2016年9月29日木曜日

長谷川豊氏の「人口透析患者は死ねばいい」ブログを読んで

長谷川豊さんのブログが、「炎上」しているそうです。
数回に渡って人工透析の問題を取り上げていて、その中でどうやらいちばん問題となったのが
という記事。
これはBLOGOSにも転載さてれいましたが、現在は、問題がある記事だったとして削除されています(9月19日に掲載(転載)した長谷川豊氏の記事についてのお知らせとお詫び)。
すでに元ブログにも修正が加えられ、タイトルから「殺せ!」は消えています。

ざっとまとめると、

  • 人工透析はものすごく費用がかかる
  • 患者の多くは、自身の不摂生に原因がある
  • 不摂生した奴らの世話に、真面目な国民の税金を使うのはおかしい
  • 患者自身に払わせるべき
  • 高額だから払えない
  • じゃあ殺せ
いろいろ事実誤認が指摘されています。
ググればたくさん出てきます。
例えばこのブログ
コピペうんぬんではなく、記事の中の間違いを指摘しています。

僕もたくさん検索したわけじゃないけど、どうやら今回は、長谷川氏に賛同する意見はネット上にもほとんどないらしいです。
だから、「炎上」というより「問題記事」として、BLOGOSでも削除されたんだと思います。


と、もうここまで書くので疲れた。
ここから、ようやく言いたいことを書きます。

自分を偉いと思っている人はみにくい。

僕は、人工透析のこと知らないし、長谷川氏の意見が正しいのか、事実誤認ばっかりの記事なのか、わかりません。
でも、少なくともこのブログを読んで、いい気分にはならない。

まず、言葉が汚い。
悪意がある。
内容に関わらず、読んでいて不快です。
僕ね、実は以前は、長谷川氏のブログが好きで読んでたんですよ。
一貫性のある主張をズバズバ言うので、賛否は置いておいても信用できるから。
ズバズバ言うから当然からまれてバッシングされて、それでもブレなくてすごいな、と思っていました。
それがいつ頃からか、どんどん汚い言葉を使うようになってきたんです。
内容に賛同できるときでさえ、読んでいてネガティブな気分になる。
それで、しばらく前に読むのをやめました。
今回なんて、タイトルに「殺せ!」とか入ってるんですよ?
さすがに、自分で修正したようですが。

もうひとつ、自分は頭が良くて「正しい」、という、上から目線を感じます。
(「上から目線」って、嫌いな言葉なんですが、パッと他にいい言葉が見つかりません。)
正直、長谷川氏が「バカども」って呼んで見下してる人たちについては、僕もバカだと思うことが多いです。
氏が感じる憤りに共感もします。
でも、自分が絶対的に「正しい」とは思わない。
そう思ってしまったら、僕も「バカども」と同じじゃないですか。


そもそも、ブログに書き、BLOGOSにも転載したりしてるということは、不特定多数の相手に意見を伝えたいわけでしょう。
僕のように、氏の考えに共感できるタイプの人間でさえも、あまりの暴言・暴君ぶりに、読まないんですよ?
意見の違う相手に伝えるには、感情を抜かなきゃいけないわけで、これじゃあぜんぜん届かないと思います。
そして、意見の違う人たちに伝わらない限り、それは仲間内で盛り上がってるようなことで、広がっていかない。
もしかしたら、そのままじゃ広がらないから、多くの人の目に触れさせるために、どんどん言葉を過激にして「炎上」を利用してるのか、とさえ 疑ってしまいます。

そういう違和感については、医師の方のこちらのブログにも書かれています。
この記事、僕は好きです。


嫌いな人でも、「悪人」とされてる人でも、絶対にいい部分や感心できる部分が、あると思うんです。
逆に、好きな人にだって、そこちょっと嫌だな、という部分がある。
だったら、どんな相手でも、できるだけ少しでもいい部分を見るようにしたほうが、自分だって気分がいいはずです。

さっき、意見が違う人に伝えるには感情を抜かないといけない、と書きました。
自分の感情を相手にぶつけてはいけない。
それでも、相手のいい部分を見るようにすれば、そこに寄り添うような話し方ができると思うんですよ。
相手の感情に、響くと思うんです。
どんなに間違ってるように思える意見でも、意見の裏には理由があって、さらに元となる感情があるはずですから。
その感情レベルから全く一片も共感できない、ってことは、めったにない。


長谷川氏は、話すこと、人に伝えることを職業にしてるはずなのに。
自分でも、そのことに自信をもって誇らしげにしているのに。
どうしてこんな風になってしまったのか。
今では、なんだか急進的カルト宗教の教祖みたいに見えます。
基本的な考え方には共感するだけに、残念です。

そして、僕も強い言葉を使うことがあるので、奢らないようにしなければ。
みにくくなりたくないから。

2016年9月28日水曜日

サム・クックは遠い

サム・クック「ナイト・ビート」を聞いている。
もしかしたら、今までいちばんたくさん聞いてきたアルバムかもしれない。

好きなミュージシャンと聞かれると、いつもサム・クックと答えます。
でも、実は聞くのはこのアルバムばっかりなんです。
他のレコーディング・セッションは、バンドのサウンドがいいと思えなくて。
いわゆるスタジオ・バンドの、商業的なサウンド。
ドラムはアール・パーマーだったりして、けっして悪い演奏じゃないんですが、グルーヴがあるとは思えない。
たぶん僕がここで物足りなく思うグルーヴって、リズムの良さや、いわゆる上手さ、みたいなことじゃなくて、もっと音楽的に分析不能なサムシングエルスな部分なんですよ。

サムの声は、いつでもどの曲でも、素晴らしくサムシングエルスに満ちている。
それでも、バンドの音がイマイチだと、どうしても聞く頻度が落ちます。
「Twistin'〜」とか、いいって言う人も多いけど、僕はそう思えない。
「Night Beat」だけが、唯一心から最高だと思えるアルバムです。
これだけ聞いてればいい、って気になる。
サムの声は、聞き飽きるということがない。
何回繰り返し聞いても、そのたびに心に響いてくる。
声の中の、情報量、みたいなものが圧倒的です。
このアルバムを聞くたびに、いつも感動します。

