2016年6月30日木曜日

ラテン・ブラジル音楽に明日はあるのか

昨日はショーロの集まりに行ってきました。
で、お店に残って飲む中で、ブラジル音楽は衰退気味なんじゃないか、という話が出ました。
僕はブラジル音楽の動向については分からないけど、衰退しても仕方ないと思います。
だって、ブラジル音楽、そしてラテン音楽って、閉鎖的なんですよ。

僕が主に聞いてきたアメリカ音楽は、とてもオープンです。
ほとんどの国民が移民であるわけで、アメリカ音楽自体が、色んな国の音楽のミックスで成り立っています。
だから、アメリカ音楽をやっていれば、自然とそれ以外の国やジャンルの音楽を聴くようになります。
アメリカの特定のジャンルのものしか聞かない、って人ももちろんいるけど、割合としては、他の音楽に垣根なく手を伸ばす人の方が多いと思います。

対して、ラテン・ブラジル音楽では、それしか聞かない人が多い。
ミュージシャンであっても、です。
視野が狭いと思います。
視野が狭いと、その輪の中だけで通用する言語でコミュニケーションすることになります。
だから、違うバックグラウンドを持つ人間が気軽に入っていくことができない。
それは、会話も、演奏でもそうです。

実際、コロリダスやっててラテン界隈に顔を出しても、ものすごく壁を感じます。
決して、排他的ってわけじゃないんですが、そこに馴染むには、まず一定量の知識が必要なんですよ。
会話はラテン・ブラジル業界の単語のみで構成されるし、演奏するにも、リズム名や定型パターンを知らないといけない。
それを知らない僕のような人間に対しての歩み寄りは、ありません。
優しさがないんです。

「セッション」という言葉があります。
いろんなミュージシャンが集まって、打ち合わせなしに演奏する、というものです。
いままで僕が思っていた「セッション」は、集まった相手の出す音を聴いて、それに反応して音を出して、という自由な作業でした。
でも、ラテン・ブラジル音楽では、そんな風にはいきません。
いや、もちろん音楽的なやり取りはあるんですが、前提として知識が必要なんです。
定型リズムやフレーズを使って演奏しないと、無視される。
こっちがラテン・ブラジルの文脈にない音を出しても、誰も反応しません。
というか、彼らはきっと、新しい音を聞くという経験をしていないので、耳に入らないんだと思います。
驚くのは、その文脈であれば素晴らしい演奏をするミュージシャンであっても、定型パターンから離れて、周りの演奏を聞いて自由に音を出すことができなかったりするんです。
とにかく、自然発生的な、縛りのない、人に触発されることで自分にとって新しい演奏ができる、という楽しさは、そこにはありません。

僕は、ラテンもブラジルも聞くし演奏したいと思います。
でも、そうした僕のようなミュージシャンを、オープンに歓迎してくれる場がない。
それでは、シーンが広がっていくことは難しいんじゃないかな。


さらに、いいライブを見る機会がない、ということも問題だと思います。
素晴らしい演奏に触れれば、そこから興味が広がっていきます。
でも、ラテン・ブラジル音楽のいいライブを、どこに行けば見れるのか分からない。
誰に聞いても、これ面白いよ!って勧めてくれる人はいません。
それどころか、いや~アナタにはどうかな~って、勧めるのを渋るんですよ。
たまに、ラテン・ブラジル界隈で新しいことやってます!面白いですよ!っていうバンドを聞いても、それはジャズ・フュージョンの人たちがやってる頭でっかちのもので、まあそれはそれでそういう音楽があっても全然いいんですが、僕がラテン・ブラジル音楽を聴いて感動するエモーショナルな要素は、その「新しさ」の中にはありません。
あるいは、習い事の発表会のような、形式的には正しくても、音楽的に魅力のないものだったり。
そういうライブでも、それなりにお客は来ています。
が、そのお客さん達は、他のジャンルの音楽のライブには行かない。
音楽の「中身」じゃなくて、「形式」を楽しんでるんですから。
外部の人間にとっては、そんな閉鎖的な場所に行っても何も楽しくありません。

閉鎖的で悪いわけじゃない。
例えばモダン・ジャズやクラシックみたいに、初心者お断りの音楽でも、圧倒的にその人口が多ければいいでしょう。
数があれば、その中から外にもアピールするくらい素晴らしい音楽が生まれる可能性も増えるし、どんどん人も集まってきます。
でも、ラテン・ブラジル音楽にそこまでのポピュラリティーはないのが現実なんだから、広がりようがないですよ。


反論、あると思います。
僕の意見が正しいと言いたいわけではありません。
ただ、同じように思う人間が、少なからずいるのは事実です。
そして、僕のような感覚を持った外部の人間には、ラテン・ブラジル音楽は閉鎖的であり、衰退していっても仕方ないと映る、ということです。 

その見える状況をどうするかは、人それぞれでしょう。
僕は、ラテン・ブラジル音楽が廃れても、気にしませんけどね。


2016年6月29日水曜日

『Goldwax Night with 麻田浩』



今度の土曜、Golden Wax Orchestra のライブです。
バイユーゲイトでの、ツーマン企画。
今回の共演者は、なんとバンドではありません。
あの伝説的「呼び屋」Tom's Cabin代表の、麻田浩氏です!!

麻田さんは、日本の音楽界における Living Legends の一人です。
独立プロモーターのパイオニア。
ヒットの有無やチャート順位などに日和ることなく、本当に良質な海外ミュージシャンをたくさん日本に連れてきています。
初期のトム・ウェイツやコステロ、エリック・アンダーソンにラモーンズ、そして、ジェイムズ・カー。
O.V.ライトの代打でオーティス・クレイが来日した時のライブも、麻田さんの手によるものです。
詳しくは、Tom's Cabin のHPを。
プロモーター業の他にも、SIONやピチカート・ファイヴを世に出し、自らも歌います。
もともとマイク真木と組んだモダン・フォーク・カルテットとしてデビューし、バンドで渡米していますからね。
あらためて、すごい経歴の持ち主です。

僕が麻田さんの存在を知ったのは、Tom's Cabinが主催した、ジェフ・マルダーの復帰ライブです。
ジェフが日本のファンに向けて書いた手紙を、麻田さんが訳してライブ会場で配り、ステージで挨拶もしたと記憶しています。
その時の手紙、いまは持ってないけど、感動的な内容だったな。 
歌を止めて裏方に回り、そしてまた歌う生活に戻った、その心が正直に語られていました。
若い頃、何度その手紙に勇気付けられたことか。
来日初日のスターパインズ・カフェで、ジェフは体調が悪く数曲で引っ込んでしまい、最終日に振り替えライブが行われました。
誠実で素晴らしいライブでした。
あれから何年経つだろうか。
こうやって、まさか麻田さんと一緒にライブをやる日が来るとは。
とても嬉しいです。


