N.O.生活21 - ハリケーンの苦労〜Jaynaのこと


ハリケーンは来ませんでした。
また、普通の生活が始まりました。
それにしても、毎年ではないにしても、ハリケーンが近づくたびに避難しなきゃいけないなんて、大変なことです。
避難するのだって、移動やら何やらお金もかかるし、仕事や学校も休まなきゃならないし。

そもそも、まだカトリーナの被害も復旧していない。
そこでまた次のハリケーンが来たりしたら、どうなるんだろう。
町の中心を外れれば、倒壊した建物がそのまま放置されている姿に出くわします。
あちこちで街灯や標識は折れ曲がったままです。
政府レベルでの復旧が進んでいないので、自力で手作業で直してる途中の家をたくさん見かけます。

そんな状態ですが、みんな普段の生活ではカトリーナの時の話はあまりしません。
わざわざ昔の災害を思い出して掘り返すことは、しないんです。
それよりも日々の楽しい面に目をやるのが、ニューオリンズの気風です。
なので、僕はこの時まで、ハリケーンについて深く思いを巡らすことがありませんでした。
ニューオリンズに住んで、もしハリケーンが来たら、どうすればいいんだろう。
あらためて考えると、それはものすごいことです。


その頃よくJaynaという女性シンガーと一緒に演奏していました。

正直、彼女のディキシー寄りの音楽性は、決して好みじゃなかった。
でもとにかく楽しい人で。
もともとダンサーだったこともあり、パフォーマンスが良かった。
とにかくお客を楽しませることを考えるタイプ。
単に音楽的なことだけじゃなくて、彼女の周りにはいつもハッピーな空気がありました。

ジェイナは、ニューオリンズで唯一、スワンプ・ポップの話ができた人でもあります。
育ったマレロという町は、スワンプ・ポップが盛んらしい。
ローカル・バンドが出ている地元のクラブに連れて行ってくれたり、ジェイナの彼氏とも気が合ったので、一緒に行動することが多かったんです。

そうしていると、音楽以外のこと、生活面も見えてきます。
彼女は、カトリーナの被害でかなり苦労していました。
ニューオリンズ郊外の生まれで、自宅だけではなく実家も被害を受けていたんです。
もともとダンサーで、イベントを企画したりダンスを教えたりしていたのが、ハリケーンで人もバラバラになってしまい、一からシーンを立て直そうとしていました。
学位を取るために大学へ通っていたのもハリケーンで中断してしまった。
ハリケーン後の家賃の精算などについて大家との交渉。
被害を受けた郊外の実家のメンテナンス。
ハリケーンの影響もあってか、急激にボケていく父親。
そんな大変な状況の中で、シンガーとしても活動を広げていこうとして、いつ寝てるんだ、という勢いで活動していました。

彼女とのライブで印象深いのは、深夜のバーレスク・ショウです。
バンドは通常のステージの他に、ダンサーの伴奏も担当して、これがなかなか面白かった。
きちんとしたジャズクラブだったので、ダンサーのレベルも高く、お客も上品で、いいショウでした。
普通のライブとは違うし、毎週楽しみにしていました。
驚いたのは、ドラムにGerald French、ベースにKerry Lewisという地元のトップミュージシャンがいたことです。
そんな人気ミュージシャンが、若いシンガーのバンドのレギュラー・メンバーになることは、ほとんどありません。
彼らを連れてくるジェイナの手腕に、関心しました。


ジェイナは、車で移動してる最中にも、しょっ中いろんな所に電話をかけていました。
両親の家をめぐる保険や修理の手続きや、法律関係の問い合わせ。
ミュージシャンへの連絡やブッキング。
住んでいるアパートも、まだ建物自体の修理が終わっていなくて、契約や家賃についてのやり取りもありました。
歌だけでなく、ダンスレッスンやイベント企画に関する連絡。
電話の合間に、離れた施設に毎週のように父親の面倒を見に出かける話を聞くと、それだけでも大変そうです。
タフな人です。
そして、これほど動いても、ハリケーンから4〜5年経って、まだトラブルが落ち着かない、ということ

ハリケーンの前から住んでいて、家族もニューオリンズにいるジェイナのような人たちは本当に大変なんだな、ということを、目の当たりにしました。

僕が住んだとしたら、どうなるんだろう。
身寄りも、家も財産もない。
そんなことを漠然と思いました。

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