2016年3月30日水曜日

見るべき映画 『それでも夜は明ける』


『それでも夜は明ける(12 Years A Slave)』を見ました。
黒人奴隷制度を扱った映画。
素晴らしかったです。

19世紀の中頃、一般社会で生活していた黒人(奴隷に対して、自由黒人と言われます)が、拉致されて奴隷になるという話。
拉致ですよ、拉致!
眠らされて拘束されて船に乗せられちゃうんですよ!

奴隷制度は、重いテーマです。
だから、どうしても、作り手の考えも問われることになります。
奴隷制度は反省すべき、ということが前提としてあって、それに対してどういう視点で何を言うか。
過去の映画や小説など多くの作品が、そういうスタンスで作られていたと思います。

でもこの映画のアプローチは違います。
奴隷制度をどう描くか、どう糾弾するか、ではなく、その中での痛みや苦しみを伝えることが目的なんじゃないかと思いました。
おそらく、奴隷制度=悪というのは現在ではもう常識であって、今更そこを主張する必要はないからじゃないか。
知識としては浸透しているわけです。
それを一歩進めて、共感という言葉は違うかもしれないけど、より感情レベルで心にシコリを残す。
いろいろ、後味が残りましたよ。


一見すると、画面の感じとか雰囲気から、いわゆる王道の大河ドラマものに見えます。
いい話、いい役者を、正攻法でしっかり作る、みたいな。
でも、違います。
そもそもストーリー展開がありませんからね。
映画の大部分は、奴隷農場での生活の描写に終始します。
次々といろんなエピソードが描かれるだけで、全体の起承転結みたいなものがない。
クライマックスと言える、農場から救出される場面でさえ、そこに至るまでのドラマチックな盛り上がりはありません。
唐突で淡々としてます。
その後に続く、家族との再会シーンもそう。
なんたって12年振りですから、いくらでもドラマチックにできるはずなのに。
弦楽器の音楽がだんだん盛り上がるのが常套手段だろうけど、そもそも音楽流れてたっけ?というくらい。
とにかく、どうなるんだろう!?とハラハラドキドキするような感覚はありません。
見終わっても、カタルシスはない。
奴隷制許せない!というような怒りの感情もない。

その代わり、画面から伝わってくる苦悩の感情はものすごい。
印象的な長回しがいくつかあります。
木に首を吊られてつま先立ちの状態で放置されるシーンや、仲間への鞭打ちを強要されるシーンなど、はっきり言って見ていて辛いです。
映像自体は、決してキツイものじゃないんですよね。
でも、といかく長いし、カメラも動かないから、見てるほうは逃げられない。
主人公の苦しさを嫌でもずっと直視することを強いられます。
映像自体のキツさではなくて、想像して感じることのキツさです。
そっちの方が辛いし、残ります。

主人公の感情を説明するのではなく、とにかく想像させるんですよ。
長い顔のアップがまた効果的です。
黒人霊歌を歌いながら次第に感情が溢れ出していくシーンなんか、心が動かされない人はいないでしょう。
でも、〇〇だから苦しい、悲しい、といったような理由付けはありません。
見てる側は、ひたすら想像するしかない。
あるいは、ラスト近くに、無言の主人公の顔を延々と映すシーンがあります。
その表情は雄弁で、すごく見ごたえがある。
ここなんて、前後に何があったか、いつなのか、どこなのか、一切の状況説明がありません。
だから、雄弁だけど、何を考えてるのか、どんな想いなのかも分からない。
そのくらい抽象的な、複雑な感情を観客に伝えたかった、ということなんだと思います。
とても印象的なシーンです。

他にも、主人公の姿を淡々と映すだけのシーンが要所にあります。
何だか分からないけど、とにかく何かを訴えかけてくるので、こちらは想像するしかない。
悲しい、嬉しい、と設定された感情表現に引き込むのではなくて、観客に想像する余地を与えて、能動的に入り込んで行くよう促す。
そうすることで、見終わった後に、登場人物が感じたであろう痛みや苦しみの感情が心に残っていることになります。


主人公以外の登場人物も、何を考えてるか語りません。
状況説明も、最小限、というか足りないくらいです。
様々なエピソードが描かれる間、それぞれの感情をとにかくずっと想像し続けることになります。
そうすると、誰が善で悪でという風に人物を整理していくことができない。
農場主の白人なんて、構図的には悪ですが、そんな単純ではないことが伝わります。

こうしたメッセージを主張しない描き方は、一歩間違うと、制度自体が悪だった、という単純化した結論づけに繋がるでしょうし、実際この映画に対してそうした批判もあるようです。
確かに、ストーリーを整理したりメッセージを探そうとして見る人には、物足りないのかもしれません。
奴隷制度がテーマという時点で、どう糾弾するのか、ということを期待する人も多いでしょうから。
でも、頭で納得するよりも、感情が動かされる方が、心に強く残ると、この映画を見た実感として思います。


「伝えたい」という意思を感じる映画です。
差別を糾弾することではなく、そこでの痛みや苦しみ。
この映画は、それを人びとに伝えたい、という明確な意思を持って作られたように思います。
だから、単純に他の映画と比べられない。
これにブラッド・ピッドが出演して、アカデミー作品賞を取る。
すごいな。


僕は、ブラック・ミュージックへの興味から、アメリカ黒人の歴史についても勉強してきました。
黒人文学と呼ばれる物もたくさん読んだし、ニューオリンズ大学では、Black Literature(黒人文学)のクラスも取りました。
その中で、「伝えたい」という意思を強く感じたものは、この映画と、小説『ルーツ』です(テレビ化されて日本でも放送されたそうですが、そっちは見てません。)。
『ルーツ』は、正に奴隷制度というものを伝える、という目的。
この映画は、その痛み苦しみを伝える目的。
そういう目的を持って作品を作るという意思に、感動します。

ちなみに、もし奴隷制度に興味を持ったなら、『ルーツ』はオススメです。
黒人文学って、やっぱり「文学」的なのが多いんですが、これはエンターテイメント小説です。
誰でも読みやすい。
手に汗握って一気に読めます。
そこが、素晴らしい。


『それでも夜は明ける』は、語り継がれる作品だと思います。
もちろん映画としても素晴らしいけど、それだけじゃないから。
見た方がいいと、思います。
美しいシーンが沢山ある。
ただし、疲れるし、スカッとしたりは一切ないので、そのつもりで。
その分きっと、得るものがあるはずです。

2016年3月29日火曜日

人気のジャンル

代々木公園に、緑色の服を着た一群がいました。
中には楽器を持った人も。
アイリッシュのイベントのようです。
そういえば、アイリッシュ音楽やってる人って、けっこう多いんですよね。
大きな会場でイベントやるくらいに。
けっしてメジャーな音楽じゃないと思うんだけど、なんでだろうか。

きっと、ポーグスの存在が大きいんだと思うんですよ。
(アイリッシュとラスティックと一緒にして話してます。もし、全く別物だ!ふざけんな!という人がいたらごめんなさい。)
実際、アイリッシュの飲み屋に行くと、かなりの確率でポーグスかかってますからね。
他にないの?っていうくらいに。

