N.O.生活24 - Michael White とニューオリンズ・ジャズ

現在のニューオリンズでいちばん尊敬するミュージシャンは、マイケル・ホワイトです。
ニューオリンズを代表するクラリネット・プレイヤー。
定期的にN.Y.に呼ばれてウィントン・マルサリスのバンドで演奏し、エリック・クラプトンやポール・サイモン、タジ・マハールといったポピュラー・ミュージックのスター達からも録音メンバーに指名される。
CNNなどテレビ曲がニューオリンズを扱うドキュメンタリーを作るときにも、マイケルに取材をします。

しかし、ニューオリンズの音楽シーンでは、マイケルの評価は高くありません。
人気はあるんですが、それは一般の人々の間でのこと。
ミュージシャンからの評価は、はっきり言って低いんです。

理由のひとつは、マイケルはトラディショナルなスタイルしか演奏しないこと。
古いスタイルのニューオリンズ・ジャズをやるミュージシャンは、もはやほとんどいません。
現在のニューオリンズで聞かれるのは、スイング・ジャズ風のものばかりで、伝統的な泥臭いスタイルは好まれない。
なぜなら、いわゆる「ジャズ」的な要素がないから。
音楽的にシンプルすぎるので、一段下に見られてしまうんです。

もうひとつの理由は、マイケルが上手いプレイヤーではないことです。
実際、ピッチは悪いし、タンギングも粗いし、楽器もきちんと鳴っていない。
特にピッチとタンギングについては、クラリネット以外の楽器のミュージシャンであっても、一聴してわかるくらいです。
自身のアルバムの場合、レコーディング後の編集段階で、大幅なピッチ修正を行うとも言われています。

ニューオリンズのミュージシャンの多くはジャズ志向です。
ジャズとはテクニックが重視される音楽です。
マイケルはテクニックで勝負する音楽家ではないので、レベルの低い音楽をやってるヘタクソな奴、と思われているんです。 


マイケルへの評価は、とても象徴的です。
全米、そして世界的にも、ニューオリンズを代表するクラリネット奏者。
それが現地の音楽シーンでは、ヘタな奴と思われている。
一般の音楽ファンの価値観と、ニューオリンズ音楽シーンの価値観が、かけ離れている。
世界中の人々が愛するニューオリンズのイメージは、現地にはもう存在していないということです。
人々が惹かれるのは、テクニカルな部分ではありません。
ニューオリンズ独特の、リズムとハート。
現地でそれを体現しているのは、もはやマイケルと、その相棒のトランペッター、グレッグ・スタッフォードだけなんです。

伝統的なニューオリンズ・ジャズへの思いを誰とも共有できない、という悩みを、マイケルに話したことがあります。
マイケルは言います。
自分のライブはギャラが高いから、いいミュージシャンを雇って、リズムを指示して演奏させることができる。
彼らはいい仕事をするけれど、自分でレコードを買って家でも聴いてるとは思えない。
ニューオリンズ・ジャズに関心のあるミュージシャンは、もはや自分とグレッグ・スタッフォード以外は、1人も残ってないんだよ、と。
ズバリと言い切られて、ショックでした。
マイケルでさえ、一緒に音楽を共有できるミュージシャンを集めることができない。
それじゃあ、僕がいくら探したって、出会えるはずがありません。


マイケルも、音楽シーンでの自分の評判を知らないはずはないでしょう。
でも、何を言われようと、自分のやっていることに自信を持っている。
子供の頃から年上のミュージシャンに混じって演奏しながら音楽を体得してきた、という自負。
伝統を受け継ぐ、という意志。
そして、町の人々の踊る姿や話す様子を思い浮かべながら演奏している、と言う、それは、ニューオリンズ・ネイティブでしか体現できないことです。

楽器のテクニックが磨かれてないのは、その必要がないからじゃないかと、思います。
ニューオリンズ・ジャズをやるのに、なめらかなフレージングや、早いパッセージは不要です。
ピッチが合ってるかどうかも、重要ではない。
いやもちろん、上手いに越したことはありません。
でも、それよりも、もっと考えるべきことがたくさんあって、そうしていると、技術面のことへ向ける意識が少なくなるんですよ、きっと。
それは、空気感だったり、伝統的な「訛り」のことだったり、さらに人々の踊る姿なんていう音楽と無関係なことまでイメージしていたら、音の細部に向ける集中力は、そんなにたくさん残らないんじゃないか。
マイケルと話し、その演奏を聴いて、そんなことを考えます。


マイケルの音楽は素晴らしいと思います。
録音では、アラが目立つこともあるけれど、ライブは本当にスピリチュアルで感動します。
この感動を共有できるミュージシャンがニューオリンズにはいない、この音楽の価値がニューオリンズの音楽シーンでは評価されないという事実。
僕が惹かれたニューオリンズ・ジャズの伝統は、マイケルとグレッグがいなくなったら、途絶えてしまうのかもしれません。


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