2016年11月30日水曜日

シルエット近藤&ザ・港

おととい、『ムードクラリネットの夜』をやりました。
西荻窪の小料理HANA。
着物のママが1人でやってる、カウンターだけの粋なお店。
料理が美味しい。
ママが素敵。

このユニットで出演するのは、3回目です。
好評なのか、たまたまなのか、満席でした。
お客さんの方がムード歌謡に詳しいので、毎回勉強しながらのライブです。
客席でもいろいろとウンチクが飛び交い、文字通り、勉強させてもらってるんですよ。
事前のリハもないので、本番でもどうしても危うい場面があるけど、それでも回を重ねるごとに、だんだん演奏も安定してきたように思います。

いつものように思いつきで始めたユニットですが、意外といい感じなんです。
いい感じなので、来年は活動の場を広げていこうかと思い、それにはバンド名がやはり必要だろう、ということを、先月ゴールデン街で飲みながら話していたんですが、なかなか思いつかなくて。

名前って、大事です。
意味や思い入れを優先して、読みづらい・覚えづらい・音楽性と合わない・そもそも読み方がわからない名前をつける人の、なんと多いことか。
それはダメです。
どんな音なのか雰囲気なのか、聞いただけでイメージさせるのがベスト。
昭和感、ムード歌謡感のある名前にしないといけない。

悩んだ末、
「ザ・港」
にしました!

そしてワタクシは、
「シルエット近藤」
相方は、
「サンシャイン米内山」
と名乗らせていただきます!

「シルエット近藤」はね、だいぶ気に入ってます。
昭和の場末の胡散臭さが、あるでしょ?
「ザ・港」は、やや迷いもあります。今後の活動場所にもよるけど、ちょっとポップすぎる気もして。
どうですかね?
ご意見お待ちしております。



Golden Wax Orchestra をやるときは、「ゴールデン近藤」と名乗っています。
それ以外の、クラリネット奏者としての活動では、「近藤哲平」。
いまのところこの3つですが、今後さらに増えるかもしれません。
ジャンルやユニットごとに名前を変えるのも、面白いかな、と。

元ディキシー・ド・ザ・エモンズのハチマさんが、そうでした。
ハッチー・ブラックボウモア、ハッチ・ハッチェル、ハウリン・ハチマ。
ネーミング自体が、海外ミュージシャンの名前をもじってる。
いまはずっとハッチ・ハッチェル名義で活動してるけど、ドラムも叩かないし音楽性も違うし、新しいファンの中にはミッチ・ミッチェルやリッチー・ブラックモアを知らない人も多いと思います。
デックレック周辺の人たちは、ネーミングセンスが秀逸でした。
まず、代表の名前がネモト・ド・ショボーレだし。
そういえば、ウラ・デ・ジョリンゴが変名のラディー・ウーで出したアルバム『BOO』は、僕にバンドはもうやらなくていいや、って思わせたほどの名盤だったな。
遊び心あふれるセンスにしびれながら、彼らの音楽を聞いていたものです。








というわけで、「シルエット近藤」を、どうぞよろしくお願いします!



今回のセット・リスト

中の島ブルース
夢芝居 
よせばいいのに
鈴懸の道
雪国
野球小僧 
わたし祈ってます
抱擁
愛して愛して愛しちゃったのよ
アカシアの雨がやむとき
なぜか埼玉
私の青空
そして神戸 
越冬つばめ 
東京の屋根の下

(アンコール)
時の流れに身をまかせ

2016年11月23日水曜日

「ライブ行けなくてゴメン」考

「ライブ行けなくてゴメン!」
で言う人がいる。
けっこう、いる。

この「ゴメン!」の意味がわからない。
というか、正直、うざい。
別にこっちが頭下げて「来て!」ってお願いしてるわけじゃないし。
逆に、いいライブ見れなくて残念だねー、仕事忙しくてかわいそうだねー。
なんて、かわいそうに思うくらいです。

そもそも「ゴメン!」て、相手に不快な思いをさせた時に、謝罪するための言葉でしょう。
別にライブ来れなくたって、そんなことで不快になるわけないじゃん。
そんなしょっちゅう軽々しく「ゴメン!」て言ってたら、本当に謝るべき時には、なんて言うの?
土下座でもするの?