そういうのって、他のジャンルでもあります。
レゲエなら、ボブ・マーリー。
スカなら、スペシャルズ。
どれもマニアックな音楽だけども、沢山のファンがいる。
それは、音楽の魅力だけじゃなくて、スターのカリスマ性による部分も大きいはずです。
やっぱ、コアな音楽ファンを超えて一般の人にアピールするには、メッセージ性とかカリスマ性とかがないと難しい。
ロックだって、例えばストーンズなんか、音楽だけじゃなくて雰囲気コミのバンドだから、あそこまで人気が出たんだと思います。

僕が好きなニューオリンズ音楽は、人気がありません。
いやホント、人気ないんですよ。
音楽ファンは「ニューオリンズ」というキーワードに反応するけど、一般にはぜんぜん浸透してません。
スターもいないし、なにかビジュアル的なイメージが浮かぶこともないですからね。
ミュージシャンの人口も少ないです。
ポーグスのように手本となるカリスマがいないことが大きいんだと思います。
ハリー・コニックJrがもっとロックだったり、あるいはボガンボズがもっと成功していたら、違ったかもしれません。



コロリダスのインタビューが、ラティーナに載りました。
それで改めて、自分がラテンというジャンルのバンドにいるんだな、と自覚しました。
だって、巻頭の方で、3ページ大きく取り上げられるんですよ。
でも、例えばミュージックマガジンにもアルバム・レビュー載ってるけど、そっちは普通にひと枠だけです。

この差。
ラテン・バンドやってるんだなー、と。
実際、メンバーと話しても、ラテン以外の音楽を積極的に聞いてるのって、けんた君だけだし。
ラテンというジャンルの中に、僕のような、他の音楽の匂いのするプレイヤーが混じれば、それは目立つだろうな、と。
コロリダスでのプレイを褒められる中には、そういう水増し感も、あるのかもしれない。
ちょっと他と違うだけで、高く評価されることって、ありますからね。

もしかすると、僕がこのままラテンをもっと研究していけば、個性を残したまま、そこそこいいラテンのプレイヤーになれるかもしれない。
このジャンルの多くのファンに支えされて、楽しい生活を送れるのかもしれない。
少なくとも、日本にはニューオリンズ音楽のシーンはないけど、ラテンは既にある程度のマーケットが存在するわけだから。


なんてことを、ぼんやり考えました。
まあね、たぶん今まで通りやっていくと思いますけどね。
1年後、自分はどんな演奏をしてるかなんて、考えるだけ時間の無駄です。
考えるヒマがあれば、練習した方がいい。


2016年3月28日月曜日

昨日のこと

昨日は結婚パーティで演奏してきました。
歓談タイムの時に、会場の隅でBGM的に演奏します。
適当に休んで、食べたり飲んだりしながら。
たまにこういうのやるんですが、今まではたいてい同世代のミュージシャンを誘うことが多かったんです。
なんとなく、同世代の方が気軽に誘えるじゃないですか。

昨日はベテラン・バンジョー奏者の坂本さんを誘いました。
いや楽しかったな。
当たり前だけど、音楽的に合うことが一番ですね。
坂本さんの音は柔らかいので、僕のクラリネットによく合います。
ライブハウスとかうるさい飲み屋では分からないと思うけど、僕の音はだいぶ柔らかいんですよ。
気張らず本来の音色とスタイルで吹けて、みんな幸せそうに聴いてくれて。
よかった。
みなさんどんどん何度でも結婚して、僕を演奏に雇ってください!


坂本さんと演奏してあらためて思いました。
色んな演奏やるけど、何がいちばん楽しいって、演奏中に自分が今までに好きで聞いてきたクラリネット奏者の音というか雰囲気のようなものが浮かぶことです。
自分の音にそういう空気感があると思えること。
ああ今その世界にいるなーと思える感覚です。
僕の好きなニューオリンズのクラリネットの世界は、特定の音色やスタイルではなくて、もう本当に雰囲気とか空気感とかいうものが大事なんです。
そういう風に考えてるプレイヤーはほとんどいないけど、僕はそう確信してます。

と考えながら、久しぶりにジミー・ヌーンをかけてます。
この人なんか、けっしてニューオリンズ・スタイルのバンドでやってたわけじゃないけど、やっぱり独特の空気感があります。
あーニューオリンズの音楽を演奏したいなー。
たまに「ニューオリンズ!」って言って演奏してる人いるけど、みんなフレーズやスタイルをコピーしてるだけなんだもんなー。
そうじゃないことがやりたい。


昨日のことを日記みたいに書こうと思って始めたら、なんかまた違う所にさまよってしまいました。
今やってる音楽、たいてい楽しいけど、やっぱりニューオリンズをやりたいんですね、自分は。
誰かやりましょう!

2016年3月26日土曜日

ジャズ喫茶には行かない

家のネットはYmobileです。
先日Macのリカバリを試みたせいで、月の通信容量の上限を超えてしまい、速度制限がかかり全然ネットが繋がらない状態になってしまいました。
1ページ開くのに5〜10分かかる。
いくら待っても開けないページもあります。

なので、今日は外にネットをしに行きました。
Bill Ambergの革のバッグにMacbook入れてロードバイクに乗って、かっこいい俺。
近くにWiFi繋がるジャズ喫茶があるんです。
若いオーナーがやってて、「喫茶店」より「カフェ」って呼ぶのが似合うような店です。
会話厳禁!みたいな堅苦しさはありません。
音量は大きめだけど話もできるくらいだし、ジャズと関係なく普通にカフェとして利用してるお客さんも多い。

でももちろん、ジャズを聴きに来てる人もいます。
たいてい年配以上の男性で、一人でコーヒー飲みながら無言でいます。
今日も僕が行ったらそういうお客が二人いて、後からさらにもう一人来ました。
隣に座ってMac開いてると、見るともなく彼らの様子が目に入ってきます。
最初は、じっと聞き入ってる姿に好感を持ってたんです。 
腕組み、してたかな?
まあそういうイメージですよ。

でも、だんだん違和感を感じてきてしまって。
僕も、ネットやりながら音楽は耳に入ってきます。
そうすると、演奏の中で、おお!と思うようなカッコいい瞬間があるわけですよ。
思わずしばらくそっちに耳を奪われてしまったり。
ボーカルものや大編成のアレンジされたのは別として、ジャズなんて即興でやってる音楽だから、演奏にわりと常に起伏があるじゃないですか。
でも!みんな微動だにせずにいるんですよ!
どんな演奏が起こっても、表情すら変わらない。
別に揺れたり足鳴らしたりしなくてもいいけど、死んだように動かないのは、すごく不自然に感じたんです。

僕は、クラシックのコンサートでも、みんなが石のように固まってるのは不自然だと思ってしまいます。
それが、ジャズ、しかもすごいグルーヴィで白熱した演奏を、ぼんやり聞き流すんじゃなくてちゃんと聴いていて、それでピクリともしないなんて、どっか悪いんじゃないの?
本当に聴いてるのかな?
僕よりいっぱいジャズ聴いてるんだろうけど、頭の中はどうなってるのか。
記号的に分析することしかしてないんじゃないのか。
音の起伏やリズムみたいな、感情的・肉体的な要素を受容する神経に、深刻な欠損があるんじゃないの?
そういう病気なんじゃないの?

