2016年8月30日火曜日

FUCKテレビ!

僕はテレビが嫌いです。
もう20年くらい見てない。
それでも最近だと、ネットを開いたときに、テレビで誰が何を言った、という記事が目に入ってきます。
うっかり読んでしまうと、気分が悪くなる。


高畑淳子が、息子の事件の件で会見を開いたそうです。
それについて、テレビでいろんな芸能人がコメントをしてる、と。
これがまた、ひどい。
「レイプ」という単語にただ感情的に反応してるようなのばっかりで、ろくなコメントがない。
そんな浅い発言、誰でもできるじゃん。
子供でもできるよ。
バカみたいに表面的なコメントを大真面目に放送することに、バカみたいな大金をかける。
テレビって、本当にくだらないと思う。
もしかしたら、ネットでピックアップされるのもの以外に、しっかりしたコメントも放送されてるのかもしれませんけどね。
あったとしても、どうせ数%くらいでしょ?

いや僕は実際にテレビで放送されたものは見てないですよ。
でも、そこからピックアップされたものから想像して、まあロクなもんじゃないと思う。
違ってたらすみません。


水増し、って言い方があります。
どんな商品でも、原価がかからずに、売値の高いものが儲かる。
そりゃそうだ。
お酒とか、わかりやすい。
同じ水割りでも、店によって酒の濃さが違う。
水を多く入れて薄くした方が、もちろん利益幅は広い。

テレビって、とことんまで水増しを追求したものなんじゃないか。
うす〜い内容のものを大げさに見せかけて、ありえないほどのお金を集めている。
「高畑淳子は被害者の気持ちを考えてない!」とか、酔っ払いが野次を飛ばしてるレベルの、脳を通過した気配のまったくないアホなコメントを集めて、深刻ぶった演出をして、番組に仕立て上げる。
いつからか、CMの前と後で同じ内容を繰り返して、時間も引き延ばようになったし。
テロップ出したり、画面の端に出演者の顔を映して、またその出演者が「いかにも」な表情を見せる。

それだけ水増しのアイディアが浮かぶなら、その頭をもっと違う方向に使えばさ、いい番組ができると思うんだけどな。
だってさ、この事件なんか、そもそもどっか怪しいじゃん。
被害者の知人男性ってのとかさ。
で、怪しいって思ってる人、けっこういるわけで、そんなの、テレビ側だってわかってて、でもたぶんいろいろ面倒だったりして、そこはスルーするわけでしょ?
手間をかけて熟成されたいい酒を使わなくても、味も香りもない安酒を使って薄めて、それをちょっと高級そうに見えるグラスに入れて出して、相場以上の値段をつけた方が儲かる。
確信犯なんですよね。


石原裕子というファッション評論家を名乗る人の高畑さんの会見の服装へのコメントがひどくて、それを流すテレビ(じゃないかもしれないけど)にあきれて検索してみたら、案の定、石原さんはまったくお洒落な人ではなかった。
たぶん、ファッションの価値観よりも、ルールや常識で服を選ぶような人にしか見えない。
テレビに出てくるファッション評論家って、ものすごく時代遅れで無害でコンサバな人ばっかりな気がする。
まあこれは余談。


テレビが嫌で、見るのをやめた。
Facebookも、誹謗中傷の投稿が嫌で距離を置くようになった。
これで、不快な報道が嫌でネットも見なくなったら、どうなるんだろう。
意外に、実生活には大して影響ないんじゃないかな。
逆に、人と会って話すことが、増えるかもしれないし。

そう、テレビやネットを見るより、誰かと話した方がいい。
例えば、今日のブログだって、きっといろいろ面倒に解釈する人もいるわけです。
でも、会って話せば、こじれることは少ない。
会う方が、いい。
テレビで浅はかなコメントをしててアホにしか見えない芸能人も、会って話せば、実は思慮深い素敵な人かもしれない。

芸能人になりたいなんて、よく思うよな。
絶対になりたくない職業だと、昔から思ってます。

2016年8月29日月曜日

8/28

昨日は、W.C.カラスとのライブでした。
この人は、いいです。
音楽ももちろんだけど、人間がいい。
何がいいって、適当なところ。
レイドバックしてる、とも言えます。
細かいことを気にしないユルさが、僕は好きです。
変に気を使うこともないし、こっちもリラックスしていられる。


ライブもそう。
事前に決めない。
出たとこ勝負!みたいな、いさぎよさがあります。
僕もそういうタイプなので、合うんですよね。
カウント取ったり、くり返しの回数を数えたりするの、嫌いだし。
そんなことしなくても、聞いてればわかる。
かえって頭で考えてる方が、間違えることが多いし、聞くことがおろそかになって、クオリティが下がる。
クオリティというのは、ミスをしない、っていうのじゃなくて、もっと大事な、中身みたいなことです。


ほぼぶっつけで、いいライブになりました。
前半は、Golden Wax Orchestraのギタリストを、カラスさんが務めます。
久しぶりに違うギタリストとGWOをやりました。
ギターによってこっちの歌い方も変わるので、楽しいです。
スリリングな場面もあったけど、聞きあってればそれも問題ない。
後半は、カラスさんの曲に僕がバックをつけました。
キイだけ決めて始めてあとは呼吸で合わせて、流れのある演奏ができたと思います。

自分と、そして相手を信用してるからこその、充実したライブでした。
そう、自信があって、大丈夫だと信じてるから、適当でいられるんですよね。
お客さんもすごく喜んでくれて、嬉しかったです。


カラスさんと、いろんな話をしました。
お互い、他の楽器の教則ビデオを見るのが好きだったり、いろんなツボが、似てるんですよね。
JAMES "SON" THOMASというブルースマンを教えてもらいました。
すごくいい。
音楽における雑味の魅力や、音の中心をずらすこととか、普通のミュージシャンにはなかなか共感してもらえない話もできて、面白かったです。

それにしても、カラスさんにはすっかりお世話になってしまいました。
ありがたい。
すごく、嬉しかったです。

秋には、東京でも2人でやります。
楽しみです!