何も考えずに言ってるということは、わかります。
わけるけどねー、その「ゴメン!」の後ろに、付き合いで行かなきゃ、みたいな思考が透けて見える時があるんです。
やめてよ。
付き合いでなんか、来て欲しくない。
俺はいいライブやるよ。
だから、来た人は満足して、俺に「ありがとう」って言うよ。
お願いして見に来てもらうんじゃなくて、逆に、いい音楽聞かせてくれってお客から頼まれる側なんだよ。
こう書くと偉そうだけど、本来そういう構造なんですよ、人前で何かを表現するっていうのは。
お願いに答える、期待に答える、って、気軽なことじゃなくて、その決意を持ってやんなきゃいけないわけですよ、ステージ上の人は。
そこでいい演奏ができなかったら、謝らなきゃいけないのはこっちなんですよ。
もちろん、来てくれて、聞いてくれてありがとう、っても、思います。
だから、感謝の交換が行われるべきなんですよ、本来は。
そんな健全すぎる場に、謝罪は不要です。

「行けなくてゴメン!」て言う人って、自分も音楽か何かをやってる人のことが多い気がします。
ということは、彼らは、自分のライブなりイベントなり何かにも、付き合いでみんなに来てもらってるんでしょう。
俺に対しても、というか知り合い全員に対して、付き合いで来てくれる仲間、という無意識の考えを持ってるんでしょう。
あなたのことは好きかもしれない。
飲みにいくのは、いいよ。
でも、ライブは別。
それがいいものじゃなかったら、行かないよ。
どんな好きな人であっても、付き合いで見にいったりしない。
そういう態度は、やってる方に対して失礼だと、俺は考えるから。

だって想像してみてよ。
自分が見に行きたいイベントに、用事で行けなくなったとしたらさ、「悔しい!」とか「残念!」とか「見たいからまたやってほしい!」とか思うでしょ、普通。
そうじゃなくて「ゴメン!」て言うってことは、実はそのイベントの内容自体にはあんまり興味ないんじゃないか、って解釈もできる。

いやーわかるんですよ、それが日本特有の、とりあえず謝っときゃ波風立たないでしょ的な文化に根ざしてて、みんなほぼ条件反射に「ゴメン!」て言ってるんだ、って。
わかるけどさ、そんな風に軽くいなされると、悲しいです。

「ゴメン!」ていう謝罪の言葉が、逆に相手を悲しませる。
ああ無情。

2016年11月22日火曜日

「なにか言わなきゃいけない病」

ある若い医者が、父親が死んだ時に言われたそうな。
「大変だと思うけど、この経験はきっと医者としてプラスになるよ」
当人はそれを聞いて、なんだか腹が立ってしまった、と。

こういうこと、よくあるよな。
とりあえず適当になんとなくその場に合いそうなことを言う人、いるいる。
この場合も、言われたことを真剣に捉えて、「プラスになるって、どうしてですか?」なんて質問を返したら、たぶん相手は答えられない。
いや、またなんとなく「医者っていうのは人の命を扱う仕事なんだから、死を身近に経験することで成長できる部分もあるはずだよ。」とか、こうしてコーヒー飲みながらでも思いつくくらい無内容なことを答えるかもしれない。
あげくの果てに、「君もいつか分かるよ」なんて終わらせてしまう。
そう言う人って、まず自分でもちっとも分かってないに決まってるんだよね。

「なにか言わなきゃいけない病」ですね。
相手に対してなにか言葉をかけたい。
「大変でしたね」
「つらかったでしょう」
「ご愁傷さま」
とか、他にもたくさんのパターンがあるけどいま思いつかないけど。
言われた方が、心に響いて感謝する、ってことは、ほとんどないんじゃないでしょうか。
もっとひどい場合には、
「○○でもしたら、気持ちが晴れるよ!」
なんてアドバイスしてきたり。
もうそうなると、逆にイライラしてくる。

なんで言葉をかけたりアドバイスしたがるのか。
それって実は、相手を気遣ってるんじゃなくて、自分を主張したいだけなんですよ。
私はやさしい振る舞いのできる立派な人間なんです。
人の役に立てる、価値ある人間なんです。
こんなこと知ってる優秀な人間なんです、という主張
自己主張が相手の心に響くわけないんだから、けっきょく発言者の評価が上がるわけでもない。
誰も得しない。
得するどころかイライラしたりして、いいことない。
不健全です。
だから、病気なんですよ。
病気は早く治して健康的なコミニュケーションができた方が、みんな幸せになれる。

本当に気遣いのできる人は、主張しない。
本当に役に立てる人は、自分から売り込まない。
本当に知識のある人は、請われるまで発言しない。
だって、それが本当であるなら、本当だと自分で思えているなら、第三者の意見確認は不要だから。