と、思ってしまうくらい、違和感を感じたんです。
いやホント変ですよ。
ジャズ喫茶ってほとんど行かないけど、全員がこうやってじーっと無言で聴いてる店もきっとあるわけでしょ?
なんか動いちゃいけない昔からの伝統的なルールでもあるのかな?
あんな身体のナチュラル反応に逆らった異常な聴き方で、楽しいのかな?
家でもああしてじっと聴いてるのかな?
ライブでもそうなのかな?

ネットで検索してみました。
そしたらやっぱり、ジャズ喫茶は日本独自の文化のようですね。
身体反応を禁じて音楽を聴くなんて、まるで修行ですよ。
その修行の果てに何か得られるならいいけど。
いや、もしかしたら僕の知らない音楽的悟りの境地があるのかもしれません。
なんてね。
あるわけないでしょ。

日本では、ライブでもみんなじーっと「静聴」してることが多いです。
アメリカに行ってからは、余計にそれを奇妙に感じるようになってしまいました。
海外のライブハウスで「静聴」なんてあり得ませんからね。
飲んで食って喋りながらだって、音楽聞けるよ?
じーっと集中しないと聞けないのなら、逆にリスナーとしてレベル低すぎでしょ。
もっと音楽聴くことに慣れた方がいいと思いますよ。


あ、でも安心してください。
僕だって、ライブハウスで周りがじーっとしてる時は、なるべく大人しくするように心がけてるんで。
違和感を飲み込みながら、ですけどね。

今日の店はいいけど、いわゆる「ジャズ喫茶」には、今後も行くことはないでしょう。
だって、変だから。

2016年3月25日金曜日

万人に好かれるはずはない

YouTubeにアップしてるGWOの映像に、突然コメントがつきました。
同時に、このブログの、その映像を載せてるページにも同じコメントがつきました。
内容は、「音色が薄っぺらで音程も悪いくせに踊っててけしからん!本気で(たぶん音楽を)やれ!」というものでした。
原文はもっと見下した口調で、ショックでした。

まあ、自分の演奏は特殊だし、例えばクラシック音楽を基準にすると邪道だということは自覚しています。
不快に思う人、音楽と認めないような人も、中にはいるかもしれない。
って、思ってたけど、面と向かって言われたことはありませんでした。

正直、今回のコメントには落ち込みました。
どうしようと思って、とりあえず返答を書きました。
不快にさせたことを謝り、こういう音色やコンセプトのクラリネット奏法も世界にはあり、それを本気で追求してること、を書きました。
で、書き込もうとしたら、コメントは既に削除されていました。

コメントがあったことは、メールで通知がます。
で、そのメールに、投稿者のGoogleのユーザー登録(?)ページへリンクが貼ってある。
そこを見てみると、その人はピアニストでした。
演奏の映像のYouTubeも載せてあります。
自宅でピアノ教室を開いているクラシックの方で、ジャズも少しやるようです。
ピアノ教室のHPのリンクも貼ってあります。
見てみると、数年前で更新は止まっていました。

その人がたぶんジャズ的な演奏をしていただろう店には、僕の知人も出演しています。
辿っていけば、他にも繋がりがあるかもしれません。

いろんな思考が浮かびます。
自分はダメなのか。
あるいは逆に、この投稿者は視野の狭い可哀想な奴だ、確かに言ってることは分かるけど、分かってやってるんだ、この音色を得るために、わざわざ隣の音が50セント違う特殊な楽器を選択してるんだ、クラシック的な「正しい」演奏がしたければ普通の楽器を使うし、こんな苦労はしないよ!とかね。
意外に落ち込んでる自分に驚きました。

音楽でもなんでも、万人にとって最高、ということはあり得ません。
自分が最高と思う音楽が、ある人にとっては最低だということもある。
僕は自分の音色が好きです。
でも、僕が好きなこの音色を、ある人の言葉で表現すると「薄っぺら」となる。
たぶん、僕が感動してきたクラリネット奏者の音色も、「薄っぺら」なんでしょう。

「薄っぺら」というのは言葉の印象が悪いけれど、結局ただ表現する言葉が違うだけです。
特に、クラリネットの音色の傾向は、他の管楽器と比べて単一です。
それはポピュラー音楽で使われることが少ないからです。
ジャズ奏者でも、クラシックと同じ傾向のプレイヤーがほとんどですし。
だから、例えばクレツマーやちんどんやカリプソやニューオリンズなど、クラシックと全く別のコンセプトの演奏法があることが、意外に知られてない。
僕は、ニューオリンズのクラリネットの音色を、「あったかい」とか「素朴な」とか言いますが、それを「薄っぺら」と呼ぶ価値観の方が一般的なわけです。

すごい分かりやすく言えば、オペラ歌手の基準からすると、ボブ・ディランやユーミンの声は「薄っぺら」かもしれない、って感じでしょうか。

このコメントで落ち込むことで、自分はまだまだ甘いな、と思いました。
僕はもちろん世界一最高のクラリネット奏者ではない。
至らない部分もあります。
でも、僕のいい部分もある。
でも、いい部分があるからって、そしてその部分を評価してくれる人がいるからって、そこで満足してはいけない。
至らない部分は常にシビアに改善していかなくてはならない。
そこを改めて指摘してもらって、本当は有難いことのはずなのに。
まだまだ、甘いです。

色んな価値観があります。
自分と違う価値観の人から意見をもらえるなんて、ラッキーなことです。
最初から素直にそう思えずに感情が動いてしまった自分が恥ずかしい。
謙虚になりたい。
そして、練習するしかない。
そうやっていれば、今よりも多くの人に届くだろうから。

という自戒の意味を込めて、この文章を書いています。
精進します。

2016年3月22日火曜日

昨日のこと

昨晩は、阿佐ヶ谷チェッカーボードへ。
GWOオリジナル・ギタリスト、ワックス山本の弾き語りを見に行きました。

山本さんは、僕のブルースの師匠です。
若いころから、色んなCDを聞かせてもらってきました。
今でも、いいアルバムを買うと、こっちが頼む前から貸してくれます。

ずっとバンドでギターを弾いてきた人で、弾き語りを始めたのは最近のこと。
僕、たぶん全部見てると思います。
最初の頃は、緊張から喋りも長くて、曲もカバーばっかりでした。
自作曲もあるのに、やらないでいたんですよ。
それが、だんだん割合が変わってきて、ついに昨日はカバーは一曲だけでした。

前回の12月のライブの時はまだ、腹をくくれてないというか、ステージ上で照れてしまっていた。
そうすると、せっかくリフとか細かいフレーズのセンスがいいのも、埋もれてしまいます。
昨日は、違った。
逃げずにやり切ろうとしてた。
そのせいか、声も出てたし。
だんだん良くなりますね。


途中で、僕がサックスを吹くバンド、ポーキーズのコーラスのユミさんも加わり、数曲歌いました。
ユミさん、ひとりでフロントに立って歌ったこと、ほとんどないと思います。
いい声してるのに、もったいない。
もっとやればいい。

二人とも、フロントに立つことで、変わると思います。
だって、それはすごいことなんですよ。
演奏以外の面で、勇気がいる。
全部の責任を負って、何も隠さず一人で真ん中に立つわけですから。
まあ実際にはそうじゃない、言い訳ばっかの人も多いですけどね。

