N.O.生活 25 - アルバート式クラリネット奏者 Tom Sancton

たしか大学四年の頃です。
Tom Sanctonが、長いフランス暮らしから戻ってきました。
ニューオリンズ生まれの、アルバート式クラリネット奏者。
若い頃からトラディショナル・ジャズに傾倒した、珍しいタイプのミュージシャンです。
前回も書いたけど、若いミュージシャンはトラディショナルなスタイルには見向きもしないのが普通ですからね。
しかもトムは、伝説的なクラリネット奏者 George Lewisから直接手ほどきを受けているという筋金入りです。

ジョージ・ルイスは、トラディショナル・ジャズの世界で最も影響力のあるミュージシャンです。
分散和音に徹したシンプルでリズミックなフレージングと、歌うように自由な表現は、後のクラリネット奏者の手本となっています。
一緒に演奏したことのあるミュージシャンの誰もが、まるで楽器ではなく声のようだった、と絶賛します。
もちろん、楽器はアルバート式です。

ジョージ・ルイスのフォロワーは世界中にいますが、実際に側について教わったクラリネット奏者は多くありません。
トムはそのことに誇りを持っていて、トラディショナルなスタイルを守った演奏活動を行なってきました。
しかし、ニューオリンズでは、1970年代頃から、古いスタイルのジャズは廃れていき、「食う」ためには、観光客向けのディキシーランド・ジャズを演奏しなくてはならなくなりました。
トムはその流れに背を向け、文章を書く仕事を始めたんです。
そして、フランスに渡りジャーナリストとして活躍しながら、ヨーロッパのトラディショナル・ジャズ・シーンを牽引してきました。


僕はちょうどそのころ、アルバート式クラリネットに持ち替えようか、迷っていました。
日本にいた時は、もともとアルバート式を使ってたんです。
大学に入る際に、「ジャズ」のテクニカルな演奏にはアルバート式では限界があるので、普通のクラリネットに持ち替えました。
それがようやく「ジャズ」の単位を終え、楽器にこだわる理由がなくなったところだったんです。

トムに相談しました。
アルバート式クラリネット奏者としては、世界でもトップのひとりです。
自宅を訪ね、たくさんの楽器を吹かせてもらいました。
メーカーごとの特徴や材質による違いを、実際に吹き比べることができる機会なんて、そうはありません。
中には歴史的な楽器もあって、貴重な経験でした。
僕はフランスのBuffet Crampon 製のアルバート式が好きなのですが、それもトムの家で吹き比べた経験がなければ出会えなかったでしょう。

トムと話して、伝統的なニューオリンズ・ジャズが自分にとってどれだけ大事か気づかされました。
ニューオリンズにいる間、トラディショナルな音楽について話のできるミュージシャンには、ほとんど出会えませんでした。
「ニューオリンズ・ジャズ」として演奏していても、過去の伝統との接点はなく、ただ古い曲をなんとなくスイング調のマナーで演奏するだけ。
伝統に対するリスペクトも、興味もない。
そんな状況からのストレスが、トムと話すことで晴れていきました。
もしかしたら、トムがいなかったら、アルバート式に持ち替えてなかったかもしれません。


トムと、前回書いたマイケル・ホワイト。
この2人との交流が、僕の進路の選択に大きな意味を持ちました。
やりたい音楽しか、やらない。
そのために、ふたりとも音楽以外の職を持っています。
特定の音楽を愛するなら、それと正反対の、相容れない音楽も必ずあるものです。
それをやることは、愛する音楽への、そして先人たちへの裏切りになる。
トムが若い頃を振り返って「バーボンストリート(ニューオリンズの観光街の中心)で毎日くだらないディキシーランド・ジャズを演奏するなんて、絶対に嫌だった。」と、強い口調で言ったことが、忘れられません。

意思を持って真っ直ぐにキャリアを築いてきた2人を、尊敬します。
音楽は、楽しければいい、っていうものではない。
それを、再確認させてくれた。
ふたりの後に続きたい、と強く思いました。
いまでも思っています。

※George Lewis と演奏する若き日のTom Sancton

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