2016年4月27日水曜日

Bulletproof Musician:集中と自己管理のためのシンプル・メソッド

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。



The Lazy (but Smart!) Person’s Guide to Mastering Self-Control
http://www.bulletproofmusician.com/lazy-smart-persons-guide-mastering-self-control/


90年代のポテトチップスのテレビCMに、 “ひとつ食べたらやめられない” というキャッチフレーズがありました。
実際、ポテトチップスが好物とは言えない私でも、一枚つまんで終わりにするのは難しかったものです。 

何か長期的な目標を考える時(例:楽器をマスターする、本を出す、虫歯を予防する)、このフレーズを思い出します。
目標達成のためには、やる気の有る無しに左右されず継続することが必要だからです。

継続するには自己管理が不可欠です。
そして、目の前ではなく未来を想像することが重要になります。
とはいえ、例えば年始に「今年の抱負」を考えたことがあるなら、自分の決意がいかに脆いものか身にしみているはずです。
何かを始めることと、それを持続することは、別の話なのです。 

昔から、何かを成し遂げるには「意思」の力が必要だと言われてきました。
これがもし間違いだとしたら、どうでしょうか?
他に、もっと良い方法があるとしたら?


衝動の4つのStage

幸運なことに、自己管理についての研究が進んだおかげで、より簡単で効果的な方法が発見されてきました。

ペンシルベニア大学の Angela Duckworth ら研究チームは、 人間の「衝動」は、突然に起こるものではなく、4つの段階を経て強まって(あるいは弱まって)いくことを示しました。
例を挙げると、

  • Stage 1: 状況 (食卓に向かう)
  • Stage 2: 意識 (テーブルの上にクッキーを見つける)
  • Stage 3: 喚起 (気分転換したいと思う)
  • Stage 4: 行動 (クッキーを口に運ぶ)

あるいは、

  • Stage 1: 状況 (帰宅する)
  • Stage 2: 意識 (整理された練習部屋に、次回取り組む予定の譜面が置いてあるのが見える)
  • Stage 3: 喚起 (夕飯前にこれを済ませてしまう方がいいだろう、と考える)
  • Stage 4: 行動 (練習に取りかかる)

ここに示したように、Stageが進むに従い、気持ちも強固になっていきます。
ですので、早いStageのうちであれば、意識を変えることは可能なのです。


自己管理の5つの方法

そのための方法は、5種類に分類されます。

  1. 環境の選択: (例)午前中から集中して練習できるように、夜型の友人とは距離を置く。
  2. 環境の整備: (例)練習中は携帯の電源を切る。
  3. 集中力の改善: (例)テレビ等のない部屋で練習をするか、少なくとも視界に入らないようにする。
  4. 認識の見直し:(例) いま練習する、後でやる、やらない場合のメリット・デメリットを検討する。
  5. 意思の強化: (例)どんなに他の欲求があっても、強い意志を持って自分を説得する。


実験

自己管理について、大学生を対象に行われた実験があります。

集まったのは159人で、彼らを3つのグループに分けます。
1日の勉強時間の平均を個々にヒアリングし、次に、1週間勉強する上での目標を立てさせます (例えば、毎晩寝る前にフランス語を1時間勉強する あるいは 論文を書く時にはFacebookを開かない” など)。

Aグループには、 “意志の力に頼らず、気が散る原因を排除すること” が効果的だと説明し、周囲の環境を整えるように指示します (例:携帯電話を切る)。

Bグループには、“誘惑と戦うことにより自制心が鍛えられ、(原因を排除するよりも)集中できる” と説明し、自分の意志だけで集中を保つよう指示します。

Cグループには、特に何の指示も与えません。


結果

1週間後に再び学生達を集め、目標の達成度と、どれくらい集中できたかを、5段階で自己評価させます。 

3組中、目標達成度が最も高かったのは、Aグループでした。
結果は予想通りでしたが、興味深いのはその理由です。

好成績の理由のひとつは、集中を削ぐ要素を、最初の段階で減らしていたことです。
つまり、意志の力に頼る必要が少なかったからだと言えます。

下の映像の例で言えば、早い段階、つまりパンダが斜面の淵に近づく前に手を差し伸べるべきなのです。



Take action

Facebookや美味しい料理が練習の助けになる場合も、あるかもしれません。 
しかし、それは毎日のことではないでしょう。

毎日の練習において、誘惑を減らし集中を高めるために、どんな方法があるでしょうか?
時間を取って、じっくり考えてみてください。
そうして思いついたものをまずは5つ書き出してみること。
それを試してみることから、始めてください。




2016年4月26日火曜日

ブログをやめてみた

2月半ばから3月いっぱいまで、ほぼ毎日ブログを書いてました。
もともと、最初にブログを始めた時に、毎日30分はブログに時間を使おう、と決めました。
そのうち書くスピードが上がり、ひとつ30分で書けるようになったので、毎日更新することも大変ではありませんでした。

そうするうちに、何か心が動いた時、これをブログに書かなきゃ!と即座に思うようになってしまった。
それは、いいことなのかどうか。
1日30分でも、その時間を他のことに使えるんじゃないか。
そもそも、書かなきゃ!って、なんで?
よく考えたら分からない。
実際には、書きはじめる前に内容が頭をよぎることもあるわけで、そういう時間も含めたら、1時間くらい使っている場合も、きっとあるかも。
それは、まずい。
もちろん、ブログ書くことで得るものも大きいんですが、やっぱり1時間あれば、他のことできるから。

と思って、もっとスラスラ短く日記みたいに書こう、とやってみたけど、どうやら自分は、書いてるとどうしても頭が回転し出してしまう性分らしい。
そうして頭を回転させて書いてるうちに、もしかしたら世界が震撼するような画期的なアイディアが浮かぶことだってあるかもしれないけど、とにかく繰り返すけど、僕は文章を書くことが生きがいじゃない。
なんとか、うまいバランスがないものか。
じゃあいっそのこと、ブログ書くのやめたらどうか。

と思って、やめてみました。
実は、もう3週間以上、ほとんど何も書いていません。
映画「あん」について書いたのが最後です。
あの時、樹木希林に感動して、これは書かなきゃ!と思ってすぐブログに書いて、後からその「書かなきゃ!」って何なんだろ?と思ったのが、きっかけでした。
それで、たしか翌日に2〜3時間で一気に何本も記事を書いて、あとはそのストックを順次アップしてただけなんです。
いやなんか、急にパッタリやめるのも、いらぬ波紋を呼ぶかな、と思って。
Apple Store のとソウルとジャグフェスの記事はストックじゃなくてその場で書いたんですけどね