二人とも、正直まだまだ足りない部分もあると思います。
でも、いいんです。
チャレンジしてる人は、それだけでカッコいいから。
そういう人を見られるのは、ラッキーなことだと思ってます。
わざわざ見に行く価値があります。
そして、チャレンジしてるのが自分の仲間だとしたら、余計に見たいじゃないですか。


トリには、大好きなさっちんの歌も聞けた。
こんなに心をわし摑みにされるシンガーって、他にいません。
しかも毎回。
パフォーマンスには危うい瞬間もあるけど、感動という意味では安定してる。
こんなに素晴らしい歌を身近に気軽に聞ける環境にいるなんて、本当に恵まれてると思います。


音楽って、やっぱり気持ちですから。
ライブ行かないと分からない。
行って良かった。

2016年3月21日月曜日

Sweet Soul Records を試聴してみた

昨日は渋谷タワレコで、コロリダスのインストア・ライブでした。
インストアだから大人しい感じになるかと思ったら、フタを開けてみると、意外ににぎやかに盛り上がってしまった。
やっぱ仁さん入ってグルーヴィーになったからかな。
お客さんが踊ってたりしてるのに触発されたかな。
よかったよかった。


で、ライブ前にサウンド・チェックするんですが、 パーカッションの設置やマイクのセッティングに時間がかかって。
僕はマイクないし、その間ヒマなんで脇の試聴機でいろいろ聞いてました。
Sweet Soul Records っていう日本のレーベルの特集コーナー。

このレーベル、たぶんコンピいっぱい出してて、存在は知ってました。
でも、興味なかった。
僕はソウルソウル言うけど、それはいわゆるアーリー・ソウルのこと。
好きなのはスタックスやメンフィスの音、モータウンでも初期のデトロイト時代がいい。
スムースでオシャレなのは全く苦手なんです。
フリーソウルとか、メロウ、ジャジーとか言うのはダメ。
分かりやすく言えば、「ワッツゴーインオン」以降がダメ。
ダニーハサウェイもダメ。
メジャー7thが入るのがダメ。
フィリーとか全然ダメ。
そうすると、有名な「free soul」のコンピシリーズもダメ、ソウル・バーと名の付く店も大抵ダメです。
だからこのレーベルも興味なかったし、たまに何か耳にすることがあっても、いいと思ったことはありません。
だってこういうコンセプトですから。

とりあえず、聞いてみました。
ナオ・ヨシオカっていう若くて可愛らしい日本人の女の子が、人気らしい。
確かに、歌うまいですね。
日本の「ディーバ」とか名乗ってるような、おいテメエ音楽なんて本当は好きじゃないだろ?ボイトレ通う前にまず過去の名盤聞けやボケ!って言いたくなるような上っ面だけのシンガー達とは違います。
もうひとり、Brian Owens って人も良かった。
サーディクとマーヴィン・ゲイが引き合いに出されてたけど、さすがに言い過ぎと思うし、そもそもその二人が並ぶのが解せないけど、ソウルフルな歌い手なことは確か。

ナオヨシオカとBrian Owensどちらのアルバムも、バンドのサウンドもグルーヴィーで良い。
過去のブラック・ミュージックへの目配せも怠らない。
「オーガニック」って言葉をやたら強調してて、確かに頷けます。
もうひとり、オランダの女性シンガーのアルバムも、同じコンセプトの音でした。
クレジット見ても日本人のスタッフの名前が多いので、レーベル側でミュージシャンとかも選んで、きっちり作ってるのかな。
海外でも、アポロシアターやブルーノートとかでライブやらせて。
徹底しててすごいな。

でも、悪くないけど、どこかピンと来ない。
サーディクやシャロン・ジョーンズを聞いたときのような感動はないんですよね。
もうこれ、感覚の問題としか言えません。
音楽のどんな部分が好きかっていう、センスや好みみたいなものが、微妙に音に反映されるんだと思います。
Sweet Soul Recordsと僕とでは、リスペクトしてる対象が違うんですよ。

あと、シンガーって難しい。
歌がどれだけ良くても、バンドの音が悪いと聞けないってこともあります。
それを飛び越えて圧倒的に魅力ある声って、そうはいない。
サム・クックやビリー・ホリデイはそう。
少なくとも僕にとっては、ナオヨシオカとBrian Owensは違いました。
いいシンガーと思いますけどね。


その二人の他に、素晴らしいアルバムがありました。
Mike Hicksって人。
下の写真です。

ケブ・モのキーボーディストらしい。
曲も多彩で、中にはメロウなものもあって、テイストとしては決して大好物ではない。
でも、とにかくカッコいい!
先の二人と比べて、「曲」っていう感覚が大きいんですかね、アレンジというか、曲に対するサウンドの作り方が素晴らしい。
つまり、センスがいい。
各楽器の入ってくる箇所や、ブレイクのタイミング、ホーンのラインとか、いちいち唸ってしまう。
早送りしながら全部聞いてしまいました。
日本盤ボーナスの2曲がまたカッコいい!
アレンジって、楽器の数や種類じゃないんですよねー。
ビートルズとかもそうだけど。

自分のライブもあったし買わずに帰ったけど、近々また試聴しに行くと思います。
それでやっぱりいいと思ったら、買うかな。


と、インストアのセッティングの間、たっぷり試聴してしまった。
Mike Hicks聞いたおかげで、リラックスしてテンション上がりました。
だからライブで盛り上がっちゃったのかな。
早くまた試聴しに行こうーっと!

2016年3月20日日曜日

昨日のこと

昨日はコロリダスで結婚パーティで演奏してきました。
音楽やってるおかげで、いままでも色んな人の結婚パーティに出席する機会がありました。
いつでも、いいもんです。
あんなに幸せな空気に満ちた場所って、他にあるかな。

午後には雨も上がって、壁一面のガラス窓から、広々とした店内に陽が射し込んできます。
天井も高くて気持ちがいい。
大勢にあたたかく迎えられての演奏は、何とも言えません。
誰もが幸せそうな笑顔で聞いていてくれます。
そういう時、音楽やってて良かったと思います。

でも、思い返してみたら、結婚式に演奏抜きで列席者として参加したことは、ほとんどないんです。
俺の周りのひとは、独身ばっかりなのかな。
式やパーティをやらない奴も多いしな。
やったらいいのにな。
俺が呼ばれないだけなのかな。


二次会もコロリダスで演奏するので、月見ル君思フに移動(しかしこの店名、打ち込むの面倒だな)。
コロリダスは、大学のサンバサークルが母体になってて、そこの出身者同士の結婚式だったので、100人を超えるくらいいのサンバサークルOBが集まりました。

みんな騒ぎに来てるから、もうメチャクチャです。
イッキとかやるし、フラついて、クスリやってんじゃないかってくらい正体不明の人もいる。
まだ夕方なのに。

そんな中でのライブですから、そりゃ盛り上がりますよ。
演奏なんか聞いてないでとにかく騒いでる人も多い。
ずっと意味不明なダンスともつかない動作をしてたり、奇声を発したり。
カオスでした。
まあ、全体としてはポジティブな雰囲気だし、やっぱり新郎新婦の顔を見ながら演奏するのは、とても幸せですね。
楽しかったけど、疲れました。


この後も、いつくか結婚式の演奏があります。
春は、結婚シーズンなんでしょうかね。
あったかいし、嬉しい季節です。


あと、パーティの合間に表参道のアップルストアに行きました。
15分で無事リカバリ終了。
接客も素晴らしかった!
店内の雰囲気も含めて、居心地がいい。
こういう所も含めて、アップルの魅力なんだろうな。
このブログ、さっそくMacで書いてます!