2016年8月27日土曜日

8/26

きのうは富山のお寺でライブでした。

お寺の主催する、アットホームっていうんですかね、こぢんまりした音楽イベント。
ステージも客席もかなり小さくて、お寺の庭(?)でちょっと音楽でも、みたいな感じ。
やっぱり近隣の人が来たりしてるんですかね、ローカル感がいい。
Shyさん熱唱中!

僕は、パンカラ兄弟(安達パンダ孝行+W.C.カラス+近藤哲平)での出演でした。
春に、横浜ジャグバンド・フェスのために結成したユニット。
僕はジャグ担当です。  
最近、いいジャグを譲ってもらったんで、そのデビュー戦としても楽しみでした。

安達&カラスさんと会うのは、春以来です。
ジャグを吹くのは3曲だけで、あとはクラリネット。
GWOの曲と、カラスさんの曲に合わせて吹きました。
レパートリーもバラバラだし、リハもちゃんとやってないし、どうなるかと思ったけど、なかなか良かった!

普段やらない人とのぶっつけライブは、久しぶりでした。
いいな、楽しいな。
演奏はしたことなくても、お互いの音楽は知ってるから、変に気負うこともないし。
ジャグも、ひとりで練習してるときよりずっといいプレイができた。
やっぱり人とやんないとダメですね。
といっても、ジャグでライブやる機会はそうはないんですが。
誰か誘ってください!


安達さんは、バンバンバザール在籍時代のライブを、ずっと昔に見たことがあります。
そのときのプレイがカッコよくて、強烈に印象に残ってました。
その人とこうして演奏できるって、嬉しい。
音楽続けてると、いいことあります。

カラスさんの、いい具合にレイドバックした性格が好きです。
いい加減さが、心地いい。
音楽的にも、もちろんこだわるけど、人に任せられるタイプ。
日本人的じゃないと思う。


いやー楽しかった!
ジャグも、もっとガッツリやりたいな。
次は来年のジャグ・フェスかな。

カラスさんとは、また明日ふたりでライブをやります。
こうして、好きなミュージシャンと音を通じてコミニュケーションできるって、幸せです。
すごく楽しみです!


そして今日はコロリダスで『スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド』に出演します。
色んな国のバンドが出るらしい。
これもどうなるか。
行ってきます!

2016年8月23日火曜日

ニューオリンズはリベラル

ニューオリンズ=黒人の町、というイメージを持つ人もいると思います。
なんといってもリズムの町ですからね。
バーのジャズピアノ弾きはなんとなく黒人がサマになるし、クラブで朝までファンキーに踊る黒人の写真などを見たこともあるでしょう。 
でも実際には、白人と黒人がだいたい半々くらいの割合で住んでいます。

一般に、いまだに黒人は差別されていて、白人よりも社会的に弱い立場にいる、と言われています。
ニューオリンズでも、統計では、黒人の方が収入は低いし、社会的地位にも恵まれていません。
黒人が住む地域ははっきり分かれていて、犯罪発生率も高く、危険とされています。
実際に黒人街に行ってみると、風景もさびれているし、白人の姿は見かけません。
僕が行ける地域はまだマシで、貧困層の黒人が住むゲットーのような地域もあり、そこでは犯罪も日常的で、問題となっています。


でも、4年間ニューオリンズで暮らす中で、「差別」を肌で感じたことは、実はありません。
町中どこへ行っても、誰もが垣根なくフランクに交流している。
一部の黒人居住区や白人の住む高級住宅街をのぞけば、人種は混じって暮らしています。
町の中心部では、黒人も白人も同じようにして一緒に働いています。
いわゆる3Kの仕事であっても、黒人ばっかり、ということはありません。
よく明け方にストリート演奏の場所取りで道に座ってると、ゴミ収集車が通ります。
車に乗っているのは、白人と黒人は半々くらいでした。


社会状況としては、問題もあります。
大きく眺めれば、まだまだ差別は残っている。
政治や経済について不満や意見もあるでしょう。
でも、個人として接する時には、相手に偏見を持たない。
僕自身も、イエローとして差別された経験は、一度もありません。
そういう視線を感じたり、珍しがられるようなことも、ありませんでした。
もともと様々な人種が暮らしている町ですからね。
人種や職業や地位や肩書きに関わらず、誰でも受け入れてくれる。
そういう、オープンでフラットでウェルカムな空気が、ニューオリンズなんです。


この自由な空気は、アメリカ南部の町としては例外的なものです。
南部は保守的であり、人種に対する偏見も根強くあると言われます。
そんな中、ニューオリンズは、まるでニューヨークやサンフランシスコのような、自由な空気があふれている。
ちょうど僕の留学中に、オバマが大統領に選ばれました。
ニューオリンズでは、あちこちで歓声があがり、その夜はお祝いムードであふれました。
でも、ルイジアナ州を含む南部の多くの地域は、反対勢力の共和党を支持してたんですよね。
南部でオバマを支持したのは、ニューオリンズと、あとはテキサスのオースチンなど、一部の町だけです。

