試みが参考になるでしょう。
この会社では、全従業員のパソコンに特殊なソフトをインストールしており、各人がパソコン上で何にどれだけの時間を使ったかモニターできるようになっています。 
プライバシー面からの意見もあるでしょうが、従業員が自分の作業効率を把握できるのは、大きなメリットです。


52-17 の比率

上位10%の優秀な従業員のデータを分析した結果、パソコンでの作業時間は比較的短いことが判りました。
彼らの作業と休憩の比率は、 52-17でした。

まったく実用的ではない、不思議な比率です(およそ 3対1ですが、微妙に合いません)。
そして、自然とこの比率になる場合と、この比率になるようにタイマーをセットした場合との作業効率が同じかどうかは不明です。
さらに言えば、 10%というのが、100人中の10人か、1000人中の100人かもわかりません。

しかしどちらにせよ、重要なのは比率ではありません。
長時間つづけて練習するよりも、しっかりと休憩をはさみながら、目的の明確な短時間の練習をくり返すほうが、効果が上がるということなのです。

さらに、より重要なのは、休憩の使い方です。
メールやSNSをチェックしたりYouTubeを見るのではなく、デスクを離れて全く別のことを行うほうが効果的です。
同僚と(仕事とは関係のない)話をしたり、散歩をしたり、本を読むのが良いでしょう。

時間がもったいないと思うかもしれません。
しかし、休憩を取った方が生産性が上がることは、何十年にも渡る研究によりはっきりしていることなのです。


#2: マインドレス理論

マインドレス理論によれば、一定の時間が経過すると、目の前のタスクに対しての興味は自然とうすれていきます。
馴れるにつれて内容が簡単に思えてきて、機械的な作業になりがちです。
脳が退屈し、細部に注意を向けることを止めてしまうのです。 


対策: ゴールの明確化

解決策は、タスクの難易度を上げていくことです。
それにより、惰性におちいることを避けるのです。
仮に特定のフレーズを五回リピートするとすれば、毎回差をつけるように工夫します。
例えば、音の正確性の基準を、どんどん上げていきます。
音のつながりもより滑らかに、音色も研ぎ澄ませ、ビブラートなどで次第に表情をつけていくのです。

くり返すごとに、よりレベルの高い目標設定を行い、演奏後すぐに録音を聞き直すことを繰り返せば、惰性におちいることは避けられるでしょう。
これについては、以前の記事(「一流の練習・二流の練習」)でより詳しく説明してあります。


Take action

どちらも納得できる理論であり、優劣をつけることはできません。
ですので、より集中力を高めるために、両方のやり方を採用するべきでしょう。

1) 練習と休憩の比率をいくつか試してみます。
52-17、50-10、25-5、自分にとって有効な比率を探してみて下さい。

ここで重要なのは、 

(a) 時間を管理するためにタイマーを使うこと、 
(b) 時間通りに休憩を取ること、 
(c) そして休憩の際は練習室から離れ、脳を休めてエネルギーを回復させることです。
 (スマホを開いてはいけません。人と話したり、自然を感じたり、といった昔ながらの方法が効果的なのです。)

2) 練習内容について細かいゴール設定を行います。
改善したい箇所や、マスターしたいスキルを明確にして下さい。 

毎回の練習ごとに目的を決めます。
例えば、運指のフォームを整える、といった具体的なものです。
そして、そのために実際に何を行うか(例: 親指を脱力させる、音を出す前に手の位置を確認する、ひじを内側に入れる、等)を明確にして下さい。



Additional reading
※航空機のパイロットについての記事が紹介されています。
操縦の機械化に伴い、パイロットの作業は軽減され、今度はいかに集中力をキープするかが問題となってきている、という内容です。
英語ですが、ご興味ある方はどうぞ。
The Hazards of Going on Autopilot (The New Yorker)
Airline Pilots Struggle to Stay Focused (CNN)

2015年12月26日土曜日

来年の目標

喉が痛い。
鼻水も出るので、風邪かもしれない。

3日前の夜中過ぎ。
高円寺で飲んでたら、喉がチクリと痛い気がしたんです。
その時は、飲んで喋ったからかな、とも思ったんですが、嫌な予感も拭えない。
寝て起きたら、やっぱり喉が痛い。
すぐ病院に行って、薬飲んで寝ました。