冒頭の例の場合、具体的にどういうシチュエーションだったのかは分かりません。
葬儀の席だったのか、後日どこかでバッタリ会ったのか。
関係性にもよるけど、「久しぶり!」「元気?」みたいな挨拶の言葉として、「大変だったね」くらいは、いいかもしれない。
それすら、具体的にどう大変だったかは分からないわけだから、変に同情してます的なニュアンスがあってはいけない。
そう、言葉をかけるって、実は大変なことなんですよ。

ただ話を聞いてうなずくだけでいいじゃん。
もちろん、形だけウンウンやるんじゃなくて、当事者の気持ちを想像しながら。
気の利いた言葉を考える頭があるなら、そういうことだってできるはず。
何も言わずに、そこに居るだけでもいい。
そもそも人に何か言うって身勝手で傲慢なことだ、という自覚を待つべきです。
人にアドバイスしたくなったら、それは病気のしるし。
「なにか言わなきゃいけない病」
治した方がいいですよ。

治療方法は知らんけど。

2016年11月21日月曜日

ブレずに続けてる人はすごいな

おととい、マチケンこと町田謙介さんと初手合わせをしました。
当日確認のみのセッション的ライブでしたが、なかなか見ごたえがあったかと思います。

マチケンさんは、声がすごい。
弾き語りでギターが上手い人はたまにいるけど、歌が突き抜けてる人は滅多にいません。
隣で吹いてて、うわー!って思う瞬間が何度もありました。
テンション上がります。

知り合う前は、なんとなく「ブルース界の偉い人」みたいな印象を持ってたんですけど、実は違う。
ブルースあんまりやらない。
ロック、ポップス、ラテン、トラッド、スイング、かなりの雑食です。
ジャンル分けの難しいタイプです。

本人は、漂流、根無し草、なんて言います。
ブルースだけやってれば、ある程度は安泰なわけですよ。
最初からシーンがあるわけだから、そこにいるお客を相手にやればいい。
そうじゃなくて独自の路線を進むっていうのは、いいこともあるだろうけど、大変なことも多いでしょう。
なにか「意思」みたいなものがないと、続かないんじゃないか。
すごいな。



先週は、W.C.カラスとのデュオでした。
カラスさんと2人でやるのは2回目。
これもほぼリハなしのライブ。
いい意味でルーズな部分が好きで、一緒にやるのが楽しい。

カラスさんが脚光を浴びたのは数年前、たしか50才くらいからです。
それまでは、富山で細々と、全国的にはそれこそ人知れず、というくらい地道にやってたそうです。
そうしてずーっと続けながら自分の表現を熟成させてきたんですね。

カラスさんも、マチケンさんと同じように、ブレない人の強さを感じます。
ブレずに自分の表現を追求してきたからこその強烈な個性に、それがいざ世に出た時、皆が驚き魅了されたんでしょう。
きっと、ブレイクしてなくても、同じように素晴らしい音楽をやり続けていたはずです。



その日は、三上寛さんと対バン(バンドじゃないけど)でした。
寛さんのライブは、独自の世界です。
ワン&オンリー。
たぶん他の人と一緒にやることはあまりないし、バンド編成でアルバムを作っても、寛さん自身の演奏は変わらない印象があります。

弾き語り形態だけど、弾き語りとは呼べない。
ポエトリー・リーディングに近いかも。
ギターの音作りなどサウンド面も含めて、コピー不能。
フォロワーと呼べる人がいないのも当然です。

これを、ずーっと追求してきたんですよねきっと。
もちろん、普通にギターを弾いて普通に歌うことも、できるのかもしれないけど、そうじゃない道を選んだ。
その果てに、上手い下手とか良い悪いとかいう基準じゃ測れない、よくわからない地点まで突き抜けてしまってる。
すごい、という言葉しかありません。



あがた森魚の新譜が出ました。
数曲参加しています。
あがたさんも、ブレずに独自の道を進んできた人です。
世界観、ボーカルスタイル、全部が独特。
フォークのようでロックのようで、実はどこにもカテゴライズ不可能な音楽です。
だから、あがたさんのファンには、普通の音楽好きとは違うタイプの人が多い。
誰とも違うポジションにいます。

もうすぐ70になるのに毎年アルバムを出してる。
アルバム出すたびに何万枚も売れて、っていうわけじゃ決してないわけだけど、それでも作り続けてる。
ヒット曲を出してたいわゆる売れてた時と、たぶん変わらないエネルギーで。
そして今でも、落ち着きとは無縁のぶっとんだライブをやっています。
いい意味でも、そしてたぶん良くない意味でも、周りの顔色をうかがうことなんてしないで、デビュー時から一貫して自分の世界を突き詰めることを続けているんですよね。
すごい人です。