また、歴史をふり返ると、ニューオリンズは奴隷制の拠点でした。
港町なので、船で連れてこられた黒人たちが降ろされ、奴隷市場で競売にかけられます。
そこで買われた奴隷たちは、プランテーションと呼ばれる近隣の大農場で働かされました。
彼らは、休日には町の広場「コンゴ・スクエア」に集まり、太鼓を叩いて踊ってウサを晴らしたそうです。
それが、ニューオリンズ音楽の源流のひとつとも言われています。


こんな地理的、歴史的バックグラウンドがあるのに、白人も黒人も同じようにして暮らしている。
けっこうすごいことだと思います。
僕の場合、音楽周辺の人たちとの交流が多かったからかもしれません。
ミュージシャンには、リベラルなタイプが多いですから。
それでもやっぱり、僕が訪れたアメリカの他の町と比べて、人種間の偏見は圧倒的に少ないと思います。
おおらかで自由な空気は、ニューオリンズという町の個性なんです。


その居心地のよさが、多くのミュージシャンをひきつけ、受け入れ、「ガンボ(ニューオリンズ名物のごった煮料理)」に例えられる独特の文化を形成してるんです。
この空気感は、行ってみないとわかりません。
データ上では、保守的な南部にある、犯罪率も高い、奴隷制ゆかりの田舎町なワケですからね。

南部の一都市にも関わらず、人種的偏見も少ない、あったかい町。
その特殊性が、ニューオリンズの魅力です。

2016年8月16日火曜日

「行間」は日本人にはもはや不要なのか

映画をやってる人と飲みました。
すごく興味深い話を聞きました。

いまの若者、例えば映画学校の学生たちは、オンとオフの感覚がない、と言うんです。
映画の中の登場人物が、笑っていても実は心の中は悲しみにくれている、というシーンがあったとします。
笑ってるという、表面的に目で見えるものが、「オン」です。
表面には見えない、悲しみの感情が、「オフ」です。
彼らは、「笑ってる」=「楽しい」であって、「笑ってる」けど「悲しい」ということが、理解できない。
「オフ」の概念が、ないと言うんです。

「行間」と言ってもいいと思います。
行間が読めない。
映画の場合であれば、人物の表情から複雑な感情を読み取ったり、風景から情感を感じ取ったり、ということが、できない。
言葉も、風景も、表情も、決まった情報を表すだけの即物的な記号でしかない。


衝撃でした。
映画に限らず、「オフ」の部分こそが、表現や芸術の核心だと思っていたので。
普段の生活だってそうです。
表面的に目に見えることじゃなくて、相手の感情を読むことがコミニュケーションだと、当たり前に信じていました。
その感覚がない人がいるなんて!
僕にとって「オフ」の感覚はとても大事で、それがない人生なんて生きる価値がない。
おおげさじゃなくて、本気でそう思っています。


過去の名画の多くは「オフ」の要素を持っています。
映画が好きなら、そうした作品の存在は知っているはず。
そして、学校に行っていれば、見ることを勧められたりもする。
それでも、見ても面白さが理解できないし、つまらないから見るのをやめてしまうそうです。
確かに、映画好きと言っていても新しい作品しか見ないという人は多くいますね。

それも、おかしい。
名作と言われるものを見てピンと来ないことだって、あるでしょう。
でもそれは、作品がつまらないからじゃなくて、自分に原因がある、とは考えないのか。
つまらないから、分からないから切り捨てるのでは、視野が狭くなる一方だし、驚きも発見もない。

誰かが面白いというなら、その理由があるはず。
判断を下す前に、それをきちんと汲み取って理解することが必要です。 
その上で、自分の評価は違う、と言うなら、いいんです。
あるいは、名作とされる理由は理解できても、どうにも好みじゃない、ということだってあるでしょう。
それを、自分の単純な感想だけで、作品を判断してシャットダウンするのは、どうなのか。
映画の世界を志すのであれば、面白い・つまんない、だけじゃダメでしょう。


日本のメジャー映画は、「オン」だけで作られているものが多い。
同じフォーマットで、設定や俳優を変えて機械生産のようになっている。
そういう作品の割合が増えれば、「オフ」の表現に接する機会も減っていく。
小さい頃からずっと「オン」の表現しか知らずに育つ、ということも、あるでしょう。
観客に「オフ」が理解されないなら、作り手も「オン」の表現しかしなくなる。
商売ですから。
そして次第に世の中から「オフ」が消えていく、というループ。

以前のブログでも書いたけど、『ブルー・ジャスミン』をコメディと 言う映画評論家や、モダン・スイマーズの舞台をゲラゲラ笑って見るお客が、大勢いるわけです。
『ペーパー・ムーン』を、ダラダラしたオシャレ映画と切り捨てる人もいる。
そういう人たちのことが理解不能だったし、お前らにこの作品を見る資格はない!と怒りを覚えることもありました。
それもすべて、彼らには「オフ」感覚がないんだと思えば、腑に落ちます。

味覚のない人に、甘みや苦みを説明しても、分からないでしょう。
視覚のない人に、青と赤の違いを説明しても、分からないでしょう。
「オフ」感覚についても、それと同じなんじゃないか。
日本人からは、「 オフ」感覚が失われていっているんじゃんないか。
それは、表現や芸術だけの話じゃなくて、普段の生活においても、その傾向があるんじゃないか。
他人の気持ちを想像することができない。
理解や共感ができない。
日本人は、そういう人種に変わりつつあるんじゃないか。
それは、進化なのか。
行間を読む、気持ちを想像する、という能力は、人間にはもう不要なのか。


もはや同じ人間とは思えないくらいに、まったく別の感覚を持った人たちが、おそらく増えてきている。
そういう人たちに向けて作られる映画は、僕の見てきた映画とは完全に別物であって当然。
同じ「映画」という名前で呼ぶことに、もはや無理がある。
いや、「映画」でもいいけど、「サイレント」「トーキー」みたいに、何か別のくくりを考えたほうがいいと思います。