その翌日は夜に演奏があったので、それまでに回復したいと思って、午後は寝てました。
不思議なもので、体調の悪い時はよく寝れる。
いくらでも寝れる気がします。
まだ完治せず、今日も演奏なので、朝に薬をのんで、いままで寝てました。
いやー本当によく寝れる。


僕は風邪の時、いつも喉がやられてしまう。
喉がやられると、管楽器はつらいんです。
演奏自体にはあまり影響しないかもしれないけど、喉に負担がかかる。
クラはまだマシで、サックス吹いた時はひどいもんです。

それが嫌なので、喉に効くグッズを試したりもしてます。
プロポリス喉スプレーとか。
昨年からは、マヌカハニーを食べてます。
何となく役に立ってる気はするけど、どうなんだろうか。
マヌカハニーを摂るようにしてから、熱が出て寝込むことはありません。
でも、こうして喉は痛くなってしまった。
でも、そんなに酷くはならない。
これがマヌカハニーのおかげなのか、謎です。

ボーカリストの人は、大変だと思います。
たまに話を聞くと、ものすごく喉に気を使ってる。
僕も、もっともっと喉を大事にしようと思います。
だって、辛いから。
楽器吹けないのは嫌だし。
今回、喉が完治したら、恐ろしく喉に気を使いすぎるライフスタイルで冬を乗り切る心構えであります。

2016年の目標が、いま決まりました!
「喉を大切にする」!


さて、今日は何かのパーティでの演奏で、なんとマイケル・ジャクソンの"Man In The Mirror"がリクエストできています。
クラリネットでマイケル。
どうなんだろうか。
こんなとき、GWOでの経験が役立ちます。
お客さんを楽しませるためなら、何でもやりますよ!

2015年12月24日木曜日

N.O.生活8 - 日本語の授業、冬休み

予想外の奨学金によって、授業の取り方も見直しました。
奨学金をキープするために、きちんと単位を取り、成績が落ちないようにしなくてはなりません。
UNOは大学ですから、一般教養もあって、これが大変。
もう授業はどうでもいいと思ってた所だったのが、一転して勤勉な留学生になりました。


外国語のクラスがありました。
アメリカの大学だから英語は母国語扱いで、英語以外の言葉を選ばなきゃいけない。
ただでさえ苦しんでる英語を使って、他の外国語の授業を受けるわけです。
地獄の苦しみが見えます。

困った挙句、ズルをしました。
日本語を選択したんです。
さすがに大丈夫かなと思って、ジャズ科の主任教授のエドに聞きに行ったら、笑ってOKでした。

それから、日本語を教えている先生の所にお願いに行きました。
だいぶ年配の、女性の先生でした。
たまーに僕のような生徒が来るそうで、快く協力してくれて、教科書まで貸してもらいました。
そう、教科書が、高いんですよ。
1冊一万円とか平気でしますからね。
先生のはからいで、授業に出ずにオンラインでテストだけ受ければいいことになりました。
で、テストで満点ばかり取りすぎないように、と注意を受けました。
いや本当、わざと間違えないと、すぐ満点取っちゃうんですよ。
あとは、学期の初めと終わりに先生の所に教科書を返しに行って雑談をするだけ。
すごく助かりました。


そうこうする内に、すぐ冬休みです。
校内は閑散としています。
校舎も閉まるし、寮に入っている学生のほとんどは実家に帰り、残っているのは留学生ばかりです。

学食も閉まります。
寮にはキッチンがないので、近くのスーパーでトルティーヤ・チップスとサルサ・ソースを買い込みました。
あとは食パンにピーナツ・クリームを塗ったのと、飲み物はコーラとインスタント・コーヒーで過ごしました。
それが一番安くてお腹が膨れるからです。

でもね、サルサ・ソースもピーナツ・クリームも種類が豊富で、なかなか楽しめるんですよ。
もちろん、たまには冷凍食品も食べたし、もっとたまには外食もしました。
と言っても、近くで食べるにはバーガーキングしか選択肢がないんですけどね。