2016年3月19日土曜日

会わなきゃわかんない

楽器屋で、リードを取り寄せてもらったんです。
僕の使っているリードは珍しくて、在庫がある店は、都内にはありません。
数少ない取引店に問い合わせて、取り寄せないと買えない。

で、店に電話したら、年配の男性が出て、ものすごく要領の悪い対応だったんですよ。
「アレクサンダーのクラリネット用リードありますか?」と聞くと、
「ウチでは扱ってないですねー」とあしらわれ、一瞬言葉に詰まります。
「取り寄せていただきたいんですけど」
「問屋の方に在庫確認してみないと分かんないですねー。ウチでは扱ったことないんで。」
いや、前にもオタクで買ったんだけど。
「じゃあ確認してもらってもいいですか?」
「はあ。問屋に在庫があればすぐ入荷するんですが、在庫がないとメーカーに注文することになるんで、その場合はちょっといつ入るか分かりませんよー。」
いや、そんな説明いらないから。
確認して結果だけ伝えてくれればいいから。
ちょっとイライラしてしまいました。


1〜2日後に、すぐ入荷の知らせがあり、取りに行きました。
対応したのは、人の良さそうな、初老と言ってもいい男性店員。
声からして、間違いなく電話と同一人物です。
物腰も柔らかく丁寧な接客。
よく見かける若い店員の無味乾燥さとは大違いです。

確かに、説明がやや冗長ではあります。
でも、嫌な気はしない。
手際の悪さも、逆に人柄が感じられて好感が持てます。
ああ、この人に対してネガティヴな気持ちを抱いたなんて!
後悔しました。
笑顔で見送ってもらい、店を出ました。


やっぱり、会わないと分からないことってありますね。
目を見て表情を交わすことから得られる情報量は、質が違う。
いまは何でもメールのやり取りで済ませてしまいがちだけど、もちろんそれは便利でいいんだけど、会えるなら会った方がいいに決まってる。
電話やメールだと、情報量が足りない分、相手の感情を想像で補うことになって、そこにズレが生じて、イライラしたりムカついたりすることが起こるんだと思います。

って、当たり前のことを考えさせられました。
イシバシ楽器、ありがとう!

2016年3月18日金曜日

Mac買った!のに使えない!

Mac買いましたー!
今までずっとWindowsだったんですが、なんとなく乗り換えてみました。
最高じゃん!
箱やデザインがいいのはもちろん、操作性がPCとはぜんぜん違う。
スーパー使いやすい!
感動です。
触ってみてすぐに、もう一生Mac使うぞ!と心に決めました。

で、いろいろ初期セッティングやりました。
そしたら、パスワードが不明で先に進めない。
そう、これ中古なんですよ。
しかもヤフオク。
7万円でした。
売り主に聞いたら、パスワードは特に設定してない、と言います。
ダメなら初期化してみて、と。
なのでネットでやり方調べて、初期化をしてみたんです。

それから、なんと3日経ってもまだ作業が終わりません。
残り時間が、2000時間ていう。
これ、大丈夫なのかな?
最初は、4000時間かかるって表示されてたんですよ。
翌日には1400時間くらいまで減ったんだけど、そこから上下して、今は2000時間。
ウチはyMobile使ってて、速度制限かなんかで接続が遅くなったりしてるのかな?
でも他の端末では普通にネット使えてるから、そんなはずはない。

早く使いたいのに!
本当に2000時間かかったら、もう何週間もこのまま使えない。
どうなるんだろう。
先が読めない。

気長に待つつもりが、さすがに3日も経つと参ります。
ネットで調べても、こんなにかかる事例は見当たらない。
うーん困った。

とりあえず、再起動してみました。
すると、さっきまでとは違う画面に。

どうやらOSインストールの続きのようですが、今度は残り時間も出ません。
もうカーソルも消えちゃって操作できず埒があかないので、もう一度再起動を。

すると今度は、こんなマークが。
しばらく待っても画面はそのまま。
調べてみると、強制終了しないとダメぽい。
で、そこから再起動して、wifi接続とかをやり直すと、またさっきの地球の画面に戻ってしまう。
もうダメだ。
とりあえず待とう。

と思って一晩明けたら、こんどはまた別の表示が出てました、

これ、写真だと分かりづらいけど、真ん中の三角形の中に「!」マークが書いてあるんですよ。


ホントなら今頃、いろんなショートカットとかも覚えてスイスイ軽やかにMacを操って、Apple Music も登録して家のスピーカーから世界中のマニアックな音楽を流して、すげー軽いから外にも持ってけるし、でも持っていく用事はないけど、まあとにかくクールでカッコいい東京Macライフが始まってたはずなのに!

もう手に負えない。
アップルストア 行ってきます。

2016年3月17日木曜日

ついに!中華三番に行ってきた!


町田謙介&アンドウケンジロウのライブに行ってきました。
湘南台の中華三番。
噂は聞いてたけど、行ったことなかったんです。
だって、遠いから。
これ、そっち方面の人には怒られるんですが、中央線に住んでると、渋谷・新宿を超えるともう遠く感じちゃうんですよね。

そんなこんなで見送っていた中華三番。
ヤバいですね!この店!
だって、普通の中華屋なんですよ!
壁にはブルース〜ルーツ系の人のCDやポスターが貼ってあるけど、店自体は中華屋。
ラーメン食べましたよ!500円でしたよ!

でも、ここですごいミュージシャンがいっぱいライブやってるんですよね。
あと、カウンターの椅子が全部カホーン。
なんかお客さんも踊りだすし、店主のヒーちゃんがまた素敵に強烈で。
カオスです。
こんな店、他にないですよ。
これは、わざわざ行く価値あります。
ライブやってみたいなー。

マチケン&アンディ、良かったです!
そういえば、アンディさんがワダさん以外の人とやるのって、そんなに聞いたことなかったんですよね。
ワダさんの時とはまた違った自由さがいい。
クラリネットで、ジャズではなくてルーツ系音楽をやってる人って全然いなくて、本当にアンディさんくらいしかいない。
数少ない、好きなクラリネット奏者です。

マチケンさん、やっぱり声がすごいです。
小さな店で聞くと尚更響いてくる。
どこまでも突き抜けていく。
そして、柔軟。
帰り道も一緒でいろいろ話したけど、色んな音楽への好奇心がすごい。
もうとっくにベテランの域なのに、守りに入ってない。
すごいな。
一緒にやりたいです。
住んでるところも近いし。


中華三番、遠くて面倒で昨日も迷ったけど、行ってよかった。
やっぱりライブに行くと、得るものがあります。
音楽的な刺激も、出会いもある。
これからも、できるだけライブには足を運ぶようにしたい。
ライブを見にいかなくなったら、ミュージシャンとして終わりだと思ってます。   