なんだか本当に衝撃だったんです。
「オフ」感覚がないなんて、想像できません。
深みや行間のない、ただ情報と記号だけの生活。
恐ろしい。
そういう人と、今までの自分のやり方で会話をすること、関係を深めていくことは、おそらく無理でしょう。
うーん。
とりあえず、圧倒的に違う人種だ、ということは、分かった。
たまに感じていた違和感が、これからは整理できる気がします。
しかし、恐ろしい。
どうなるんだろうか。

2016年8月14日日曜日

手拍子はいらない

誰かのライブを見て、よく思うんです。
お客に手拍子やコール&レスポンスをやらせるの。
あれ、無理にやらなくてもいいんじゃないかな。
ていうか、やめてほしい。

僕は、ステージからあおられても無視することが多いです。
だって、気乗りしないもん。
こっちもすげー盛り上がって手を叩きたくなれば、言われなくてもやりますよ。
でも、まあ9割くらいのケースは、演者が勝手に盛り上がってるだけなんですよね。
そんな痛々しいことに付き合う義務はない。

なんで人に言われて手拍子しなきゃいけないのか。
そんなの手拍子じゃあない。
体の中がムズムズして興奮してジッとしていられなくなって、それで足やら手やらが動き出すのじゃないと、ウソだから。
ウソつきながら音楽聞くなんて、居心地悪くて。


客に甘えるなよ。
まず、1人で凛としたステージをやれよ。
まあ、それができないから、ビビってるから、客に手拍子させることに逃げるわけだけど。
覚悟を持ってステージに立ててるなら、客の「協力」なんて必要ないからね。

客を喜ばせるより、自分の不安をごまかすことを優先してる。
見てられない。
いやー本当にね、自己陶酔したフリしてる姿がもう痛々しくて、ステージから目をそらしますからね。
あなたの卑屈な自己肯定を助けるために金払いたくないよ。
そんなの、カウンセリングの仕事じゃん。
逆に金くれよ。


もちろん、客席との間によっぽどの一体感が生まれていれば、問題ないんです。
でもそれは無条件でいつも自然に起こることではない。
ライブ慣れしたミュージシャンでも、毎回可能とは限らない。
どこに線引きがあるのか見極める力が必用で、聞き手がどういう気持ちでいるか常に敏感でいなくちゃけない。
その作業がおろそかになっているミュージシャンが多すぎる。

お客が、何でも受け入れて肯定してくれるわけないじゃん。
演奏すれば拍手がもらえるのだって、当たり前じゃない。
僕なんか、違和感があるときは拍手しないし。
途中で帰ることだってある。
「ひっこめ!」って言いたい時もある。
さすがに我慢しますけど。


ビール瓶が飛んできても、怒鳴られても、刺されてもいい覚悟がなかったら、ステージに立つべきじゃない。
ごく当たり前のことでしょ。
命がけ、って言うと大げさだけど、全身全霊で演奏しないと、他人の心には届かない。

そうやって演奏された音楽に感動して、楽器をはじめたんじゃないの?
みんな気軽にジミヘンとかジャニスとかボブマーレーとか言うけどさ、彼らがお気軽に音楽やってたと思うわけ?
失礼じゃない?
ステージに立つって、彼らと同じ土俵に上がることだよ?
彼らと同じ覚悟がなきゃ、やる資格ないでしょ。


僕は、ライブがよかったら、ミュージシャンに話しかけることも多いです。
逆に、ぬるい奴、客に甘えてる奴には、挨拶もしないし目も合わせない。
たとえ共演者でも。
話すだけ時間の無駄だから、関わらない方がいい。

客席に、そういう気持ちの人間がいる、ということに、お願いだから気付いてよ。
そして、楽しい気分にさせてよ。
手拍子じゃあなくて、音楽で。


2016年8月11日木曜日

どこが面白いのかわからない『美しき諍い女』


『美しき諍い女』を見てきました。
タイトルが、いいですね。
画家とモデルの話。
アトリエにこもって絵を描くうちに、お互いに心をさらけ出していく。
そうやって完成した絵には、モデルと、そしてたぶん画家の内面の全てがあらわに書きつけられていて、恐れおののく。
もう絵を描く前の自分たちには戻れない。

と、要約してしまえば、まあベタなストーリーです。
キャラクター設定も、月並み。
ところどころ、フランス映画にたまにある、不必要に「文学的」な思わせぶりなセリフも出てきて、ひいてしまう。

でも、なんだかそういうこと全部がどうでもいいくらい素晴らしい。
そもそもストーリーなんて重要じゃない。
ただ画面を見てるのが心地いい。
4時間もあって、飽きない。
不思議な映画です。

映像は、地味です。
ほぼ自然光で、そこにある景色を撮っただけ、みたいな。
アップは少なく、長回しが多い。
BGMもない。
全編の半分くらいは、アトリエで絵を描く様子を、淡々と映すだけ。
手元の筆やペンの動きだけを、カメラを固定して5分くらいひたすら映すシーンもあります。
セリフも少ないし、ドラマチックな展開もない。
なのに、飽きない。

なんでだろう。
変化がない分、画面の隅々まで見る余裕が生まれるからか。
ちょっとした変化や登場人物の心の動きを、観察して想像せざるを得ないからか。
わかりません。

ただそこにいる人物と、景色を見る。
最低限のセリフから、感情を想像する。
それだけなのに、楽しい。 
ゆっくりした絶妙なカメラワークを味わえるのも、この時間の流れの中だからかもしれない。