で、3週間書かずにいてどうだったか。
時間の使い方が変わった、ということはありませんでしたね。
ブログ書かなくても、何も考えなくなるわけじゃないし、思ったより生活に変化はなかった。
唯一の変化は、ブログに対する気持ちの面ですかね。
書かない期間も、もちろん心が動いた出来事はありました。
でも、もし書きたいと思っても、書かないことにしてるんだから、書かない。
そうするうちに、気持ちが動いても、まあ書かなくてもいいか、とすぐに思えるようになった。
ブログなんて大したものじゃないと、思うようになりました。

毎日書いてみて、今度は書くの止めてみて。
2つの実験をしたことで、ようやくブログに対してフラットな距離感が持てるようになった気がします。
なんでブログ書くのか、と考えてしまうことから、抜けられた。
しょせん、自分にとってブログなんて大きなものじゃなくて、書いても書かなくても、違いはない。
そう思えて安心しました。

これからは、書きたいことを書きたいときに書く!
というスタンスを、ようやく取れるような気がします。
よろしくどうぞ。

2016年4月23日土曜日

Apple Music について考えた

Apple Music、いまのところ、気に入って使っています。
でも、懐疑的な声もありますよね。
音楽がダメになる、ミュージシャンが食えなくなる、とか。
ちょっと調べたけど、利益配分の計算とかすごくややこしくて、数字の苦手な僕はついていけませんでした。
そんな中で、去年のものですが面白い記事を見つけました。
対談:Apple Musicは正義か悪か。音楽はどう変わるのか?
音楽ライター4人がApple Musicについて議論していて、それぞれに考えが違って面白い。

まず、ミュージシャン本人に利益が還元されない、という意見。
ストリーミングはCDに比べて極端に利益率が低い。
ストリーミングで聞けたらCDなんて買わなくなるので、ミュージシャンは儲からない。
もうひとつ、音楽自体の単価が下がる、ということも言われています。
毎月の音楽にかける予算が、980円(Apple Musicの月額料金です)が基準になる、みたいなことでしょうか。

そういうケースもあるしれない。
でも、これって、いままで音楽にお金を落としてた人がみんな「音楽ファン」だと想定してるのが間違ってると思うんですよね。
音楽ファンって、実はそんなに多くない。
従来の音楽業界のやり方って、音楽をたいして好きじゃない人たちにまで、付加価値をつけてCDを売りつける、という商法だったんだと思います。
分かりやすい例だと、テレビドラマの主題歌タイアップ商法とか。
最近のAKB握手券商法も、いろいろ言われてるけど、付加価値で売るという発想は、従来の音楽業界のやり方の延長線上にあるんじゃないでしょうか。

それは、「音楽」を売っていたわけではない。
その強引で歪んだ商法が、もはや維持できなくなってる、ということなんじゃないでしょうか。
つまりたぶん、日本の「音楽」マーケットって、本当はもっともっと小さかったんですよ。
CDの、「音楽」の部分ではなくて「付加価値」を買っていた多くの人は、これからはYouTubeで無料で適当に音楽流して、たまに特定のミュージシャンの特定の曲を聞いておしまい、ってなっても不思議じゃない。


僕は、仕方ないことだと思っています。
だって、今までの売り方に無理があったんだから。
CDの売れる時代は終わった、って、もう普通に誰でも言ってるわけで、そこにすがっていてもダメでしょう。
ストリーミング以前には、リッピングやファイル交換が問題視されて、名前忘れたけどコピーガードCD作ったりしてたじゃないですか。今もあるのかな?
でも、あれなんか、レコード会社が客の主体性を無視して囲い込もうとしたもので、結果は業界不振に拍車をかけただけだった。
音楽のパッケージ、つまりハードっていうのは変わるもので、それに逆らって従来の利権を守ろうとしても意味ないんですよ。
レコードからCDにかけての、録音物を売って収益を得る時代は、終わろうとしてるのかもしれません。

それでも、ハードは変わっても、ソフトは変わらない。
いい音楽は、なくならないし、残るはず。
実際、欧米ではもうCDなんかぜんぜん売れてないけど、人々が音楽にお金を払わなくなったというわけじゃじない。
ライブには行くし、バーでいい演奏を聞けばチップをはずむし、いい音楽にはお金を落としますよ。
いわゆる「音楽ファン」ではなくても、心が動けば、対価としてお金を払います。
実際のいろんな構造とかビジネスモデルについては知らないけど、これは僕が海外にいて感じた感覚です。
それが音楽ファンであれば尚更、アルバムを買うだけじゃなくて、他のグッズや寄付や、わかりやすい例だとクラウド・ファウンディングとか、いろんな方法で好きなミュージシャンにお金を落としたい、と願うものです。

もちろん、日本では事情が違うのは分かっています。
欧米では、チップ文化が象徴するように、目に見えないものの対価としてお金を払う、ということが当たり前。
対して日本では、感動・敬意・感謝とその対価としてのお金、という図式があまりない、というか、お金と感動は反対語みたいな風潮すらあります。
その上、日本で音楽の地位は最底辺に置かれているわけで、一般の人までが音楽にお金を払うのはたぶん難しい。

でも、欧米ほどではなくても、音楽ファンはいるわけで。
そういう人は、音楽にお金を払い続けると思います。
音楽自体がよかったら、それに対して何か返したい、という気持ちは、音楽ファンにとっては善意のような自然なものです。
だから、Apple Music 使ってたって、それで音楽にお金を使わなくなることはあり得ません。
仮に今までのようにCDを買わないとしても、その分ライブに行ったりApple Music にないマイナーなインディーズの音源を買ったり、とにかく音楽にお金使いますよ。
だって、好きなんだから。

僕も、CDも買ってますよ。
まず、Apple Music はストリーミングなので、外でも聞きたいものは、購入します。
そして、それ以外の理由で買うこともあります。
例えば、少し前に、日本のバンドAlfred Beach Sandal のアルバムを買いました。
これ、Apple Music でも聞けます。
それなのになんで買ったかというと、アメリカの友人に聞かせたかったから。
Apple Music にあるから聞いてみて!と言ってもよかったのかもしれないけど、ファイルで直接送った方が聞いてもらえると思ったんです。
それにやっぱり、このバンドの音楽にお金を払いたかった。
素晴らしい音楽を作っていることに対する、敬意です。
ものすごい売れまくって稼ぎまくってるバンドじゃないのを知ってる、というのも、ありました。