「ハーレム・スクエア」は、別格ですよ。
でも、熱がありすぎて、あれは日常的に聞くものじゃない。
あんなの毎日聞いてたら、何もできなくなっちゃう。
あと、ソウル・スターラーズ時代のも、好きです。


こないだのGWOのライブで、「ナイト・ビート」の3曲めに収められている"Mean Old World"をやったんです。
いまあらためてサムの歌を聞いてみて、自分が恥ずかしくなりました。
こんな風に、俺はとてもじゃないけど歌えていない。
歌えない、って、もちろんクラリネットで、です。
サム・クックへの憧れがあって始めたGWO。
ああ遠い。
もちろん、声と楽器じゃ違うし、サムのような高みに到達できたボーカリストなんて、そもそもいないかもしれない。
それでも、近くに行きたい、と思います。
もっと、謙虚に、真摯にやらないといけない。



そうそう、昨日はダイ&チエさんの結婚パーティでした。
参加者はほとんどミュージシャンで、ずっと誰かが演奏してる。
しかもかなりいい演奏ばっかり。
スペシャルなパーティでした。
僕は、要所要所でのBGM的な演奏を、頼まれていました。
基本、ギターの八木橋さんとデュオで。
久々にジャズっぽい演奏をしました。
八木橋さんのギターはどこを切っても音楽的で素晴らしい。
もっと僕も練習しないと。
最近は、特殊なライブばっかりやっていて、普通の演奏をしてない。
もっといろんな人と自由に音楽ができるように、しっかり地に足をつけて楽器の練習をしよう。

いい場所に音楽で参加できて、光栄でした。
だから、もっといいミュージシャンにならないと、いけないな。


と、思いました。



2016年9月26日月曜日

N.O.生活17 - 友達紹介 Matt Bell

僕の在籍していたのはジャズ科です。
当然、モダン・ジャズが好きな生徒が集まります。
ニューオリンズ音楽に惹かれてやって来たのは、僕くらいです。
まずそこでギャップがあるのと、育った国も違うし、年も離れてるし、すごく話が合うということは、なかなかありません。

そんな中で、ひとりだけ、音楽の話が合う奴がいました。
マットというギタリスト。
たしかほぼ同い年。
マイペースでレイドバックした奴でした。
家のポーチで仲間とビール片手に好きな曲を演奏してのんびり過ごす絵が似合うようなタイプです。
会話のペースものんびりしていて、ブラックなユーモアもある。

音楽の趣味が似てたんです。
ジャズでも古い時代やエンターテイメント性のあるものを好み、カントリー、ヒルビリー方面に詳しかった。
日本で「モンド」と呼ばれる、例えばジョー・ミークやボブ・ドロウも好きで、レイモンド・スコットの話で盛り上がったり。

マットは決して超絶に上手いミュージシャンではありませんが、アレンジャーとして色んな仕事をしていました。
芝居の音楽を書いたり、バーレスク・ショウの音楽監督を務めたり。
町の外のカントリー・シーンとも交流があったし、底抜けに明るいJoyというガールフレンドと一緒に、コメディ・ショウのようなカントリー・バンドを組んで活動していました。


ギタリストとしても重宝されていました。
前に出てソロを聞かせるタイプではないけど、古いスタイルを志向するミュージシャンが少ないことと、音楽への造詣が深いので信用があったんです。
みんなをリラックスさせる性格もあって、特にシンガーに好かれてましたね。
この文章を書こうと思って検索してみたら、いまは人気スイング・バンドNew Orleans Jazz Vipersのメンバーになっていました。
友達が活躍してるのを聞くのは、嬉しいものです。


マットとはよく一緒に演奏しました。
パーティなどに呼ばれて2〜3人の小編成でジャズをやることもあったし、ウエスタン・スイングのバンドや、大学内でもジプシー・ジャズのバンドを組みました。

なかでも面白かったのは「フリンジ・フェスティバル」という演劇のイベントです。
各地から若い作家や劇団がニューオリンズに集まり、何日もに渡って数会場で演劇やパフーマンスが繰り広げられます。
ニューオリンズ以外にも、たしかニューヨークかどこかでも開かれていたフェスティバルです。
マットは、役者やパフォーマーなど若いアーチスト達と交流が深く、彼らに音楽を提供することも多かったんですよね。
で、ある芝居で生演奏をするのに、僕も誘われたんです。

主人公がウサギの国に迷い込む、という、 「不思議な国のアリス」をモチーフにした、コメディ・タッチの物語でした。
僕らは、ウサギの国の農夫のバンドという設定で、長い耳をつけてステージに上がりました。
全編にわたって、マットが書いた曲を演奏します。
なかなか凝ったアレンジでした。
シーンに合わせて即興したり、効果音をつけたり。
ちょっとした動きや振り付けもありました。

自由でクリエイティブな空気にあふれた現場でした。
役者がみんな素敵な人たちで、他のバンド・メンバーもジャズ・ミュージシャンではなく、型にハマっていない。
僕らは1日くらいしかリハしてないし、役者だって何週間も練習してるわけじょないから、余計にクリエイティブにならざるを得なかったのかもしれない。
数日の公演だったけど、毎日楽しみでした。


山奥の結婚パーティに行ったことも忘れられません。
マットとジョイの車で数時間。
森の中にある、別荘のような広大な家が会場でした。
庭にテントが張られていて、白いクロスのかかったテーブルが並んでいる。
アメリカ映画の野外集会のシーンに出てくるような景色です。

