2017年4月10日月曜日

エゴのない音楽が好き

ミュージシャンには2種類います。
Aタイプは、音楽 < 自分。
自分を表現する道具として、音楽をやってる。
上手く演奏したい、注目されたい、という気持ちが強い。
Bタイプは、音楽 > 自分。
俺の表現を聴け!というのとは逆で、音楽に同化してエゴを消したい。

僕はBタイプの音楽が好きです。
ちなみに、ニューオリンズ音楽もBの方の要素が強いと思うけど、日本で「ニューオリンズ」とうたってやってるミュージシャンのほとんどは、Aタイプなのが悲しい。

Bタイプのような、いわばエゴのない音楽って、そもそも音楽ビジネスに向いてないんですよね。
だって、お金を儲けることと対極のスタンスなわけだから。
生活の一部としてローカルなシーンで大事にされている例えば伝統音楽や宗教音楽に、たぶん近い感じ。

っていうようなことを少し前の花見の席で話したんだけど、どうにも伝わらなくてもやもやしてしまったので、ブログ書いてます。


エゴのない表現というのは、こないだ見に行った「アウトサイダー・アート」に通じる気もします。
彼らは、邪念がない。 
人気や評価やお金を得るのが動機じゃない。
絵を描きたいから描いてる。
その、描きたい!という、気持ちの源泉みたいなものが、色や構図やモチーフや技法やコンセプトなんかを飛び越えて、にじみでてくる。
それが、いい。

音楽でも「アウトサイダー・ミュージック」という呼び方があります。
いわゆる障害者の演奏だけではなく、広く「ちょっと変な」「狂気を感じる」「ピュアな」音楽を含めて使われています。
ずいぶん前に、『アウトサイダーミュージックのおもろい世界』という編集盤を買ったら、そこにはダニエル・ジョンストン、シャグス、レジェンダリー・スターダスト・カウボーイなどの、僕の愛する「ロック」ミュージックも入っていて、なるほど、と思いました。
中でもダニエル・ジョンストンは、「ピュアさ」が際立ってる。
まあ彼は実際、メンタルも不安定なんだけれども。

高度な技術を駆使した上質な表現も素晴らしいと思うけど、それよりもなぜか、拙くてもエゴのない表現にひかれてしまう。
なんでなんだろうか。


偶数月に、バンジョーの坂本さんと演奏してます。
坂本さんは、ピュアです。
仙人みたい。
なんの欲もエゴもなくて、息をするみたいにポロンポロンとバンジョーを弾く。
僕も坂本さんの隣で、自分を空っぽにすることを意識して演奏します。
それでも、あとから録音を聴くと、坂本さんと比べて自分がまだまだ「上手く演奏したい!」という色気にまみれていることが分かって恥ずかしい。  

ちなみに、まるで対極のようなGolden Wax Orchestraのときも、自分のエゴを消すつもりで、やってるんですよ。
そう思って聴いてみてください。
わかってもらえたら、うれしいです。

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