バイユーゲイトの10周年ライブでGWOを見た麻田さんが、いいね!俺もGoldwax好きなんだよ!こんど歌わせてよ!って、言うんですよ。
GWO見て、歌わせてよ!って言ってきたのは、麻田さんが初めてです。
だって、ギターとクラだけで、クラはずっと歌の替わりを務めてるんですよ?
そこに入って歌いたい、って、どういうものをイメージしてるんだろう?
全く謎ですが、僕の何倍も死ぬほど音楽を聞いてきた方なわけですから、何かあるんでしょう。
いや、ないかもな。
でも面白そうだな。

というわけで、一緒にやってみることになりました!
トーク&ライブ形式です。
「Goldwax Records」をテーマに、麻田さんが語ります。
そして、歌います。
バックは、GWO+1。
ウッドベースに、元ボガルサ、高円寺のリズム番長、イトウダイが加わるスペシャル編成です。
そして、われわれGWOのステージも、今回は Goldwax Recordsの曲しかやりません!
ゴールデン・ワックス・オーケストラって名前は、もちろんGoldwax Recordsからとってるんですが、実はあまりGoldwaxの曲を演奏してなかったんです。
今までやったのは4曲のみ。
なので、いい機会です。
新曲たっぷりで挑みます!

どうなるか自分でも想像つかない分、楽しみです!
麻田さんて、意外にソウル〜ブラック・ミュージックの印象がないと思うんですよ。
ロックというか、アメリカン・ルーツ・ミュージック寄りの活動が多いですからね。
だから、こうしてソウル・ミュージックをテーマに語ることって、あまりないはずです。
GWOも、最近のイケイケのライブとは一味違った内容になると思いますしね。
貴重な夜になるでしょう。
見逃せませんよ!

7月2日(土)
『Goldwax Night with 麻田浩』
出演:Golden Wax Orchestra / 麻田浩(Tom's Cabin)
開場 19:00 開演 20:00 料金 2000円(+要1drinkオーダー)


2016年6月28日火曜日

6/27(月)『ムードクラリネットの夜』




昨日は『ムードクラリネットの夜』でした。
ほぼ思いつきで決めたライブだったので、「これは面白い!」という気持ちと、「大丈夫だろうか?」という気持ちと、正直言って半々だったんです。
準備できた曲数も限られていたし、なんとか間に合わせた、という感じも、正直ありました。

結果、良かったんじゃないでしょうか!
いままで蓄積してきた奏法を全て注入し、この日のために新たな技も開発しました。
1時間半のステージで、時間も不足ない。
初回でこの内容なら、悪くないでしょう。
お客さんに助けられた部分も大きいですけどね。
歌謡曲に関しては、僕よりずっと詳しい方が多くて、逆に気負わずやれました。
悪くないお披露目ライブだったと思います。

今回は、準備にかなり労力をかけました。
もともと、歌謡曲なんてあまり聞いてこなかったし、ぜんぜん詳しくありません。
だから、ネタ集めに始まって、曲をピックアップしたあとも、その曲の成立過程や時代背景や、歌手についても調べました。
本も何冊も読みましたよ。
そして、ライブ前の数日間は、実際に曲を覚えることにかなりの時間を使い、鏡の前で片手吹きや横吹きなどの新技も練習しましたからね。
ひとつのライブのためにこんなに準備したのは、本当に久しぶりです。

ライブをやってみて思ったのは、やはりいい曲を吹くのは楽しい。
メロディを吹いてるだけでも楽しいし、それがギターと混じって響くと、さらに気持ちいい。
米内山さんのギターワークは絶品ですからね。
そうやって、演奏しながら、ああいい曲だなーと思えることは、他のライブでももちろんあります。
でも歌謡曲の場合は、歌詞や曲の情景も浮かんできて、それがまたいいんです。
一曲ごとにちゃんと勉強しておいてよかった。

いろいろ雑多な音楽をやってきたけど、これはまた新境地だと思います。
演奏も、そして見せ方も。
音楽だけでも、フィーリングだけでもない、ステージに立つ「演者」としての力量が問われます。
これは鍛えられるわー。
まだまだ可能性がある。
また、やります!


こんな曲をやりました。

・夜霧よ今夜もありがとう
・ブランデーグラス
・女を忘れろ
・新宿の女 
・星の流れに
・東京の屋根の下 
・おんな占い
・氷雨
・黄昏のビギン 
・夢芝居
・京都慕情 
・アカシアの雨
・時の流れに身をまかせ

酔狂な試みを見届けてくれた皆様、ありがとうございました!!


2016年6月26日日曜日

6/25(土)

月曜の『ムード・クラリネットの夜』に向けて、歌謡曲をさらっています。
いやー難しい!
一般的な曲と比べて、メロディーが歌詞とものすごく連動してるんですよ、たぶん。
だから、メロディーだけ取り出して考えてると、なかなか曲を把握できない。
例えば、歌詞のいわゆる字余りみたいな部分にメロディーが対応してたりします。
ほとんど同じメロディーでも、アタマや語尾に音が余計にくっついてる箇所があって、そこは毎回その音に合った歌詞がついてる。
そういうことが頻繁に起こるので、できるだけ頭の中で歌詞を歌いながら吹くようにしないと処理できない。

これが大変なんですよ!
だって、歌詞を覚えるんですよ!?
で、それを頭で歌いながら、同時に音も考えながら吹くんですよ!?
まあ、GWOのときも同じようにやってますが、サザンソウルはメロディーが曖昧なことが多いので、完璧に覚えなくてもいいんです。
一度覚えて練習しておいて、ライブでは無心に吹いて大丈夫。
でも歌謡曲は、メロディーありきです。
もちろん、メロディーをフェイクしたって成立するけど、それやっちゃったら、ジャズみたいでつまんない。
だから一生懸命覚えます。

慣れれば、もっと楽になるんでしょうけどね。
普段やらないことだから、とにかく疲れるんですよ。
昨日・今日で何時間ひたすらメロディーだけ吹いてたか、わからないくらい。
これは、もはや楽器の練習とは呼べないんじゃないか。
これ、クラリネット奏者として何か得るものあるのか。
とか、考え出したらやってられません。

面白いのは、石原裕次郎や小林旭とか、「役者」が歌ってる曲があって、歌い方が独特なんです。
ミュージシャンじゃないからか、リズムを感じてないんですよ、たぶん。
バンドの出すリズムと明らかに違うノリで歌ってる時がある。
だから、その歌のメロディーをクラリネットなぞろうとすると、どうにも体に馴染まない。
かと言って、綺麗な譜割りに置き換えてしまうと、面白くない。
解決法は、やっぱり歌詞を歌うしかありません。

ということをやっていて、思ったよりかなり大変で、苦労しています。
ライブはもう明後日です。
きっと面白いですよ。
見届けにきてください。
西荻窪の小料理HANAで、19:30からです。



夜は、町田謙介&片山広明のライブに行ってきました。
面白かった!
片山さん、なんて自由なんだろう。
(いろんな意味で)なかなか見れないだろうライブを堪能しました。
素晴らしいギターデュオ、MOTELの2人も、見に来てました。
好きなミュージシャンのライブに行ったら、好きなミュージシャンがそれを見に来てて、それがなんか嬉しかったです。

その後は、音楽仲間の山本さんと飲んで。
ライブに足を運ばなくなったらダメでしょ、とか、いろいろ話して。
疲れも吹き飛んだ、気がしてます。

2016年6月23日木曜日

月曜の夜は『ムード・クラリネット』!