なぜだか忘れたけど、もう一人の管楽器奏者が急に来れなくなってしまい、僕がメロディを担当することになりました。
そして、ドラマーかベーシストかは、ロックミュージシャンで、曲をあまり知らない。
わざわざ呼んでもらってるのに、ヘタな演奏をするわけにはいきません。
マットと僕が主導して、なんとか形にして。
けっこう大変でしたね。
ステージが終わって、思わず"We Nailed it !"と手を叩き合いました。

近くの川へ降りて行って、結婚の誓いを行いました。
僕らは楽隊のようにして演奏しながらみんなを先導します。
河原に集って、誰だったか牧師役が誓いの言葉を読み上げて。
広大な自然の中での、ピースフルな結婚式。
スティック・ウェディングと呼ばれるものでしょう。
日本でも流行ってるけど、あそこまでのものはなかなか体験できないでしょう。

検索したら、マットとジョイの式らしい写真がありました。
僕が参加したのも、こんな感じでした。
ふたりも、あんな風にして結婚したんだな。
友達に囲まれて。
その場にいたかったな。
いい写真です。


僕自身、「ミュージシャン」になりたくて楽器を始めたんじゃありません。
とにかく面白いことがやりたい、というのが動機です。
いわばミュージシャン志向ではない部分が、マットと合ったんですね。
そういう出会いは、日本でもそうはありません。
もしニューオリンズに残ってたとしたら、一緒に面白いことが、できたろうな。

きっとマットもそう感じていて、僕のことを「My Man」と呼んでくれていました。
マイ・マンって、大げさに聞こえるけど、アメリカでは大事な友達に対して親しみを込めて使われる呼び方です。
僕にとっては自然な言い方ではなくて、マットを「My Man !」と呼ぶことはなかった。
こんど会ったら、「Hey Matt ! My Man !」て言いたい。
大事な友達のひとりです。
音楽を続けていれば、また会える日が来るでしょう。

2016年9月25日日曜日

静かなソウル『GWOアンプラグドwith井上民雄』終了!

昨晩は、『GWOアンプラグドwith井上民雄』。
いいライブでした!

先攻の民雄さんのステージが、良かった。
前回見たときは座っていたのが、昨日は立って歌う。

いつものように淡々と歌います。
たまに入るMCが、こちらをリラックスさせてくれる。
民雄さんの音楽は、緊張感がありますからね。
もちろん、いい意味で。

あらためて、すごく個性的なシンガーソングライターだと思いました。
でも、個性的だということに気づかない人も多いんじゃないか。
何も目立つことや変わったことをしないので。
そういうことも含めた、いわゆるキャッチーさは、ありません。
カラオケで歌われたりするヒット曲とは、違う世界の音楽です。
だから僕は民雄さんの音楽を、誰にでも勧めることは、しないかもしれない。
良さがわかんない人もいるだろうから。
でも、逆に民雄さんの音楽をいいと言う人とは、音楽以外のもっといろんなことを共有できると思います。
この音楽の素晴らしさに反応できる自分の感性が、はっきり言ってものすごく誇らしいです。

ということを考えながらライブを味わい、最後に呼ばれて一緒に3曲演奏しました。

久しぶりに、ステージ上で緊張しました。
ステージに立つことに、じゃなくて、民雄さんの音楽に加わることに対して。
すごく繊細で完成度の高い音楽なので、その世界を乱さないように、ものすごく集中します。
ブログでもよく書いてるけど、僕は自分を表現することには興味がなくて、それよりも音楽の中に埋没したいんです。
昨日は、民雄さんの音楽の一部になりたかった。
少しは、そうやれた気がします。
またやりたいです。


続いてGWOのステージ。
MCで、何度「渋く」と言ったか。
とにかく歌い込むことを考えて演奏しました。
めずらしく譜面台を立てて、歌詞カードを置いて。
新しく用意した曲も多くて歌詞を覚えきれなかったのもあるし、じっくりと歌詞を追いながら演奏したかったんです。
いやー、汗かかないもんですね。
普段のGWOのライブでは、数曲やったらもう息切れして汗だくになります。
それが、昨日はライブが終わっても、いつもの1曲分くらいしか消耗していない。
こんなに違うものか。

吹きかたが違う。
いつもは、自分の限界を超えたいというような気持ちで、「もっと!もっと!」と思いながら吹いています。
後頭部の血管が切れるんじゃないかという瞬間もあるくらいです。
なんか、一線を超えたい欲望があるんですよね。
それが昨日は、本当に「歌う」ことばっかり考えていた。
すごく丁寧に歌いました。
まあ、汗かかなかったのは、単純に、あまり動かなかったから、というのが大きいでしょうけど。

1. Wild Ox Moan  
2. Mean Old World  
3. Cry To Me  
4. Lonely Teardrops 
5. It's Wonderful To Be In Love
6. I Won't Cry
7. Please Send Me Someone To Love
8. Beautiful Isle Of Somewhere 
9. I Wish I Knew (How It Would Feel to Be Free)

個人的には、Wild Ox Moanをやれたのが嬉しい。
これ、メロディなんて8小節しかない。
とうか、メロディという概念の曲ではありませんからね。
古いブルースやハラーのような感じで、言葉を乗せるための曲です。
それをインストで、しかも何のフェイクもなしに、音域すら変えずにやれるなんて。
俺すごいな。大人になったな。


最後はみんなで。
民雄さんが選んだ曲は、なんとニール・ヤングの「Heart of Gold」!
また渋い!
拍手に乗せられて、もう一曲ブルースをやりました。
テーマも何もない、ブルース・セッション。
クラリネットで女性客に絡んでみたりして、盛り上げました。
こういうテンションも、ライブならではです!