2016年3月16日水曜日

オルケスタ・ブエナビスタ・ソシアル・クラブ


オルケスタ・ブエナビスタ・ソシアル・クラブを見に行きました。
素晴らしいライブでした。

(※演奏中の撮影はやめて、ってアナウンスがあったので、開演前の写真だけ載せます。)

でも、「あの音」ではなかった。
だって、オリジナル・バンド・メンバーで残って演奏できてるのは、実際にはラウー奏者のバルバリートだけですから。
ペットのグアヒーロもいるけど、ほとんど吹いてない、というか、たぶんもう楽器をちゃんとは吹けない、少なくとも以前のようには吹けない状態なんだと思います。
ほとんどのパートは、隣に立つ若いトランペッターが吹きます(なんと、孫らしい!)。
"チャンチャン"でも、レコーディングのあの例のトランペットのフレーズを、若い彼がそのまま吹いてました。
ちょっとせつなかったな。
オマーラはボーカリストだから、バンドとは別枠で。
なので実際のバンドは、キューバの一流ミュージシャン。
オリジナル・メンバーのライブは見てないから比較できないけど、ライブ盤や映画で感じた、意味不明に暖かいサウンドとは違うものでした。

違ったけど、いいバンドでした。
極上のライブを楽しみました。
ただ、ギターの人は微妙だったな。
スタインバーガーみたいなヘッドレスの楽器のエレアコ的な音色が、ブエナビスタのコンセプトには合わない気がして。
やっぱアコースティックの響きの方がいいなー。
プレイも、オシャレすぎるんだよな。
フュージョンとかやっちゃう人なんじゃないかな。
でもそんなに目立たなかったからいいや。
バンマスぽかったけど、もし最初のブエナビスタの時に彼が仕切ってたら、あんなにオーガニックな音にはならなかったんじゃないかな。
そうすると、ライ・クーダーの姿勢がいかに音楽への敬意に満ちたものだったかと思えてきて、あらためてライに感謝しました。

極上のバンドに乗るオマーラの歌。
サービス精神がすごくて、とにかく過剰なくらいに客を煽ってくる。
バルバリートはまだまだ元気に演奏できてて、ソロでも盛り上げてくれます。
この二人がいなかったら、「ブエナビスタ」ではなくて、キューバの一流バンド、ってだけだったかもしれない。

ペットのグアヒーロの音は聞こえないけど、端に座ってるだけで存在感がある。
一曲だけ、ちゃんと吹いた曲がありました。
シンプルなメロディを何度か繰り返すだけだったし、音もふるえて不安定だったけど、これが良かった!
なんでか心に響いてくるんですよね。
自分の中に、音源で聞いた感動が刷り込まれてるからなのかな、もうよく分かりません。
もっと彼の音を聞きたかったなー。
ステージの最後に紹介されて立ち上がった(と記憶してます)時は、なんでか胸が熱くなりました。

会場も、大きすぎず見やすかったです。
僕は二階でしたが、一階は総立ちで、ブエナビスタでキューバ音楽を知ってダンス教室に通い始めたような女性達が通路やかぶりつきで踊ってる。
アイドルのコンサートか、ってくらいに熱狂的に手を振ってるファンの人もいました。
隣の席は、おばあちゃんが一人で来てたし、いわゆる「音楽ファン」ではないお客も多かったように感じました。

びっくりするくらい多くの知り合いに会いました。
音楽つながりじゃない友達にもバッタリ会ったし。
会場では会わなかったけど、後でFBで来てたのを知った人もいたし。
みんな見に来るんだなー。
それも嬉しかったです。 

みんな、色んな想いを持ち帰ったんだと思います。
行って良かった。
素晴らしい夜でした。

2016年3月15日火曜日

Jug買いました!

こいつを買いました。

Jugです。
巨大なピッチャー?花瓶?
そう、これね、でかいんです。
そして、陶器なので重い。
辞書だと「水指し」ってありますが、日本の「水指し」とは別物。
今でも実際に日常生活で使うものなのか、分かりません。
少なくとも僕は、アメリカで使われてるのを見たことはないですね。

ジャグ・バンドって、あるじゃないですか。
中央線の駅前あたりで、洗濯板とバケツ・ベースとギターとかで、古いジャズを歌ってるやつです。
元々は、バケツじゃなくて、このピッチャーお化けがベースを担当してたんですよ。
ここに息を吹き込んで共鳴させて、「ボッ、ボッ」とチューバのような低音を鳴らします。
だから、Jugバンドって呼ばれたわけです。
元々って、20世紀はじめのアメリカ南部のお話ですけどね。
ちなみに、昔のジャグ・バンドは、レパートリーももっとブルース寄りでした。


はい、Jugやります。
来月、横浜のジャグ・バンド・フェスに出るんですよ。
しばらく前に、いまノリに乗っているブルース・マン、W.C.カラス氏から、ジャグ・バンドやろうよ!って誘われたんです。
元バン・バン・バザールの安達さんもメンバーだって言う。
Yes!
即答ですよ!
で、OKしたあとで、ジャグやんない?って言われて。
もちろん、即Yes! です。

Jugやったことないけど、なんとかなるだろう。
と思って調べ始めたら、意外に情報量が少なくて参りました。
東京にもジャグ・バンドはいますが、Jugではなくてバケツ(ウォッシュタブ)・ベースがほとんどのようです。
誰かいれば、ライブ見に行って直接いろいろ聞けるんですけどね。
ネットでも、Jugについて日本語で書いたものはなくて、英語圏の情報を参考にするしかありません。
YouTubeにある英語のHow To 動画を見て、分かったような分からないような。

この人、上手いです。

とりあえずモノがないと始まらないので、オークションサイトeBayで購入しました。
3個で$20。
3個セットで売ってたんですよ
Jugは他にもたくさん出品されてる中で、激安です。
オークションは状態とか確認できないし、3個あればさすがに使えるのあるだろうし、予備にもなる。
とはいえ、送料が高くて、総額は1万円くらいになりましたが。

吹いてみると、ちゃんとJugぽい音がする!
いい感じです。
でも、なかなか狙った音程に当たらない。
そりゃあ、素人ですからね、仕方ありません。
僕のJugプレイヤーとしての輝かしいキャリアの第一歩となる衝撃のデビューまで、一ヶ月。
大丈夫なのか?

カラス&安達&ベンさんという強力なメンバーです。
しかも、メンフィス・ジャグ・バンドみたいにやろう、という骨太なコンセプト。
気合い入ります!
大丈夫なのか俺??
乞うご期待!

