N.O.生活15 - GIG

ライブのことを英語では "Gig" と言います。
だんだん、自分のバンド以外でもクラリネットでギグに呼ばれるようになり、大学の用事がなければ、けっこうな頻度で町へ出て演奏するようになりました。
とにかく、古いジャズの需要があるんですよ。
おかげでだいぶ場数を踏んで鍛えられました。

日本と違って、求められるのは、音符の再現能力よりもトラブル処理能力です。
基本的に、どのギグも、リハなんてありません。
ぶっつけ本番です。
マイクを使う店でも、サウンド・チェックすらやりません。
ライブ・ハウス「ティピティナ」でも、ジャズ・クラブの老舗「スナッグ・ハーバー」でもそうでした。
ジャズ・フェスの野外ステージもぶっつけだったし、それが普通なんでしょう。

これ、ニューオリンズだけかと思ったら、そうでもない。
ニューヨークで2週間くらい演奏したことがあったんです。
その時も、小さい飲み屋ではもちろん、フェスの大きなステージでもサウンド・チェックをした記憶はありません。
もちろん、時にはステージで音が聞こえづらいこともあるけど、なんとかなります。
そう、なんとかなるものなんですよ。


ギグ自体が、そもそも適当ですからね。
日程を決めたあとから、スケジュールの空いてるミュージシャンを寄せ集めることも普通です。
なので、ステージで初めて顔を合わせるミュージシャンも多い。
ロックしか叩いたことないドラマーがジャズのギグにやって来て、おかしなことになるようなケースもありました。

あるとき、ギャラリーでのパーティ演奏を頼まれました。
ギターとクラリネットのデュオでやってくれと。
その時ちょうど、カナダからベーシストの友達が遊びに来ていました。
で、二人でセッションしてる時に聞いてみたんですよ、ギターできる?って。
そしたら、バンジョーなら弾ける、って言う。
素晴らしいベーシストだから、信用して二人でやることにしました。
彼の旅費の足しになればいいな、と思って。
で、リハもせずに当日ぶっつけで演奏をはじめたら、ぜんぜん弾けないんですよ!
いや、少しは弾けるんですが、コードとかもうメチャクチャだし、リズムも揺れるし、かなり大変でした。
終わってから雇い主に、バンジョーは変えた方がいい、って言われちゃいましたからね。
まあそれでもちゃんとギャラくれたし、次もまた声をかけてくれたけど。
もちろん、その時はちゃんとしたギタリストとやりましたよ。

もうひとつ面白い話を。
マット・ロディという、トップ・ヴァイオリニストがいます。
ジャズ系の仕事はほとんど彼がやってるんじゃないか、っていうくらい引っ張りだこのミュージシャン。
で、ある日ギグに行ったら、メロディ楽器はマットと二人だ、って言われて。
ヴァイオリンとクラリネットか、と思ってたら、なんとマットがトランペットを持って現れたんです。
最近練習し始めたんだよ、って言う。
へー、どんな演奏するんだろう、と思って始まってみたら、全然ちゃんと吹けないんですよ!
ミュージシャンとしては一流だから、頭の中で音は鳴ってるはずです。
単純に、トランペットの音が出ない。 
本当に、素人みたいな感じなんです。
ヴァイオリンも持ってきてたので、けっきょくそっちを使って、トランペットはあまり出番がありませんでした。
でも、それからもいつも持ち歩いていて、機会があれば吹いていました。
あんまり上達したようには見えなかったですけどね。


万事が、そんな感じ。
とにかくユルいんです。
でもそれは、いいかげん、ていうのとは違う。
自由、と言った方が近い。
余計なプレッシャーがなくて、いつもみんなリラックスしてる。
もちろんお客さんもそうです。
ハプニングも含め、みんな音楽を「楽しむ」ために来てるんですよね。

そういう大らかな空気が、ニューオリンズ音楽を作り上げています。
ニューオリンズでライブを見るのは、すごく楽しい。
日本のライブなんて、音楽を楽しむとは程遠いものに思えてくる程です。


そうしたギグの適当さに加えて、僕には英語の問題がありました。
たいていのギグでは、セットリストなんてありません。
1曲終わるごとに、その場で次の曲を決めます。
誰かが曲名をあげて、何人かが知っていれば、すぐにカウントを取って演奏が始まります。
その曲を知らないメンバーがいてもお構いなしです。
で、ステージ上での会話ってものすごくブロークンで、聞き取りづらいんです。
曲が始まってみて、ああこれか、と思うことが多い。
英語力の問題なんですが、これだけは、4年経っても大変でした。
リズムやキメを教えてくれても聞き取れないから、演奏中にびっくりする展開があったりして大変なこともありました。
集中力が鍛えられましたね。


いろんな意味で、現場での対応力が身についたと思います。
これは、ニューオリンズで学べる技術のひとつでしょう。

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