N.O.生活26 - ニューオリンズ・ジャズ in トロント

大学最後の冬休み、友達を訪ねて、カナダに行きました。

トロント在住のトランペット奏者、パトリック。

若いベーシスト、タイラー。

同じく若い、トロンボーン奏者のリンジー。
 
出会いは、ニューオリンズで春に開かれるフレンチクォーター・フェスティバルでした。
有名なジャズ&ヘイテイジ・フェスティバルと違って無料で、しかも、町の中心部で、広場や通りにステージを組んで、出演はほぼ地元のミュージシャンのみ。
世界中からニューオリンズ音楽ファンが集まって、ミュージシャン同士の交流も盛んです。

彼らは、伝統的なニューオリンズ・ジャズに魅了され、毎年カナダからやって来ているといいます。
渡米後、誰ともニューオリンズ・ジャズへの想いを共有できずにいた僕はうれしくて、宿を訪ね、音楽を聞き、語り、音を出して、フェスティバル期間中ずっと一緒に過ごしました。
そして、カナダに遊びに行く約束をして別れたんです。


トロントでは、パトリックの家に泊まりました。
パトリックは「Happy Pals」というニューオリンズ・ジャズのバンドを率いています。
Grossman's Tavernという、日本でいえば広めのカフェ・レストランのような店で毎週末、なんと40年以上もライブを続けているんです。


そして、そこでライブを見たタイラーやリンジーのような若者たちが演奏に加わっていき、小さいけれど強固なニューオリンズジャズのコミュニティが出来上がっています。

おどろきました。
日本でも、そしてニューオリンズでも、若いミュージシャンは古い泥臭いスタイルに興味がありません。
みんなもっと「ジャズ」寄りの、ソロやアドリブを重視した、洗練された音楽をやりたがる。
それが、ここトロントでは、パンク・バンドに魅了されるような感覚で、若者がニューオリンズ・ジャズのバンドに熱狂している。
そもそも、パトリックの世代のメンバーも、ニューオリンズに行ったときにKid Thomasの演奏に衝撃を受け、バンドをはじめたそうです。
そして、それを見た若者がまた衝撃を受けて楽器を手にする。
そんな幸福な連鎖が起こっているなんて、奇跡のようです。


Happy Palsは、まさに往年のプリザベーション・ホール・ジャズ・バンドのような、ゴツゴツした手触りのバンドです。
僕は一度体験しただけですが、週末のライブはいつも盛り上がるといいます。
それも、お客のほとんどは、マニアックな音楽ファンなどではなく、町の普通の人々。
老若男女がつどって、酒を飲みながら音楽を楽しみながらダンスをしながら、毎週末を過ごしているんです。

ニューオリンズ・ジャズは、人々のための音楽、躍らせるための音楽だ、と言いますが、それは昔のこと。
今ではニューオリンズジャズも洗練され、鑑賞にも適した音楽になっています。
もちろん、いまの若手が好む新しいスタイルのジャズでも、踊ろうと思えば踊れます。
が、踊る気で集まったのではない、そこに居合わせた人々までが自然と体を揺らすような強烈な吸引力は、もはやありません。
古いスタイルのニューオリンズ・ジャズには、それがある。
だって、鑑賞するためではない、ビートの音楽だから。
以前、マイケル・ホワイトが海外のジャズ・フェスティバルに出た時の話が印象的でした。
バンドのベーシストがいわゆる「ジャズ」のリズム感で演奏していたのを、マイケルが古いスタイルのリズム感を示して、音数を減らしダウンビートだけ弾くように直させたとたんに、それまでじっと聴いていた観衆が踊りだした、と言うんです。
たぶんそういうことが、Happy Palsのライブでは起こっている。
ニューオリンズ・ジャズのビートの力を目の当たりにして、感動しました。


