2016年5月29日日曜日

GWO&西山正規でした!


昨晩はGWO&西山正規。
予想通り、スーパーハイテンションなライブになりました!
同日にルーツ・ミュージック系のライブが多数重なっていたにも関わらずお越しいただいたお客様にも、きっと満足いただけたとかと思います。

今回は、音楽性ではなく、「ソウル」の」部分での共演者セレクション。
GWO企画初のオープニング・アクトも呼びしました。
 
テリー&さっちん。
ソウル以外に何もないくらいの、むき出しすぎる歌。
安定とは正反対だけど、その代わりに奇跡みたいに感動的な瞬間がある。
数少ない、自分から定期的に聞きに行っているシンガーです。
心が洗われます。

そして西山正規。
初めて見た時は衝撃でした。
エレキ弾き語りなんですけどね、弾き語りとは感じられないくらいの熱量なんです。
なんかもう見た後で衝撃しか残らないくらいの、ワン&オンリーな人。
音楽的には、うーん、ブルース寄りロック〜パンク、かな?
ぱっと浮かぶキイワードは、Velvet Undergfround の1st、アシッド・フォーク、友川かずき、とか。
この人はステージで死ぬだろうな、っていうパフォーマンス。
舞台を見てるみたい、って言う人もいます。
でも、熱だけじゃなくって、歌も演奏も曲もすごくしっかりしている。
なかなかいないですよ、こんな人。

こういう振り切れたタイプの人は、いつも裏切らない。
昨日も最初から最後まで最高のテンションでぶっ飛ばしてくれました。
で、終盤で僕もステージに呼ばれて。
いやー正直、きつかった!
こんな熱量を持ったステージにクラリネットという楽器で入っていくなんて、死ぬ覚悟ですよ。
しかも途中で曲が変わっていったりするし。
何も考える余裕なんてない、決死のセッションでした。
俺、よくやったよ。

数分でクタクタになった後で、GWOのステージ。
今回は西山さんに合わせてロックな選曲で挑みました。
今までやっていた曲もガツガツしたアレンジに変えて。

Boom Boom
Pleading For Love
Got You On My Mind
Cry To Me
Don't Cry
I Slipped A Little
Touch The Hem Of His Garment
Cry Baby
Stand By Me

そして、みんなで。

I Shall Be Released
Hey Bo Diddley

アンコールが来たのでもう1曲

Twistin' Night Away

でした!
ありがとうございました!


しかし昨日は本当に疲れた。
久々に、ライブ中に倒れるかと思いました。
クラリネット吹いて血管切れそうになる、って、そうはないですよ。
もともと「ソウル・ミュージックをやる」というコンセプトだったのが、最近は「自分の限界に挑戦する」という方向にシフトしてきてる気がします。
その限界とせめぎ合う自分を見せる、みたいな。
他の場では絶対にできないですね。
すごいことやってるよ、俺。


バイユーゲイトでのGWOツーマン企画、われながら、なかなか面白い人たちを連れてきていると思います。
次回はなんと、Tom's Cabin代表、麻田浩との企画です!
テーマは60年代メンフィスの伝説的レコード・レーベル『Goldwax Records』。
いやー本当に面白いことやれてるわ。
今後もご期待ください!

2016年5月26日木曜日

写真について、思うこと



荒木経惟の写真展の、オープニング・レセプションに行ってきました。

76歳のバースデイ記念ということで、親交のある哀愁歌謡バンド、ペーソスの演奏があり、その後にケーキが出ました。
ケーキが荒木さんの前に到着すると、みんな一斉に写真を撮り始めました。
混んでいたので、カメラやスマホを頭上に掲げて、なんとか写らないかとやっている。

その光景を後ろから見て、シュールだな、と思いました。
周囲には、壁一面に写真がむき出しで展示されています。
部屋の真ん中にはそれを撮った当人がいて、たくさんの人がスマホを掲げて囲んでいて、さらにそれを写真達が囲んでいるという図。
その場でいちばん見るべきものは、写真だと思うんだけど、誰も見ていない。
写真展で、スマホ撮影。
なんか、写真てなんなんだろう、って。



僕は、写真は見ません。
作品としての、じゃなくて、普段の記録としての写真のことです。
自分が写ってる写真は、一枚も持っていません。
卒業アルバムもとっくに処分しちゃったし、何かで写真をもらっても、いらないから捨ててしまいます。
旅行に行ったって、自分で写真を撮ることは、まずありません。

覚えていたい、と思うんです。
それは、例えば目の前に美しい景色があったとしたら、景色そのものじゃなくて、その時の自分の感情を、なんです。
景色の美しさより、美しいと感じた心の方が、大事だから。

美しい、と思ったら、その感情を味わうことに集中したい。
味わって、消化することで、養分として自分の血肉になる。
そうすることで、自分が変わっていく。
なんて言うと大げさだけど、でもそういうことだと思うんです。


写真を見返して、あの時の感動がよみがえる、とか言うけど、その感動って、「あの時」のものとはどんなに似てても別物じゃないですか。
感動って、自分の中での出来事なんだから、「あの時」の気持ちを薄めたレプリカより、常にその場で新しく沸き起こるものの方が、僕にとっては大事なんです。