買って持っていれば、ファイルで送ったりして何処の誰にでもに聞かせられる。
いいよ!聞いてみなよ!って言っても、知らないバンドのCDをそんな買ったり積極的に聞いてみたり、しないですよ。
でも聞かせてみれば、同じように思う人が増えるかもしれない。
相手がミュージシャンなら、そこから刺激されていい音楽が生まれるかもしれない。
その場でのアルバム売り上げにはならなくても、そのミュージシャンのファンやサポーターが増えるはずです。
音楽がいいなら、そういうことが起こるはずなんですよ。


て、これApple Music 流しながら書いてます。
ナッシュビルの大所帯バンドLambchopを聞いてるんですが、ちょうど聴き始めた"Mr.M"ってアルバム、いま1曲目だけど、ちょっと鳥肌立ちました。
このアルバムは確かJANISでもレンタルしてなかったと思うし、Apple Music がなければ聞かなかった。
Lambchopの音楽は知ってたけどファンというほどでもないので、今後も新譜を聞くことはなかったと思います。
でもApple Music でこうやって聞いてみたことで、急浮上です。
(あー2曲めもいい!)
実際、こうしてブログに書いてるし。
これで、Lambchopの名前を知る人もいると思いますよ。
その人がApple Musicやってれば、その場で聞けるじゃないですか、このマイナーなアメリカのインディーズ・バンドを。
これはすごいことだと思います。

そうやって、音楽を聞く人の裾野が広がっていくのは、素敵なことだと思います。
いい音楽に触れる機会が増えれば、音楽を好きになる人も増えるはずだし。
日本に音楽が根付かないのは、生演奏に触れる機会がないから、というのが一因だと思ってますが、それも含めて、いい音楽に触れたことのない人がまだまだ多いわけですよ。
町中で普通に多様な音楽が聞けるような国ではないんだから、Apple Music のような新しいサービスよって、いい音楽に出会う可能性が広がることは、前向きに捉えていいんじゃないでしょうか。
それが、長い目で見たら音楽文化の底上げにつながるんじゃないか、と思います。


つまり、音楽の価値が下がる、ミュージシャンが食えなくなる、っていうのはたぶん日本においてはその通りだと思います。
ただそれは、今までのような、音楽ファン以外までがお金を落としていた状態がむしろ異常だったのであって、音楽マーケットが適正規模に戻るということなんじゃないか。
マーケットの規模は縮小しても、より多様な音楽に触れる機会自体は増えるわけで、それによって少しづつ本当の音楽ファンが増える可能性も、あるんじゃないか。
というのが、僕の考えです。

まあ、僕自身、まだApple Music使い始めて日が浅いわけですが、とりあえず思うことを書いてみました。

2016年4月20日水曜日

英語ができなくなった

暖かくなってきて、ようやくまた公園で練習できるようになりました。
公園で練習してると、たまに話しかけてくる人がいます。
先日は、中国系の二人組の観光客に、明治神宮への道を聞かれました。

それで、教えようとして、びっくりしました。
英語が、ぜんぜん出てこない。
ただの、道順ですよ。
ここまっすぐ行って〜みたいな。
単語が出てこない。
いやーまいった。
自分の英語力の低下に、驚きました。

4年間、ほぼ日本人のいないアメリカの大学で勉強してたのに。
夜はダウンタウンで現地のミュージシャンと演奏してたのに。
まあ、帰国して以来、英語を話すことってほとんど皆無に近かったからなー。
英語を話したのは、日本在住の友達のイギリス人と会った数回と、去年ジム・クエスキンとツアーを回った時と、あとはライブのお客さんに外国人がいて少し喋ったくらいです。
使ってないと衰える、とは聞いていましたが、自分で体感するとショックですね。


英語ができると、それだけで世界が広がったような感覚があるんですよ。
世界とつながる、とか言うけど、本当にそういう感覚。
別にそんなに日常で英語を使わなくても、です。
僕はアメリカに行くために英語を勉強したんですが、この、広がる感覚というのは予想してなかったことで、その感覚によって、英語をやって良かった、と思いました。

だから英語ができなくなったら寂しいから、ブログで翻訳もしてたんです。
それも最近は毎日の出来事に流されておざなりになってしまっている。
いけない。
まあそもそも、読み書きと喋ることは、別のスキルですからね。
英語で本読んだり書いたりしてるだけじゃ、会話のスキルはキープできないことは、ぼんやりと予想してました。

だいたい、今後また英語を使うような環境にいくことがあるのかすら、分からない。
その状態で、しかも周りに英語を話す機会もないのに、わざわざなんとかして会話力をキープしようなんて、かなり頑張らないと無理です。
そんなに英語にかけるモチベーションは、今の僕にはない。

でもなー、どうしようかなー。
英語は、単語力が勝負です。
とりあえず、洋書でも読むようにしようかな。
渡米前に勉強してた時には、英語のニュースサイトを毎日読んだりしてたな。
それだけでも違うかもしれない。
日本のニュースを英字新聞で読むというのも、いいかも。

とにかく、何か対策を考えないと、このまま英語力は落ちていくばっかりでしょう。
生きるには困らないけど、世界が狭まっていく感覚は、あまり気持ちいいものじゃないですからね。
気付けてよかった。
何か、考えます。



2016年4月17日日曜日

Leon Bridges とレトロ・ソウル・ブーム

Leon Bridges 「Coming Home」を聞きました。

レトロ・ソウル・ブームの真打ち。
サム・クックの再来。
だそうです。

いいですね。
60年代ソウルそのまま、っていう評判通り、うん、本当にそのまま。
音作りも隙がない。
隙がないけどあざとさもない。
ただ、サム・クックの再来、っていうのは、ちょっとよく分からない。
どこを指して言ってるのか。
僕もけっこうサム・クック聴き込んでるんだけどな。
こないだ聞いたBrian Owens はマーヴィン・ゲイの再来、って言われてたし、なんか古いソウルを思わせる、ってだけで、代表的アーチストの名前を宣伝のために挙げてるように思えてしまう。
まあ、やっぱりサム・クックの再来!なんて言われて、僕も手に取るわけだから、宣伝としては成功なんでしょうけど。