「ムード・テナー」というジャンルがあります。
往年のヒット・ナンバーをテナー・サックスで吹く、インストものです。
有名なのは、サム・テイラーの「ハーレム・ノクターン」。


どこかで聞いたことあるでしょ?
こういうエロい吹き方で、歌謡曲や演歌を演奏するんですよ。
「ムード歌謡」って呼ばれるジャンルがあるじゃないですか。
高速のサービスエリアあたりに行くと、たくさん置いてあるやつ。
石川裕次郎とか、マヒナスターズとか。
しかもCDだけじゃなくてテープも。
それのインスト版、てことなんでしょうかね。

正直、僕もそこまで詳しくありません。
ある日、自分ならこれをクラリネットでやれるんじゃないか?と突然アイディアが浮かんだんです。
それで、ギターはあの人しかいない!と思って、哀愁歌謡バンド「ペーソス」の米内山さんに話してみたら、乗ってきて。
とりあえずライブをやってみることになりました。

GWOや、あるいはその真逆をいくニューオリンズ・デュオでも、僕はメロディのみで聞かせることを追求しているわけです。
表現の振り幅も、クラリネットの常識的な範囲はとっくに超えまくってるし。
実際、クラリネットでこんな音が出るなんて!と、はじめて見た人に言われることはしょっ中です。
僕の吹き方なら、きっと「ムード・クラリネット」として成立するはず!
クラリネットは上品な楽器だなんて、もう言わせない!

と、まあ何でもやってみないと分かりませんからね。
もし上手くいって今後も続くようなら、ムード歌謡について本格的に勉強を始めるつもりでいます。
ちょっと調べただけでも、膨大な名曲群が待ち受けていて、とても一朝一夕にはいかないだろうことは間違いない。
果たして、どうなるか。
まずは、やってみよう!

思いつきで、って書きましたが、僕の思いつきって、たいてい成功するんですよね。
いや本当に。
だから今回も、たぶん面白くなるはず!
会場は、西荻窪の小料理屋。
素敵なお店ですよ!
歴史的第一歩を見届けてくれる方、お待ちしております!


『ムード・クラリネットの夜』
7月27日(月)
西荻窪 小料理HANA
クラリネット: ゴールデン近藤
ギター: 米内山尚人
18:00開場 19:30開演
¥2000(飲食代別)

6/22(水)

本日、ついにソロ・キャリアをスタートしてしまいました!
ソロって、1人です。
コード楽器なしの、クラリネットだけ。

海外のテレビか何かの撮影にストリート・ミュージシャンとして出てくれ、って言われて、楽器持って出かけて行ったんです。
現場に行ったらウクレレ弾いてる人がいるから、この人とやるのかと思ったら、彼とは別の場所で1人で適当に吹いて、って言う。
何組かが演奏してる設定らしい。
仕方ないから、「アカペラ」で演奏しました。

GWOの経験が役立ちましたね。
あのユニットでは僕は「歌手」役です。
「歌手」がアカペラで歌うことは、芸として成立します。
実際、アメリカでは路上演奏として1人で歌ってる人を各地で見ましたし。
とりあえず、GWOのレパートリーの中から、メロディのしっかりした曲を選んで演奏しました。
ちょうどムード・クラリネットのライブに向けて練習している、昭和歌謡も織り交ぜながら。
「星の流れに」とか「東京の屋根の下」とか。
「氷雨」もやってみたけど、さすがに演歌ぽくて浮いちゃう気がしましたね。

これ、成立するんじゃないかな?
このままでもいけそうだし、足を鳴らしてリズム取ればいい線いくと思う。
今日は公園の管理人(?)に怒られないように小さな音で吹きましたが、機会あれば全開でちゃんとやってみたいな。
いままで何度か、1人でやってみたら?って言われたことあるんですよ。
こんど誘われたら挑戦してみよう。
それこそストリートもいいかもしれない。

しかし、着実にエキセントリックな方向に進んでるな。
もはや、いわゆる普通のクラリネット演奏って、ほとんどやってない。
やりたいんだけどな。
まあ、そのうちまた、やるでしょう。
そういう時のために、ちゃんと普通の練習もしておかないと。

ちなみに、今日の撮影は、リアルタイムでフランスの何かのフェスティバルのスクリーンで流されていたそうです。
最後には他のストリート・ミュージシャン(の役のミュージシャン)とセッションもして、その映像が流れてる海の向こうの会場でもたいぶ盛り上がっていたらしいけど、うーん、不思議な気がしました。
この映像、けっきょく他にも何かに使われるのかな。
別になんでもいいけどね。 

なんでも、やりますよ!

2016年6月22日水曜日

『女を忘れろ』

『女を忘れろ』を見ました。

1959年の日活映画。
主演、小林旭。
ヒロインに浅丘ルリ子と、南田洋子。
不良だけど男気のある主人公に女性が惹かれ、しかし男は行かなくてはならない、というパターンのお話。


いやーびっくりした!
こんなに面白いと思わなかった!
軽い気持ちで見はじめたら、これ、名画じゃないですか。

モノクロの、古い映画です。
いわゆる撮影所システムで、セット組んで照明当ててカメラが移動して〜みたいなやつ。
役者の演技も独特だし、「リアリティ」が当たり前の現代の映画とは全く別物です。
ストーリーも、その気になれば突っ込みどころ満載。
でも、この映画を見ながら突っ込み入れる人はいないでしょう。
だって、問答無用でその世界に引き込まれてしまうから。

脚本で人物を掘り下げる、とか、人間の苦悩を映像で表現、とかいう世界じゃない。
深さより、ムード。
見終わって、考え込むことはないけど、確かに感情は揺さぶられてる。
なんか、全部がムードというか感情というかを表すために構築されてるような。
とにかく雰囲気満点です。

映像がまたいちいちかっこいい。
いくつも印象に残ってる「絵」があります。
そう、「絵」みたいなんですよ。
構図がいいし、モノクロだから影のつけ方もすごく美しい。
同じ画面内で、ライトの当たる場所と影の場所との使い方とか、演出のセンスも素晴らしい。
音楽もいいです。
あんまりメロディが残ったりはしないんだけど、ふっとサックスのフレーズがシーンに合わせて浮かび上がってきたりする。