同じ光景を見ても、そこから何を感じるかは人によって違う。
例えば、水の入ったグラスを見て、「水だな」とだけ思う人と、水の表面の揺れやグラスの反射から何か特別の感情を思う人と、いろいろです。
その時々によって、同じ人間の中に違った感情が湧いてきたりもします。


後から思い出すため、忘れないために写真を残す、っていう人もいますね。
僕は、写真を見ないと思い出せないものは、思い出す必要はないという考えなんですよ。
景色も、人の顔も、忘れたっていいじゃん。
ある時、何かを美しいと思ったり、誰かを好きだったり、そうした色んな感情が、自分の中には溶けて混ざっていて、それらによって今の自分が出来上がっている。
何が欠けても、きっと今とは違う自分になっていたはず。

誰かが旅行に行って、その写真を見せてもらっても、何が写ってるかより、写真について話す目の前の相手の表情だったりの方に、僕は興味があります。
その人がその写真を撮った時に感じたことが、その人の中にどう作用してどんな風に残っているのか。
写真の美しさより、美しいと思った心の方が、魅力的なんです。
後から思い出すのは、見せてくれた写真ではなくて、楽しそうに(とは限らないけど)話していた相手の顔です。


まあ、今は写真もデータになって、アルバムにまとめて見返す、ということはないでしょう。
日常の記録として気軽にスマホで撮って、量も気にせずためておける。
僕も、iPhoneでは写真撮りますからね。
それは、誰かへの報告のような意味合いです。
SNS用かな。
自分で見返すことはありません。

僕の高校生以降の写真は、たぶん存在しません。
探せば友達が少しは持ってるかもしれないけど。
実家に残っていた子供の頃の写真も、少し前にアルバムごと整理した、って言ってたから、もう残ってないんじゃないかな。
でも、今はネットにアップしてしまえばずっと残るわけだから、僕みたいに写真が存在しないという人は、きっといないでしょう。
もはや写真て、すごく気軽で手軽で、軽すぎてなんでもないものになっている気がします。
写真一枚ごとの意味なんていうのは、古い感覚なんだろうな。



作品としての写真については、全くわかりません。
そりゃある程度は、いいな、すごいな、と思うこともあるけど、写真を見て涙があふれたり立っていられなくなったり、といった経験は皆無です。
写真展に行っても、そこに展示されている写真の良さは分からないんです。

今回の個展とは別のスペースで、昔の写真集『センチメンタルな旅』を復刻したものが展示されていました。

そこからは、写真一枚一枚の良さ、ではなくて、それらを撮っていた荒木経惟の視線、もっと言えば感情の流れみたいなものが、感じられました。
それは僕にとって、写真を見ることについての、大げさに言えば発見でした。

置いてあった写真集をいくつかめくったの中で、『陽子ノ命日』が好きでした。
1日の間に目に映ったものをただ撮っただけ、みたいな。
何が写ってるか、じゃなくて、撮っている人間の思考が、見えてくる気がしました。
たしか黒だけしか写ってないような一枚があって、それなんか、その写真を単体で見ても心には残らなかったと思うんです。
とっても、良かったです。

もちろん、本人が何を思って写真を撮っているのかは分からないし、アラーキー・ファンや、写真の感性に優れた人は、ぜんぜん違ったことを感じるのかもしれませんが。


行ってよかった。
どこにでも、行ってみるもんですね。


2016年5月25日水曜日

楽器は人生の修行

毎日練習してすごいね、って言われることがあります。
自分では、ピンときません。
楽器をやらない人からはそう思えても、それは当たり前のことだからです。
いやホント、ミュージシャンなら分かるはず。
特に管楽器は、演奏するのに日常生活とは別の筋肉を使うので、練習をやめたらすぐに衰えてしまいます。
毎日練習する必要があるんです。
「1日休むと取り戻すのに3日かかる」と言います。
本当かどうか分かりませんが、そう思っている人がいるのは事実だろうし、あるいは、毎日の練習を持続するために自分にそう思いこませるのかもしれません。

実際に僕も、少なくとも楽器をはじめて数年間は、強迫観念のようにして毎日練習していました。
この言葉を、信じていた、というか、信じないといけない、くらいの勢いでした。
だって、調子がいい時もあれば、よくない時もあるわけですよ。
気分が乗らない日もある。
それでも、自分の意思とは関係なく、毎日練習しなくてはならない。
簡単ではありません。

毎日練習するためには、ある程度は規則正しい生活を送る必要があります。
例えば、ライブのあと朝まで飲んで昼まで寝ちゃったりしたら、その日の練習に影響しますからね。
だから、僕はずっと、どれだけ遅く寝ても、朝は早く起きるようにしています。
ときには帰宅が朝になっても、昼過ぎまで寝るようなことは、まずありません。

とにかく、どんな手を使っても、練習をするんです。
それこそ昔は、眠くならないようにと、練習前にお腹いっぱい食べることを避けたりもしてました。
わざと薄着になったり。
寒い方が頭が冴えますからね。