長く続けている人の表現には、とても適わない何かがあります。
そして、続けている人は、ブレない人。
そういう人の、その人しかできない強い表現に、惹かれます。
そういう人と関われることを、幸運に思います。

2016年11月16日水曜日

N.O.生活21 - ハリケーンの苦労〜Jaynaのこと


ハリケーンは来ませんでした。
また、普通の生活が始まりました。
それにしても、毎年ではないにしても、ハリケーンが近づくたびに避難しなきゃいけないなんて、大変なことです。
避難するのだって、移動やら何やらお金もかかるし、仕事や学校も休まなきゃならないし。

そもそも、まだカトリーナの被害も復旧していない。
そこでまた次のハリケーンが来たりしたら、どうなるんだろう。
町の中心を外れれば、倒壊した建物がそのまま放置されている姿に出くわします。
あちこちで街灯や標識は折れ曲がったままです。
政府レベルでの復旧が進んでいないので、自力で手作業で直してる途中の家をたくさん見かけます。

そんな状態ですが、みんな普段の生活ではカトリーナの時の話はあまりしません。
わざわざ昔の災害を思い出して掘り返すことは、しないんです。
それよりも日々の楽しい面に目をやるのが、ニューオリンズの気風です。
なので、僕はこの時まで、ハリケーンについて深く思いを巡らすことがありませんでした。
ニューオリンズに住んで、もしハリケーンが来たら、どうすればいいんだろう。
あらためて考えると、それはものすごいことです。


その頃よくJaynaという女性シンガーと一緒に演奏していました。

正直、彼女のディキシー寄りの音楽性は、決して好みじゃなかった。
でもとにかく楽しい人で。
もともとダンサーだったこともあり、パフォーマンスが良かった。
とにかくお客を楽しませることを考えるタイプ。
単に音楽的なことだけじゃなくて、彼女の周りにはいつもハッピーな空気がありました。

ジェイナは、ニューオリンズで唯一、スワンプ・ポップの話ができた人でもあります。
育ったマレロという町は、スワンプ・ポップが盛んらしい。
ローカル・バンドが出ている地元のクラブに連れて行ってくれたり、ジェイナの彼氏とも気が合ったので、一緒に行動することが多かったんです。

そうしていると、音楽以外のこと、生活面も見えてきます。
彼女は、カトリーナの被害でかなり苦労していました。
ニューオリンズ郊外の生まれで、自宅だけではなく実家も被害を受けていたんです。
もともとダンサーで、イベントを企画したりダンスを教えたりしていたのが、ハリケーンで人もバラバラになってしまい、一からシーンを立て直そうとしていました。
学位を取るために大学へ通っていたのもハリケーンで中断してしまった。
ハリケーン後の家賃の精算などについて大家との交渉。
被害を受けた郊外の実家のメンテナンス。
ハリケーンの影響もあってか、急激にボケていく父親。
そんな大変な状況の中で、シンガーとしても活動を広げていこうとして、いつ寝てるんだ、という勢いで活動していました。

彼女とのライブで印象深いのは、深夜のバーレスク・ショウです。
バンドは通常のステージの他に、ダンサーの伴奏も担当して、これがなかなか面白かった。
きちんとしたジャズクラブだったので、ダンサーのレベルも高く、お客も上品で、いいショウでした。
普通のライブとは違うし、毎週楽しみにしていました。
驚いたのは、ドラムにGerald French、ベースにKerry Lewisという地元のトップミュージシャンがいたことです。
そんな人気ミュージシャンが、若いシンガーのバンドのレギュラー・メンバーになることは、ほとんどありません。
彼らを連れてくるジェイナの手腕に、関心しました。


ジェイナは、車で移動してる最中にも、しょっ中いろんな所に電話をかけていました。
両親の家をめぐる保険や修理の手続きや、法律関係の問い合わせ。
ミュージシャンへの連絡やブッキング。
住んでいるアパートも、まだ建物自体の修理が終わっていなくて、契約や家賃についてのやり取りもありました。
歌だけでなく、ダンスレッスンやイベント企画に関する連絡。
電話の合間に、離れた施設に毎週のように父親の面倒を見に出かける話を聞くと、それだけでも大変そうです。
タフな人です。
そして、これほど動いても、ハリケーンから4〜5年経って、まだトラブルが落ち着かない、ということ