正直、不安もあったライブでした。
だって、GWOの持ち味ともいえる部分を、禁じたわけですから。
例えば、高音で思いっきり吹けば、それだけで盛り上がります。
そういう表現をなしにして、ただただメロディを吹くことだけに徹する。
自信と不安の混じった気持ちでした。
こんなにいいライブになるとは!
お客さんが、しっかり聞いてくれてるのがわかったし、「たまにはこういうのやって!」という声もいただきました。
うれしいな。
またひとつ、あらたな確信が持てました。


ライブ後、民雄さんと飲みました。
やっぱり、音楽に対するこだわりというか、「芯」がある。
音楽に対して誠実なんですね。
たぶん、音楽以外のことに対しても、そうなんでしょう。
弾き語り、もっとやってほしいな。
見に行きますよ!


今回のようなライブができたのは、民雄さんのおかげです。
ありがとうございました!

2016年9月21日水曜日

土曜は三鷹へ!『GWOアンプラグド』やりますよ!

土曜はバイユーゲイトにて、Golden Wax Orchestra のツーマン・ライブです。
この企画も、数えてみたらもう7回目となります。
ロックだったりブルースだったりラテンだったり。
共演者に合わせて曲を選び、毎回違うことに挑戦するのが、醍醐味です。

今回は、最近の「熱い」GWOとは打って変わった、「聴かせる」ライブです。
共演者は、Stumble Bumの井上民雄。
弾き語りです。
渋いです。
ブルースやルーツ・ロックの影響が見え隠れする自作曲を、淡々と、誠実に歌う。
一聴すると地味だけど、よく聞くと、語尾だけさりげなくコードが伸びていたり、メロディとコードの組み合わせが考え抜かれている。
凝ったコードを使うわけじゃない。
あくまでもシンプルな音使いの中で、聴かせる。
詩も、独特です。
いや、「独特」「個性的」といった表現から連想するような、変わった言葉を使うんじゃないんですよ。
少ない言葉を、音楽との組み合わせで響かせる。
ストーリーに頼らず、抽象的すぎることもない。
こういう人は、ちょっといません。


熱くソウルフルなステージがGWOの持ち味と思ってる方も多いでしょう。
今回は、違います。
シャウトして暴れまくるようなことは、ありません。
民雄さんのように、一曲一曲じっくり聞かせることに、挑戦します。

題して『GWOアンプラグド』。
いや、クラリネットはいつもアンプラグドなんですけどね。
アンプラグドな気分で、やります。
ギターも、エレキではなくアコギで。
曲もそのために選んだし、いままでのレパートリーも、アレンジを変えて新しい気持ちで演奏します。

イメージは、こんな感じ。

ジェフ・マルダーの弾き語りライブの演奏です。
ジェフは、やはり70年頃のアルバム群が素晴らしいけど、単純にシンガーとしても、大好きなんです。
最高に「ソウルフル」なシンガーの一人だと思っています。

もうひとり、エリック・ビブ。

歌い上げないしシャウトしない。
地味だけど、心にせまってくる。
自作曲も、シンプルだけど深みがありす。
やはり「ソウルフル」なミュージシャンです。
彼については、以前にもブログに書きました(『Eric Bibb』)。

すべてをさらけ出して音楽に託して、全身全霊で歌うのも、ソウルです。
そうできる器が、ソウルという音楽形式でもあります。
でも、あえてグッと気持ちを抑えた表現もある。
静かなソウル。
わかりやすいところでは、ニーナ・シモンとか、そうでしょう。

民雄さんも、そうです。
一緒にやるのが、楽しみです。
「静かなソウル」に、挑戦します。
 

いつもほどの汗はかかないかもしれません。
見ごたえ、というより、聴きごたえのあるライブにしたいと思っています。

聴かせる自信、ありますよ!
お楽しみに!


9/ 24日(土) 
 『GWOアンプラグド with 井上民雄』
三鷹 バイユーゲイト
http://bayougate.voxx.jp/eventschedule.htm
出演 Golden Wax Orchestra / 井上民雄(Stumble Bum) 
開場 19:00 開演 20:00 
料金 2000円(+要1drinkオーダー)

2016年9月20日火曜日

忘れ物が多いんです

忘れ物が多いんです。
ライブをやると、 ライブハウスに忘れ物。
練習したスタジオやカラオケボックスにも忘れ物。
携帯の充電器や、リードケースや譜面をよく忘れます。
クラリネットのスタンドを忘れたこともあります。

先週も、レコーディングしたスタジオにチューナー忘れかけたし、その前の週くらいにも、練習した公園にスマホ忘れて、家に帰って気づいて探しに戻ったらベンチの下に落ちてた。
数年前だけど、公園で練習中に鏡を木の枝に引っ掛けて使ってたのを忘れて帰って、数日後に同じ場所に練習しに行ったら、鏡がそのままになってて驚きました。

地方に演奏に行ったら、いつも持ち歩いてるリードケースがなくて焦ったこともあります。
前日のライブ会場に忘れたんですね。
さすがに取りに戻れないので、練習用のボロいリードでライブをしたこともあります。

一度なんか、茨城に楽器を置いてきたことがありました。
その日は、クラリネットに加えてソプラノ・サックスも持って行ったんです。
両方とも、ひとつのリュックに入れて。
僕のソプラノは、ヴィンテージのいいやつなんで、それを楽屋でひとしきり見せびらかして自慢してたんですよ。
そしたら、そのままリュックにしまい忘れてしまって。
サックスは普段は持ち歩かないし、リュック自体はしょってる訳だから、何の違和感もなく帰路につきました。

家に帰ってから、対バンしたミュージシャンから連絡がきたんです。
「楽器忘れてませんか?」って。
リュックを開けてみると、サックスが入ってないじゃないですか!
そんなことって、あるの!?