印象的なシーンがたくさんあります。
ラストシーンも素敵だけど、小林旭と浅丘ルリ子が「接吻」する場面には震えました。
音楽と、照明と、そしてまた音楽の演出。
ちなみに、僕はこの「接吻」シーンで、カウリスマキの『ル・アーブルの靴磨き』の、リトル・ボブに会いに酒場に行って突然スポットライト(?)が当たる名場面を思い出しました。

どのシーンも、こちらの予想を裏切ることはない。
お約束、と言ってもいい。
でも、感動します。
映画自体が、リアリティを考えず、別世界として作られてるからこそ、お約束のシーンが美しいものになるんでしょう。
こういうシーンを今の映画で撮るのは、無理なんじゃないかな。

ヒロインのふたりが、美しい。
やっぱり、現代の女優とは別の美しさがあります。
町中にはいないだろう、「スター」。
南田洋子は、いわゆる美人ですね。
この時代では、圧倒的に垢抜けた顔だったんじゃないでしょうか。
浅丘ルリ子、若い頃の姿って実は初めてみたんですが、綺麗ですね。
決して、西洋顏、モデル顏ではない。
でも、なんだか惹きつけられる美しさ。
何歳になっても、そして年を重ねてどんどん美しくなっていく、というタイプでしょうか。
そういう人は、決して多くないと思います。

小林旭は、今の感覚からすると決してハンサムではない。
どこか韓流アイドルみたいな顔立ちですね。
でも、「スター」感があるんですよねー。
そして、ラストシーンの表情!
現代の俳優のリアルで切実な演技とは違って、「型」なんですが、これがいいんですよ!
グッときます。
こんなの見たら、そりゃあ好きになっちゃいますよ。
そこからラストまでのベタな演出の流れが、ジーンと心に残ります。

こうやって書いてみると、ベタな映画であって、深く心が動くはずじゃないのに、こんなに感動するのはなんでなんだろう?
僕が、映画も含めた昔のアメリカ文化が好きなことも、あるかもしれない。
性格的に、理屈より、説明できない感情の方に惹かれるタイプだからだろうか。


もともと、この曲の主題歌が好きだったんです。
初めて聞いたのは、ヒカシューの巻上公一バージョンでした。
2ndソロ・アルバム『殺しのブルース』に収められています。
(このアルバムは、何度聞いてもスーパー最高です。ジョン・ゾーンをはじめNYの先鋭ミュージシャン、灰野敬二、ホッピー神山といったメンツが参加し、昭和の歌謡曲をカバーーしています。僕の心の一枚。なかなか売ってないけど、見つけたら絶対買うべきです。買って気に入らなければ、僕が引き取りますよ!)

で、来週「ムード・クラリネット」のライブでこの曲をやろうと思って、どうせなら映画も見とこう、と思って、何の期待もなしに見たんです。
そしたらこの有様。
いやーまいった。
もう勢いでブログ書いちゃってるくらい。

昔の映画って、いいですね。
もっと見ようと思います。


2016年6月19日日曜日

6/19(日)

日記ふうに書くことを始めてみます。
タイトルに日付けの入ったものは、このスタイルということで。


6/18(土)

マヌーシュ・ジャズの人とセッションしました。
飲みながらですけど。
いろんな音楽があるなーと改めて思いました。
ギターの弾き方が違うらしい。
僕はギター弾かないのでわかんないけど、確かに違う。
リズムの取り方というか、感じ方が独特です。
それに伴って、弾き方も違うらしい。

まあ、管楽器は、奏法が全く変わることはないと思います。
僕も、その場で鳴ってるリズムを聞いて合わせて、それなりに成立はしましたし。
そう考えると、クラリネットって柔軟な楽器です。

最近、「クラリネット・プレイヤー」として演奏する機会が少なかった気がします。
やっぱり、いろんな人と合わせるのは楽しいですね。
もっと、演奏者・ミュージシャンとしてまたスキルを磨き直さないと。
うん、そうしよう。


6/19(日)

西山正規と上村秀右のツーマン・ライブへ。
最高のふたりの組み合わせ。
素晴らしい。

魂のこもってない音は、ない。
こんな風にして死ぬ気で演奏するミュージシャンは、多くありません。
ふたりとも、ギターの音色からして、尋常ではない。
音楽的にも、ハイレベル。
いろんなミュージシャンみてるけど、このまで突き抜けられる人は、本当に少ないです。

ライブ後に、秀さんが言う。
気持ち・心・魂、みたいなものが聞こえてくる音楽にしか、興味ない。
僕も、そう思います。
ずっとそう思ってきたけど、実際にこんな素晴らしい演奏を体験した後で、あらためてその通りだと思いました。

なめらかなフレーズは嘘だ。
一音一音に気持ちを込めてたら、なめらかに演奏できるはずがない。
そんな風に音楽と向き合っている人がいて、その人の前で、さて自分はどうだろう、と思わずにいられません。


そういえば、たまに思い出すことがあります。
そこそこ名の知れたバンドのフロントマンと、もうひとりジャズ系のベーシストと話していた時。
彼らが、音楽以外の仕事なんてやりたくないよね、って言う。
僕は、違和感がありました。
そりゃあ、音楽で儲かればそれに越したことはない。
でも、それが目的になってしまったら、違うんじゃないの?

今日ライブを見たふたりは、音楽ですごく儲かってるわけじゃない。
でも、いつでも最高の音しか出さない。
それ以外に、何があるの?
その演奏でいくら稼いだか、なんて、関係ないでしょ。

例えば、ここのところGoldwax音源を聞いてるんですが、James Carr は歌で生計を立てることはできなかったけど、最高の歌手の一人であることに間違いない。
名声と音楽の内容が比例するとは限らない。
音楽の歴史の中で、そんなの普通のこと。
貧乏で昼の仕事もしていたミュージシャンが吹き込んだ音で感動した経験が、もし音楽ファンであるなら、あるはず。
それを思ったら、先の例の二人のような発言はできないんじゃないかな。


もうひとつ。
西山さんがMCで言ってた。
醜いアヒルの子は、実は美しい白鳥だったことでハッピーエンドになる。
それは違う、って。
アヒルのままでいいじゃん。
それを受け入れようと悩んで、乗り越えて、自分で自分を好きになれれば幸せになれるはず。
美しくなったから、金持ちになったから、地位を得たからハッピー、って、確かにそんなのウソすぎる。