批評などでは、この映画はいろいろに分析されています。
言われてみれば、なるほどと思うことも確かにある。
けど、少なくとも見てる間はそんなこと考えたくない。
結末がどうなるか、とか気にならない。
ただ見ていたい。

僕にとって映画を見る快感って、つきつめれば、スクリーン(テレビ画面のこともあるけど)にある映画特有の画面の質感を、ただ「見る」ことなんですよ、きっと。
だから、カンヌ映画祭グランプリ作品でも、いい映画なのかどうかも分からない。
面白いから見なよ!と人に勧めることはないでしょう。


この映画見るの、実は今回で3回目なんです。
10代後半にレンタルして見て、20代前半に池袋の旧文芸座で見て、今回また早稲田松竹で見た。
また劇場でやったら、もう一度見たい。
なんでそう思うのか、わからない。
大好きだけど、不思議な映画です。

2016年8月9日火曜日

スケジュールとFacebookについてのお知らせ

【その1】ライブスケジュール

「ブログにライブスケジュールが載ってないよ」と言われました。
実は、しばらく前にレイアウトを変更したんですよ。
今までは、毎月ごとブログにスケジュールを投稿してました。
それをやめて、右端の、プロフィールの下あたりに、独立したページへのリンクを配置しました。
1〜2か月分の予定が載っていて、随時更新しています。

目立たないので、わかりづらいんだと思います。
本当は、色やフォントを変えたりしたいんですが、できません。
htmlとか分かれば、できるのかもしれません。
僕は知らないので、できません。
詳しくて優しい人、こっそり教えてください。


【その2】Facebook

ひと月ほど前に、Facebookから距離を置く宣言をしました。
iPhoneアプリも削除して、定期的にログインすることはなくなりました。
が、メッセンジャーで連絡をやり取りすることがあります。
iPhoneでは、メッセンジャー専用アプリを使います。
パソコンだと、それがありません。
いや、あるんですが、うまく動作しないんですよ。
なので結局、Facebookにログインしてメッセンジャーを使うことになります。
なので結局、タイムラインも見ることになります。

なので結局、1日1度以上は、Facebookを見ています。
離れまーす!って投稿をして、それに対してずいぶん多くの反応があって、ブログも驚異的に拡散されて読まれて、自分も離れているつもりでいるので、誰かの投稿が目に止まっても、「いいね」もコメントもしませんでした。
でもねー、それもなんだか不自然な気がしてきて。
これからは、目に止まっていいと思ったら「いいね」しようと思います。
コメントすることもあるかもしれません。

投稿は、やっぱりあんまりしないかな。
コメントがついたか気になって、チェックしてしまうから。
ライブのお知らせは、しようかな。
誰かに「Facebookやってる?」って聞かれたら、「一応やってるけど、ライブ告知くらいしかしてないんだよね」って答えることになるのかな。

あと、気づいたんですよ。
もともと、汚い言葉の投稿を見るのが嫌でやめようと思ったので、じゃあそういう投稿をする人のフォローを外せばいい。
Facebookの人間関係が全てじゃないし、ガンガン外しますよ、フォローなんて。
その点は、Twitterの方が気軽ですね。
そう、Facebookやめよう、ってなってTwitterの方に書き込んでたら、そっちの方が楽でいいかもしれない、と思うようになりました。
Twitter主体でいくつもりです。
いまのところは。


というわけです。
今後とも、お付き合いよろしくお願いします。


2016年8月8日月曜日

Excello Fess 終了!

昨晩は、『第二回 Excell Fess』 でした!

根強いファンも多い(いや、言い過ぎかな?)、ナッシュビルのレコードレーベル。
スワンプ・ブルースの宝庫。レイドバック万歳。
こんな酔狂なイベントにこんなにお客さんが来るとは。
さすが中央線。さすが高円寺。

Los Royal Flames

Rainin` In My Hearts

ゆるーく盛り上がってきたところで、我々の番となりました。

せっかくのフェス。
Excelloの曲で固めてやるぜ!
と意気込んだものの、これが難題で。
だって、どの曲も似てるし、そもそも、メロディなんてあってないような適当な曲ばっかりだし。
それをインストで成立させるのには、けっこうな工夫が必要なんですよ。

ウッドベースを、助っ人に呼びました。
高円寺のリズム番長、 イトウダイ。
GWO初、トリオ編成でのフル・ライブです。
ブルース寄りの、ガツガツした曲が多かっただけに、ベースに助けられました。
いつものようにその場のノリで打ち合わせにないことをやっても、ちゃんと支えてくれる。
さすが。

緻密に練り上げたセットリストは、こちらです。

1.Guitar Rhumbo/ Guitar Gable
2.Pleading For Love/ Roscoe Shelton
3.I Love the Life Im Living/ Slim Harpo
4.Sea of Love/ Phil Phillips
5.South to Louisiana/ Johnnie Allan
6.Your Love Is Worth The Pain/ Johnny Truitt
7.Got You On My Mind/ Cookie & Cupcakes
8.Be Bop Baby/The Peacheroos
9.Freedom Train/ James Carr

「Excello」をテーマにこれだけ盛り上がるって、すごいことです。
高円寺最高!



そして、打ち上げ中、夜も更けたころ、サプライズ・コーナーが。
クラとギターでムーディなジャズ演奏をはじめて、やがてベースのダイさんが登場。
彼女をステージに上げ、なんと!プロポーズ!

もちろん、答えはYes!