さらに問題なのは、効果の保証された練習方法などない、ということです。
この練習が、果たして役に立つのか。
毎日練習していても、すぐに上手くなった、と思えることなんてありません。
数週間、数ヶ月も、上達したと感じられないことなんて、しょっちゅうです。
僕は独学だったから、上手くなったよ!なんていう外からの声もないし、本当に霧の中にいるような、先の見えないこともありました。
それでも、信じて練習を続けるしかない。
根拠なんてなくても、とにかくひたすら信じるしかないんです。
そうすると、数ヶ月後のある日突然に、あ!上手くなった!と感じる瞬間があります。
すごく嬉しい。
ああ続けてきてよかった、と心から思えます。
ずっと、その繰り返しです。


長いこと楽器をやっていると、音楽以外の面でも恩恵があります。
自分を律する能力が身につくんです。
昔は、気分が乗らない時に練習するには、強い意思が必要でした。
今では、もっと簡単に、スイッチを入れるようにして練習に向かうことができます。
練習内容も、これをやったらどうなるか、と考えること無く、とにかく決めたらやる。
そのメンタルは、日常生活にも活かされています。
何でも、決めたら迷わず実行するし、決断も早くなった。
とにかく、全部を行動に還元していくこと。
それは、毎日楽器を練習することから学べるものです。
人生修行ですね。


なんでこんなこと書いてるかというと、最近パッとしないからです。
練習してるんだけど、練習したいこともいっぱいあるんだけど、いまいち気分が乗らないことが多い。
そんな時もある、って、何度も経験して分かってるんですが。
それでもやっぱり、どこか停滞感がある。
そのうち霧が晴れることも、知ってるんですが。

うーん、なんだか愚痴みたいになってしまいました。
まあ、そういうことも、あるんですよ。
みんな、どうしてるんですかね?
今度、教えてください。


2016年5月22日日曜日

白楽ドッキリ闇市!!

白楽の六角橋商店街で毎月開催されている、ドッキリ闇市。
ついに行ってきました!
いやーすごかった!
狭い商店街の両脇でいろんな物が売られていて、音楽もあって。
「闇市」という言葉がピッタリの、混沌とした活気に溢れています。


折り紙や領収書(?)のようなものも売られています

ジャマイカン・カラーの肉屋

なぜか八百屋でハンドバッグが売られている

ザディコ・キックス

お店の中でもライブが

フラメンコ

ジャズ・セッション


これは、なかなかすごいです!
毎月やってるし、時間がある時にはまた行ってみるつもりです。
今度は昼間からぶらぶらしてみようかな。
なんたって、商店街自体に独特の魅力がありますからね。
わざわざ行く価値ありますよ!!

2016年5月21日土曜日

『レッキング・クルー〜伝説のミュージシャンたち』



レッキング・クルー〜伝説のミュージシャンたち』を見てきました。
立川シネマシティの、「語るべき映画」という企画。
上映前にトークがあって、予備知識を得てから映画を見る、というものです。
いい企画だと思います。
トークも普通に面白いし。
今後もやるそうなので、オススメです。
ここは、極音上映や、ライブ形式の上映などもやっていて、面白い映画館ですね。
要チェックです。

映画、よかったです。
1960年代前後のロスのスタジオ・ミュージシャン達のドキュメンタリー。
主要メンバーのひとりであるギタリストのトミー・テデスコの、その息子が記録として撮り始めたものが、最終的に映画の形に発展したそうです。
父親への想いが動機だからか、とても誠実に作られています。
音楽の使い方や、タイトルなど文字の出し方、クレジットにいたるまで、愛に溢れている。
全体的に、何かを成し遂げてやろう、賞を狙ってやろう、というような作り手のエゴもなく、記録として資料を整理した、という印象を受けました。
それがとても好感が持てます。
何かの主張や問題定義はないですけどね。

以前に見た『黄金のメロディ〜マッスル・ショールズ』とは対照的だと思いました。
あれは、作者のエゴが全編を覆っている、美化しまくり砂糖かけまくりの、誠意の感じられない映画でした。
(見たときの僕の感想『残念だった映画「黄金のメロディ~マッスルショールズ」』)
最初のトークで、立川直樹はあの映画褒めてたけど、本当に音楽好きなのかなー。
ブラック・ミュージックの感動を正面から受け止めているとは、思えない。
ありがたがって洋楽を拝聴してる、前時代の人、って印象を受けてしまいました。

とにかくこの映画は、見ていて気持ち良かった。
ひとつ気になったのは、字幕。
だって、音楽やってれば誰でも分かる単語を、訳し間違えてるんだもん。
サックスやトランペットなど管楽器を、「ホーン」て言うじゃないですか。
音楽やってない人でも、「ホーン・セクション」て言葉は聞いた事あると思います。
なぜか、それを「ホルン」て訳してるんですよ。
数回出てきて全部「ホルン」だったので、ミスとは思えない。
「ホルン」として訳したんでしょう。
なんなんだろう。
音楽、知らない人なのかな?
他にも、確か「セッション」が「セクション」てなってた箇所もあった気がするし、まあ大した問題じゃないけど、でもやっぱりちゃんと訳した方がいいでしょ。


若者の新しい音楽としてロックのマーケットが確立していく中でスタジオ・ミュージシャンの需要がどんどん増えて、ビーチボーイズやモンキーズなど若いバンドは、自分たちでレコーディングせずにスタジオ・ミュージシャンを雇ってレコードを作るようになって、それこそ全米ヒット曲の多くを実際には彼らが手がけていて、寝る間もなく演奏してメチャクチャ稼いで。
それが、ビートルズあたりからはバンドが自分たちで演奏もするようになり、スタジオの仕事がなくなっていき、落ち目になってしまう。
まさに激動の人生です。