ハリケーンの前から住んでいて、家族もニューオリンズにいるジェイナのような人たちは本当に大変なんだな、ということを、目の当たりにしました。

僕が住んだとしたら、どうなるんだろう。
身寄りも、家も財産もない。
そんなことを漠然と思いました。

2016年11月11日金曜日

トランプが大統領になれる国ってすごいな

トランプがアメリカ大統領になった。
びっくりした。
みんなびっくりしたみたい。
だって、トランプ氏って、数々の暴言報道とかで、なんだかギャグみたいな人っていう印象すらあったから。
正直、まともに彼の政策や主張をチェックしてもいなかった。
ひどい政策、っていう記事ばっかりが目に入ってきていたし。

アメリカではかなり前から、有名人、著名人、知識人、というような人達の多くが、かなり強烈にトランプを批判をしていた。
少なくとも、そういう発言ばかりが目に飛び込んできた。
過去に遡って、女性や人種に対する差別的発言がクローズアップされて、こんな最低人間が大統領になったらお終いだ、と。
僕も、そんな気持ちでいた。
当選後、デモが起こってたりするらしい。
カナダあたりへ移住する、なんて言う人もいるらしい。


思い返してみると、ブッシュの再選の時だって、こんな空気だった気がする。
みんなブッシュ反対だった。
マイケル・ムーアは『華氏911』を撮った。
ブッシュは悪い奴だと思ってた。

でも、ブッシュは勝った。
みんな怒った。
ブッシュ最高!って言う声は、あまり聞かなかったように思う。
アメリカは、特に田舎には保守層が多くて、彼らの声はなかなかメディアには上がってこない、とか。
今回だって多くのメディアはトランプを叩いてたし、単純化して眺めたら、そういうことなんだろう。

オバマが大統領になった時、僕はニューオリンズ大学に通っていた。
ニューオリンズは、お祭りのようだった。
南部だけどリベラルな町だし、ハリケーン後のブッシュの対応の非道さもあったから余計に。
アメリカ中が、オバマを祝福していたように感じた。

ブッシュもオバマも、8年づつ大統領を務めた(まだオバマは現職だけど)。
僕は政治に詳しくはないから、細かいことはわからないけど、どちらの8年間でも、決定的に劇的に歴史が揺らぐほどにアメリカが変わったとは、思えない。
アメリカの印象は、変わってない。
アメリカって、人口も多くて人種も文化もバラバラで、ちょっとやそっとのことじゃ、国が変わるってことは起きないんじゃないか。
州の権限も強いし、市民の声にも力があるから、大統領の力の及ばないことも多いだろうし。
そうすると、トランプが大統領になっても、アメリカが根本的に変わる、ってことはないんじゃないかな。
逆に変えられたら、トランプすごい、ってことになる。
いい悪いは別にして。


女性蔑視だから、大統領にはなれないのか。
個人的には、女性蔑視はキライです。
でも、日本なんてものすごい女性蔑視の国だと思うけど。
僕は音楽をやってるので、わりと一般的ではない価値観の人が周りにいるけど、それでもね、ミュージシャンの多くは、いまだに男尊女卑ですよ。
男尊女卑、って自覚もないくらいに、疑問も抱かずに。
男が女を食わせる。
女が家事をする。
男は泣いてはいけない。
女はバカでもニコニコしてればいい。
飲みの席では、女が料理を取り分ける。
とか、そういうことが当たり前な感覚が、僕にとっては男尊女卑です。
みんな好きな、エンケンの「カレーライス」だって、僕の感覚では女性蔑視の歌に聞こえます。
RCの「雨あがりの夜空に」だって、ライブハウスで男性客がみんなで拳あげて合唱してる姿に共感する女性は、いないと思うな。
まあ、今よりもっと、そういう時代だったんでしょうけど。

でももちろん、僕にとっては男尊女卑に思えることでも、僕の周りの人たちにとっては、そうじゃなかったりするわけで。
もっとエキセントリックなウーマンリブ活動家だっているし。
いろんな考え方がある。
考えの同じ人としか付き合わなかったら、だいぶさみしい。
女性を軽視してたっていいですよ、その人の音楽がよければ。
それは、別の問題だから。

すごくクールに考えれば、どんな極端な思想の持ち主でも、政治家としての仕事が優れていれば、それでいいはず。
まあ、トランプが優秀な政治家だと思える要素は、現時点ではあまりないんだけど。
とにかく、暴言ばっかりが目立ってそこだけで判断をしてしまっていたよな、と反省に似た気持ちでいます。
あんなゲスな奴が!ってことより、政治経験のない人間が大統領になったことの方が事件なんじゃないかと思うけど、そこはあまり言われない。