そんなウソや見栄や肩書きやなめらかなフレーズに汚されていない、素敵なライブでした。

しかし、こういう風に思う自分は、「ミュージシャン」ではないんだろうな。
そんな自分が好きです。

2016年6月17日金曜日

N.O.生活15 - GIG

ライブのことを英語では "Gig" と言います。
だんだん、自分のバンド以外でもクラリネットでギグに呼ばれるようになり、大学の用事がなければ、けっこうな頻度で町へ出て演奏するようになりました。
とにかく、古いジャズの需要があるんですよ。
おかげでだいぶ場数を踏んで鍛えられました。

日本と違って、求められるのは、音符の再現能力よりもトラブル処理能力です。
基本的に、どのギグも、リハなんてありません。
ぶっつけ本番です。
マイクを使う店でも、サウンド・チェックすらやりません。
ライブ・ハウス「ティピティナ」でも、ジャズ・クラブの老舗「スナッグ・ハーバー」でもそうでした。
ジャズ・フェスの野外ステージもぶっつけだったし、それが普通なんでしょう。

これ、ニューオリンズだけかと思ったら、そうでもない。
ニューヨークで2週間くらい演奏したことがあったんです。
その時も、小さい飲み屋ではもちろん、フェスの大きなステージでもサウンド・チェックをした記憶はありません。
もちろん、時にはステージで音が聞こえづらいこともあるけど、なんとかなります。
そう、なんとかなるものなんですよ。


ギグ自体が、そもそも適当ですからね。
日程を決めたあとから、スケジュールの空いてるミュージシャンを寄せ集めることも普通です。
なので、ステージで初めて顔を合わせるミュージシャンも多い。
ロックしか叩いたことないドラマーがジャズのギグにやって来て、おかしなことになるようなケースもありました。

あるとき、ギャラリーでのパーティ演奏を頼まれました。
ギターとクラリネットのデュオでやってくれと。
その時ちょうど、カナダからベーシストの友達が遊びに来ていました。
で、二人でセッションしてる時に聞いてみたんですよ、ギターできる?って。
そしたら、バンジョーなら弾ける、って言う。
素晴らしいベーシストだから、信用して二人でやることにしました。
彼の旅費の足しになればいいな、と思って。
で、リハもせずに当日ぶっつけで演奏をはじめたら、ぜんぜん弾けないんですよ!
いや、少しは弾けるんですが、コードとかもうメチャクチャだし、リズムも揺れるし、かなり大変でした。
終わってから雇い主に、バンジョーは変えた方がいい、って言われちゃいましたからね。
まあそれでもちゃんとギャラくれたし、次もまた声をかけてくれたけど。
もちろん、その時はちゃんとしたギタリストとやりましたよ。

もうひとつ面白い話を。
マット・ロディという、トップ・ヴァイオリニストがいます。
ジャズ系の仕事はほとんど彼がやってるんじゃないか、っていうくらい引っ張りだこのミュージシャン。
で、ある日ギグに行ったら、メロディ楽器はマットと二人だ、って言われて。
ヴァイオリンとクラリネットか、と思ってたら、なんとマットがトランペットを持って現れたんです。
最近練習し始めたんだよ、って言う。
へー、どんな演奏するんだろう、と思って始まってみたら、全然ちゃんと吹けないんですよ!
ミュージシャンとしては一流だから、頭の中で音は鳴ってるはずです。
単純に、トランペットの音が出ない。 
本当に、素人みたいな感じなんです。
ヴァイオリンも持ってきてたので、けっきょくそっちを使って、トランペットはあまり出番がありませんでした。
でも、それからもいつも持ち歩いていて、機会があれば吹いていました。
あんまり上達したようには見えなかったですけどね。


万事が、そんな感じ。
とにかくユルいんです。
でもそれは、いいかげん、ていうのとは違う。
自由、と言った方が近い。
余計なプレッシャーがなくて、いつもみんなリラックスしてる。
もちろんお客さんもそうです。
ハプニングも含め、みんな音楽を「楽しむ」ために来てるんですよね。

そういう大らかな空気が、ニューオリンズ音楽を作り上げています。
ニューオリンズでライブを見るのは、すごく楽しい。
日本のライブなんて、音楽を楽しむとは程遠いものに思えてくる程です。


そうしたギグの適当さに加えて、僕には英語の問題がありました。
たいていのギグでは、セットリストなんてありません。
1曲終わるごとに、その場で次の曲を決めます。
誰かが曲名をあげて、何人かが知っていれば、すぐにカウントを取って演奏が始まります。
その曲を知らないメンバーがいてもお構いなしです。
で、ステージ上での会話ってものすごくブロークンで、聞き取りづらいんです。
曲が始まってみて、ああこれか、と思うことが多い。
英語力の問題なんですが、これだけは、4年経っても大変でした。
リズムやキメを教えてくれても聞き取れないから、演奏中にびっくりする展開があったりして大変なこともありました。
集中力が鍛えられましたね。


いろんな意味で、現場での対応力が身についたと思います。
これは、ニューオリンズで学べる技術のひとつでしょう。

2016年6月15日水曜日

今日のこと

喉が痛い。
風邪をひいてしまったのかもしれない。
他の症状はたいしてないけど、とりあえず医者に行って薬をもらってきて、今日は寝てました。

家にいても、やりたいことはあるんですよ。
でも、なんだかはかどらない。
集中できないし、そもそもやる気が失せてしまう。
ピアノに向かったり資料を整理したりは、どうにもできそうにない。
本を読むのも、続かない。
困った。
大して具合が悪いわけじゃないのに。

昼に薬を飲んで、夕方まで寝てしまった。
調子の悪いときって、びっくりするくらい寝れるもんですね。

それから、ブログを開いて、過去記事を修正しました。
そう、最近、昔書いたものを読み返してみたら、文章の下手さに驚いて。
書いてる内に話が逸れて、内容も整理されてないし、文章自体もおかしい。
まあ、そう思えるくらい、書くことに慣れたということなんでしょうけど。

いまこうして書いてるような、日々の記録ならいいんですよ。
でも、「記事」と呼べるような、あとからも読み返せるようなトピックも書いてるわけです。
"Bulletproof Musician" と "ニューオリンズ" と "Clarinet
 Resources" のカテゴリーなんかが、そうです。
特に翻訳については、初期のははっきり行って下手。
恥ずかしくなるくらいです。

なので、ちょこちょこ時間を見つけては、少しづつ修正しています。
"Bulletproof Musician" なんてけっこう数があるので大変です。
さっきは、 "ニューオリンズ" カテゴリーの記事をいくつか直しました。
そしたら、なんだか疲れてしまった。

それで、こうしてぼんやりとブログを書いています。
考えずに書くのも、たまにはいいですね。
昔と比べたら、ダラダラ書いてもちゃんと文章になってると思うし。
いやーなんでも、続けてると上達するもんです。
ブログ書いてたって、特に文章を研究したり工夫したりしてきたわけじゃないのに。
書くのが早くなったのは実感してましたが、文章自体も上手くなったと思う。

そうしてみると、楽器もたぶん上達してるんだろうな。
僕は過去の録音を保存していないから、比べることはできないけど、きっと上手くなってるんだと思う。
ということを思って、今日は楽器も休みます。
喉が痛い時に楽器を吹くと、治りが遅くなるんです。

昨日も、少し喉が気になるなーとは思ってたんです。
でもライブがあったので休めなかった。
吹きまくるような内容じゃなかったけど、それでも3ステージ休みなく吹いてたから、それなりに喉に負担がかかったのかもしれない。
今日は休もう。

よく、体調が悪い、と言うと、例えば「哲平くん、最近忙しかったからねー」とか、勝手に理由を推測してくる人っているじゃないですか。
そういうの、どうかなって思います。
喉が痛かったり熱が出たりしたら、もうしょうがないじゃないですか。
その原因を考えたところで、何も変わらない。
それに、忙しかったことが原因かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。
そんなの、解るわけないじゃん。
仮に解ったからといって、それでどうするの?
ヒマにしてれば、風邪ひかないの?