ラッキーなことに、連絡くれた人は家が近くで、後から車で楽器を持って帰ってきてくれていました。
あわててすぐに自転車で受け取りに行きましたよ。
お礼にレアなCDを数枚持っていって。
いやーあれはビックリした。
助かりました。

そんななんで、いまでは周りが気にかけてくれるようになりました。
ライブの帰りがけに、「充電器は大丈夫?」とか「忘れ物ない?」とか、共演者やお店の人が声をかけてくれる。
ありがたいことです。
おかげで忘れ物も減ったと思います。


昨日は、また新手の忘れ物が。
ライブを見に行く予定を、忘れたんです。
家で夕飯を作ってたら、電話が鳴りました。
「哲平さん、今日来ますか?」
なんのことか分からない。
聞くと、西荻窪HANAでのW.C.カラスのライブに、僕の名前で予約が入ってると言う。もう始まるよって。
えー!?
気になるライブだけど、もう完売だから行けないなー、なんて思ってたのに。
その完売に、自分の予約もカウントされていたなんて。

数ヶ月前に、HANAでライブをやりました。
そのときに、こんどカラスさんがやるって聞いて、行きます!って言ったんですよ、たぶん。
いや実は、手帳の今日のところに「カラス」って書いてあったんですよ。
でも、なんのことか分からなくて。
ちょうど先月に富山で一緒にライブをやったし、月を間違えてメモしたのかな、と思って、その「カラス」を二重線で消してあるんです。

予約してライブに行くっていう習慣がないですからね。
しかも、2ヶ月とか前から予約するなんて、まずありません。
気になるライブは、日付だけ手帳にメモして、近くなって予定が入ってなければ行く、というやり方をしています。
とまあ、いい訳ですけど。


電話もらってすぐ、西荻窪へ向かいました。
なんとか間に合って、ライブ途中に「クラリネットプレイヤーの〜」ってステージから紹介されながら客席につきました。
けっきょく、半分くらいは聞けたんじゃないかな。
よかった。

レコーディング中の新曲を交えた、いいライブでした。
HANAは小さい店なので、一体感があります。
カラスさんの自然体が、店の雰囲気に合ってる。
お客さんもみんな楽しそう。
完売だっただけあって、この日を楽しみにしてたんでしょう。
僕以外は。

終わって、飲んで、楽しい夜を過ごしました。
行けてよかった。

皆様のおかげで、やれてます。
これからも、よろしくお願いします。

2016年9月19日月曜日

自由でポップでクレイジーな「大島武宜と伊藤絵里」!

久しぶりに、衝撃的に素晴らしいミュージシャンと出会いました。

山梨の山奥の音楽フェスに出演したんです。

出演者は、知らないミュージシャンがほとんどでした。
自分の出番も終わり、何の予備知識も期待もなくプラプラしている中で始まった、彼らのステージ。
目が覚めました。

なんと言えばいいか。

ギターと、パーカッション&ピアノの二人の、インスト音楽。
エクスペリメンタル?
ジャム・バンド的な、でもグルーヴに重きを置くわけじゃなくて、変拍子も多いけどプログレや渋さ知らず的アングラ・ジャズの閉塞感は皆無。
自由で、ポップで、刺激的です。

HPにいくつか映像があるけど、どれもやっぱりライブの凄さは伝わりきらないと思うから、見に行ってみて欲しい!
中でも良さそうなものを上げておきます。



女の子は、この曲以外ではピアノを弾くことが多かったです。
他にも要所要所で、いろんな小物やオモチャを使うのがまた効果的。

こんなポップな曲もあります。
素敵な農園
これも、ライブでたぶんほぼそのまま演奏されてました。

とにかく、自由さが最高。
「曲」というよりは、フレーズの反復による演奏もあるけど、それでもまったく飽きない。
そして、こういう実験的とも言えるミュージシャンにありがちな、内にこもる感じなない。
ちゃんと「見世物」として成立してる。
お客を楽しませるという意識がしっかりしてるし、何よりもポップなセンスが素晴らしい。
演奏してる姿もすごく楽しそう。
枠組みに囚われずに音楽する喜びに、満ちている。

ああ言葉で説明するのは難しい!
あんまり最高だから書きたくなったんだけど、やっぱりライターとかそういう人はすごいな。


僕はルーツ系の音楽ばかりやってるけど、実は変な音楽が大好きなんですよ。
もともと、「ミュージシャン」になりたいなんて思って楽器を始めたんじゃないですからね。
ボンゾ・ドッグ・バンドがやりたかったんです。
オブ・モントリオールとか。
キャプテン・ビーフハートとかメイヨ・トンプソンとかシャグスとか大好きだし。
わかりやすく言えば、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」みたいな、ポップで変な音楽。

プログレは、ポップさがないからダメ。
ぜんぜんダメです。
カンタベリー系も、ダメ(ケヴィン・エアーズは例外)。
渋さ知らず系や中央線アングラ・ジャズも、ダメ。
みんな、すぐ「演奏」に走りたがるからね。
時空を超えたソロとか、あなたのエゴとか、知性のひけらかしとか、これっぽっちも興味ないんで。
あとちなみに、ビーフハートは最高だけど、フランク・ザッパはダメです(これ、たぶん説明難しいんで、こんどまた書きます)。


「ポップ」であることが、重要なんです。
たぶんこれは音楽に対する、僕の根本的な基準で、モダン・ジャズやフュージョンに否定的なことにも通じます。
そして「変」は、イコール自由ということであって、それは驚かされる喜びでもあります。

このふたつの要素が両立してるバンドって、すごく少ない。
日本では、パッと思いつくところでは Mong Hang だけです。もう解散しちゃったけど。
Mong Hang のメンバーは、その後WUJABINBINというバンドをやっています。
いいバンドですが、僕はそんなに興味ありません。
「演奏」の比重が高いので。
けっきょく、ソロ回しの音楽になってしまっていて、ジャズやアート・即興音楽に近づいてしまっている。
モンハンのファンとしては、とても残念です。


「大島武宜と伊藤絵里」は、そんな僕の厳しい基準を軽々とクリアしてくれた!
ライブの最後では、客に鍋や棒を叩かせて、自分たちは楽器を置いて歌って、しかもその客の叩く音を録音していた。
何かでその音を使うんでしょう。
僕もボウルを、叩きました。
最高でした。

ライブ後に声かけて「最高でした!」って言ったら、向こうもコロリダ スを聞いて気に入ってくれていたみたいで。
ジャンルとしては、なかなか絡みそうにないですけどね。
こうやって出会えて、いやー本当にこのイベントに出てよかったなーと思いました。

ふたりは、Senkawos というバンドのメンバーです。
ジャム・バンドみたいな フィールドで活動してるみたい。
YouTubeで聞いてみたら、なかなか洗練されている。
なんとなく「大島武宜と伊藤絵里」の方が好みかもしれないな。
でも、わかんない。
Senkawosは、ライブ見てないからな。
ライブ見てみたいな。
ライブ見ないとわかんない。


曲がりくねった山道を抜けて走った先に、こんな出会いがあるとは。
出会いも、フェスの魅力のひとつです。
行ってよかった!