2016年3月14日月曜日

ブログを毎日書いてみた

ひと月前からブログを毎日更新しています。
と言っても、更新できなかった日も3日だけありましたけど。

ブログは毎日更新するべき、ってよく言うじゃないですか。
理由もいろいろ聞くけど、どうなんだろう、分かんない。
なので、とりあえず、やってみたんですよ。
やれば分かるだろう、と。

ひと月やってみて、どうだったか。
まず、書くのが気軽になりました。
僕のブログは、日々の出来事報告よりも、考えたことを綴る内容が多い。
そうすると、書いてる最中にも次から次へと思考が展開されてしまう。
書きながら考えをまとめていくこともあるし。
で、最後には総括的な意見を付け足したくなってしまう。
その、まとめたり考えたりするのに、時間がかかるわけです。
そうやってると、ひとつ書くのに2ー3日かかってしまうこともある。

真面目なことを書こうと思えば、内容や文章やいろいろ気を使います。
発言には責任が伴いますから、強い言葉を使うときは尚更に考えます。
そう、これでも考えて書いてるんですよ。

そうすると、実際にブログを書いてる時間は長くなくても、書いてない時にもそのことについて考えてしまったりする。
それは、違うだろう、と。
ブロガーじゃないんだし。

あと、けっこう語尾とかもね、気になっちゃうんですよ。
読むテンポや単語の重複やらが気になって、読み直すと細かく直してしまう。
この時間も不要です。

ブログに目的があるとすれば、僕の場合は、自分の考えを表に出すことです。
文章がうまくなくても、読めればいい。
整合性取れてなくても、矛盾しててもいいと思う。
考え自体も、日々変わりますしね。
以前と反対の意見を書いたっていいと思うし、どう取られようと別に構わない。

もっと、話すようにして推敲せずに書きたいと思ってて、毎日書くことで少しづつできるようになってきました。
ほら、例えば今書いた文章、以前ならこれは直してますね。
でも読めるし、これでいいんですよ。
だいぶ、考えず気軽に書けるようになってきました。

で、困ること。
それは、まとまった内容のものが書きづらいことです。
ブログで、ニューオリンズ滞在記を書いてるんですが、これが進まない。
だって何を書くか考えなきゃいけないし、思い出したりテーマまとめたり、頭使いますから。
あと、翻訳シリーズも滞っています。
これは元々、毎日少しづつ英語やる時間を作る、という目的もあったんです。
でも、それも最近は難しい。
ちょこちょこ断続的に作業してて、最近ようやく3ヶ月ぶりに更新できたくらい。
この二つについては、うーん、まあそのうち、いいバランスが見つかるかと思ってますが、現時点では分かりません。


こう書いてきて、今日のブログなんかもう何を言いたいのかよく分からなくなってきた。
でも、これでいいんじゃないか。
こうやって、その時々で思ったことを書き留めていく、というようなスタイルでいいのかと思う。
友達と飲むとき何を話すかなんて事前に考えないみたいにして、やりたい。
「出来事」じゃなくて、「思考」の日記みたいにできたらいいな。

とりあえず毎日更新をひと月やってみました。
今後は、別に「毎日」にはこだわりません。
どのくらいの頻度で更新するか分かんないけど、前より気軽にどんどん書いていけそうな予感がしています。

2016年3月13日日曜日

FBは顔出し希望

Facebookの友達リクエスト。
誰だか分からないものがあります。
メッセージもなく、リクエストのみ。
共通の友達がいるから会ったことあるのかもしれないけど、分からない。
その人のタイムラインや写真を見てみても、分からない。
そういう時は、承認せず放置します。

メッセージくれよ。
さっき会ったばかりならいいよ、分かるから。
でも、日があいたり突然のリクエストじゃ、記憶を辿るのが難しい。

プロフィール写真も、顔出してよ。
顔見せてくれないと、誰だか分かんない。
それに、繋がった後でも、どんな人だったかピンとこない。
1度くらい顔合わせただけじゃ、あんまり覚えてないから、すぐ忘れちゃうよ。


そもそも、なんで顔写真出さないのかな。
個人的には、Facebookって、友人の様子を知るためのものだと思ってます。
そこに、匿名性を持たせる意味が分からない。

恥ずかしいの?
小学校の授業で手を挙げるのが恥ずかしかったみたいに?
大人になっても、まだそんななの?

目立たない、主張しない、「個」を消す、っていう、どこか全体主義みたいな、日本人的メンタルが関係してるんだと思います。
実際、外人の友達はみんな顔出してるし。
それも、そこらで適当に撮った、ぜんぜん荒い写真を平気でプロフィールに使ってる。
名札や表札みたいな、当たり前の感覚なわけですよ。

実生活ではほぼ会ったことないような人でも、FB上で親近感が増すこともあります。
顔が見れたら(表示されたら)尚更です。
よく顔を見るというだけで、距離が近くなる感覚、確かにありますよ。

あと、「個人情報」とかすぐ言う人いるけど、何をそんなに怖がってるんだろう。
何も起きないよ。
それに、不測の事態を恐れて予防線を張りまくってたら、視野が狭くなるだけ。
問題は、起きるときには起きる。
大きな事故や火事や津波だってしょっちゅう世界中どこかで起きてるんだし、100%安全な人生なんてあるわけないのに。
問題を避けることに時間を使うより、何が起きても対処できる精神力を身につけた方が、効率もいいと思うんですけどね。


話がずれました。
とにかく、誰かよく分からない人のリクエストは承認しないこともあるんで、悪しからず。
ただ単に、気持ち良くないから。
よろしく。

2016年3月12日土曜日

続けてるとまた会える

今日は、森田崇允くんのインストア・ライブに行ってきました。
渋谷タワレコ6階。
人がいっぱい!
レコーディングメンバーでのライブで、なかなか盛り上がってました。
アコーディオン、ソプラノサックス、バイオリンがいて、編成的にも面白い。
いいライブだったと思います。
20日には、同じ場所で自分もコロリダスでインストアやるんだよなー、と思いながら見てました。

森田崇允 "Slow"


数日前、森田くんのアルバムを手にとって、驚いたことがあったんです。
クレジットにあるレーベル名!
ワイキキレコード!?
エレキベース(ELEKIBASS)のサカモト君の運営するレーベルじゃないですか!
実は、もう10年以上前だと思いますが、エレキベースを手伝ってたことがあるんですよ。
その頃、ジョージア州アセンズの、エレファント6という集団の音楽が盛り上がっていて、僕は中でもオブ・モントリオールが大好きでした。

エレキベースも、オブ・モントリオールのファンを公言していて、他にNRBQなど好きなバンドの話も合い、手伝うことになったんです。
ずっと一緒にバンドをやってたトロンボーンの友達と二人で、参加しました。
彼はその後もサポートを続けましが(加入してたかも)、僕は数回のライブのみで辞めてしまい、それから渡米したこともあり、交流は途絶えていました。

いやまさかこんな所でまた名前を見るとは!
検索してみると、エレキベースとしてまだ活動してるじゃないですか!
メンバーは代わってるみたいだけど、続けてることが嬉しい。
昔バンドやってた友達も、どんどん音楽を辞めてしまっています。
マイペースに、仕事の合間にたまにバンドをやる、っていうならまだいいけど、楽器を辞めちゃった奴も、たくさんいます。
そういう中で、もうね、続けてるっいうこと自体がね、いいんですよ!

そうして今日インストア行ってみたら、サカモト君がいた!
レーベルオーナーらしく、PAの調整したり写真撮ったりしてます。
懐かしいなー!
ライブ終わって話しかけたら、ひと目で僕のこと分かってくれた。
ちょっとだけ昔話して、エレキベースもまだやってるんだね、今度ライブ行くよ!と言って、彼は用事があるようですぐに行ってしまった。
ライブ行くよ!