逆に、ああいうタイプの人が大統領になれる国って、すごいな、と思う。
さすが、自由の国。
日本じゃ、ちょっと失言しただけで選挙に落ちるでしょ。
首相が同性愛者だったり、事実婚していたり、って国もあるけど、それもぜんぶ日本では有りえない。
独身だとサラリーマンとして出世できない、なんてことも聞きます。
日本は、能力とは関係ない、建前みたいなことが重要視される国ですから。


何が言いたいかって、トランプ氏の周りには有能な政治家がたくさんいるし、おかしなことにはならないだろう、ってこと。
そして、暴言に刺激されて、感情的になってたよな、ってこと。
そして、ああいう極端な人がトップに選ばれるって、単純にすごい国だな、って思います。
個人的には、トランプは大嫌いです。
でも、これは関係ないことかもしれないけど、日本の男尊女卑や建前重視の価値観も、大嫌いです。







2016年11月7日月曜日

GWO in 藤沢、New Orleans Jam

土曜は初の藤沢。
Bar Cane'sでのライブでした。
声をかけてくれたのは、フタミジュンさん。
藤沢界隈だけでなく都内でもDJをしていて、バッタリ顔を合わせることも多い方。
DJという仕事の例にもれず、フタミさんも相当の音楽狂いです
この日も、ライブ前からかっこいいレアなニューオリンズ物をガンガン流して盛り上げてくれます。

ライブはGWOだけで、好きにやってください!なんて言われて、お店がほどよく広くてウッディな内装で雰囲気が良くって、僕らもくつろいじゃって、だいぶ自由にやらせていただきました。
思ったよりスペースがあったので、けっこう動きまわって。
最近やってるムードクラリネットでのステージングも、やや取り入れてみたり。
GWOはだいぶ形が出来上がってきたと思ってたけど、まだまだ発展できるな。
お客さんの拍手もあたたかくて、楽しいライブでした。


心残りは、藤沢はやはり遠くて、終電が早いこと。
ライブ終わって本当はもっとみんなで飲んでいたいのに、帰らなきゃならない。
いや、帰らない選択肢も、もちろんあるんですけどね、次の日の予定もありますからね、大人として、ちゃんと帰りました。
そして、リラックスしすぎて、イベントの様子やお店の写真を撮るのを忘れてたこと。
ライブ前に撮ったのはね、あるんですよ。
それだけアップしときます。

あったかい感じの、すごく落ち着くお店。
いい音楽をいい音で聴きながらゆったり飲むにはとてもいい。
ライブ後にも若いカップルが来てたし、近くにあったらふらっと寄るのにな。
また行きたいな。



日曜は、『Big4 New Orleans Jam』でした。
ニューオリンズ・ジャズです。
編成は、トランペット、クラリネット、バンジョー、ウッドベース。
シンプルでロウダウンな、リズム主体の演奏をイメージしたライブ。

イベント名は、『Louis Nelson Big Four』というアルバムから取りました。
トロンボーン、クラリネット、バンジョー、ピアノの4人編成で、とことん渋い演奏が淡々と続く、ニューオリンズ(・リバイバル)・ジャズの名盤です。

コウさんは、トランペットによくいる吹きまくるタイプではない、音を選んで吹くプレイヤー。
ベースのキョウタ君も、リズム面からニューオリンズ音楽を捉えている貴重なミュージシャン。
いいメンツです。

本当に久しぶりに、クラリネット奏者としてライブをやった気がします。
最近、ワンホーンで歌謡曲やソウルや、特殊な演奏ばっかりでしたからね。
コロリダスは、バンドだからまた少し違うし。


ニューオリンズ・ジャズ、やっぱり楽しいな。
ミュージシャン仲間も見に来てくれて、セッションして盛り上がって。
ライブだから、僕も盛り上げるパフォーマンスもしたけど、もっと地味にやってもよかったかも。

また、やります!
見に来てください!



※珍しい一枚。
コウさんのコルネットは、1900年以前のもの。
僕のアルバート式クラリネットは、1927年前後のものです。


2016年11月5日土曜日

The Fave Raves

ジロキチに、The Fave Raves を見に行った。
素晴らしかった。

サザンソウルのバンドです。
ボーカルの青山さんとギターのヒトミさんが中心で、この2人の出す音がね、もう全部の音がソウル。
なんだかわからないけど、にじみ出てるんです。
他のメンバーは時々で違う。
昨日は、ウッドベース、ドラム、ピアノ。
フェイヴ・レイヴス名義でウッドベースなのは初めて見たんだけど、レコーディングも同じメンツだそうです。

レコ発ワンマンでした。
遅れて行ったので、もちろん満員で立ち見。
遅れたのは、行こうか迷ったから。
その後で下北に行く予定もあったし、混むだろうし、お金かかるし。