2016年9月13日火曜日

9/12

りぶさんの江口優のソロライブを見に行きました。
上町の亜細亜食堂サイゴン。
けっこう広い。
料理が美味い。

りぶさんの時とはまた違った、リラックスした、朴訥とした音楽です。
「My Blue Heaven」「Mr. Bojangles」で始まり、カバーと自作を混ぜたステージ。
いいな。
彼の好きな音楽が透けて見える。
こういう人が近所の店で演奏してたら、フラッと寄っちゃうだろうな。

彼の後ろでクラを吹いてみたい。
弾き語りの人を見て、たまにそう思います。
僕は前に出て盛り上げるような役回りが多いけど、実はシンガーの隣で、地味に引き立てるようや演奏をやるのが、好きなんですよ。


見に行ってよかった。
やっぱり演奏してる姿を見るのは、いい。
話したりメールしたりする以上のことが、分かります。
人柄、とでもいうのか、大げさに言えば、その人の本質、みたいなことです。
本当に、わかるんですよ。

僕にとってライブって、いい音楽を生で聞く、っいうのはもちろんだけど、もっと、その人に会うというか、知る、つながる、って感覚があります。
音楽の内容の良し悪しより、そういうコミニュケーション的な側面の方が大きいかもしれないくらい。
それがないライブは、つまんない。

自分が音楽をやるのでも、たぶんそうです。
純粋に音楽的なことだけじゃなくて、内面的なふれあいがしたくて、むしろそれがしたいから音楽をやってるんだと思う。
だから例えば、呼ばれて行ってオーダー通り吹いてサヨナラ、っていうのや、いわゆる営業仕事とかは、嫌です嫌いです。

江口くんが、ある曲にインスパイアされた自作曲だと言って歌いはじめた。
はじまった瞬間に、あーこれはドックオブザベイだな!ってわかりました。
そういう、好きな音楽を共有できるのが、またうれしい。
優秀なミュージシャンでも、スキルはあっても音楽を聞いてない人って、多いものです。
それは、違うんですよね。
音楽は、物理的な現象じゃなくって、心を乗せる乗り物(英語でBehilleと言います)に過ぎない。


先週ブルースのライブをやりました。
個人的には、ブルースのマナーが消化しきれてなくて、音楽面で不満の残るものでした。
でも、見た人はみんな、良かった素晴らしいって言ってくれる。
あれも、そういうことだったんでしょう。
人の心に届くのは、僕の音じゃなくて、そこに込められた僕の心なんですよ。 

昨日はちょうど昼間にレコーディングの手伝いでクラを吹いてきて、そこは音に対してシビアな場で、やっぱり自分のスキルのいろいろを痛感するわけです。
でもそこでも、やっぱり感情的なものを乗せたテイクの方が採用されますからね。
まあ、そうじゃない現場もあるでしょうけど。
まず心があって、それをもっとうまく音に込められるように、スキルを磨く。
これが正しく健全なやり方なんじゃないか。


話が逸れてしまった。
やっぱりライブに行くのは、いい!
ってことを書きたかったんです。

そうそう、たまたま昨日の朝、江口くんから、こんど一緒にライブやりませんか?って誘いのメールが来たんですよ。
夜のライブに行くことは伝えてなかったのに。
面白いな。
ライブ後に飲みながら相談して、10/29土曜にやることになりました。
念願の、湘南台・中華三番で。
楽しみです!

2016年9月10日土曜日

N.O.生活16 - ハイレベルな学生たち

アメリカの大学には、いろんな学生がいます
ジャズ科は特にそうでした。
地元や近隣の州から来てるのは、だいたい半分くらい。
あとは、人種も年齢もバラバラです
留学生は少なかったですね。
ジャズ科全体でも4〜5人くらい。
僕以外では、韓国とブラジルから1人づつと、ヨーロッパから1〜2人しかいませんでした。


けっこう多いのが、ニューオリンズですでにミュージシャンとして活動していて、学位を取るために大学に入学する、というパターン。
演奏で稼げていても、やはり不安定なのには変わりありません。
定期収入を得るには、学校で音楽を教えるのが手っ取り早い。
教職を得るためには学位が必要なので、大学に通うんです。

彼らは、ライブやツアーの予定があって授業に出れないこともあります。
教授もそれを理解していて、最低限やることだけやってれば、ちゃんと卒業させてくれます。
そういうユルい大学だから、そういう学生が集まってくるんでしょう。
彼らのおかげで授業のレベルが上がって勉強になった面もありました。


ネイサンという、若くして音楽の世界に入り、高校もロクに通っていないベーシストがいました。
まだ20才くらいだったと思います。
その歳にしてすでに町で最も多忙なミュージシャンの1人でした。
最初、本人は大学に行く気なんてなかったみたいです。
大学に行けば、演奏活動の時間が減りますからね。
それでも、周りや家族に説得されて、ニューオリンズ大学に入学してきたんです。

気のいいヤツでしたが、本当に勉強が大変そうで。
そりゃあ、いままでやって来なかったんだから。
ジャズ科の授業でも、演奏はできるけど理論はちゃんと知らず、苦労してました。