でも、その浮き沈みを特に強調したりせず、本人たちに語らせたものをそのまま編集してまとめて、バイアスなく見せてくれます。
だからすんなり見れる。
みんな面白い話を自然体で語っていて、音楽に詳しくなくても楽しめると思います。
そう、なんか、変わった人生を送ったおかしな老人たちの話を聞く、みたいな感じですかね。
誰でも耳にしたことあるだろう、それこそスーパーや商店街でかかってるくらいの有名曲がたくさん登場するし、飽きません。

僕は、正直ここら辺の音楽に詳しいわけではありません。
家に帰ってから周辺のものを聞き直してみても、いいと思うけど、やっぱり自分からすすんで聞くことはないですね。
演奏の中で、おお!と思う個所はあっても、全体としてはあんまりグルーヴィにも感じないし。
それでも、映画はすごく楽しめました。
マニアックな内容と思って気負わずに、気軽に見て大丈夫だと思います。


あらためて認識したんですが、レオン・ラッセルも、レッキング・クルーの一員だったんですね。
スタジオの仕事が減ったタイミングで、ソロ・アーティストになったという流れでしょうか。
最後のクレジットには、Drジョンやハロルド・バティステの名前もありました。
ちょうどこの頃、アールパーマーを頼ってニューオリンズからミュージシャンがロスにやってきてスタジオ仕事をやってたっていうやつかな。
AFOですね。
それも、レッキング・クルーなんだ。


それにしても、こんな時代があったんだなー。
金を稼ぎたいからミュージシャンになる、みたいな。
今ではあり得ない選択ですね。

この辺りの状況ってたぶん情報も少ないし、アメリカ音楽に興味ある人なら、見て損はないと思います。

2016年5月20日金曜日

Bulletproof Musician: 楽しさは幸福とは無関係である

Bulletproof Musician という英語のサイトの記事を、ランダムに翻訳するシリーズです。ミュージシャンのメンタル面に関する内容を扱っています。音楽をやっていない方でも、自己管理やマインドの問題に興味があるなら、是非ご一読下さい。


The Not Entirely Surprising Truth About What Makes Us Happy

家族でカンボジアのプノンペンに行った時のことです。
旅行中はいつも、Wi-Fiがある場所ではインターネットに接続し、重要なメールが来てないか確認します。
大した連絡はなくても、習慣のようなものです。
しかし今回、宿にはWi-Fiがありませんでした。
その結果、空港を最後に、2日間インターネットなしで過ごすことになったのです。

こんなに長くインターネットから離れたのは初めてのことです。
あらためて、自分がいかにインターネットに依存してしたかを思い知りました。
それは私に、予想以上の大きな意識の変化をもたらしたのです。


心の平穏

インターネットのない生活は、平和で心休まるものでした。
誰かのツイートやブログ、ニュースサイトの更新から離れると、自分が取り残されているのではないか、という不安から解放されます。
現実に起こっていることだけを意識し、一緒にいた家族に対しても、よりオープンにきちんと接することができるようになりました。 

それは、とても素晴らしい状態です。

その後インターネットが繋がった時には、緊急連絡がないかと急いでメールをチェックするのですが、もちろん心配は不要でした。
確かに、もっと早く返信できたメールもありましたが、どうしてもその日のうちに、というものはなかったのです。
正直に言って、仮に全てのメールを消去したとしても、大した問題は起こらなかったでしょう。
私が手元のiPhoneで何をしたところで、世界は何も変わらないことは明白なのですから。


そこにいるのかいないのか

2010年にハーバード大学のMatthew Killingsworth とDaniel Gilbert が行った研究によれば、我々の意識が現実の出来事に集中している時間は、1日のおよそ半分(正確には46.9%)に過ぎません。
残りの時間は、未来や過去など、現実以外のことを考えているのです。

例えば、メールをチェックしている時は、周りの景色には意識が行きません。
現実ではなく頭の中のイメージの世界にいると言えます。

そして、イメージの世界にいる状態では幸福度が下がることが、研究で分かっています。
どんな内容でも目の前の出来事に集中している時の方が、満足感を得られるのです。
つまり、幸福感というものは、「いま現在」に意識を向けることで得られると言えます。
それが例えば、食器を洗ったり洗濯物を畳んだりパスタを茹でたり、といった些細な内容であってもです。

Killingsworth と Gilbert によれば、
どれだけ楽しいことを想像してみても、何かに集中している時の幸福度には及びません。
もちろん、楽しくない思考であれば、その差は顕著です。
そして実際、我々は決して楽しくはない思考に多くの時間を費やしています。
マーク・トゥエインの言葉を借りれば、 “実際には何も起こっていないのに、ひどい人生を送って来た気がする” ものなのです。

この研究で明らかなように、幸福を左右するのは、何をするか、ではありません。

「いま現在」にどれだけ意識を集中できるか、なのです。


新着メッセージがあります

スマートフォンを持っていると、どうしてもそちらに意識が奪われてしまいます。
心のどこかで、何か見逃していないか、という気持ちが消えないのです。

Facebook の投稿にコメントついたかな?
メールの返信はまだだろうか?
昨日のバスケの結果は?
今日のセール品に掘り出し物はあるかな?