冬休み中、ジャズ科で僕の他に寮に残っていたのは、韓国から来たドラマーのジュン・ホーだけでした。
彼は車を持っていたので、乗せてもらって町に出かけたり、よく一緒に過ごしました。
とはいえ、ほとんどの時間は練習室で過ごしていました。
それこそ24時間いつでも楽器が吹ける。
まだ学外で演奏活動もしていなくて、たっぷり個人練習をしました。
夢のようです。
いま思い返しても、幸せな環境だったと思います。
渡米から数ヶ月。
ようやく、落ち着いた気持ちでした。

2015年12月23日水曜日

家セッション、イタリアン、誕生日ケーキ

昨日は、中川家の忘年会へ。
ミュージシャン仲間が集まり、ギター弾きにしてプロ顔負けの料理人、山本ダイキの作るイタリアンを堪能しました。
いや、たしかイタリアンて言ってた気がするけど、初めて食べるものばっかりで詳細は定かではありません。
とにかく、美味かった!

一度会っただけだったり、初めて会うミュージシャンもいました。
音楽の話や、音楽以外の話や。
途中でピアノを弾きだしたり。
中川家の子供達もスキあらば絡んでくるし。
なかなか盛り上がりました。

いろんな人がいますね。
音楽やってる人に、悪い人は少ない気がします。
まあ、昨日は感覚の近い面子が集まった訳だけれども。

軽くセッションも。
久々に、飲んで吹きました。
飲むと吹けなくなるので、演奏するときは酒は遠慮するようにしてるんですよ。
音の感覚も鈍るし、息は続かないし、そして吹くほどにどんどん酔いが回っていくので、いい演奏は望めませんからね。

まあ昨日は家セッションだし、いいやと思って吹きました。
ずっと料理に専念していたダイキ君が加わって、そしたらこれがグルーヴィで、こっちも乗らずにいられない。
けっこう吹いてしまいました。
頭も息もキツかったけど、なかなか面白いセッションになったと思います。
こんどは酒抜きで手合わせしてみたい。

実は昨日は誕生日で、手作りのケーキをいただきました。
中川夫妻の作る料理も、美味いんですよ。
ミュージシャンには、料理が上手い人がたまにいます。
なんでなんだろうか。
スコセッシの映画とか見ると、マフィアもみんな料理しますよね。 
関係はないだろうけど、なんか関係してる気もします。


40歳になりました。
何の感慨もありません。
そもそも、誕生日に限らず、何か具体的な事柄で心が動くことはありません。
もちろん出来事によっては、嬉しかったり悲しかったりと感情は動きますが、そこに意味づけはしません。
全ては通過点、日常の一コマに過ぎないと思って、淡々と流れるままにやってきました。
目標も何もありません。
ただ目の前のことをやるだけ。
なので、今後どうなるか何もわかりません。
何が起こるか、楽しみです。

2015年12月20日日曜日

ブラジル写真展、コロリダス

写真展を見に行きました。

砂町銀座商店街にある、はくえん堂。
「vida 街と街と街と」
写真家の疋田千里(ヒキタチサト)さんがブラジル各地で撮影した写真が並びます。
人が映ってる作品が多いのがいい。
市場の写真が好きでした。
日本人移民のコミュニティの写真もありました。
そういえば、昔ブラジル移民の誰かの本を図書館で読んだ記憶があります。
ブラジルも、いつか行ってみたいな。

ライブがありました。
クラリネット、7弦ギター、パーカッションの3人で、ブラジル音楽を。
小ぢんまりした会場で、サロン的な、優しい演奏。
彰子ちゃんのクラリネットは、響きが豊かです。
同じ楽器でも表現方法が違って面白い。
僕はあんな風には吹けないなー。
クラリネットって、いい楽器だ。

写真家のヒキタさんと話してたら、秋田でコロリダスの英心の家に行ったことがあると言います。
さらに、知り合いの徳久ウィリアムさんの名前も出てきて、驚きました。
繋がってるもんだなー。