ニューオリンズには、そういうミュージシャンが、いまだにいるんですよ。
いまでは世界的なプレイヤーの、トロイ・アンドリュース(トロンボーン・ショーティ)も、そうだったらしいです。
幼い頃から、周りのミュージシャンに可愛がられ、耳を頼りに演奏を楽しみながら音楽のスキルを身に着けていく。
そういう子供たちに譜面や理論を教える、 NOCCA(New Orleans Center for Creative Arts)という音楽やアートに特化した高校(?)があるくらいですからね。
NOCCA出身の地元のトップミュージシャンが母校で教えるケースも多いので、先生陣も恐ろしく充実している。
たぶん、NOCCAの音楽クラスのレベルは、日本の専門学校よりずっと高いと思います


まだ10代なのに、すでに楽器を完璧と思えるまでにマスターしている生徒も何人かいました。
テクニックだけではなく、耳もいいしアレンジもできる、文句なしにいいミュージシャンです。
実際に、授業の合間に一流ミュージシャンのバンドに加わってツアーやフェスに出ていました。
彼らは今まだ20代半ばだと思いますが、Youtubeのニューオリンズのミュージシャンの映像で、大御所のバンドで顔を見かけることも多いです。

アメリカのミュージシャンの、層の厚さを痛感しましたね。
ハタチであれだけ楽器を自在に操れるミュージシャンなんて、日本では見たことありません。
本当に、日本の一流ミュージシャンより上手いんじゃないか、ってくらいなんです。
しかもそれが何人もいる。

海外では、10代前半で有名バンドに入って〜みたいな話がよくあるじゃないですか。
◯◯は10歳ですでに楽器のテクニックをマスターしていた、とか。
それって、たぶんそこまで特殊なことじゃないんですよ、きっと。
みんな若手ミュージシャンをどんどん抜擢するし。
トップ・ミュージシャンのバンドに、ハタチそこそこの息子や孫みたいな年齢のメンバーがいるのは、ごく普通のことです。
特にニューオリンズは、その傾向があります。
若手を育てる、という意識がすごく強いんですよ。
日本にはないその空気が、ミュージシャンの層の厚さに繋がっているんだと思います。


そういう、これから間違いなくジャズ界のメンイストリームを歩き続けていくだろう、少なくともその資質はあるだろう、という若者と、席を並べていたわけです。
とても刺激になりました。
いろんな意味で。

2016年9月8日木曜日

恵比寿Marthaで飲んだ

恵比寿のMarthaというお店に飲みに行きました。
店の外には、ディラン、キャロル・キング、アレサ、マイルス、などのレコードジャケットが飾ってある。
中が見えなくて入りづらい。
ドアを開けようとすると、小窓にはトム・ウェイツの写真が。
たぶん店名も、トム・ウェイツの曲名から取ったんだと思います。

入ると、意外にもかなり広くて、内装もものすごくこだわってる。
カウンターの中に巨大なタンノイのスピーカーがあり、真空管アンプが何台も並んでいます。
奥の壁にはレコードがズラーっと並んでいて、選曲担当の店員が一曲づつレコードをかけている。 

カウンターには一人客もいるけど、いかにも恵比寿のハイセンスな業界系サラリーマンやOLが多い。
店員も、男女共に絵になる人ばっかり。

満席で、ウェイティング・スペースのカウンターに通されました。
横の壁には、デヴィッド・リンドレー、後ろの壁にはニール・ヤングのポスター。
続々と、そんなに音楽詳しくなさそうなお客が入ってきます。
ニール・ヤングやディランはともかく、デヴィッド・リンドレー知ってる客なんて、店内に何人もいないと思う。
60〜70年代ロック周辺の音楽をものすごくいい音響でかけてるこだわりの店なのに、いまどきのオシャレな一般客で満席という、この違和感。
なんなんだ、この店は。


カウンターの真ん中の、たぶんいちばん音のいい席に座りました。
ペット・サウンズとか60年代ブリテッシュ・ロックもかかったけど、やっぱりアコースティック楽器の音がすごく気持ちいい。
ウッドベースの音の質感とか。
アラン・トゥーサンの「AMERICAN TUNES」のソロ・ピアノが、すごく良かったな。


あんまりいい店だから、友達を呼ぼうと電話したんですよ。
そしたら、脇からディスクユニオンのビニール袋を持った男性が飛んできて、カウンターは電話禁止なんです、と注意されました。
ああそうなんだ、と、席を離れました。
戻ると、その男性はカウンターの中に入っていた。
店員、というか、たぶん店長かオーナーだったようです。

そのあと、話が盛り上がってたら、今度は別の店員から、声が大きい、と注意されました。
ちょっとビックリしました。
というのも、別にずっと大声で話してたわけじゃなくて、一瞬だけ笑い声が大きくなっただけだから。
それに、もう深夜でお客もまばらで、近くのお客に迷惑になってたわけでもないはず。

ルールとして、電話や一定以上の声量は禁止で、問答無用で即刻取り締まると決めてるんでしょう。
それは店の自由だからいいですよ。
でも、じゃあ最初からルールを教えといてくれればいいのに。
カウンターのどこにも、声は小さく、とか電話禁止とか書いてない。
注意されたあとでトイレに行ったら、張り紙してありましたけどね。
メニューの裏とかどこかに、書いてかったのかもしれない。
でも、客が気づかなきゃ無意味です。


不思議な店です。
レコードを静聴するBarにしたいのか。
小さなカウンター・バーならいいけど、あれだけ広いんじゃ無理だと思うんですよ。
広さがある時点で、ある程度ガヤガヤするのは自然だし。
あの空間で何十人もがじっと音楽に耳を傾けてるなんて、想像できない。
僕なんか、注意されるまでそんなタイプの店とは全く思わなかったですからね。

大声禁止!って決めないと、周りを気にしない迷惑な客が来るからなのかもしれない。
過去にそういうトラブルがあったのかも。
たまに飲み屋で、他の客に構わず大声で騒ぎまくってる若い集団に出くわすことも実際にあるし。