 iPhone のせいで不幸になった、と言うつもりはありませんし、今後も使い続けるでしょう。
それでも、たった数日とはいえ、落ち着いて何かに集中できたのは、素晴らしい経験だったことは間違いありません。 


Take action

私は、パソコンでメールをチェックするのは1日1回と決めています。
しかし、日中もついiPhoneからメールを見てしまうのです。

そういう場合、試しにスマートフォンのメールの同期設定を変更し、例えば朝9時と夜9時と決めて、12時間ごとに手動でチェックするようにしてみて下さい。
急ぎの連絡がその間どれくらいあると思いますか?
そうして様子を見るうちに、次第に頻度が減り、ネットを開くのはおそらく1日1回になることでしょう。

2016年5月18日水曜日

「笑顔を届ける」という欺瞞

『漁港の肉子ちゃん』を読みました。
じわりと沁みてくる作品でした。
あとがきには、石巻市がモデルになっている、と書いてありました。
物語を書き始めたあとで、たぶん書き終えて発表していない内に、震災があったそうです。
あとがきの最後は、こう終わっていました。

 こんなに愛している作品を、私以外の誰かが読むこと、奇跡みたいなそのことを、知っていた「つもり」にならないで、私は誰かがページを繰る瞬間を、考えようと思います。
 あなたが、「漁港の肉子ちゃん」を読んでくださった、ということを、私はずっと、考えようと思います。 

この文章に感動しました。
小説の向こうには、登場人物たちがいて、その向こうには、モデルとなった実在の人物やインスピレーションとなったモノや景色や記憶がある。
それが作者を通過することで形になり、それを誰かが読む。
読んだ誰かにも何かが入っていく。
どういう形になって入っていくか、何を感じるかは、読み手の性質によって、あるいは同じ読み手でもその時々の環境や状況によって違う。
さらにその、誰かが読むこということについて、作者が思いをめぐらす。



土曜に、熊本でライブをやりました。
何人かと話をしました。
地震からちょうど一か月。
ちょっとした言葉の中にも、不安のような、楽ではない感情が、やはり見えました。
そこで、演奏したんですよね。
ライブ後に話して、いろんな声を聞きました。
僕にとっても、とても貴重で(誤解を恐れずに言えば)感動的な体験でした。

そういうことを、例えば「音楽で笑顔を届けられて良かった!」なんて軽々しい言葉でまとめてしまう人がいる。
僕は、そういう人が嫌いです。
そんな単純で表面的で画一的なことじゃないはず。
それは、考えることの放棄。
美辞麗句で結論づけた時点で、そこから先を想像することが放棄される。
もっともっと、それぞれの感情は複雑なはずなのに、いくら演奏を喜んでくれたからって、その笑顔の奥の一人一人の心に意識を向けることをせず、「いいことしたぜ!」って単純に乱暴にひとまとめにして終わらせてしまえる人が、信じられない。

届けて終わりじゃない。
「届ける」なんて一方通行な言葉は使うべきじゃない。
終わらないはずでしょ。
そこで出会った人達の感情は、ずーっと消えずに自分の中に残るはずでしょ。

なんて薄情で、かわいそうな人だろう。
きっと、他人の気持ちを想像することを知らずに、そこから得る深い感動を知らずに、一生を終えるんだろうな。
だからいつも孤独で、寂しくて自信がなくて、不安でどこか緊張していて。
そういう人は、きっと『漁港の肉子ちゃん』の良さはわからないんだろうな。
かわいそうだな。

(※小説の内容自体は、震災とは無関係です。念のため。)

2016年5月17日火曜日

福岡で髪を切ろう!

コロリダス九州ツアー最終日、福岡で髪を切りました。
行きたい美容室があったんです。

昨年、ジム・クエスキン・バンドのツアーで福岡に行った時、諸々全般を担当してくれたお店です。
ライブ後は大勢のスタッフと一緒に全体打ち上げをやって、その後も数人で夜中まで飲んで。
お店のオーナー夫妻の広子さんが音楽好きで、いろんな話をしました。
そしたら、なんとジョナサン・リッチマンの大ファンだというんです。
決してメジャーではないミュージシャンだし、美容師の口からジョナサンの名前が出たのには驚きました。
それも、ちょっといいな〜どころじゃなくて、ジョナサンの顔をデザインしたセーターを特注してしまう程です。
見て下さいコレ!

お店の写真を見たらものすごくかっこいいし、それからもFaceBook上で近況を見てると、どうやら普通の美容室ではない。
新人歓迎会にマニアックなミュージシャンを呼んだり、スタッフに向けて異業種の人物の講演会(?)を開いたり。
いつかまた福岡に行く機会があったら必ず店に行こうと心に誓っていました。


コロリダスで福岡行きが決まった時は、よし!と思いましたね。
前日のライブは熊本で夜中に福岡に移動したのですが、これがもし熊本に泊まるなら、翌日は僕だけ先に電車で福岡に向かう気でいたくらいです。
広子さんに連絡してカットの予約を取り、その頃に髪が伸びて切りどきになるようにして、楽しみにしてました。