迷った自分が恥ずかしい。
こんな素晴らしいライブを、こんな近くで、こんな値段で観れるなんて。
1stステージを4曲聞いた時点で、もう感動の波にのまれていた。
涙が出ていた。


しかし、こんなに言葉で説明するのが難しいバンドもない。
だってカバーバンドだから。
アレンジに凝ったりするわけでもないし、表面的には、古いソウルの曲をただ演奏するだけ。
でも、「カバーバンド」という言葉からイメージするお約束の発表会的ヌルさは、ひとつもありません。
そこら辺の若いバンドが束になっても敵わないくらいの、熱。

ゲストの森崎ベラさんは、日本でサザンソウルを歌えるのは青山さんだけだ、と言う。
僕も、少なくとも今まで色んなシンガーを聞いてきた中では、その通りだと思います。
上手い下手とかシャウトとか節回しとかそういうのじゃなくて、とにかく全部からソウルミュージックのエコーが聞こえてくる。
こんなシンガーはいない。
ヒトミさんのギターもそう。
同じフレーズをいくらコピーしたって、こうは弾けない。
もう1人のゲスト、ソウルクラップのタイキさんが、俺たちは25年(?)前から音楽やってる仲間で...みたいに話していた。
それだけ長い間、好きな音楽に愛情を注ぎ続けたら、こんな風になれるものなのか。


お客さんは、ソウルファン(他に呼び方あるのかな?)の人たちが多いようでした。
モッズ界隈とも、かぶってるのかもしれません。
僕はぜんぜん出入りしてないシーンです。
みんな、フェイヴ・レイヴスやソウル・クラップを支えてきたんでしょう。
とても楽しそう。
いい雰囲気です。

だけど、もったいないな、とも思ってしまいました。
もっともっと色んな人が、聞いたらいいのに。
「ソウルファン」以外の人たちにも、響くはず。
そして、このバンドを見れば、ソウルミュージックの良さがわかる。
少なくとも、僕の演奏をいいと思ってくれる人は、フェイヴ・レイヴスに感動するはずです。
だって僕は、ああいう風に、青山さんみたいにやりたくて、クラリネットを吹いてるんだから。

ロックバンドやってる若者や、そこそこセンスのいいルーツミュージックをやってる30代の人なんかが、聞いたらいい。
音楽を愛して捧げて演奏するってどんなことなのか、わかるから。
そういうやり方もあるって、知るのと知らないのとでは、音楽人生の幅が違ってくるから。


アルバムを買いました。
『Another Night In Memphis』

ライブがいいローカル・バンドのアルバムって、微妙なものが多い。
変にスッキリした音で、しかもどこか安っぽかったりするので、普段はあまり買いません。
でもこれは、なんとリボンマイク2本の一発録りだそうです。
それならきっと間違いない!
こんなライブ見てそんなこと言われたら、期待しちゃいますよ!


後の予定があり、アンコールの途中で店を出ました。
それでも、十分に満足しました。
こんなバンドが身近で聴けるなんて、なんて恵まれてることか。
また、見に行こう。

2016年11月3日木曜日

N.O.生活20 - ハリケーン

ニューオリンズには、夏になるとハリケーンがやってきます。
ほとんどは日本でいう台風のような感じで、大きな被害はありません。
2005年の「カトリーナ」のような大規模なものは、何十年に一度です。
とはいえ、台風シーズンには気は抜けません。
みんなハリケーン情報をチェックしています。
僕がいた頃は「カトリーナ」の直後だったので、より敏感だったかもしれません。


たしか3年生の時の9月、ちょうど秋冬セメスターが始まって数日経った時です。
昼頃、町全体に避難警告が出ました。
ハリケーンが来るから、ニューオリンズを出ろ、と言う。
翌日の午後には大学も閉めるので、それまでにどこかに避難しろ、と。

みんな慌てます。
寮にいる学生たちは、たいてい他州の家族のところに行きます。
僕のような留学生の場合、さすがに自国に帰るのは難しい。
友達が、一緒に来ないか、と声をかけてくれます。
どうしようか。
時間もありません。

考えて、サンフランシスコに行くことにしました。
行く先は、ニューオリンズに来る前に世話になった、ブルース&キャロル夫妻の家です。
二人にも会いたかったし、連絡すると喜んで迎えてくれると言ってくれました。

問題がありました。
飛行機が、翌々日の便しか取れなかったんです。
寮は翌日に締め出されてしまう。
友達もみんな町を出てしまう。
仕方なく、楽器の練習ブースで一晩過ごすことにしました。
大学を通る空港行きシャトルバスに電話をして、翌々日に運行するか確認して予約をし、荷物をまとめ、学校を出るフリをして音楽学部のビルへ向かいました。