それも含めて、空気を読む、というか、周りの人間のことを気づかえない、日本人の性質が問題なんだと思うんですよ。
僕のいたアメリカなら、もしうるさい客がいれば周りが声をかけるし、そうすれば普通に収まります。
なんというか、一般の人々の間に「自浄作用」みたいなものがあるんですよね。
日本人は、お互いに声をかけてコミニュケーションして調整し合うことが苦手です。
ルールを決めて従うことしかできない。
だから、誰かが文句を言う度に禁止事項が増えていく。

Marthaの場合も、そうなんじゃないかな。
同じ音量で喋っても、それを不快に思う人と気にしない人がいる。
たまたま落ち込んでたりして、他人の声がいつもより気になることだって、ある。
本当なら、客の気持ちを察してケースバイケースで対応するのが、良い接客だと思います。
客を満足させることが目的のはずだから。
Marthaは、客の満足は考えていない。
自分が最高と信じる価値観を優先して、それに同意しない他人は受け入れない、というタイプの店なんでしょう。
すごくいい店だけに、そこが残念でした。
あと、写真撮影禁止なんです。
これは、席に案内されたときに言われました。
なんでなんだろ?
シャッター音?
帰ってネットで検索したら、携帯を出しだけで写真撮ったと勘違いされて、怒鳴られて追い出された、という書き込みがありました。
店主が、なにか写真に特別なトラウマでもあるのかな?
「禁止」が多い店です。
上に載せた写真は、ネットで拾ったものです。
ねんのため。

そんな店にごくごくフツーぽい若いお客が押し寄せてるのが、まったくもって謎すぎます。
まあね、女性を口説くには最高にいい店だと思いますよ。
逆に落ち着いたトーンで会話できるし。
隠れ家ぽい業界ぽい雰囲気で、俺知的だぜ!アピールもできる。
昨日もそんな感じの客もいました。
でも、ただ飲みに来た風の若いオシャレOLさんとかも、いる。
なんなのか。
雑誌やメディアで取り上げられてるのか。
有名業界人が来るとか。
謎だ。
ここ最近でダントツのミステリーです。



と、なんだかマイナスのこと書きましたが、すげーいい店です!
いやホント。
注意されたのも、変に不快な気はしなかったし。
「禁止」ポリシーは、個人的にはどうかな、と思うだけで。
店員さんも、みんないい感じです。
変な若いバイトとかいないし。
音のいい店は他にもあるけど、あれだけ空間が広いのは珍しいです。
ゆったりいい音で聞くのは、とてもいい。

すごく気持ちのいい時間を過ごしました。
恵比寿で飲むときは、また行くと思います。
行く人いたら、声かけてください!

2016年9月5日月曜日

何年やったら「習慣」になるんだろう

ブログを書くペースが落ちてきた。

翻訳ものを中心に過去記事を手直ししてることと、ブログ以外でも文を書くことが増えてきたことが、まあ理由といえば理由かもしれません。
わからない。

わかるのは、習慣になったと思うことでも、ちょっとしたきっかけでリセットされてしまう、という事実。
ブログを2年もけっこうなペースで書き続けてきて、習慣化した気になってたのに。
楽器の練習も、毎日やってる。
でもそれも、実は習慣じゃなくて、「やりたい」という強い意志があるから、続けていられるだけなんだろう。
ブログは、そこまでの意志でやってるわけでもない。
何のために書いてるのかも、よくわからないくらいだし。

「習慣」て、なんだろう。
楽器だってもう20年とかやってる。
20年って、長いと思います。
それでもたぶん「習慣」にはなってない。
歯磨きや手洗いは、そうなのかな。
もう軽く30年以上やってる。
30年続けたら習慣になるのか。
20年の時点では習慣じゃなかったのか。


覚せい剤中毒だった人たちの話が、すごく興味深い。
クスリをやりたい、という欲求は、ずっと消えることはない。
だから朝起きたら、「今日一日、やらない!」と自分に言い聞かせるそうです。
毎日がそのくり返し。
強い覚悟を持って一日を送ることを、たぶん一生涯続ける。
ものすごいことです。
その点だけで、尊敬できます。

それはきっと、何十年も毎日続ける、と思ったら、逆に続かないから。
先が見えなくて、気が遠くなって、意志が弱くなる。
だから、「一日」に区切って考える。
明日のことは考えない。
何十年も先のことも、もちろん考えない。
そうやって、意思を保つんでしょう。
本気だから、なんとしても成し遂げたいから、努力する。


きっと、楽器の練習だって、意識してなければ止めてしまうかもしれない。
特に管楽器の場合、いつでもどこでも気軽に手にとって音を出せるわけじゃないから。
ギターみたいに、ポロンと鳴らしてみる、っていう気軽さがない。
音を出すには、時間を決めて場所を決める必要があります。
限られた中でやるわけで、練習内容も決めておかないといけない。
そんな面倒な作業を毎日毎日、気分がのらない時でも続けるわけです。
大変です。

大変なことを続けるくらいに、俺は本気なのか。
わからない。
あんまりそんなこと考えたことない。
やりたいからやってるし、やりたいと思う気持ちが薄れたら、やめるだろう。
もしかしたら、もっと意思を持って、何かを成し遂げようと思ったら、いいのかもしれない。
でも逆に、何も目標設定もなしにして、こうやって続けてこれてるんだから、自分の音楽への愛は自然なものなんじゃないか、とも思う。
まあでも練習はやっぱり大変ですからね、「一日」とか区切って考えるのは、有効そうだ。


ブログも、やめるのはもったいないし、何か区切ったらいいかもしれない。
じゃあ、だいぶ放置されてるニューオリンズ記を、 週イチで更新していこう!
と、いま、本当にこの瞬間に、思いつきで決めました。
そして、これをアップしたら、もう逃げられない。
やります。
よろしく。