滞在中、Happy Palsのライブ以外にも、ダンスの集まりや小さなパーティでパトリックと演奏しました。
彼のトランペットのスタイルは、まったくブレない。
いわゆる営業仕事のような場面でも、キッド・トーマス直系のシンプルでラフな吹き方で通します。
そして、お客もみんなそれを歓迎するんですよ。
だってキャッチーだし、盛り上がる。
欧米のお客って、「ジャズ」「ボサノバ」みたいなステレオタイプを期待することがなくって、いいと思えば素直に反応しますからね。
この音楽は、けっして日本で思われてるような地味でマニアックな老人向けのものではないことを、実感しました。
先入観なく耳を向けるなら、モダンジャズよりもはるかに多くの人に受け入れられるはずです。


パトリックはそのことに自覚的です。
ニューオリンズのスタイルを、もっとポピュラーにしていきたい、と熱く語ります。
トラディショナル・ナンバーだけではなく、トム・ウェイツやジョニー・キャッシュの曲もレパートリーに加えています。
昔だってキッド・トーマスは、エルヴィスやファッツ・ドミノの曲をやってたわけですからね。 
ライブは、お客を楽しませることをよく考えていて、マニアックな音楽にありがちな発表会のような雰囲気とは対極です。
誰もが気軽に音楽を楽しめる、ハッピーな空気にあふれています。
こんなにニューオリンズジャズが日常に浸透してる町は、世界中でも他にないでしょう。


しかし、とにかく寒かった!
なんたって真冬でしたからね。
気温はもちろんマイナスで、常に吹雪いている。
だからなのか、町中に地下道が整備されていて、外に出なくても移動できるようになってるんですよ。
僕は町並みを見たくてがんばって地上を歩きましたが、30分もすると凍えてしまう。
暖を取ろうと店に入っても、あんまり暖かくないんですよね。
みんな店内でもコート着たままだし。
そういえば、パトリックの家も寒かった。
きっと寒さに慣れてるんでしょうね。

若いタイラーとリンジーとは気が合い、町を飲み歩きました。
タイラーはもともとロカビリーをやっていたので、そっち方面の友達も多く、面白かったです。日本のラスティックをやってるような若者に近い感じがしました。
ふたりとも視野が広く、音楽にも人間にもオープンで、ニューオリンズ・ジャズへの情熱にあふれている。
とても刺激になりました。
一緒に録音をしよう、という予定もあったのが、スタジオの段取りがつかず実現しなかったのが残念です。


トロントに住みたいと思うくらい、町のニューオリンズ・ジャズ・シーンは最高です。
この音楽の素晴らしさを、あらためて思い知った旅でした。



カナダのテレビ曲が制作したHappy PalsのドキュメンタリーがYoutubeにアップされています。

番組の中で、メンバー全員が口をそろえて言うのが、若い頃にHappy Palsのライブ、あるいは50〜60年代以前のニューオリンズ・ジャズの録音を聞いて衝撃を受けて人生が変わった、ということです。
中でも31:10からのパトリックのシーンは感動的です。
友達が「(トランペットプレイヤーなら)キッド・トーマスを聴かなきゃダメだ」って言うから、レコードを手に入れて聴いてみたんだ。でも、ピンと来ないどころか、なんて変なプレイだ、って思ったね。そう、とにかく変だったんだよ。これを好きなヤツもいるんだろうけど、俺には受け入れられなかった。
で、それから何年かしてニューオリンズに行ったんだ。プリザベーション・ホールの床に座ったら、目の前にキッド・トーマスがいた。 〜 彼が "Moonlight Bay" を吹きはじめた瞬間、人生が変わったんだ。 〜 何をやりたいのか解った。俺はこの音楽を演奏するんだ、って。
 続く32:04からの "Moonlight Bay" の演奏が素晴らしい!そこだけでも見てみてください!

これってたとえば、ジャニスを聞いて歌を、ジミヘンを聞いてギターをはじめた、というようなことですよ。
ニューオリンズ・ジャズには、それだけの魅力があります。
だからこそ、音楽に詳しくなくても、ただ楽しくて、毎週みんな集まってくるんですよね。
素晴らしいドキュメンタリーなので、英語が少しでもできてニューオリンズ・ジャズに興味があるなら、ぜひオススメします。



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