練習室で寝るのは初めてではありません。
毎年夏休みに帰国するとき、安い航空券を取ると、どうしても寮が閉まってから1〜2日後の便になるんです。
その間いつも練習室の床に寝て過ごしていたので、勝手はわかっています。
ピアノの椅子をどけて、かけ布団を二つ折りにした中にくるまって寝るんです。

その晩は、雨は降ってないけど、迫ってくるハリケーンの影響で風がものすごかった。
大学の敷地内は無人だし、電気はつくけど、なかなか不気味でした。
誰もいないしやることもないし、眠くなるまで楽器を練習して過ごしました。


翌日の午前中、シャトルバスの待ち合わせ場所に向かいます。
まだ雨は降らず、風もだいぶ収まっていました。
しばらくすると、別の方向から誰かやって来ます。
スーツケースを運んでるので、きっと彼も学生でしょう。
近づいてきて驚きました。
1年生のときの最初のルームメイトだった
アジータじゃないですか!
彼も一日遅い飛行機しか取れず、同じシャトルバスを予約していたんです。

他には誰もいません。
キャンパスを見渡しても、動く影もない。
2人で話しながら待ちました。
アジータは、寮から出ずに、一晩部屋に隠れて過ごしたそうです。
警官が見回りにきた時は上手く隠れて、電気もつけずにいたと言います。

おかしい。
時間を過ぎてもシャトルバスが来ません。
バス会社に電話をしても誰も出ない。
ヤバい。
これは諦めたほうがいいだろう。
アジータはネットが使えたので、タクシー会社を調べて、手分けして電話をかけます。
なかなか繋がらない。
何度か断られ、やっとタクシーを呼びました。
しかし、10分くらいで来るはずのタクシーが、やはり来ない。
これは本気でマズいぞ。
ハリケーンの中に、取り残されてしまう。
寮も音楽学部のビルももうロックされてる。
食料も何もない。
カトリーナの時に見た映像の、町が水浸しになった様子が、頭をよぎります。

そのとき、学校のすぐ脇の道路を走るタクシーが見えました。
手を振り叫びながら必死に走っていくと、気づいてこちらに向かってきました。
やった!助かった!

ドライバーは、人のいいおじさんでした。
朝から、町と空港を往復してるそうです。
空港へ向かう高速道路は、避難する車で大渋滞です。
おじさんは、一般道の方が早いから、と言って、舗装の傷んだデコボコの道をかなりのスピードで飛ばします。
みんな高速道路を使っていて、町中は誰も走っていないので、ぜんぜん止まらずに進むことができる。
おかげで、なんとか飛行機の時間までに空港にたどり着けました。
高速を使っていたら、もっと時間がかかっていたはずです。
代金を払ってお礼を言うと、自分もこれから避難するからもう店じまいだ、と笑顔で去っていきました。


アジータと別れ、サンフランシスコ行きのゲートに向かいます。
空港はものすごい混雑です。
椅子はいっぱいで、みんな床に座っている。
チェックインもどこも長蛇の列。
飛行機も遅れまくっている。
大混乱です。

お昼頃に着いてから数時間、予定時間を大幅に過ぎて、ようやくサンフランシスコ行きの便に乗ることができました。
ギリギリでした。
僕の便が飛び立ったすぐ後に空港は閉鎖され、それ以降に予定されていた飛行機はキャンセルとなりました。
残された人々は、バスで近くの避難所に運ばれたそうです。
空港への到着が遅れていたら、僕もそこで何日も過ごすことになっていたでしょう。


ハリケーンは進路を変え、ニューオリンズは無事でした。
しかし、すぐ続けて別のハリケーンが向かって来る可能性があって、町に戻るか決断の難しい状況でした。
けっきょく、サンフランシスコに1週間くらい滞在しました。
その間、テレビのニュースでハリケーン情報をチェックする度に、悲しいような不安な気持ちになります。
カトリーナの光景や、その時の体験を話してくれた人たちのことが浮かんでくるんです。
僕でさえそうなんだから、カトリーナを経験したニューオリンズのみんなは、どれだけ不安だったんだろうか。
そういう精神状態で避難所に大勢でいたら、かなりのストレスでしょう。

ブルース&キャロル夫妻のおかげで、余計な気疲れもなく過ごせたのは、幸せでした。
そして、空港まで送ってくれたタクシーのおじさん。
ありがとう。


何事もなくニューオリンズに戻り、大学も再開されました。