ポストカードを買って帰りました。

展示は23日までやってます。




夜は横浜センター南の、ボン・テンポで演奏しました。
コロリダスでやるのは3回目。
いつもあったかい、素敵なお店です。

店主の丸藤さん。

やっぱり、いいお店で演奏するのはいいもんです。
ちょっと遠いけど、またやりたいと思わせてくれます。
初めてコロリダスで出た時は、僕はまだ正式メンバーじゃなかったんじゃないかな。
壁にはブラジル音楽のアルバムジャケットが並んでるし、恐縮したような気持ちになったのを覚えています。
こうして何度も演奏できて、歓迎してもらえて、嬉しい。

コロリダスに入って、僕のクラリネットから、何か新しいエコーが聞こえるようになったんだろうか。
まだ分かりません。
でも、なんとなく、きっとあと1年もすれば、ブラジルの声に触れられるような、そんな気がするんです。
それを、また聞いてもらいたいです。

2015年12月19日土曜日

クリスマス・ソング

一昨日、演奏するお店に着いたら、BGMにクリスマス・ソングが流れてました。
あーそんな時期だなーと改めて思いました。
もちろん、その日はクリスマス・ソングなんて全く用意していなくて、普通にライブをやりました。

確かに町はクリスマスの飾りつけでいっぱいだし、クリスマス・ソングもあちこちで聞こえてきます。
クリスマス、好きですよ。
意味とかはどうでもいいんです。
ただ、楽しげだから。
町もきれいだし、クリスマス・ソングはキャッチーでいい曲が多いし。


ニューオリンズにいた時は、もっともっと町中が浮き立つような雰囲気でした。
日本の感じをスケールアップしたような。
個人宅の飾りつけがすごかったですね。
日本でも最近増えてきましたが、でかい人形が置いてあったりとか、とにかくバカバカしいくらい派手。
ハロウィンからの約1ヶ月は、どこに行ってもあったかい気持ちになりました。

でも、ライブでクリスマス・ソングを演奏した記憶はありません。
ひょっとして一晩に1・2曲はやったもしれないけど、特に覚えてないくらいです。
クリスマス当日は、みんな家族で過ごすために実家のある州に帰るし、店も夕方で閉まります。
でも、その前の期間もクリスマスソングを演奏した記憶はないんですよね。
何でなんだろう。

ホテルでジャズ・ブランチの演奏をしてた時には、クリスマス・ソングを仕込んでいきました。
その時わざわざ練習したから、やっぱりそれ以外のライブでは演奏してなかったんだと思います。
クリスマス・ソングには、凝った曲もあります。
ジングルベルとかじゃなくて、「The Christmas Song」「Have Yourself A Merry Little Christmas」みたいに、もっと"曲"ぽいやつです。
曲中で転調するのもあった気がします。
日本であまり聞かない曲も、向こうではスタンダードだったりして、覚えるのが大変でした。
もう忘れちゃったけど。

一年でその時期しか演奏しないわけですから、そりゃ忘れますよ。
簡単な曲ならすぐできるけど、凝った曲は練習が必要です。
ニューオリンズのライブは、リハなんてないし、その日のメンバーが誰かも分からないのがほとんどだから、パッとできないクリスマス・ソングは避けられるのかもしれません。


ちょうど明日クリスマス・ソングを演奏するので、練習しました。
「サンタが町にやってくる」とか簡単なやつだけど、それでも普段やらない曲ですからね。
25日の夜も演奏あるけど、その日はクリスマス・ソングやるものなのかな?
それとも24の夜までなのかな?
毎年、25日夜の扱いが分かりません。

2015年12月18日金曜日

マウスピースの成形方法 by Clark Fobes

サン・フランシスコの著名なマウスピース製作者でありクラリネット奏者Clark Fobes 氏による記事を翻訳しました。
マウスピースを樹脂から成形する方法を比較したものです。
素材の影響についての意見も、製作者の視点から説得力があります。

※ちなみに、私は彼のSan Franciscoモデルを愛用しています。



イギリスのクラリネット奏者Harold Troughton から質問を受けました。

“最近、 
Brilhartのヴィンテージ・マウスピース “Ebolin Special” (Brilhart の当時の入門用モデル)を手に入れたところ、驚いたことに愛用のVendoren B40 よりもよく鳴るのです。
これが、 鋳造と削り出しの製法による違いなのでしょうか?