お祝いの賛美歌を、演奏しました。

いやー素敵です。
ステージでプロポーズなんて、なかなか見れないですよ。
そして、そのバックで演奏できるなんて、なんて光栄なことか。
楽器やってて良かった。

そこからまたお祝いのお酒を飲みました。
家が近い人が多くて、日曜なのにけっこうみんな残ってた。
近場でのライブは、いいですね。


たぶん午前2時ごろの写真。
ベースを片付ける途中で寝ちゃったダイさん。
いかに楽しい夜だったか、伝わるでしょ?

プロポーズ演奏のご依頼、どしどしお待ちしております!

2016年8月7日日曜日

8月6日

東長崎の商店街のお祭りに行きました。
ザディコキックスも出るし、わりと近いから自転車でフラっと。

こぢんまりした、小さな商店街に屋台がちょっと出て、みたいなものを想像してたのが、行ってみたらすごい人出。
商店街自体は、けっして大きくない。
道だってたいして広くない。
それが人で溢れかえって、ものすごい熱気です。

ザディコキックスのライブは、あいかわらずの盛り上がりでした。
別にキックス目当てではない近所のひとたちが、踊ってる。
ファンキーおじさんも飛び入り!

祭りだからってことも、もちろんあるでしょう。
でも、きっとそれだけじゃない。
音楽に詳しくない人でも、楽しくなって思わず踊りだしたくなる魅力が、あります。
お客をあおったり、面白いこと喋ったり、しないのに。
演奏だけで。
しかもザディコっていうスーパー・マニアックな音楽で。
こんなバンド、どれだけいるだろう。

アコーディオンのヨシタケさんは、東長崎で「クレオール・コーヒー」というカフェを開いています。

名前からして、マニアック。
店内ではザディコが流れ、壁にはルイジアナから取り寄せたシングル盤のレコードが並んでいる。
だのに、音楽マニア集う店、というわけじゃない。
行くたびに、地元の人たちが立ち寄ってコーヒーを飲んでいる姿に出くわします。
ザディコが流れる中で、おばちゃん・おじちゃんが世間話をしてる。
こんな趣味全開の店が地元に根付いてるって、すごいことだと思います。

そういうザディコキックスのあり方は、ひとつの理想形です。
好きな音楽を追求して、でもそれを変に主張して押し付けず、一般の人たちの中に居場所を確保して、音楽の楽しさをちゃんと伝えてる。
しかも、家族ぐるみでバンドやってますからね。
好きな音楽を共有できる仲間と一緒に、演奏と生活と両立しつつ、閉鎖的にならず、バンドを続けられるなんて。
なんでそんな風になれたんだろう。
うらやましいです。

いやー楽しかった!


2016年8月5日金曜日

8月5日

昨日また、あるミュージシャンが田舎に帰った話を聞きました。
すごくいいアルバムを出してから、まだ半年くらいしか経ってないんじゃないかな。
驚きました。

田舎に帰った、と言っても、きっと音楽をやめるわけじゃない。
東京にも定期的に演奏に来るかもしれない。
逆に落ち着いてじっくり自分の音楽を熟成していけるかもしれない。
その土地の人気ミュージシャンとして、地域をベースに活動してる人もいるし。
東京に大きな「仕事」があって、定期的に行き来するケースだってあるし。

でもやっぱり、東京で一線でやってた人の場合、地方では活動のペースは落ちるでしょう。
だって、ミュージシャンの数も、音楽スポットも、東京は異常なくらい多い。
新しいことを始めたり、メンバーを集めたり、人と会ったり、フラっと仲間のいる場所に顔を出したり、というのは、東京にはかなわないと思います。


田舎に「帰る」って言うじゃないですか。
東京に「出てきた」人が、元いた場所に「帰って」いく。
どんな気持ちなんだろう。
僕は東京生まれで今も実家は埼玉だから、田舎に帰る、ということがよく分からなくて、想像するしかありません。

遠くから、わざわざ東京に「出てきた」わけです。
実際問題として、音楽を中心として金銭的にも上手く生活が回っていれば、「帰る」必要はないんじゃないか。
ミュージシャンが東京を離れる場合、音楽とお金の問題が原因のケースがほとんどじゃないでしょうか。

りぶさんの活動休止に続いて、昨日聞いたこの話。
音楽をやめたわけじゃない。
きっと続けてくれると思う。
もしかしたら、続けるために、バンドを休止したり、東京を離れたのかもしれない。

いやー、こういうことを考えさせられる出来事が続きます。
歳をとったからかな。
もっと歳を取れば、音楽から離れる仲間も、もっと増えるんだと思う。
そういうものなんでしょう。


今日も演奏をしてきたけど、果たして自分の音楽活動の中で、どういう意味があったか。
いちいち考えてもしかたない。
でも、何も考えずにいては、長く音楽を続けることは、きっと難しい。

てことを、ぼんやりと頭に浮かべながら、今までやってきました。
これからも、やっていけると思ってます。
けどね、なんだかちょっと物悲しくなったんです。

ニューオリンズでは、若いミュージシャンに対して、"Keep Playing !" ってみんなが口グセのように言います。
バンドを休止しても、東京を離れても、音楽をやめないでください。
僕も、やめません。

2016年8月4日木曜日

音楽を続けることは、なんて難しいんだろう

音楽をずっと続けることって、簡単じゃない。
10代、20代、30、40、50代と、歳をとるにつれて、みんな音楽から離れていきます。

ハタチの頃から尊敬していた、大好きな年上のミュージシャンがいます。
プレイも最高にグルーヴィーで、人間としてもロックでパンクでファンキー。
一緒に演奏できることが、すごく幸せでした。