何かのせいにしたい、という責任転嫁の思考回路なんですよ。
そういう人って、病気に限らずなんでも、すぐに原因を見つけようとする。
あるいは、誰かの責任にしようとしたり。
現象は現象に過ぎないのに。
原因なんて考えたって、誰も幸せにならない、どころか、ネガティブな気持ちになる方が多いでしょ。

僕は、よく喉が痛くなります。
風邪も喉から始まるし。
だから、喉がずっと無事でいる方法があれば、知りたい。
いろいろ試したこともあるけど、これだ!という安心できるもにのは、今のところ出会えていません。
ボーカリストの中には、ものすごい気を使ってる人もいますよね。
朝晩といろんな方法で喉を温めたり、ツアーに出てもライブ以外ではほとんど喋らない人もいるみたいだし。
そこまでやるべきなのかなー。
でも面倒だなー。

と思い続けて、やっぱりたまに喉を痛めて休む、ということを、繰り返しています。
画期的な方法、募集中です。

2016年6月12日日曜日

今日のこと

UAのライブを見に行きました。
実は、ヒット曲を耳にしたことあるくらいで、ちゃんと聞いたことなかったんですよね。
新譜に合わせたライブで、そのアルバムは青柳拓次プロデュースだということで、楽しみにしてました。

歌はいいし、バンドのアレンジも面白い。
でも、ライブとしてはつまんなかった。
発表会みたいで。
オールスタンディングの会場には合わないと思いました。
別に視覚的な楽しみもないし、肝心の音がモヤモヤしてて、演奏を聞く楽しみも半減してしまっているし。
ディナーショー的な、コットンクラブやビルボード辺りでいい音で座って食事しながら楽しむなら、いいかもしれない。
途中でホールのドアから外に出たら、大勢が座って休んでました。

あと、アンコールって茶番だよなーって、いつも思います。
今日もそう。
会場の電気は消えたままだし、ミュージシャンの一人はステージに残ってる。
アンコールのコーナーがあるって、誰が見ても分かる。
でも、UAはなかなか出てこない。
やっと出てきたと思ったら、小芝居みたいなのが始まって、そこから4曲。
「第2部・アンコール」って感じ。
なんだかなー。

音楽自体は、たぶんいいんですよ。
音悪くて判別不能だったけど。
見せ方の問題です。
あのステージ内容に、あのライブ形式はミスマッチだと思いました。
残念です。


もっと半分以下の料金で、もっともっと感動するライブはたくさんあるのに。
熱狂的ファンで、「実物を見たい!」ってのじゃなければ、大きな会場のライブなんて行くもんじゃないな。

と、思いました。



やっと落ち着いた。
いま、泥のように疲れています。
泥のよう、って意味不明だけど、とにかく泥なんです。

というのも、
水木金 : 奄美遠征3日間 
土曜 : 午後リハ〜夜ライブ〜深夜ライブ(中野ー渋谷を自転車で移動)
今日 : 昼からレコーディング〜UAのライブを見に横浜へ。

さすがに疲れました。
で、思ったんですよ。
これだけ予定が詰まってると、なんだか変に充実してるような気になってしまう。
多忙な俺
できる俺
すごい俺
全部、錯覚です。
たまたま予定が重なっただけ。
いろいろ円滑に進めるために頭を使うし、疲れた身体を意思の力で無理やり集中させる作業との相乗効果で、錯覚してしまうんです。

この錯覚に惑わされてはいけない。
いい気になってもダメだし、そのあと数日のんびりするのもダメ。
終わったことはすぐに忘れて、何事もなかったように。
多忙でもヒマでも、それをいちいち気持ちや自己評価に反映させては、何事も続かない。

予定が重なれば、全力でこなす。
それで疲れたら、体力を回復させる。
予定がないときには、やりたいこと、溜まった作業に取り組む。
どれにも良い悪いはなくて、ただ状況に応じてその時々にできることをやるだけです。
そう考えると、ヒマということはないはず。
状況に頼ってるようではいけない。

と、明日からの自分に言い聞かせています。
さて、まずは休もう。

2016年6月10日金曜日

ここ数日のこと

コロリダスで奄美に行ってきました。
東京とは、さすがに気候が違う。
暑いです。
湿気もあります。
夏はもっとすごいらしい。

景色も、東京とはぜんぜん違う。
花や木々や建物。
森や、海もある。

「島」だからでしょうか。
町並みやひとびとが、いままで行った、少なくとも国内の場所とはなんだか違う。
異国情緒、と言ったらさすがに大げさかもしれないけど、とにかく独特です。
空気がゆったりしてて、のんびりしたくなる。
あまり観光的なことはしなかったけど、それでもまた行きたいと思わされました。



でも、旅行って行かないんですよね。
小さい頃の家族旅行はあるけど、自分では行かない。
音楽やってるからこうして各地に出かけるし、過去に海外に行ったのも、音楽抜きではあり得なかったと思います。
音楽がなければ、東京から出ないでしょう。

ツアーなどでどこかに行けば、もちろん楽しいですよ。
でも、そりゃ楽しいけど、東京にいたって楽しいし、やっぱり音楽をやるのがいちばん楽しいから、わざわざ出かけようとは思わないんです。

いわゆる「オン/オフ」みたいな、仕事と休みと、みたいな生活をしてこなかったのもあります。
時間があれば楽器を練習するし、常に音楽を聞いたり考えたりしていて、それを休むことはない。
実家を出て以来「休日」っていう概念がありません。
だから、気晴らしもストレス発散も遊びも必要ないんです。

奄美はすごく良かったけど、純粋に旅行としては、やっぱり行かないかもしれないな。
あえて音楽の時間を割いてまで出かけるって、少なくとも今のところは考えにくいですからね。
でもまた行きたいな。
演奏依頼、大歓迎です。