面白い質問です。
現在のラバー・マウスピースの製法は、鋳型に樹脂を流し込み固める「鋳造」が主流です。
対して、昔のマウスピースは材料からの削り出しで作られていたという意見があります。
それがヴィンテージ・マウスピースが優れている理由だというのです。

私の意見を述べる前に、まずはそれぞれの製法について検証してみましょう。
もちろんここでは、メタル、クリスタル、木製のマウスピースについては触れません。

まずは、最も一般的な方法である鋳造のバリエーションを比較した後に、機械による削り出しについて見てみることにします。


マウスピース製作に用いられる鋳造方法は、以下の3つです。

  • 射出成形 Injection Molding
  • 圧縮成形 compression Molding
  • トランスファー成形 transfer Molding

射出成形

木管楽器のマウスピースを製作する最も古い
会社は、まもなく(2008年の時点で)創業90年を迎える、インディアナ州ElkhartのJ.J. Babbitt社でしょう。
私は、1991年から彼らと仕事をしています。
Clark Fobes Debut(アクリル製)とNOVAモデル(ハードラバー製)は Babbitt社の協力で製作しています。
Debutは射出成形、NOVAは圧縮成形を採用しています。

Babbitt社によるアクリルの射出成形は非常に信頼できます。
耐久性が高く、品質も安定しています。
私は全てのマウスピースの仕上げを手で行うので(昨年の製作数は約8,000 個でした!)、仕上げの前段階の状態によって、作業効率が大幅に違ってきます。
射出成形は、同じ製品を大量に作るにはとても適しています。
個体差が少ない上に、材質変化もなく安定しているからです。
加えて、表面の仕上がりも滑らかで美しく、ほとんど研磨の必要がありません。
Babbitt社は、 私がクラリネットとアルトサックス用に設計したフェイシングをコンピューターに取り込み制御しています。
アクリルは、材質が安定していてカットし易いため、500個のマウスピースを受け取っても、個体差はほとんど見られません。
若干ムラがあるのはチップ・レイルの幅くらいで、これは仕上げの段階で調整します。
私は、このマウスピースの音色をとても気に入っています。
ブラインド・テストでこれがアクリル製と分かる者はまずいないでしょう。

圧縮成形

ハードラバーの圧縮成形は、全く内容が異なります。
BabbittのHPの説明を参考にして下さい(リンクを開くと音声が流れます。説明は英語ですが、写真だけでもイメージが掴めると思います。)
私は、15年間Babbittと研究を重ねてきましたが、圧縮成形の場合、どうしても仕上がりにムラができてしまいます。
そのため、NOVAモデルにおいては、まずはマウスピースの内部を肉厚に成型し、仕上げの工程で内径を削り整えることで精度を保つようにしています。
圧縮成形については、まだ研究の余地があると言えるでしょう。

トランスファー成型


2002年から、ドイツZinner社のblank(仕上げをしていない状態のマウスピース。そのままでは吹けない。アメリカの名高い個人製作者の多くがZinner blankを使っています。)を元にClark Fobes San Franciscoモデルを製作しています。
Hans と Carsten のZinner兄弟は、現代最高のマウスピース製作者です。
彼らの用いる樹脂の材質は、全く素晴らしく、品質管理も万全です。
Zinnerは、仕上がりが均一なトランスファー成型を使っていると思われます。
この工程においては、Babbitの圧縮成形もそうですが、成型したマウスピースがまだ暖かいうちに内部にパーツを挿入し、ボアを整えます。
そのため、内部にムラが生じることは避けられません。
私の場合、
手作業に入るのに十分なレベルのblankを得るために、求めるデザインに近いサイズの挿入パーツをZinnerに特注しています。