でも、彼は変わってしまった。
30代後半から、急に社会の目を気にし始めて。
それまでかなりヤクザな生活をしてたのが、毎日朝から働きだして、そのうち役職についた。
そして、いかに自分が偉いか稼いでるか、ということばっかり言うようになってしまった。
いつからか、目は泳いで、うわべの発言しかしなくなってしまった。
肩書きなんかに惑わされない、もっと心の本質みたいなことに正直に生きてきた人だったのに。

もどかしいのは、たぶん、彼の根っこは変わってないんですよ。
本当は、いくら稼いでるか、なんて下らないって分かってる。
なのに、そこだけに心の拠り所を求めてしまう。
自分に自信が持てなくなったんでしょう。
とても残念です。


やっぱり僕が若い頃、すごくリスペクトしていたミュージシャンがいました。
バンドのフロントマン。
ソングライターとして国内最高の一人だと、いまだに思ってます。
バンドは、いい線いったけどブレイクには至らなかった。
バンドをやめ、落ち込んで、音楽活動は断続的になっていきました。
それでも常に、聞くたびに打ちのめされるように素晴らしい音楽をやっていた。
が、いまでは表立って音楽活動をすることは、ついになくなってしまいました。


彼らは、僕のヒーローでした。
成長した今の目線からしても、素晴らしいミュージシャンだと思う。
それが、いろんなことが上手くいかずに失速していくのを見るのは、悲しい。
時には、苛立ちや怒りのような感情すら湧いてきます。
もどかしい。


りぶさんの活動休止も、ショックでした。
バンドは、個人の場合とは違ってまた複雑だろうけど、やっぱり「続けること」について、考えずにいられませんでした。


一昨日、飲んでた席で、音楽でどうなりたいのか、どこに行きたいのか、と聞かれました。
僕はそういう感覚が希薄です。
目標、というのがあるとすれば、音楽を続けること。
具体的なゴールみたいなものを考えたことは、そもそも最初からありませんでした。
僕の心を動かした素晴らしいミュージシャンたちの近くにいきたい。
彼らのステータスは、関係ないんです。
音楽をやっていれば、続けていれば、同じ景色が見えるかもしれない、つながれるかもしれない、それはきっと最高に楽しいに違いない。
それが、僕が音楽をやっているモチベーションです。

だから、憧れてたミュージシャンが変わっていくのを見るのは、悲しい。
できれば見たくない。
そして、自分は、彼らの年齢を超えても続けていきたいと思う。


大好きな映画、ニール・ジョーダンの「モナ・リザ」のワンシーン。
落ちぶれた中年ギャング(ボブ・ホプキンスがいい!)に、かつての仲間が言います。
「アンタは俺(たち?)のヒーローだったのに」。
寂しさと愛情が混じった口調で。
そう言う気持ちが、わかるような気がします。

2016年8月3日水曜日

8月2日

りぶさんが活動休止したことを、昨日、知りました。
最高のライブ・バンド。
音も、ステージングも、そして何より3人の作り出すグッド・ヴァイヴ、。
あんな風にして音楽をやれるなんて羨ましい。
バンド気質の強い僕としては、心から憧れます。
勝手に、NRBQやザ・バンドやグレートフル・デッドと重ねていました。

突然の休止。
決まってたライブも全部キャンセル。
たぶんけっこう先までツアー組んであったんだと思うけど、それもなし。
何があったのか。
くわしい事情はわかりません。
話し合って休止を決めたこと、解散ではない、ということしか、発表されていません。
突然ライブをキャンセルして活動休止って、大変なことです。
きっとものすごく考えて悩んだんでしょう。

ショックでした。
ここ最近、こんなに動揺したことはありません。
HPには「りぶさんは現在、活動を休止しています」とある。
なんでか、泣きそうになりました。
しばらく、何も手につきませんでした。

正直、普段から親しく付き合っていた、とは言えません。
数回ライブを見て、何度か顔を合わせたことがあるだけです。
同じステージに立ったのも一度だけ。
それなのに、こんな気持ちになるなんて。
彼らの、なんというかな、人徳?音楽性?
わからないけど、とにかく最高に素晴らしい、尊敬する仲間に、大変なことが起こった。
あまりに突然で、いきさつを知らないだけに、余計にショックでした。



そんなことがあった後、昨晩は坂本さんとのデュオでした。
坂本さんのバンジョーは、素晴らしい。
達観したような、仙人のようなプレイ。
一緒にやるときには、何も考えず純粋に「音楽」に集中できる。
もちろん、お客さんのいる「ライブ」なんですが、演奏することを通じて僕自身の心が洗われていくような感覚があります。
なんだか、音楽と溶けて一体になって、何か大きな場所に繋がれるような。

昨日のライブが、坂本さんとでよかった。
音楽を続けることって、そりゃあ色々あるよ。
音楽最高。

2016年8月1日月曜日

翻訳 『Bullet & Sur-Speed Story』ライナーノーツ

『Bullet & Sur-Speed Story』のライナーノーツを翻訳しました。
アメリカ、テネシー州メンフィスで、営業形態を変えながら1946〜1990年なかばまで存在した、ローカル・レコード・レーベルです。




W.C. "レッド”ウォーサムは、戦後のレコード業界の典型的なキャリアを歩んだ人物です。
若い頃にはジャズとR&Bに熱狂し、(ギタリストとして)カントリーからビッグ・バンドまで様々なバンドに参加しました。
40年代に、ジム・バレット(Jim Bullet)のBullet レーベルで宣伝担当の職に就いた後、1949〜50年頃には、自らもDelta Recordsを立ち上げます。
Bullet とDeltaとはナッシュビルの事務所を共有し、配給も共にVolunteer Musicに任せていました。