行ってみると、外観からしてかっこいい!
ワクワクします。

中に入ると、けっこう広くてスタッフも多い。
一階は他のお客さんもいたので写真は遠慮しましたが、壁や小物までこだわりまくっています。

二階も
マニアックな蔵書たち
二階では子供がのびのびと遊んでいました


僕のカットは、昨年のジムのライブでもスタイリングしてもらったキドミさんが担当してくれました。
急がず、時間をかけて切ってくれます。
いちおうイメージ写真は用意していったんですが、細かい指定はせず、基本的にお任せです。
普段よりもだいぶ短くしたので、どうなるか分からなかったし、少しくらい変になってもいいや帽子かぶれば、くらいの気持ちでいたんですよ。
しかし!そんな心配は全く無用でした!
髪のクセなども見て、すごく似合う髪型に仕上げてくれました。
シャンプーも丁寧で、すごく気持ちいい。
セットの仕方もしっかり教えてくれる。
大変満足です!


ひとつ、キドミさんと話してて驚いたことがありました。
前日の熊本でのライブの話になり、会場はPAVAOってお店で〜って言うと、「えっ!」てハサミが止まって。
なんと、お姉さんが会場にいた、って言うんですよ!
送られた写真をスマホで見せてくれたら、僕がサックスを吹いてる姿が映っていました。

ライブ後、最後まで残って話していた女性です。
地震のことも聞いたし、なりよりPAVAOが好きで、それが福岡から熊本に移った理由の一つでもある、と。
実際、すごくいいお店なんですよ。
前日のライブは、地震以来はじめての夜営業でもあり、久しぶりに常連のお客さん達も集まり、ちょうど地震から丸1ヶ月の日で、スペシャルなものでした。
ライブ後に、地震の経験や色んな思いを話してくれた人たちのことも蘇ってきます。
しかし、そんな偶然があるなんて。
感動しました。


カットが終わって帰り際、さっきよりは混雑も収まり、去年会った他のスタッフもやってきて挨拶を交わしました。
本当にいいお店だなーと思いましたね。
長く勤めるスタッフが多いというのも分かります。

カットの内容ももちろん、このグッド・ヴァイヴ。
福岡のミュージシャンやヒップなお店との交流も多いようだし、福岡に来たら寄る、という人もいるそうです。
僕も、その一人になるでしょう。
みなさんも、福岡に来たら是非ビーハイブへ!

2016年5月13日金曜日

音が悪いライブハウスって、どうよ?

昨晩は、渋谷のWWWというライブハウスに行きました。
出演は、Hey Tanaka、鎮座DOPENESS、Alfred Beach Sandal。
Alfred Beach Sandal(「ビーサン」と呼ぶそうなので、以下それで)は、アルバムは愛聴してたけど、ライブは初めて。
他の2組は、全く初めてです。

どのバンドも、良かったと思います。
いいイベントだったと思います。
ただ、良かった最高!とは言い切れない。
なぜかというと、音環境が悪かったから。
悪かった、というのは言い過ぎかな。
たぶん、音づくり自体はちゃんとしてた。
でも、全体的に音が響きすぎてエコーがかかったようになってる。
会場の、構造上の問題だと思います。
壁がコンクリ打ちっぱなしみたいな作りだから、音が跳ね返って響いてしまう。
うーん、なんか改善した方がいいと思うけどなー。
だって、どんな音づくりをしても、結局モヤモヤしてよく聞き取れなくなってしまうんだから。

特に昨日のバンドは、可哀想だった。
Hey Tanaka は、ベース、ギター、ドラムに加えて、サックスが3人います。
その絡みが聞きたいのに、お風呂で吹いてるみたいに響きまくって音が混じり合って、それぞれのフレーズがほとんど聞き取れない。
ギターもそう。
せっかくの面白そうなバンドが、ただ音の塊が聞こえてくるだけ、という感じになってしまっていました。
良さが伝わらない。
もったいない。

鎮座DOPENESSは、ラップです。
それなのに、言葉が聞き取れない。
もちろん、全体的には聞こえるんですが、全部じゃなくて、そうすると細部を聞き取ろうとすることに意識を使うので、自然に音が届いてくる状態にはならない。
何を言ってるか判別不能なラップという、微妙すぎることになってました。

ビーサンは、まだマシです。
トリオだから、そんなに音が混じり合うことはない。
でも、やっぱり歌詞は聞き取れない。
それに、明らかにものすごいグルーヴィーな演奏が繰り広げられてるのに、ベースやドラムの音の輪郭がぼやけてる。
特にドラムは、もっとハッキリ聞きたかった。
とても残念。


せっかくいい演奏しても、それが伝わらない環境って、どうなの?
最初から、最高のライブにはならない、って決まってるんですよ?
ライブハウスなのに、それはダメなんじゃないの?