Zinner のマウスピースは、内径デザインに特徴があります。
ボア上部の“crown”と呼ばれる部分(円筒部分と、吹き口に向う円錐部分との境目)が、やや丸みを帯びているのです。
これが素晴らしくメロウな音色を生み出す秘密なのですが、同時に、上位倍音が減るため音がぼやけがちになります。
また、crownが先端寄りになる結果、スロート・トーン(喉音。中音域のラ〜シb)の音程が上がり、アルティッシモ(最高音域)の音程が下がる効果が得られます。
以下のデッサンは、私の理想とする"弾丸型"crownのイメージです。

私が内径を整えるために使う特注のリーマーの中には、crown専用のものもあります。
crownのサイズは前もって決定しておき、音色や音程の微調整を最後に行います。

削り出し


材料からの削り出しは、旋盤その他機械の発達した現代においても、非常にコストがかかります。
50-100年前には、果てしない時間と労力を要する作業だったはずです。
ミュージシャンの中には、歴史的なマウスピースは削り出しで作られていると言う者もいますが、私には信じられません。
100前にはもう圧縮成形が登場していたのですから、わざわざ非効率な削り出しを行う必要がありません。
現在、削り出しを行っているメジャー・メーカーはSelmerだけ
でしょう。
最近では、Bradford Behnも、特殊な調合の樹脂を使った削りだしの“Vintage”シリーズを発表しました。
私の知る限り、他にアメリカ国内で削り出しを行っている唯一の個人製作者は、Fred Lambertsonです。
彼の作るマウスピースは素晴らしいものですが、サックスのみで数も限られています。

Selmer Paris のHPで、削り出しの工程が詳細に解説されています。

画像をクリックすると下に説明文が現れ、その説明部分をクリックすると画像が拡大されます。
中には映像が見られるものもあります。

結論

マウスピース製作およびリフェイスを始めて22年になります。
鋳造による製作が主ですが、Selmerと仕事をする中で削り出しのマウスピースも多く扱ってきました。 
私の意見では、製法による違いはありません。
もっと言えば、素材の違いはほとんど音に影響しません。
影響があるとすれば、素材自体ではなく、その表面の質感によるものでしょう。
マウスピースの性質を左右するのは、細部の設計なのです。

マウスピースの音色は重要で、
それにより音程感も変わってきます。
音色は、音の波形と、倍音の組み合わせによって決定されます。
クラリネットは、他の木管楽器と違い、ボアが円筒形で閉管振動です(パイプオルガンに似ています)。
※(注) 通常、木管楽器のボアは円錐形です。この内径の違いから、開管である木管楽器の中で、例外的にクラリネットのみが閉管振動となります。
閉管振動では、偶数倍音が抑えられ、奇数倍音が多くを占めます。
この偶数倍音の欠如によって、他の木管楽器と比べ独特の、メロウで柔らかな音色が生まれるのです。
クラリネットの音色を主に決定するのは、楽器のボアの形状とトーン・ホールの配置です。
高次倍音については、一旦マウスピースとリードの部分で作られたものが、楽器で調整されることになります。

マウスピースの内部および外側の設計は、リードの振動で発生する倍音を整える役割を果たします。
楽器で増幅される前の、マウスピース自体の音量幅は大きいものではなく、ボア(円筒部分)とチェンバー(先端の円錐部分)の設計の無限の組み合わせにより左右されます。
また、この組み合わせの選択によって、“息が入る、” “抵抗感がある”、”明るい”(上位倍音が多い)、 “暗い” (上位倍音が少ない)、“柔らかい” などのマウスピースの性質が決まってくるのです。
倍音の種類はバッフル部分(チェンバー上部の斜めの部分)によってほぼ決定されますが、ボアの大きさと形状も少なからず影響します。

クラリネットの音色は、リードの振動に対して様々な要素が影響することで形作られます。
その複雑な組み合わせの中で、素材の影響は微々たるものに過ぎません。

製作者、そして演奏家としての私の結論はこうです。
マウスピースの材質は、音色に全く無関係とは言い切れません。
しかし、それは設計面と比べると取るに足りない程度であり、鋳造と削り出しの違いは無視して構いません。
違いがあるように思うのは、素材の扱い易さによって製作者の技術が発揮される度合いが異なるからです。
また、木の材質により違いを感じるのは、それぞれの経年変化によるものでしょう。

Clark W Fobes