Bulletは、1946年にリリースしたFrancis Craigの "Near You" が爆発的なヒットとなり、その後もコンスタントにR&Bやヒルビリーのリリースを続けます。
その中には、ワイノニー・ハリス、セシル・ギャント、チェット・アトキンス、そしてB.B.キングの初録音がありました。
しかし、次のヒットを出そうとして、ボブ・クロスビー楽団やミルトン・バールといった大物の録音に膨大な費用をつぎ込み、レーベルの借金は膨らんでいきます。
ジム・バレットはレコード・ビジネスに幻滅し、ついに1949年、以前のパートナーC.V.ヒッチコックと"レッド”ウォーサムに会社を譲ります。

彼らはポップ・ヒットを狙うのを止め、1954年にレーベルを閉めるまで、ブルースとカントリーの録音に集中しました。
ウォーサムは自身のDelta Recordsも細々と続け、ウィリー・ディクソンのビッグ3や、ゴスペル・グループのフェアフィールド4などもリリースしています。

ウォーサムは、50年代〜60年代にかけて、音楽業界の 「何でも屋」でした。
様々なインディペンデント・レーベルのために、プロモーションやレコーディング、さらに原盤の貸し出しも行いました。
初期の仕事で目立つものは、テネシー州立刑務所の囚人グループ The Prisonairesのレコーディングです。
(1952年にリリースされた) "Just Walking In The Rain" は、翌年スマッシュ・ヒットとなりました。
作曲者はリーダーのBraggと第二ボーカリストのRobert Riley ですが、クレジットにはウォーサムの名前もクレジットされています。
ウォーサムはこの曲のマスター・テープをSun Records のサム・フィリップスに売り、Sunに最初の全米ヒットをもたらしました。
Johnny Braggはその後のキャリアを通じて、ウォーサムと仕事を続けます。
Robert Rileyはアレンジャーとして成功し、ウォーサムのSur-SpeedレーベルやTed JarrettのRef-O-Ree Records を初め、多くのレーベルで活躍しました。

ウォーサムの功績のひとつに、Tom "Shy Guy" Douglas を発掘したことが挙げられます。
1950年にDeltaに行ったものが彼の初録音であり、原盤はMGMにリースされました。
"Shy Guy" Douglas は、有名なExcello Recordsに移る前に、短期間のみ存在しウォーサムのChaneレーベルにも吹き込みを行っています。
その後、短い間Ted JarrettのCalvert レコードに在籍し、再びウォーサムの元へ戻ります。
ウォーサムは、60年代はじめに(50年代は休止していた)Bullet Recordsを復活させ、続いて姉妹レーベルのSur-Speed をスタートさせます。
"Shy Guy" Douglasは両レーベルの稼ぎ頭であり、"Shy" "Midnight Soul" を始め、野性味あふれるハーモニカ・ブルースを残しました。
ウォーサムの所有する Bon Aqua スタジオでは、Levert Allison (Gene Allison の兄弟) も録音を行いました。
この原盤は、短命だった El-Be-Jay にリースされています。

El-Be-Jayに録音したミュージシャンには、他にJohnny Braggがいます。
しかし、本CDに収められたトラックは、(Sur-Speedに)未発表のまま残されていたものです。
Sur-Speed のもう一人の主要アーチストは、Larry Birdsong です。
Ted Jarrettの Calvert / Champion / Cherokee レーベルでキャリアをスタートさせ、大手のVee-Jay Records に移ったシンガーです。
60年代なかばには、ウォーサムと関係を深め、Sur-Speed のために2枚のシングルを録音し、さらにShowboatのレーベル名でもう1枚リリースしています。
これらの録音では、Buford Majors のバンドがバックを務めました。
Georg Williams のレコーディングで演奏しているのも彼らです。
Bufordは、Earl Gains のサックス奏者として活動した後、自身のバンドでシンガーと一緒に南部を回っていました。
Larry Birdsong と George Williams の他にも、Rubin Russell、 Art Mayes 等のバックもつけています。
Georg Williams レヴューに関しては、Bullet からアルバムを出す予定でしたが、なぜか実現しませんでした。

Thomas Henry も、Ted Jarrettの元でキャリアをスタートさせた一人です(ウォーサムとTed Jarrettのキャリアは常に重なり合っています)。
Bon Aqua スタジオで録音した音源はついにリリースされませんでしたが、その後、Ted JarrettのRef-O-Ree レーベルにいくつかの傑作を残しています。
John Colbert の初録音もSur-Speed レーベルでした。
Colbertは、すぐにJohn Blackfoot と名前を変え、Soul Children のリード・シンガーとしてメンフィスのSTAXでレコーディングすることになります。

Bullet の初期から、カタログの中で大きな割合を占めていたのはゴスペルであり、それはウォーサムの時代も変わりませんでした。
実際、復活後のBullet Records で最もヒットに近づいたのは、Reverend H.L.Parker の "I Didn't Have No Doubt"でした。
やはりヒットには届きませんでしたが、Willie Gunn の "The Old Man" もゴスペル・ソウルの傑作です。

70年代はじめには、Bullet は注文録音を主に行うようになっていました。
名の知られたレーベルの下で録音してみたい、というミュージシャン志望者が、後を絶たなかったのです。
そんな中でもウォーサムは、数は少ないながら、良質のホンキー・トンク・カントリーのレコードをリリースしています。
80年代には、ウォーサムはBon Aquaスタジオをリースに出し、90年代に入ってリタイアします。
そして、2002年に亡くなりました。

ウォーサムの仕事には、たしかに一貫性が欠けていたかもしれません。
しかし、最高にラフで愛すべき音楽を残した業績は、色あせることはないでしょう。



Text by Fred James (Blues Land Productions)