で、レオン・ブリッジス。
いいです。
でも、なんか興奮しない。
なんでだろう。
例えば、彼がアイドルのひとりに挙げているRaphael Saadiq の「The Way I See It」を聞いた時に感じたような高揚感がない。
まあ僕の場合、サーディクとの出会いは、サンフランシスコでアルバム発売前のライブを予備知識なくいきなり見た、っていうシチュエーションもあるかもしれないけど。
今でも、好きでよく聞きますよ。

何が違うのかと考えながら、「Coming Home」を聞き進めてみました。
うーん、ドラムの感じとかすごくいい!
こないだ視聴したSweet Soul Recordsのミュージシャン達もまあまあ良かったけど、こっちの方が全然いい。
フレーズやパターンだけじゃなくて、質感やムードみたいな雰囲気みたいな部分まで漂ってくる。
サックスソロに至るまでいい。
ギターは、もうちょっといなたい方がいいけど、それは好みかな。
と、本当にいい部分ばっかりなんだけど、すげー最高!って感情が湧いてこない。
なんでだろう。
Apple Music で聞いてるからか?


どうにも腑に落ちなくて、他のバンドと聞き比べてみることにしました。
サーディクはもうソウルやめちゃったから、Sharon Jones&The Dap Kings を。
このバンドも、はじめて聞いた時はものすごい興奮しました。
でも、追っかけてはいなかったので、この機会に新譜を聞いてみたら、あー!1曲目の出だしから最高だ!
何が違うんだ!?

もう一人、最近見つけたソウル系SSW、Jesse Dee も聞いてみました。

かっこいい!
そう、この人を聞いた時は、出だしからぶっ飛びましたからね。
アルバムを通してなんとなく聞いていても、途中にグッとくる瞬間が何箇所もあって、その度に嬉しくなって興奮して仕方がない。

レトロ・ソウル・ブームというものがあることも、知りませんでした。
検索してみると、何人かの名前が見つかり、それも聞いてみました。
いやーApple Music 便利だわ。
The Jack Moves、Mayer Hawthorne、Nick Waterhouse、みんないいじゃん!
そして、Amy Winehouse。
実は初めて聞きました。
いいじゃないですか!

そうして一周してまたレオン・ブリッジスを聞いてみる。
いいね!
でも、気持ちよく数曲聞きに 進むうちに、なんかやっぱり引っかかってこない感じがする。
思いました。
たぶん、そのまますぎるんですよ。
そのままなら、昔のレコード聞けばいいじゃん、てなってしまう。
これも好みかもしれないけど、ボーカリストとしてすごく個性的とは思えないし。
曲もオリジナルで、いい曲だと思いますよ。
でも、60年代ソウルの音楽性の枠の中だけでやってるように思えてしまうんですよね。
それだと気持ちいいいけど、BGMのように流れていってしまう。
昔の音源は、音質の悪さや色んなイメージや幻想も相まっている訳だから、今の我々がそのままやっても勝負にならないと思うんです。
シャロン・ジョーンズみたいに、バンドとして一丸となってやるなら、別だけど。
僕が好きなのは、ジェシー・ディーみたいに、聞き込んで染み込んで、出てきたものがソウル・ミュージックになっている、というタイプのミュージシャンなんです。


レオン・ブリッジス、全米ではブレイク中らしいですね。
本国では、メディアでもその姿に触れることができるし、こういう時代に古き良きアメリカの良心を思わせるというような意味合いでも、人気なんじゃないでしょうか。
それに、実際にライブで音に触れることができますからね。
やっぱ、ライブは見てみたいですもん。
サーディクの「The Way I See It」はどこを切っても彼の色が見えるアルバムだったけど、レオン・ブリッジスの場合は、バンドの音も含めて「60年代ソウル」というコンセプトの方が前面に出てるように感じる。
だから余計に、もしかしたらバンドでのライブがすごくいいんじゃないか、とも期待します。
フジ・ロックで来日するらしいから、見てみたいな。
ライブを見た後でアルバムを聞いたら、印象が変わるかもしれない。


レオン・ブリッジス「Coming Home」。
結論として、いいと思うけど、繰り返し愛聴はしないでしょう。
それよりも、ジェシー・ディーと、やっぱりシャロン・ジョーンズの新譜が良かった!

他のレトロ・ソウルのアーチストも、聞いてみます。

2016年4月15日金曜日

N.O.生活14 - Frenchmen Street

ニューオリンズといえば、バーボン・ストリート(Bourbon Street)。
観光の中心地フレンチ・クォーターを横切る通りで、両側にバーやレストランが立ち並び、夜中までライブ演奏が行われています。
とはいえ、そのほとんどは、全米各地から羽目を外しに集まった若い観光客向けのもので、ヒット曲をカバーするロックバンドや、爆音カラオケの店ばっかりです。
音楽を聴いて楽しむには向いていません。

ミュージシャンとしては、確かに稼ぎにはなります。

毎週レギュラーでバーボンストリートで演奏していれば、そこそこの実入りです。
店にもよるけど、週数回やってれば、なんとか暮らしていけるでしょう。
でも、音楽的には楽しい仕事ではありません。
あくまでも観光客向けの演奏であって、例えジャズであっても、とにかく大音量で早いテンポで派手に演奏することが求められます。
そうすると、ビールが売れるんですよ。
なので、バーボンストリートでの演奏は、割り切りが必要だと言われます。
ずっと毎晩そこでやってるミュージシャンもいますが、逆にあそこではやりたくない、という人もいます。


音楽的に本当にエキサイティングなのは、フレンチメン・ストリート(Frenchmen Street)です。

フレンチ・クォーターの少し先にある通りで、やはりバーが立ち並び、朝まで音楽が絶えません。
ここに来る観光客は、バーボンストリートの層とは違います。
騒げれば何でもいい、というのではなく、酒と一緒に音楽も楽しみたい、という人が多い。

だからミュージシャン側も、純粋に演奏を楽しむことができます。
バーボンストリートより実入りは落ちるので若いミュージシャンが多いことも、活気がある一因でしょう。
新しい音楽は、この通りで生まれています。
ここでミュージシャン同士が出会いバンドが結成されたり、一般客にはウケないだろう実験的なライブも行われています。
由緒あるジャズ・クラブ「スナッグ・ハーバー」もあります。
ブルース系のミュージシャンも多いですね。
有名ミュージシャンがニューオリンズに来て、でかい会場でライブを終えた後で立ち寄ることもありました。
僕の演奏してたバンドが、フラッと飲みに来た確かREM(違ったかもしれませんが、ベテランの人気ロックバンドでした)のブログに書かれたこともありました。
とにかく、エキサイティングな通りです。