あと、飛行機を降りる時。
空港に着いて停止した途端、みんな急かされてるみたいにして席を立つじゃないですか。
我先にと荷物を下ろして出口に向かう。
あれ、すごく醜悪だな、といつも思ってるんですよ。
そんな隣の人を押しのけてまで急ぐ必要ないじゃん。
で、誰かが席から通路に出ようとしても、止まって列に入れてあげる人がいない。
だから、降りようとしたら、流れが切れるまで待つか、サッと割り込むしかない。

欧米ではあり得ないことです。
荷物は譲り合って助け合って笑いあって下ろすし、通路に出たい人がいれば、必ず待って列に入れてあげます。
つくづく、日本人て他人を思いやる心がないよなーって、まあ思うことが多いんですが、また思って少し暗い気分になりました。

奄美の人は、きっと違うんだろうな。
奄美いいな。



2016年6月6日月曜日

Eric Bibb

90年代後半、新世代ブルースマンが一斉にシーンに登場してきました。
ベン・ハーパー、ケブ・モ、コーリー・ハリス、ガイ・デイヴィス、アルヴィン・ヤング・ブラッドハート、等々。
そんな中で僕が断然好きなのが、エリック・ビブです。 

スウェーデン在住の黒人ミュージシャン。
実はキャリアも長く、70年代から活動しています。
ブルースの枠に分類されがちですが、音楽的にはフォークなどの要素も強く、「ブルース」のゴツゴツした感じや泥臭さは希薄です。
たぶん、黒人だからブルースに分類されてるんじゃないかな。
白人だったら、「ブルースの影響を受けたシンガー・ソング・ライター」だったんじゃないか。
と思わせる音楽性です。

シャウトもチョーキングもなし。
バンド編成の録音は少なくて、ほとんどがアコースティックの弾き語りに少し楽器を加えたくらいで、まあ地味です。
ストリング・バンド編成のアルバムも作ってます。
でも、そういう音楽的な形式とは別に、ジワリと迫ってくる、やはり「ブルース」と呼びたいような何かがある。
ゴスペルやスピリチュアルに近い感覚かもしれません。


よく比較されるのは、ケブ・モです。
確かに、「タジ・マハール・フォロワー」と呼ばれる音楽性には共通する部分もあるし、「黒っぽさ」の薄いことも似てる。
でも、受ける印象は全く違います。
ケブ・モが洗練されてるのに対して、僕にとって、エリック・ビブは「深い」。

告白すると、ケブ・モをいいと思ったこと、一度もないんですよね。
上質な、よくできた音楽だと思うけど、心に引っかからない。
ちなみに、ノラ・ジョーンズやハナレグミもそうです。
どれも本当にいい音楽だと思うけど、心から欲する音楽ではないんです。
うーん、説明が難しい。
たぶん、音楽的な話じゃないんですよね、これ。
同じ質感のミュージシャンを挙げるなら、ニーナ・シモンかな。
エリック・ビブの方が、ぜんぜん地味だけど。


曲も、地味です。
すごくシンプル。
例えば昔のブルース・マンやジャズ・マンが深く考えずに量産してただろう単純な曲たちにも、似てる。
でも、違う。
実は、ギターのリフや、単純だけど効果的なコード・チェンジまで、本当によく練り上げられている。
たぶん、「キャッチー」だとか「サビが弱い」みたいな考え方とは別のベクトルで、作曲してるんでしょう。
自分がインプットしてきた音楽から、身体から、心から湧いてきたものを、形にしている。
僕は、そんな印象を受けます。


個人的なお勧めは、『Good Stuff』(1997年)と『Just Like Love』(2000年)です。
『Good Stuff』は、エリック・ビブを第一線に押し上げた名盤。
ルーツ・ミュージック寄りのアコースティックな音作りで、オルガンやアコーディオンやコーラスの最小限のアレンジが素晴らしい。
ドラムが入る曲もあるけど、全くうるさくない。
どれか一枚、と言われたら、これでしょう。

"Good Stuff"

"Where The Green Grass Grows"


『Just Like Love』は、もっと地味です。
弾き語りに、ベースやチューバやアコーディオン、そしてカリンバ等が少し加わるのみ。
派手さのない分、心に沁みるんです。
曲がすごくいいですしね。





ライブ盤『Road Works』もいい。
基本的にベースとデュオの弾き語りで、何の色気も装飾もない。
これなんか本当に、「ブルース」というより「シンガー・ソングライター」色が出てる。
心が落ち着きます。
こういうのこそ、本当の意味で「癒し系」です。

他のミュージシャンとのコラボレーションも多くあります。
僕も全部聞いたわけではありませんが、アフリカ、マリ共和国のミュージシャンHabib Koite と組んだアルバムが素晴らしい。
カントリー・ブルースとアフリカの感じが、いい具合にブレンドされています。
いわゆる「ワールド・ミュージック」色は強くなく、僕のようなルーツ・ミュージック・ファンにアピールする内容となっています。

"On My Way To Bamako"

マリア・マルダー、ロリー・ブロックと作ったアルバムもあります。
期待通りの上出来なルーツ・ミュージックですが、エリック・ビブの個性が出てるとはあまり思えません。
聞いて損はしないでしょうけど、まあ別に買わなくていいかな、と。
こういうの追っかけてたら、キリがないですから。

最近では、豪華ゲスト参加で作られた『Blues People』の評価が高いようですが、僕はそんなにいいと思いません。
なんか、コンテンポラリー・ブルースにありがちなダサさがあるんですよね。
これも説明が難しい。
微妙にR&Bのテイストを混ぜて、ハードなドラムがやけに細かいハイハットを刻んでて、5弦ベース使っちゃう、みたいな雰囲気。
まあ好みなんでしょうけど、僕はそういうのが苦手なんです。


僕が好きなのは、エリック・ビブの誠実さ。
こんなにも色気を出さずに正直にいるシンガー・ソングライターは、なかなかいないと思います。
聞くたびに、心が洗われるようです。
スウェーデンという国にいるせいなのか。
かの国の音楽事情はわかりませんが、アメリカで活動していたとしたら、もしかしたらもっとマーケットを意識した音楽性になっていたんじゃないか。
なんて、想像します。
スウェーデン行ってみたいな。
カーディガンズ好きだし。

いつ聞いても、心が動かされる、奇跡のような、数少ないミュージシャンです。

2016年6月5日日曜日

当たり付き自販機って謎だ

突然、ネクターが飲みたくなる時があります。
たいてい夜のこと。
家のすぐ近くに自販機があって、買いに行きます。
その自販機は、「当たり」付きです。
数字が4つルーレットのように点滅して、全部同じ数字になるともう一本もらえるやつ。
並ぶ数字はいつも同じで、7・7・7と続いて、最後に8で終わる。
そう、いつも同じなんですよ!
それを見届けるためにしばしその場に残るなんて、バカバカしくて。
どうせ当たらないから、数字を確認することもやめてしまっていました。