WWWみたいに音が響くというのは特殊な例ですが、他のライブハウスでも歌詞が聞き取れないことは多いです。
それ、どうなのよ?
しかも、たいていの場合は、ライブハウス側ではなくて、PAの音づくりの問題だったりするんです。
歌モノで歌詞が聞き取れないように、わざわざ調整するわけですよ。
音楽を何だと思ってるのかな。
低音ガンガン出して音量上げときゃいいでしょ、みたいな発想。
ただ肉体的な刺激が欲しいなら、音楽じゃなくても何でもいいじゃん。
ミュージシャンに対して失礼だよ。
そんなだから、お客が離れていくんだよ。


て、ずーっと思い続けています。

僕はもうWWWには行かないでしょう。

2016年5月12日木曜日

古くて小さな店がいい

ダウンベストを、クリーニングに出そうと思ったんです。
でも、もしかしたら安くないかもしれない。
革モノのクリーニングとか、何千円もかかるじゃないですか。
ダウンも、普通の服とは違いますからね。

ネットで調べてみると、商品によっても、そして店によっても値段が違うらしい。
で、何軒かある近所のクリーニング屋でそれぞれ見積もりしてもらうことにしました。
まず駅前のチェーン店に行きました。
そしたら、モノを見る前に1200円です、と言われて。
ああ、そんな値段なら全然OKだな、と思って。
でも、いちおう他の店にも聞いてみようと、また考えます、って言って、出ようとしたら、「ハァ」って鼻で笑われて。

その店員の態度に、ちょっと驚いたし、正直、不快になりました。
今後この店には頼まない、と思いました。
実は、いつも出してるクリーニング屋が他にあって、値段に大差なければそっちに出そうと、最初から考えてたんですけれど。
それじゃなくても、何か機会があったとしてもこの店には出さない、と、思ってしまいました。

で、気分をリセットがてら近くの老夫婦のやってるパン屋に行って食パンを買ったら、かりんとうを一袋おまけしてくれた。
それでいい気分になったところで、いつものクリーニング屋に行きました。
おばあさんが一人でやっている、いかにも古そうな店です。
相変わらず座ってボーっとテレビを見てたのが、僕が入っていくとのんびり立ち上がって、ダウンを広げて確認して、1000円だと言うので、そのまま預けました。
仮に、さっきの店より少しくらい高かったとしても、お願いしたと思います。


家に帰ってしばらくすると、ドアをノックする音がしました。
出てみると、人の良さそうなおじさんが笑顔で立ってる。
植木屋だと言います。
ウチは借家で小さな庭があって、もみじの木が植えてあるんですが、だいぶ伸びてるから手入れしませんか、と。
丁重にお断りしました。
庭木の手入れなんて、そんなの全く考えてもいなかったし、そもそも自分の持ち家じゃないし。

でも、おじさんが帰った後で、考えました。
これが自分ちで、いろいろ余裕があったら、こういう機会に庭木を整えてもらってもいいな、と。
だって、おじさんが良い人そうだったから。
なんか、あの人に何かお願いしたいな、と思ったんですよね。


お店を選んだりモノを買うのって、値段だけじゃないんですよ。
そこでサービスを受けることで、いい気分になれるかどうか。
もちろん、モノ(あるいはサービス)の対価としてお金を払うわけで、それは表面的にはモノとお金の交換です。
でも僕にとって、それはそんな即物的な行為じゃなくて、気持ちの部分が大きいんです。

そうすると、大手チェーン店より、個人のお店がいい。
いつも同じ人がいて、顔見知りになって、それが近所の店ならたまに道でバッタリ出会うこともあってりして。
特に古いお店だと、おじいさんやおばあさんがやってて、そこに行くだけで、なんだかいい気分になれます。

なんというか、顔が見える。
その人が見えるんですよね。
その人に、お金を払いたい。
その店がなくなったら、その人に会えなくなったら、寂しい。
ただモノを買いに行くんじゃなくて、お互いの持ち物(商品/お金)の交換を通じて、気持ちも近づくこと。
大袈裟に言えば、心の交感なんですよ。


同業の店がいくつかあれば、たいてい古くて小さい店を選びます。
大手のクリーニング屋の方が汚れが落ちそう、なんて言う人もいるかもしれません。
定食屋だったら、古い店は汚そう、とか。
そんなこと、大した問題じゃありません。
僕にとっては、そこにいる人の中身が感じられる方が、大事なんです。
モノを買うためだけにお金を払うなんて、逆にもったいないと思ってしまう。
同じお金を使うんだったら、それで「モノ」だけじゃなく「いい気分」も買える方が得じゃないか。


ということを、考えた午後でした。

2016年5月10日火曜日

Jonathan Richman

しばらく前にお茶の水のレンタル屋JANISに行った時のこと。
CDを探してフロアを歩いてたら、すごいカッコいい音楽が流れ始めたんです。
シンプルで呪術的なサウンドと、淡々と歌う男性ボーカル。
その組み合わせがあまりに最高で、思わず店員に聞きました。
「コレ誰ですか?」
「ジョナサン・リッチマンです」
「!!!」

大好きなミュージシャンなんです。
いや本当に。
ずいぶん前に出た『Rhythm & Pencil』という雑誌のジョナサン特集も持ってたし、ジョナサンが出てるという理由で映画「メリーに首ったけ」も見たくらい。
しばらく聞いてなかったので、不覚にも思いつきませんでした。

よく聞けば、確かにジョナサンの声です。
女性コーラスも、代表曲のひとつ"That Summer Feeling"を思わせるし。
それにしても、知らずに反応した曲が、大好きなミュージシャンだったとは!
やっぱり自分ジョナサン・リッチマンが好きなんだなーと思って嬉しかったです。
もちろんレンタルしましたよ!