だいたいの店は、夜早めと深夜と、2つの演奏枠があります。
中には、18時、22時、2時、と3つ枠があったり、昼間もバンドを入れてる所もありました。
同じ通りの中で、ひとつの店でのライブが終わったら数件先で別のバンドでまた演奏、ということも珍しくありません。

フレンチメン・ストリートに行けば、誰かがいます。
他でライブがあった後でも、とりあえずフレンチメンに寄ります。
そうして、道端で友達と話したりして、飛び入りで演奏したり、通り全体が、ミュージシャンの社交場のような感じなんです。
どの店もミュージシャンには良くしてくれて、一杯おごってくれることもある。
店の従業員や常連客も、みんな仲間なんです。

フレンチメンの店で演奏するのは楽しかったし、勉強になりました。
お客が、演奏を聞いて、ダイレクトに反応してくれるんですよね。
もちろん、バーですから、みんな飲んで話してます。
決してシリアスに耳を傾けてくれるんじゃないけど、その適度なリラックスした感じが、僕は好きでした。
ダンサーもよく遊びに来て、演奏に合わせて踊ってるのを見るのも楽しかったですね。

フレンチメン・ストリートは、昼間はのどかです。
飲んでいる人もいるけど、みんなのんびりしてる
そんな中に、飲んでいつでもほぼ正体不明の老人がいました。
ある日、彼がサックスを持ってバンドに飛び入りするところに居合わせました。
案の定ヨレヨレの演奏だったんですが、素人のようでもない。
一緒にいたミュージシャンが教えてくれました。
「ああ、彼は◯◯だよ。昔はすごかったんだけどねー。◯◯や◯◯(往年の全米ヒット曲)のサックスソロは彼が吹いてるんだぜ。」
驚きました。
僕もそのヒット曲は知っていたし、ニューオリンズ音楽の録音メンバーとしても名前に覚えがありました。
いまは、店から店へフラフラと飲み歩いて酒をおごってもらう日々。
まあ、もうかなりの歳でもありましたけどね。
そんな酔っ払いでも、みんな敬意を持って優しく接していました。


ニューオリンズでライブ演奏を楽しみたいなら、フレンチメン・ストリートに行くべきです。
エキサイティングでフレンドリー。
どの店も、雰囲気いいですよ。
ほとんどの店がチャージ無料です。
店に入ってみてバンドが良さそうなら一杯頼んでしばらく聞いて、演奏に満足したならチップを入れる。
ガイドブックには、夜はフレンチ・クォーターの外には行くな、と書いてあるようですが、それは嘘です。
危険はありません。
少なくとも、フレンチ・クォーターより極端に危ない、ということはない。
もし楽器を持っていれば、どこでも飛び入り歓迎ですよ。


と、これはもう4〜5年前の話ではありますが、ぼんやり入ってくる情報の限りでは、ぜんぜん変わってしまった、ということはなさそうです。

昼間はフレンチ・クウォーターを散歩して、ミシシッピ川沿いでボーッとして過ごし、夜はフレンチメン・ストリートを流す。
これが、おすすめのニューオリンズの楽しみ方です。

2016年4月13日水曜日

Apple Music はじめました

Apple Music を使い始めました。
月980円で、膨大な音楽を自由に聞くことができる。
びっくりするようなマイナーなものもラインナップされています。
さんざん噂は聞いてたけど、いざ使い始めてみると、うん確かにこれはいいサービスです。

人によって、いろんな使い方があるんだと思います。
僕の場合は、いまのところ視聴的な利用がほとんどです。
気になったミュージシャンの音楽を、どんなものかちょっと聞いてみる。
とても具合がいいです。
そうしてると、Apple Music 側から、似た傾向の音楽をお勧めしてくれる。
これもいい。
出会いや発見があります。

例えば、いまVic Chesnutt を聞きながら書いてます。
すると、じゃあこんなのもどう?っていうオススメが端っこに表示されます。
そこには、ギリアン・ウェルチの名前があったりする。
この二人を結びつけて考えたことはなかったけどなるほど共通点もあるかも、なんて、自分になかった視点が生まれます。
他にも知らない名前があって、聞いてみます。
いいものも、イマイチなのもあるけど、知らない音楽に出会うのは、無条件で楽しいものです。
こうやって、自分の音楽世界がどんどん広がっていくことを期待してたのが、まさに期待通りでした。

20代の頃、御茶ノ水のレンタル屋JANISに通っていたときのような感覚です。
そこに行けば、未知の音楽があふれていて、その中にはきっと宝石のようなものが埋もれている。
そんなワクワクする宝探しのようなこと。
そもそも僕がこんなにずっと色んな音楽を探して聞き続けているのは、実際に宝に出会った時の驚きと感動が忘れられないからです。

ちょっと前に書きましたが(「お茶ノ水JANIS!!」)、最近またJANISにも通っています。
今後、Apple Music にないものをJANISで視聴して借りる、ということになるでしょう。
そうすることで、かなりの幅の音楽に触れることができます。
なんだか、今日はどんな新しい音楽と出会えるだろう、ってワクワクしてた、ハタチの頃に戻った気分です。

今後、慣れるにしたがって、Apple Music も自分の音楽ライブラリの感覚で使うように、きっとなると思います。
CD棚を眺めるのと同じ感覚で、iTunesの画面をスクロールするように。
まあ、まだ使い始めたばっかりだから、これによって自分の音楽生活がどう変わっていくのか、未知数ですが、いまはとにかく楽しい。
新しい音楽を聴くことへの情熱が、また膨らんできました。

2016年4月10日日曜日

昨日のこと、今日のこと

昨日は横浜ジャグバンドフェスティバル。
実は初めて行きました。
大変あったかくて和やかでハッピーな空気に溢れたイベントでした。

思ったより多くの知り合いに会って驚きました。
いままで色んな所で出会ったミュージシャンが色んなバンドで来てて、おーこんな所で久しぶり!と、予期せぬ再会は嬉しいですね。
気になっていたミュージシャンにようやく会えたり。
出演者だけじゃなくても会場中に知った顔が多くて、それこそ10年以上ぶりの知人とばったり顔を合わせたり。