昨晩も、帰り道に一本買ったんです。
で、さっさと立ち去ったら、後ろからピピピという音がずっと聞こえてくる。
まさか!と思って戻ったら、なんと当たってる!
当たりの点滅が消えないうちに、と焦って、とりあえずネクターをもう一本買いました。


当たり付き自販機って、あまり多くは見かけません。
あれ、効果あるんですかね?
当たり付きだからってその自販機を選ぶ人、どれだけいるんだろう?
僕はそれで選ぶことはないし、そもそもジュースって、その時飲みたいから買うんであって、そこでもう一本もらっても、それはたぶん飲まないわけで。
得したな、とは思っても、そんなにメチャクチャ嬉しくはない。
それに、誰かと一緒の時ならまだいいけど、ひとりでジュース買って当たっても、なんか虚しくなる気がします。

中高生とかなら、話は別でしょう。
僕も、高校の帰り道に当たり付き自販機があって、みんなで競って買ってました。
誰が当てた、とか噂になったりして。
でもそれって、何人かで自販機をネタにして盛り上がるから面白いんであって、実際に当たるかどうかは、対して問題じゃない。
高校生くらいの、バカやって盛り上がれる時期しか楽しめないと思います。

高校の前とかに設置するなら、効果あると思いますよ。
でも、近所の自販機は、大通りから脇に入った住宅街にある。
誰を対象にしてるんだろう?
僕も別に当たりを期待して買うわけじゃないし、当たるなんて思ってもないから、数字を見ることすらしてなかったわけですからね。

やっぱり当たったら嬉しいですよ。
でも、だからってあそこの自販機で買う頻度が増えることは、ないと思う。
別に当たり付きじゃなくなっても、ネクター飲みたい時は買うだろうし。
それとも、僕が冷めてるだけなのかな?
不思議です。


2016年6月4日土曜日

ロックは飽きない

最近、ロックを聞いています。
少し前にジョナサン・リッチマンのことを書きましたが(『Jonathan Richman』)、そのしばらく前から、いわゆるアメリカの「インディー・ロック」と呼ばれるものを中心に、聞き直しています。
ルーツ系の音楽やニューオリンズ・ジャズも大好きですが、僕はそもそもロックから音楽に入ってますしね。
(ちなみに、僕にとって「ロック」というのは、アメリカン・ポピュラー・ミュージックを土台にしたものです。
当然、J-popなどは除外されますので悪しからず。)

あらためて、ロックは面白い。
そもそも、リズムとか明確な音楽的特徴を指す言葉じゃない、というか、既成のジャンルからはみ出したものをロックと括るケースも多いわけで、色んな要素が混在してる。
だから、飽きない。


僕は、聞く音楽を気分で選びます。
ひとつ聞いたら、その次は別の雰囲気の音楽をかける。
ルーツ系ロックを聞いたら、次はラグタイム・ピアノ、次は弾き語りSSW、次はガレージ、とか。
同じジャンルの似たようなタイプの音楽を聞き続けることは、ほとんどありません。
単純に、飽きちゃうんですよ。
だってどれも似てるんだもん。

たぶん、ぼんやり聞いてるんだと思うんです。
何かしながら聞くことも多いし。
集中して細かい部分を聞き比べたり、差異に意識を向けたりはしません。
音楽は僕にとって、BGMというか、普段の生活の中の一部に過ぎなくて、能動的に「聞く」というより、なんとなく「聞こえてくる」ものなんです。


ぼんやり聞いてるから、覚えない。
例えばニューオリンズ音楽にしても、かなりの量を聞いてると思うし、理解にも自信があるけど、ミュージシャンの名前や曲名を出されると弱い。
聞いてる総量は多くても、アルバムや曲ごとの違いや区別をあまりしてないんですよ。
なんとなく、雰囲気で聞いてる。
聴き込む、というより、浴びる、とか浸かる、とかいう感じなんですよ、たぶん。
誰かと話してると、みんな名前とかちゃんと覚えてるし、僕とは聞き方が違うんだと思います。

これについては、コロリダスのツアーで痛感しました。
車で移動中にCDをかけるんですが、それがずっとラテンばっかりなんです。
ラテン音楽から入ってずっとそこでやってるわけだから、それが自然なんだろうけど、あらためて自分と違うな、と。
そりゃラテンの中にも色んなのがありますよ。
でも、それは細かい違いであって、ぼーっと聞いてる分には分からない。
似てる。
だから僕は飽きてしまう。
でもみんなは飽きないみたい。
逆に、ラテン以外の音楽を聞いてもぜんぜん無反応だったりする。
とにかく違う。


ジャズやクラシックやブルースなんかも、そればっかり聞いてる人が多いジャンルだと思います。
ニューオリンズだってそうですよ。
ニューオリンズ大好き!って言う人いっぱい知ってるけど、その多くはニューオリンズ「しか」聞いてない。
いや、本当なんですよ。
もしかしたら世の中には、そういう、特定のジャンルしか聞かない人の方が多いのかもしれない。
俺は、聞く音楽もマイナーだし、おまけにその聞き方さえもマイナーなのか。

自分がどうしてこういう聞き方になったのか。
こういう聞き方だからロックが好きなのか、ロックから入ったからこういう聞き方になったのか。
あるいは、単純に飽きっぽい性分なのか。

とにかく、僕にはロックが合ってる。
プレイヤーとしては、ニューオリンズ・スタイルのクラリネット奏者だけど、やってる音楽は節操ないし、聞いてる音楽は手当たり次第だし、ジャズとかブルースとかアヴァンギャルドとか、特定のジャンルの肩書きがこれほどハマらない管楽器奏者も、そうはいないと思います。
あえて言うなら、ロック・クラリネット奏者か。
世界初かもね。


ちなみに、いちばん最近買ったCDはこれ。


ビリー・チャイルディッシュのベスト盤です。
1991年に限定生産されたやつ。
ジャケが、いいでしょ?
画家でもある。
絵もいいんです。


ああこんな大人になりたい!

ミルク・シェシクスやヘッド・コーツを率いた、ブリティッシュ・ガレージ・パンクの、もはや重鎮。
70年代の終わりに活動を始めて、出したアルバムは100枚超えてるという超多作。
音はほぼ同じで、どれもカッコいい。
僕はヘッド・コーツと、あとはブラック・ハンズという素人を集めてカリプソやジャズを演奏するというカオスなバンドが好きです。

これ、Disk Union のパンク館で買ったんですよ。
レジに持って行ったら、10%割引きになるっていうのでその場でメール登録したんです。
そしたら今日、さっそくメルマガが。
それも、「パンク館」からの。
知らないパンク・バンドの情報と、なぜかヤフオクに革ジャンを出品してるらしい。
いや俺そんなパンク買わないんだけどなー・・・。