一昨日は、ジプシーバガボンズと一緒のライブでした。
ベースのタクミさんとは、実は古い付き合いで。
僕が渡米する以前、トラッド・ジャズの界隈で出会いました。
たまに共演して、代官山のレストランで、演奏しながら一緒に年越ししたこともあります。
それが、何年も経って、お互い全く別の活動で、こうやって再会するなんて。
面白いもんです。


思うんですよ。
年を取ると、みんなやめちゃう。
30代、40代、50代と、音楽人口はだんだん少なくなってきます。
そうすると、少ない人数同士、どこかで繋がってるようになる。
直接会ったことなくても、共通の知り合いがいたりしてね。

で、長く続けてるって、それだけである程度は信用できます。
いい加減にやってたら、絶対続かないから。
儲かろうがそうでなかろうが、続けるのは大変なことで。
半端な気持ちでやってた奴は、みんなやめちゃいますからね。
僕の周りでも、「音楽がないと生きていけない!」なんて軽々しく言ってた奴は、みんなやめてます。

続けてる人に会うと、嬉しいです。
嬉しい日でした。

2016年3月11日金曜日

Bulletproof Musician: 緊張を緩和する方法 - "価値の明確化"

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。


Values Clarification: a Novel Strategy to Reduce the Chances of Choking under Pressure


全米ゴルフトーナメントの最終日、最終コース。
スコアは1点差で首位。
あと1打で優勝に手が届き、キャリアの頂点に立つことができます。
目の前のホールまで、ほんの一歩。
眠っていても、目を閉じても成功するようなショットです。

他の選手や、友人や家族、テレビの前の世界中の観客たちが見守っています。
ふと、このショットを外したら、という考えが頭をよぎります…そして、その後のプレーオフ(延長戦)で負けたとしたら。

これこそ、全米ゴルフ協会の5大トーナメントのひとつ、2012年のクラフト・ナビスコ・チャンピオンシップで、I.K.キム選手が体験したことです。

ステージで演奏している際に、緊張から音程を外したり小さなミスをすることはよくあります。
しかし、完全に舞台が台無しになるような酷い失敗をすることは、滅多にないでしょう。

そういう時には、全ての歯車が狂いパニック状態で、自分が自分でないように感じるものです。
今まで自然にできていたことまで、突然上手くいかなくなります。

プレッシャーによって実力が発揮できなくなる経験は、誰しも覚えがあるはずです。
これは一般的に“Choking(窒息状態)” と呼ばれます。
キムの例は特別なものではありません。
多くのトップ・アスリートが同じような経験をしています。

いったい何故このようなことが起こるのでしょうか?



複数の要因

Choking の原因は単純ではありません。
多くの要因が重なり合って起こるものです。

そのうちの一つが、心の動揺です。
緊張すると、本来の自信が揺らぎます。
他人の評価や感想が心配になり、音を外したらどうしよう、といった考えが急に浮かび始めます。
目の前の音楽とは無関係の些細な点が気になりだし、不安が増幅されていきます。
そうして、演奏のディテールや音のニュアンスに払うべき集中力が、奪われてしまうのです。

また、考え過ぎることも問題です。
技術面や楽器のことついて、細部にフォーカスし過ぎてしまうのです。 
指の位置は合っているか、肘の角度は正しいか、などと考えすぎる余り、今まで自然にできていたことまでが上手くいかなくなってしまいます。


Chokingは防げるか

近年、スポーツ心理学の世界では、Chokingへの
様々な対応策が研究されています。
センタリング(『不安をプラスに変える方法)やイメージトレーニング、あえて緊張状態に身を置く練習方法など、メソッドは多岐に渡ります。

中でも、"価値の明確化"と呼ばれる方法があります。
聞き覚えのない方も多いでしょうが、内容は文字通りで、自分の価値観を見直す作業を行うものです。
例えば、なぜ音楽が好きなのか、なぜその楽器を選んだのか、あるいは人生において何が重要か、といったことなどです。


"価値の明確化"の検証

UCLA と UC Santa Barbara の研究チームが、緊張状態における"価値の明確化"の効果を調べるため実験を行いました。

85人の参加者に、信仰、政治、社会問題、理論、美学など様々なトピックについて、それぞれ関心の度合いを質問します。
続いて、Aグループ (the values group) には、最重要トピックについてさらに細かい質問が用意されています。
例えば、政治を選んだとしたら、金融界と政治界のどちらに興味があるかといったものです。
Bグループ (the control group) には、逆に最も重要度の低いトピックについて、同じように質問していきます。
(※"価値の明確化"を行ったのはAグループの方になります)

次に、参加者全員に、口頭で質問を行います。
その間、早く答えるように絶え間なく急かし続け、ストレスを与えます。

その後で、3つの方法を用いて緊張の度合いを調べます。
唾液中のコルチゾール (ストレス・ホルモン)の分泌量を測り、簡単な問診と、心拍数と血圧の測定を行うのです。


緊張の緩和

コルチゾール指数が低かったのはAグループの方で、これは実験終了後45分が経過しても変わりませんでした。
もっと言えば、Aグループにはほとんど変化が見られなかったのに対して、Bグループのコルチゾール指数は増加し続けていったのです。
心拍数の上昇は両グループ共に見られ、実験に対する姿勢に差はなかったにも関わらずです。

心理学的に言えば、Aグループのメンバーの方が、心理的ストレスが遥かに少なかったことになります。

更に、心理状態を調べるため、自己評価や自己肯定感についての問診を行います。
"価値の明確化"を行ったAグループの中で自己評価も高かった者には、あまり緊張は見られませんでした。
反対に、Aグループの中でも自己評価の低い者には、高い緊張が見られました。

この実験から、"価値の明確化"は、パフォーマンスにおける緊張を様々な角度から軽減する効果があることが分かります。
これによって緊張を緩和し、Chokingを防ぐことができるでしょう。

しかし、 真に一流のパフォーマーがこうした作業を行っているとは思えません。
"価値の明確化"が有効なのは、テニス以外の生活も充実しているような場合です。
例えば、運動生理学者として成功し、家族に恵まれ、庭でとれたトマトと全国から集めたスパイスが食卓に並ぶような家庭を築いているとします。
その場合、テニスに全人生を捧げている訳ではないのですから、大きな試合が近づくまでは、テニス・プレイヤーである必要はありません。

では、生活の全てをテニスのみに捧げている世界トップレベルの選手(あるいはミュージシャン)の場合は、どうすればいいでしょうか?


その後のキム

キムは、パットを外した時こそ動揺しましたが、後にこれを “いい経験” と呼んでいます。
“自分の行為を過度に重要視するのは良くありません。ゴルフは私の行動の一つに過ぎなくて、私自身ではないのですから。"
そう考えることで、彼女は苦い記憶から自分自身を切り離すことができたのです。

さらに彼女は、ミスを繰り返さないために、あらゆるやり方でパットを行い、その姿を録画し分析しました。
そしてオフには、ギターを弾いたり、フランス語を勉強したり、人と交流したり、ゴルフとは無関係のことをして過ごしています。


Take action

自分の核となる価値観について、考えてみて下さい。
モチベーションは何か。
何を優先するべきか。
何故それを選択したのか。
いちばん大事なものは何か。

普段こうしたことを考える機会は多くないと思いますが、やってみると発見もあり面白く感じるはずです。
それでステージ上での緊張がなくなるなら、やらない理由はないでしょう。