11時に集まって、出番は19:3020:30
長い1日でした。
ウチらは昨日が初顔あわせだったので
軽くリハもして、とにかくバンドが多いのであちこち見て回って、誰かに会えば立ち話をして、それから続けて2ステージやって、最後のマッドワーズのステージにもみんなで上がって、打ち上げ始まったのがなんと23:30くらい。
メチャクチャ楽しいけどメチャクチャ疲れた!
最高に恐ろしいフェスですね。

ジャグ・デビューしました。
実は、けっきょく練習に取り掛かるのが遅くなっちゃって、これはさすがにヤバイかも、と思ってたんですよ。
ピッチが上手く取れないのに加えて、2〜3日前に予定曲を全部通して練習してみたら、口の筋肉の疲労がすごくて、これは1ステージ口が持たないかも、という不安もありました。
それに、全国からこの日のためにバンドが集まる中で、ちょっとジャグかじったくらいで出ちゃうことの不遜さ、というのも、なくはなかったし。

結果、良かった。
やっぱり、誰かと一緒にやる方が、いい演奏ができますね。
音源に合わせるのとは違う。
いくら家で一人で練習しても、人とやらなきゃダメだな、と改めて思いました。
色んな人にも、思ったより好評でした!

あと、ベース楽器って面白いですね。
クラリネットの場合、バンド全体の音を聞いて、最後にそこに加わっていく、ということが多いわけで、それとは正反対の立ち位置です。
ひとつのシンプルなパターンの中で、微妙なニュアンスの変化だけで音楽の土台をつくる楽しみ、というか、ああなんだかものすごい当たり前のこと言ってるけど、ステージでそう感じたんですよ。
なんたってベース楽器でのライブ初めてでしたからね、そんなことが新鮮なんですよ。
それで、ベンさんのウォッシュボードの細かいリズムの変化を拾いたいんだけど、楽器のコントロールが未熟でそれができないもどかしさ。
うーん、もっと上手くなりたい!
先輩ジャグ奏者の方々からアドバイスももらえたし、もっと練習したくなりました。
安達さん、カラス先輩、誘ってくれてありがとうございました!


朝起きて、さて今日の予定は、と手帳を見たら、「ペチカ」と書いてある。
あ!タカハシペチカさんのライブだ!
時間を確認すると、なんと昼から!
てっきり夜だと思ってた!
さらにFBのタイムラインで、サプールの写真展が今日までだと。
あー忘れてた!
ライブ見たあとで渋谷行かなきゃ。

急いでいろいろ用意して、自転車飛ばして下北沢に来て、ライブを見ながら休憩中にこれ書いてます。

ペチカさんの弾き語りは初めて。
良かった。
弾き語りって、好きだなー。
なんかその人のことがよく分かる。
今日は前座で短かったから、また今度聞きに行こう。
メインの柴山真人と柴山祥子。
フィドルとリコーダー。
オリジナルみたいだけど、アイリッシュ・トラッド、と言っていい音楽性。
渋い。
疲れの残るお昼にピッタリ。

それにしても、440のカレー、詐欺みたいに少ないんだけど。
普通の店のハーフカレーより少ない量で950円て、いくらライブハウスでもボッタクリ過ぎると思う。
わりといい店だっていう印象あったんだけどな。
少なくとも、客で来たら料理は2度と頼まない。

それにしても天気がいいな。
気持ちいいな。

2016年4月9日土曜日

立ちMac

パソコンを、立ってやるようにしました。
壁に、棚をつけて、こんな感じです。

最近パソコンを買い換えたのは、Apple Music を使いたかったから、という理由が大きいです。
前のPCはアメリカ時代に買ったものでもう古くて、音がちゃんと出なくなってたんですよ。
まあそれ以外にも不具合がけっこうあって、もう7〜8年経つし寿命だったのかもしれません。
で、Macbook買って、Apple Music 使うなら、もちろんちゃんとしたスピーカーに繋ぎたい。
そのためには、アンプの近くにMacを置かないといけない。
でも、アンプ付近には作業するような机を置くスペースがない。
ということで考えた末、壁に棚を据え付けたんです。

最近、立ってパソコン作業することを導入する会社も増えてるっていうし、ずっと座ってる必要は確かにないわけで、それに、立っていればダラダラとネットサーフィンすることがなさそうで、作業がはかどりそう。

と思ったまではいいんですが、肝心の棚がなかなか見つからなくて困りました。
壁に金具とか打ち込んでいいなら、選択肢はあります。
例えば、これなんかすごくかっこいい。
Gereghty Desk
でも、ウチは賃貸なのでそれはできない。
他に、Ninja Desk ってのも良さそうだけど、在庫がない状態が続いているみたい。
探してようやく見つけたのが、これです。

材料のサンプルを事前に送ってくれるというので、頼んでみました。
そしたらこれがねー、ダサくてがっかり。
表面の仕上げが、なんていうんですか、化粧板?
安けりゃ良かろう系廉価木製家具によくある、ツルツルしてるやつですよ。
まあ、高くないものだから仕方ないけど、これを家に置くのは、かなり抵抗があります。
そこで思いついて、表面の光沢部分をヤスリで削ってみました。
そしたら、悪くない。
これならダサい安物感もなくなるし、そもそも部屋の中央で明るく目立つわけじゃない。
よし!

で、届いてヤスリがけ。
これが大変でした。
もちろん全面やるわけですからね。
しかしもう後戻りはできない。
気合いで、やり遂げました。


狙った通りのパソコン環境ができました。
Macの後ろに外付けHDDを置いて、音楽ファイルはそっちに保存するようにしてます。
上部にはCDとか置けるし、下にはCDドライブをしまっています。
使わないときは、Macを横にすればそのままテーブル部分が収納できます。


立ってパソコンやるの、悪くないですよ!
別にものすごい長時間やることはないし、ダラダラせず気持ちの切り替えがしやすい。
特にApple Music を使うときには、座ったり屈んだりせず手を伸ばすだけでiTunesの操作ができるのがいい。
もちろん、疲れてたりして座って使いたいと思えば、Macbookを持って移動すればいいだけですからね。
当分、このスタイルでやってみます!