ジョナサン・リッチマン。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに憧れて組んだバンド、モダン・ラヴァーズでデビュー(後年、ズバリ"Velvet Underground"という曲も書いてます。名曲です。)。
パンクの元祖とも言われています。
といっても、モダン・ラヴァーズの音は全くパンクではありません。
パンク・シーンでリスペクトされているから、という理由でしょう。
代表曲"Road Runner"は、ピストルズやジョーン・ジェットにもカバーされていますしね。

"Road Rnnner"の入っている1stはまだしも、2nd『Rock 'n' Roll with the Modern Loversは、最早パンクとは対極のユルユル・サウンド。
ジャケからして、パンク色ゼロです。

ふざけてるのか真面目なのか、というくらい。
このアルバムからは、「エジプシャン・レゲエ」というヒット曲が生まれています。
音も最高ですが、この映像も最高すぎる!
レゲエやエジプト音楽を追求してる人なら激怒するんじゃないかと心配になるほどの、ユルさ、というか適当さ。
この適当さが好きかどうかが、分かれ目ですね。
真面目すぎるリスナーには、ジョナサン・リッチマンはちっともアピールしないでしょう。


そう、このユルさが、ジョナサンの魅力なんです。
歌もギターも、もちろんちゃんと演奏してるんだけど、どこか間の抜けた感じがある。
こういう個性は、狙って出せるものではない。
バンドのサウンドがどうだろうと、生来のものであるジョナサンの個性は揺るがない。
カントリー・アルバムも作っていますが、バンドの音は正統派なのに歌の存在感だけで「ジョナサン・リッチマン」になってしまう。

曲はシンプルでキャッチー。
変わったコードや凝った構成はありません。
アメリカン・ポピュラー・ミュージックの伝統の中から「気持ちいい」要素だけを集めて作ったような。
ビートルズ以前の職業作曲家の時代、ティン・パン・アレイ/ ブリル・ビルディングの楽曲のような手触りです。
バカラックよりは、リーバー&ストーラーの感じ。
あるいは初期のモータウンとか。
まるで鼻歌で作ってるようなナチュラルさがあります。

代表曲として、"Road Runner" "Egyptian Reggae"と並んで知られているのは、『Jonathan Sings!』の一曲目、"That Summer Feeling"でしょう。
あの夏の感じ
理由もなく
何かに熱中して
恋に夢中になって
親友と呼び合うような
そんな気持ちが抑えられない
あの夏の感じは、いつまでも消え去ることはないだろう

冒頭だけ、意味を優先して訳してみました。
元の歌詩がとてもいいので、興味あれば是非「that summer feeling lyrics」で検索してチェックしてみてください。
この曲をお気に入りに挙げるミュージシャンも多いです。
甲本ヒロトはジョナサンの大ファンだと公言していて、ハイロウズで共演もしていますね。


ジョナサンの代表作を挙げるのは難しい。
アルバムの数も多い上に、
当たり外れがありません。
とにかく「ジョナサン・リッチマン」という個性自体が魅力なので、どのアルバムも「ジョナサン」でしかない。

個人的にその中でも好きなのは『Modern Lovers 88』。
バンドの音づくりがいい。
全く気負わない、自然体のロックン・ロール。
ロックの「うるさい」「激しい」というイメージは皆無です。
ドラムもギターも、とても暖かい。
誰も、怒鳴らない。
選曲のバランスも良く、アルバムとしてまとまりがあります。
最初に聞くなら、『Modern Lovers 88』はオススメだと思います。
ジョナサンの色んな魅力がバランス良く詰まったアルバムです。
"Dancin Late At Night"

もっと後の『I, Jonathan』あたりも、すっきり整理されたサウンドで聴きやすい。
"I Was Dancing in the Lesbian Bar "

『I'm So Confused』は、珍しくコンテンポラリーな音です。
これが、意外に普通にカッコイイんですよ!それでいてジョナサンぽさも失われていない。
カーズのリック・オケイセックのプロテュースが、素晴らしい。
"When I Dance"

変なロックが好きなら、"Egyptian Regae" の入っている『Rock 'n' Roll With The Modern Lovers』ですね。
間違いのないモンドなサウンド。
"Ice Cream Man"
この曲にトライアングルを入れるセンス!


そして新譜『Ishlode! Ishkode!』も素晴らしい!

このジャケ、もうどこまで本気なのか。
いや、そんなことは最早とっくに超越した地点に、この人はいるんだろう。

アコースティックでシンプルな音づくりはいつも通りですが、今作はロックン・ロール色が薄いです。
タム主体のドラム(?)がドンドコドンドコ鳴ってて、「民俗」「アフリカ」「呪術」とかいう形容詞が似合うような、ファンクとは違うファンキーさ。
雰囲気としては、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの、"All Tomorrow's Parties" みたいな怪しさもあります。
あらためて、ジョナサンがいかに影響を受けているか分かった気がします。
あの歌い方はルー・リードとも言えるし、ドラムの感じはモーリン・タッカーみたいだし。

いつものジョナサンの魅力はそのままに、今までとひと味違ったアルバムです。
どんな音楽的要素を取り入れてもジョナサン・サウンドになってしまう凄さが、堪能できます。
ファンキーでカッコいいですよ!


やはり、ジョナサン・リッチマンは唯一無二の存在。
大好きです!