2016年4月5日火曜日

Apple Store は素敵だ

iTunesのファイルを外付けハードディスクに移すのが上手くいかなくて、Apple Storeに聞きに行きました。

まず予約の電話をします。
さすがにすぐ繋がらず待たされるんですが、この時点で他の会社とは違います。
まず自動音声のアナウンスが、変にゆっくりだったり機械的すぎたりしない。
そして「お客様の◯◯(ご意見だったかな?忘れました)は、アップルにとって重要です」と言われる。
そのあと、いま待っている人数が伝えられます。
余計なストレスがなく、待ってて不快じゃない。
しかも、その間に流れる音楽も、趣味のいいロック。
いままで何回かかけましたが、毎回違う曲で新鮮でした。

雰囲気が好きで、表参道店を選びます。
僕は今までWindowsユーザーでしたが、ニューヨークで何度かApple Storeを利用したことがあります。
マンハッタンと、どこだっけな、ソーホーかな。
Apple Storeに行けば、そこのMacでネットが使えるんですよ。
表参道店は、なんとなくニューヨークの店舗に似てる感じがあって好きなんです。

時間通りに行っても、待ちます。
だって15分単位で予約取ってるから、無理ないですよ。
でも、脇のソファで待たされるわけじゃない。
広いフロアのオープンなテーブルに案内されます。
ストレスなく快適です。

店員が、ものすごいリラックスしてるんですよね。
みんな若くてかっこいい。
上は揃いのTシャツだけど、後の服装は自由なんでしょう。
金髪だったりキャップかぶってたりしますからね。
店員同士、普通に楽しそうに会話をしている。
かといって、さぼってる風では全然ない。
誰もが颯爽と動いています。

今回見てくれたのは、アジア系の男性でした。
接客、素晴らしいですよ。
知識があるのはもちろんだけど、こっちが何を質問してるのか、その意図を汲み取る能力がすごい。
今までどっか他の店で何か質問すると、質問の要点を汲み取ってもらうのに時間がかかることが多々ありました。
あと、説明が回りくどかったり、いちいち枕に「まことに申し訳ございませんでした」とついてイライラしたり。
彼は、無駄なご機嫌取りなんかせず回答も的確だし、まあひとことで言えばコミュニケーション能力が高いんですよね。
前回来た時に対応してくれた女性店員もそうだったし、周りを見ても、要領の悪い店員はいなそうです。

ただし、「まことに申し訳ございませんでした」的な、丁寧すぎる敬語はありません。
彼も、普通に日本語話すけど、外国訛りはありますし、お堅い会社の接客では雇われないでしょう。
どちらかというと、上下関係がなく対等な感じ、極端に言えば友達みたいでもあります。
僕はそれが逆に無駄もないしリラックスできて心地よいんですが、年配のお客や、チヤホヤされて威張りたい人は、合わないかも。

店員の態度も含めて、とっても欧米的だと思います。
形式ばらず、人対人として接客する。
日本の社会って、マニュアル的で融通が利かないことが多いじゃないですか。
そういうのが普段からバカバカしいって思ってるんで、Apple Store はすごく居心地がいいです。
はっきり言って、ここで1日ネットやってたいくらい。
今回また来店したのも、前回の対応が良かったからですしね。
いちいちショップに足を運ぶなんて、普通なら面

2016年4月3日日曜日

FUCK!邦画の「主題歌」

先日、『あん』を見たわけですが、ラストの樹木希林の姿から永瀬正敏がきっちり映画を締めて暗転したところで、「主題歌」が流れ始めました。
僕は、それまでの感情の流れが断ち切られることに耐えられずに席を立ちました。

冒頭しか聞かなかったけど、軽々しいJpopではない、いい歌のようでした。
でも、それまで劇中で歌なんか流れてなかったわけで、静かな映画で、木の揺れる感じやら風景を見せてきたところに、突然に人の声が鳴り響くって、唐突です。
エンドロールが終わるのを待つ間、廊下にあった『あん』のポスターを眺めてたら、「監督」「俳優」と並んで、「主題歌」の表記がありました。

ポスターに大々的に書く、ってことは宣伝効果がある、って判断でしょう。
でも、たぶん、そういう邦画の主題歌って、どうせエンドロールに流れるだけじゃん。
それを楽しみに来る人なんて、いるのかな。
好きな歌手の歌を映画館で聞きたいために、それまでの2時間を過ごす、っていうことなの?
2時間待った末に、好きな曲を暗闇で座ってじっくりといい音響で聞くのが、至福なの?

それはあり得ないとは言い切れないけど、そういう人はたぶん多くはない。
じゃあ何のためなのか、というと、映画じゃなくて歌手の側の宣伝でしょ。
お金を出資するから、主題歌をやらせてくれ、と。
駅にポスター貼るのと一緒ですよ。
邦画のエンドロールが、山手線の吊り広告やテレビCMと同じ、宣伝したい人募集!ひと枠いくら!というコーナーになってるということ。
ただ、それが明確になると客は本編が終わったら席を立つだろうから、うまく誤魔化すために、なんとなく映画の雰囲気から遠くないような歌を選ぶ。
監督やら作り手側も、映画を成立させるためにお金が必要だから、どっかで妥協する。
演技できないアイドルを主演にしろ!ってケースもあるんだから、それと比べたら、エンドロールくらい捨てますよ、と。


主題歌って言っても、例えばロッキーやスターウォーズのテーマ、とかはまた別ですよ。
そういうのは、主題歌と映画の中身がリンクしてるわけで、やっぱりクライマックスであのテーマが流れてこそのロッキーです。
いわゆる「懐かしの映画音楽全集」とかに入ってるようなやつ。
エデンの東とか。
そういうのって、劇中でも主題歌が時にはアレンジを変えて繰り返されたりして、特定のムードを象徴する役割を担っていて、それがクライマックスや、あるいは最後のエンドロールで流れることで、映画が完成する、みたいな使い方をされてる。
それが、映画の全体を象徴する、まさに「主題歌」と呼ぶべきものなんですよ。


僕はもうね、はっきり言って、ポスターに「主題歌」が書かれてる邦画、できれば見たくありません。
でも、『あん』でさえ「主題歌」がつくんですからね。
誰だかチェックもしなかったけど、たぶん、いい歌ぽかったけど、ポスターに「主題歌/◯◯」って書くということは、そこに何かがね、あるわけじゃないですか。

と、ここまで書いて調べたら、歌っていたのは秦基博でした。
しかも、監督が指名して主題歌を書き下ろしたという。
本当かよ?
まあ指名は本当だとしても、その前に主題歌をつけなきゃいけない、という約束があったんじゃないの?
それじゃなきゃ、主題歌を書き下ろさせた意味が理解できない。
歌は聞かなかったから分からないけど、仮にそれが映画にインスパイアされたものであっても、とってつけたように最後に流すだけじゃダメでしょ。
ちゃんと、本編ともリンクさせて全体として効果を生まないと、意味ないよ。
ちなみに、その後に続いて見た橋口監督の『恋人たち』は、Akeboshiの曲をそうやって上手く使ってたよ。


もはや破綻して腐り果てたゴミのような日本映画界で少しでもいい映画を探そうと思っても、どうしても今後「主題歌」問題は避けられそうにない。
嫌だなー。
せめて、「主題歌」が流れるまで、1分、いや30秒でもいいから、他の、なんでもいいから映画の余韻を断ち切らないインストの音楽を流してほしい。
その間に、僕は席を立つので。
主題歌目当てのひとは、残ればいいじゃないですか。
テレビだって、録画するとCMをカットする機能とか普及してる。
でも、きっとCMも楽しんでる人、少なくとも邪魔に思わず普通に見てる人もいる。
CMは飛ばせるし、ポスターなら見ないことができるけど、音楽は、耳を塞いで聞こえないようにすることは難しいんだから、そのくらいの選択肢を配慮してほしい。

そうやって、宣伝を押し付けるんじゃなくて客側の気持ちを考えてくれるなら、その主題歌、聞いてやってもいいよ。
お客はバカじゃなくてあんた達よりずっと頭良くて偉いんだからさ。
俺たちから金取りたいんなら、もっとない知恵を必死に絞ってよ。



2016年4月1日金曜日

『あん』の樹木希林に宇宙を見た


飯田橋のギンレイホールで、『あん』を見ました。
2本立てで旧作を上映する、いわゆる「名画座」です。
もともと、橋口亮輔監督の『恋人たち』を見たくて行ったら、一緒にやってたのが『あん』でした。

ハンセン病の老婆とワケありのどら焼き屋店主の話。
映画自体も良かったんだけど、樹木希林が!とにかく素晴らしすぎました!
衝撃の演技でした。
今まで見た映画で、心に残ってる演技ってたくさんあります。
パッと出てくるものでも、『レイジングブル』のデニーロや『蜘蛛女のキス』のウイリアム・ハートや、最近見た中では『それでも夜は明ける』の主役の人もなかなか良かった。
でも、この映画の樹木希林は、今まで見た全ての映画のどんな役者のどんな演技とも最早レベルが違うとすら思うくらいに、もう何もかも超越してました。

本当に、樹木希林の出てくる全てのシーンでの全ての一挙手一投足に感動してしまう。
何もしてないのに、彼女が画面に居るだけで、意味のないような一言、それこそ相槌を打つだけでも涙が出そうになる。
こんな体験は生まれて初めてでした。
何なんだこれは。
役者っていうのは、こんなことができるのか。
すごい。
樹木希林に会いたい。
会って、お礼を言いたい。
ハグしたい。
いやーもうすごすぎて感動しすぎて言葉がないので、こんな文章になってます。
ちょっと調べたら、彼女のここでの演技はやはり素晴らしいもののようで、あちこちに絶賛しながらちゃんと説明してる文章がありました。
だから僕はこれでいいや。

ぜんぜん前情報なしに見たのも、良かったかもしれない。
なんと原作がドリアン助川だったことに驚きました。
僕、この人尊敬してます。
カルト深夜番組『金髪先生』や人生相談が有名ですが、僕は英語を勉強している時に彼の書いた英語本に出会い、非常に感銘を受けました。
発音の参考書なのに心が揺さぶられるという、ありえない本。
英語の勉強を、それ以上のものに昇華させてくれた忘れられない一冊です。
その後読んだ、明川哲也名義で書いた小説も面白かったし、考え方、生き様がかっこいい。
こんな本を書いてたなんて
いやーなんて偶然だろう。
嬉しいです。

そして、ハンセン病(らい病)
名前は聞いたことあるけど、よく知りませんでした。
こんなに酷い差別対象にされていた病気だったとは。
治療すれば治る病気で、まず感染もしないのに、外見に症状が出ることから誤解されてきた。
発覚したら隔離され、一生をその施設内で暮らさなければならず、遺伝すると決めつけられ、子供を作ることも許されない。
映画によると、墓を建てることも禁じられている。
なんと1996年まで、この日本で実際にそういう隔離する法律が存在していたそうです。
僕なんかたぶん、ごくごく普通の一般的平均的な層と比べたら色んな情報に触れる環境にいるだろうに、まったく知りませんでした。
そのくらい、知られていない、ということは、隠されてきたんでしょう。
恐ろしいことです。
わかりやすく書いた記事を見つけたので、リンクを貼っておきます。

でも、たぶん映画を見た方がわかる、というか心に残ります。
ハンセン病という題材からしても、見る価値あると思います。
一生社会から隔離されて歴史とのつながりも全て断たれて生きなくてはならない、ってものすごいことですよ。
それを演じる樹木希林。
彼女の、何気ない日常の風景や音や色や、そうしたものに対する繊細な視線を、共有できる。
生きてることが素晴らしい、とかいう、ありきたりな言葉が、実感として深く響いてくる。
いやー本当に樹木希林すごいわ。
宇宙を内包する演技。
お布施とかしたいし水でも壺でも買いたい。

樹木希林のことばっか書いちゃったけど、映画自体もすごく良かったですよ!
誠実に作られていて、長瀬正敏もいいし、とにかくいい映画でした。



そして、樹木希林のあまりのすごさに思わず触れずに終わるとこでしたが、『恋人たち』も良かった。
この監督の映画は、いいですね。
全体の出来・不出来とは別に、見ていてとても気持ちがいい。
っていうのは、見応えがある、っていうような意味です。
どのシーンもじわーっとしていて、ずっと見ていたい気になります。
この映画、題材も中身もいいし、それまで無名だったという俳優達がまたいい。
これはこれで書きたいこといっぱいあるけど、もうとにかく樹木希林に打ちのめされてしまって、申し訳ないけど、もう今日は書けませんすみません。

この2本立て、4/8(金)までやってます。
2本で1500円。
名画座然とした雰囲気もいいし、見終わって余韻のなか神楽坂の裏通りを歩くには、ちょうどぴったりの気候になってきましたしね。

おすすめです。